最高裁判所HP 知的財産裁判例集より
手漉和紙染描紙事件
東京地裁令和5.3.15平成30(ワ)39895等著作権侵害差止等請求事件等PDF
別紙
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 柴田義明
裁判官 佐伯良子
裁判官 仲田憲史
*裁判所サイト公表 2024.1.11
*キーワード:手漉和紙、画材、著作物性、応用美術論、黙示の許諾
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■事案
内装や画材などに使われる手漉和紙の模様の著作物性などが争点となった事案
原告:手漉和紙販売事業者
被告:日本画家、空港ターミナル管理会社、国際線旅客ターミナルビル管理会社
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■結論
請求棄却
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■争点
条文 著作権法2条1項1号、2条2項
1 本件各染描紙の著作物性
2 原告が利用を黙示に許諾していたか
3 本件各展示物の展示に当たり原告の氏名を表示しないことを原告が黙示に許諾したか
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■事案の概要
『第1事件
原告は、被告Bに対し、(1)被告Bは、原告の各著作物をそれぞれ複製し又は翻案して本件各展示物を制作して原告の各著作権(複製権又は翻案権)を侵害し、原告はこれによって損害を受けたと主張して、各不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害の一部として合計806万円(本件展示物15から20について各132万円、本件展示物1から14について各1万円)及びこれらに対する不法行為より後の日である平成22年11月1日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め(前記第1の1(1))、(2)また、被告Bは、著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示しないで、被告ビルデングに対し本件展示物15から20を、被告ターミナルに対し本件展示物1から14を譲渡し、被告ビルデング及び被告ターミナルはそれぞれ譲り受けた本件各展示物を公衆に提示するに際し著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示せず、したがって、被告Bは、被告ビルデング又は被告ターミナルと共同して(民法719条)、原告の各著作者人格権(氏名表示権)を侵害し、原告はこれによって損害を受けたと主張して、各不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害の一部として合計194万円(本件展示物15から20について各30万円、本件展示物1から14について各1万円)及びこれらに対する上記同様の遅延損害金の支払(被告ビルデング又は被告ターミナルとの連帯支払)を求める(前記第1の1(1))とともに、名誉回復等措置請求権(著作権法115条)に基づき、謝罪広告の掲載を求める(同(2))。』
『第2事件
原告は、被告ビルデングに対し、被告ビルデングは、被告Bが著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示しないで譲渡した本件展示物15から20を公衆に提示するに際し著作者名として被告Bの氏名を表示して原告の氏名を表示せず、被告Bと共同して(民法719条)、原告の著作者人格権(氏名表示権)を侵害し、原告は損害を受けたと主張して、差止請求権(著作権法112条1項)又は名誉回復等措置請求権(著作権法115条)に基づき本件展示物15から20の展示の差止めを、廃棄等請求権(著作権法112条2項)又は名誉回復等措置請求権(著作権法115条)に基づき本件展示物15から20の廃棄を求める(前記第1の2(1)、(2))とともに、各不法行為による損害賠償請求権に基づき、不法行為より後の日である令和元年6月24日から本件展示物15から20の各撤去まで1日当たり各5000円の割合による金員の支払(被告Bとの連帯支払)を求める(同(3))。』
『第3事件
原告は、被告ターミナルに対し、被告ターミナルは、被告Bが著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示しないで譲渡した本件展示物1から14を公衆に提示するに際し著作者名として被告Bの氏名を表示して原告の氏名を表示せず、被告Bと共同して(民法719条)、原告の著作者人格権(氏名表示権)を侵害し、原告は損害を受けたと主張して、差止請求権(著作権法112条1項)又は名誉回復等措置請求権(著作権法115条)に基づき本件展示物1から14の展示の差止めを、廃棄等請求権(著作権法112条2項)又は名誉回復等措置請求権(著作権法115条)に基づき本件展示物1から14の廃棄を求める(前記第1の3(1)、(2))とともに、各不法行為による損害賠償請求権に基づき、不法行為より後の日である令和2年7月22日から本件展示物1から14の各撤去まで、本件展示物1から9につき1日当たり各2500円の、本件展示物10から14につき1日当たり各1500円の割合による金員の支払(被告Bとの連帯支払)を求める(同(3))。』
(3頁以下)
<経緯>
S59 原告が原告店舗開設
H21.05 空港管理会社らが被告Bに羽田空港展示用作品制作依頼
被告Bが原告店舗において複数枚の染描紙を購入
H22.11 被告ターミナルが本件展示物1乃至14を空港に展示
被告ビルデングが本件展示物15乃至20を空港に展示
H29.12 原告が被告Bに書簡送付
H30.02 原告が被告Bに書簡送付
「染描紙」無地の手すきの和紙に刷毛等で模様や色彩を施したもの
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■判決内容
<争点>
1 本件各染描紙の著作物性
(1)本件各染描紙1から14
裁判所は、事実認定として本件染描紙1から14やそこで被告Bが使用した部分の模様等について、それらを認定できないとして著作物性や複製、翻案の争点の判断に至っていません(37頁以下)。
(2)本件各染描紙15から20
裁判所は、本件染描紙15から20は、原告が販売する他の染描紙に比べて大きいものであったが、他の染描紙と同様に販売されていて、専ら鑑賞を目的とするものとまではいえず、工芸作品の装飾材料、書道用紙、絵画用紙等に用いるという実用的な目的も有するものであったと判断。
その上で、応用美術論に関して、「専ら鑑賞を目的とするものではなく、実用的な目的を有するものであっても、実用的な目的のためのものといえる特徴と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備える部分を把握できるものは、その作品の全体が美術の著作物として保護され得ると解するのが相当である。」(41頁)と分離可能性基準を説示。
そして、本件染描紙15から20についてのあてはめとしては、結論として、模様の配置等の全体的な構成において、実用的な目的のためのものといえる特徴と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備える部分を把握できると判断。原告の染描紙の著作物性を肯定しています(39頁以下)。
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2 原告が利用を黙示に許諾していたか
裁判所は、原告は、染描紙について、染描紙をそのまま複写してこれを販売などしない限り、個別に明示の許諾をしていない場合であっても、加工して利用することについては、相当に広い範囲で、包括的かつ黙示に許諾していたものと認められると判断。
本件展示物15から20について、原告が禁止していた行為に当たらず、また、原告がその販売する染描紙に対してしていた利用についての包括的かつ黙示の許諾の範囲内のものであったと認められると判断しています(43頁以下)。
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3 本件各展示物の展示に当たり原告の氏名を表示しないことを原告が黙示に許諾したか
本件展示物15から20の展示に当たり、原告の氏名を表示しないことを原告が黙示に許諾したかどうかについて、裁判所は、許諾により利用された染描紙を用いた作品について、公衆へ提示するに際して氏名を表示しないことをも包括的かつ黙示に許諾していたものと認められると判断しています(46頁以下)。
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■コメント
原告の手漉和紙事業者さんは、平成30年2月の日本画家である被告Bに送付した書簡のなかで、「私の染めた紙の上に、購入された方が独自の絵画を描くことは、基本的には、何の問題も生じません。しかし、羽田空港に見られる展示物の一部には、私の染め紙を拡大し、私の引いたハケ跡が展示物の構成の主体となっているものがあります。」等と記載し、「特に私のハケの跡が顕著に主体となって構成されている」(判決文37頁参照)といった点を問題視していたことが伺えます。
ちなみに、加工材の図柄の著作物性について、家具などの表面に貼る木目化粧紙の原画の著作物性を否定した判例として、木目化粧紙事件参照。また、帯の図柄の著作物性を否定した判例として、佐賀錦袋帯事件参照。
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■参考判例
木目化粧紙事件
東京高裁平成3.12.17平成2(ネ)2733
判決文
佐賀錦袋帯事件
京都地裁平成1.6.15昭和60(ワ)1737
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■参考文献
生地等のデザインの保護について、茶園成樹、上野達弘編著「デザイン保護法」(2022)96頁以下参照。
手漉和紙染描紙事件
東京地裁令和5.3.15平成30(ワ)39895等著作権侵害差止等請求事件等PDF
別紙
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 柴田義明
裁判官 佐伯良子
裁判官 仲田憲史
*裁判所サイト公表 2024.1.11
*キーワード:手漉和紙、画材、著作物性、応用美術論、黙示の許諾
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■事案
内装や画材などに使われる手漉和紙の模様の著作物性などが争点となった事案
原告:手漉和紙販売事業者
被告:日本画家、空港ターミナル管理会社、国際線旅客ターミナルビル管理会社
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■結論
請求棄却
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■争点
条文 著作権法2条1項1号、2条2項
1 本件各染描紙の著作物性
2 原告が利用を黙示に許諾していたか
3 本件各展示物の展示に当たり原告の氏名を表示しないことを原告が黙示に許諾したか
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■事案の概要
『第1事件
原告は、被告Bに対し、(1)被告Bは、原告の各著作物をそれぞれ複製し又は翻案して本件各展示物を制作して原告の各著作権(複製権又は翻案権)を侵害し、原告はこれによって損害を受けたと主張して、各不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害の一部として合計806万円(本件展示物15から20について各132万円、本件展示物1から14について各1万円)及びこれらに対する不法行為より後の日である平成22年11月1日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め(前記第1の1(1))、(2)また、被告Bは、著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示しないで、被告ビルデングに対し本件展示物15から20を、被告ターミナルに対し本件展示物1から14を譲渡し、被告ビルデング及び被告ターミナルはそれぞれ譲り受けた本件各展示物を公衆に提示するに際し著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示せず、したがって、被告Bは、被告ビルデング又は被告ターミナルと共同して(民法719条)、原告の各著作者人格権(氏名表示権)を侵害し、原告はこれによって損害を受けたと主張して、各不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害の一部として合計194万円(本件展示物15から20について各30万円、本件展示物1から14について各1万円)及びこれらに対する上記同様の遅延損害金の支払(被告ビルデング又は被告ターミナルとの連帯支払)を求める(前記第1の1(1))とともに、名誉回復等措置請求権(著作権法115条)に基づき、謝罪広告の掲載を求める(同(2))。』
『第2事件
原告は、被告ビルデングに対し、被告ビルデングは、被告Bが著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示しないで譲渡した本件展示物15から20を公衆に提示するに際し著作者名として被告Bの氏名を表示して原告の氏名を表示せず、被告Bと共同して(民法719条)、原告の著作者人格権(氏名表示権)を侵害し、原告は損害を受けたと主張して、差止請求権(著作権法112条1項)又は名誉回復等措置請求権(著作権法115条)に基づき本件展示物15から20の展示の差止めを、廃棄等請求権(著作権法112条2項)又は名誉回復等措置請求権(著作権法115条)に基づき本件展示物15から20の廃棄を求める(前記第1の2(1)、(2))とともに、各不法行為による損害賠償請求権に基づき、不法行為より後の日である令和元年6月24日から本件展示物15から20の各撤去まで1日当たり各5000円の割合による金員の支払(被告Bとの連帯支払)を求める(同(3))。』
『第3事件
原告は、被告ターミナルに対し、被告ターミナルは、被告Bが著作者名として被告Bの氏名を表示し原告の氏名を表示しないで譲渡した本件展示物1から14を公衆に提示するに際し著作者名として被告Bの氏名を表示して原告の氏名を表示せず、被告Bと共同して(民法719条)、原告の著作者人格権(氏名表示権)を侵害し、原告は損害を受けたと主張して、差止請求権(著作権法112条1項)又は名誉回復等措置請求権(著作権法115条)に基づき本件展示物1から14の展示の差止めを、廃棄等請求権(著作権法112条2項)又は名誉回復等措置請求権(著作権法115条)に基づき本件展示物1から14の廃棄を求める(前記第1の3(1)、(2))とともに、各不法行為による損害賠償請求権に基づき、不法行為より後の日である令和2年7月22日から本件展示物1から14の各撤去まで、本件展示物1から9につき1日当たり各2500円の、本件展示物10から14につき1日当たり各1500円の割合による金員の支払(被告Bとの連帯支払)を求める(同(3))。』
(3頁以下)
<経緯>
S59 原告が原告店舗開設
H21.05 空港管理会社らが被告Bに羽田空港展示用作品制作依頼
被告Bが原告店舗において複数枚の染描紙を購入
H22.11 被告ターミナルが本件展示物1乃至14を空港に展示
被告ビルデングが本件展示物15乃至20を空港に展示
H29.12 原告が被告Bに書簡送付
H30.02 原告が被告Bに書簡送付
「染描紙」無地の手すきの和紙に刷毛等で模様や色彩を施したもの
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■判決内容
<争点>
1 本件各染描紙の著作物性
(1)本件各染描紙1から14
裁判所は、事実認定として本件染描紙1から14やそこで被告Bが使用した部分の模様等について、それらを認定できないとして著作物性や複製、翻案の争点の判断に至っていません(37頁以下)。
(2)本件各染描紙15から20
裁判所は、本件染描紙15から20は、原告が販売する他の染描紙に比べて大きいものであったが、他の染描紙と同様に販売されていて、専ら鑑賞を目的とするものとまではいえず、工芸作品の装飾材料、書道用紙、絵画用紙等に用いるという実用的な目的も有するものであったと判断。
その上で、応用美術論に関して、「専ら鑑賞を目的とするものではなく、実用的な目的を有するものであっても、実用的な目的のためのものといえる特徴と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備える部分を把握できるものは、その作品の全体が美術の著作物として保護され得ると解するのが相当である。」(41頁)と分離可能性基準を説示。
そして、本件染描紙15から20についてのあてはめとしては、結論として、模様の配置等の全体的な構成において、実用的な目的のためのものといえる特徴と分離して、美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備える部分を把握できると判断。原告の染描紙の著作物性を肯定しています(39頁以下)。
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2 原告が利用を黙示に許諾していたか
裁判所は、原告は、染描紙について、染描紙をそのまま複写してこれを販売などしない限り、個別に明示の許諾をしていない場合であっても、加工して利用することについては、相当に広い範囲で、包括的かつ黙示に許諾していたものと認められると判断。
本件展示物15から20について、原告が禁止していた行為に当たらず、また、原告がその販売する染描紙に対してしていた利用についての包括的かつ黙示の許諾の範囲内のものであったと認められると判断しています(43頁以下)。
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3 本件各展示物の展示に当たり原告の氏名を表示しないことを原告が黙示に許諾したか
本件展示物15から20の展示に当たり、原告の氏名を表示しないことを原告が黙示に許諾したかどうかについて、裁判所は、許諾により利用された染描紙を用いた作品について、公衆へ提示するに際して氏名を表示しないことをも包括的かつ黙示に許諾していたものと認められると判断しています(46頁以下)。
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■コメント
原告の手漉和紙事業者さんは、平成30年2月の日本画家である被告Bに送付した書簡のなかで、「私の染めた紙の上に、購入された方が独自の絵画を描くことは、基本的には、何の問題も生じません。しかし、羽田空港に見られる展示物の一部には、私の染め紙を拡大し、私の引いたハケ跡が展示物の構成の主体となっているものがあります。」等と記載し、「特に私のハケの跡が顕著に主体となって構成されている」(判決文37頁参照)といった点を問題視していたことが伺えます。
ちなみに、加工材の図柄の著作物性について、家具などの表面に貼る木目化粧紙の原画の著作物性を否定した判例として、木目化粧紙事件参照。また、帯の図柄の著作物性を否定した判例として、佐賀錦袋帯事件参照。
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■参考判例
木目化粧紙事件
東京高裁平成3.12.17平成2(ネ)2733
判決文
佐賀錦袋帯事件
京都地裁平成1.6.15昭和60(ワ)1737
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■参考文献
生地等のデザインの保護について、茶園成樹、上野達弘編著「デザイン保護法」(2022)96頁以下参照。