最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

武士道書籍出版事件

東京地裁令和5.4.20令和3(ワ)15628等損害賠償請求事件等PDF

東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 杉浦正樹
裁判官    小口五大
裁判官    稲垣雄大

*裁判所サイト公表 2023.8.8
*キーワード:出版契約、公表権

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■事案

武士道に関する書籍の出版契約の成否などが争点となった事案

本訴原告・反訴被告:武道団体局長
本訴被告・反訴原告:出版社

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■結論

本訴、反訴 請求棄却

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■争点

条文 著作権法18条、60条

1 本件出版許諾契約1の成否
2 本件出版許諾契約2の成否
3 著作者人格権(公表権)侵害の有無
4 自己決定権侵害の有無

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■事案の概要

『本訴
 本件本訴は、原告の夫である亡B(以下「B」という。)が、出版社である被告の依頼により、武士道に関する書籍(以下「本件書籍」という。の原稿を執筆していたところ、その完成前である平成27年12月頃に死亡したため、その後、本件書籍の出版に向けた作業を引き継ぎ、令和2年11月頃にその最終稿を作成した原告が、被告が、被告とB又は原告との間で未だ本件書籍の出版契約が締結されていないにもかかわらず、インターネット上で本件書籍の出版予告を行ったことにつき、(1)Bが本件書籍の原稿の著作者として有する著作者人格権(公表権)を侵害した旨(主位的請求)、又は、(2)本を出版しようとする者である原告の自己決定権を侵害した旨(予備的請求)を主張して、不法行為に基づく損害賠償請求((1)につき、著作権法(以下「法」という。)116条1項、2項、115条、民法709条、(2)につき、民法709条)として、330万円及びこれに対する不法行為後である令和3年7月29日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。』

『反訴
本件反訴は、被告が、(1)平成18年頃、Bとの間で、本件書籍を独占的に出版する旨の許諾契約(以下「本件出版許諾契約1」という。)を締結し、Bの死後はその妻である原告が本件書籍の原稿の著作権及び本件出版許諾契約1上の地位を承継したにもかかわらず、原告が、令和3年12月22日、本件書籍の出版を拒絶したことから、本件出版許諾契約1に基づく債務が履行不能となった旨(主位的請求、又は、(2)本件書籍に係る最終稿を被告が原告に送付した令和2年10月26日までに、原告と被告との間で本件書籍の出版許諾契約(以下「本件出版許諾契約2」という。)が成立したにもかかわらず、上記のとおり原告がその履行を拒絶したことにより同契約に基づく債務が履行不能となった旨(予備的請求を主張して、本件出版許諾契約1又は2による債務の不履行に基づく損害賠償請求として、142万1345円及びこれに対する令和4年5月10日(反訴状送達日の翌日)から支払済みまで年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。』
(2頁以下)

<経緯>

H14   被告代表者がBに執筆依頼
H18   Bと被告により未完成原稿作成
H27.12 原告の夫B死去
R01.07 原告が被告に完成版送付
R02.08 出版契約書案提示
R02.08 被告がサイトで出版予告
R02.10 最終稿確認作業
R02.10 原告が契約書改訂案送信
R02.12 原告が出版予告削除要求通告


■被告契約書案
印税割合:
販売数に応じて
3000部本体価格7%
3000部超5000部価格8%、
5000部超1万部本体価格10%
印税支払時期:
出版から8カ月後
書式:日本ユニ著作権センターひな型

■原告改訂案
印税率:税込定価の8%
印税支払時期:発行月の6カ月後
著作物使用料支払対象数除外部数200
贈呈部数:初版第1刷の際30部、増刷都度2部贈呈
有効期間:初版発行後満3カ年間

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■判決内容

<争点>

1 本件出版許諾契約1の成否

被告は、平成18年頃に亡Bとの間で本件書籍について、Bが被告による独占的な出版を許諾すること、また、印税等の経済的条件は被告の通常の条件によることなどを内容とする出版契約(本件出版許諾契約1)を締結した旨主張しました。
結論として、裁判所は、Bと被告との間の出版契約の成立を認定していません(16頁)。

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2 本件出版許諾契約2の成否

被告は、亡Bとの間の本件出版許諾契約1の締結が認められないとしても、令和2年10月26日までには、原告との間で本件書籍の出版について被告契約書案に記載されたとおりの内容の本件出版許諾契約2が締結された旨主張しました。
この点について、裁判所は、結論として、原告の契約締結の承諾の意思表示を認定せず、原告との間の出版契約の成立を否定しています(16頁以下)。

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3 著作者人格権(公表権)侵害の有無

原告は、被告による本件書籍の出版予告行為は、出版契約を結んでいない段階で原告(Bの妻)に無断で本件書籍の刊行予定があること、本件書籍のタイトル、その内容のエッセンス等を公表したものであるから、Bの著作者人格権を侵害するものであると主張しました。
この点について、裁判所は、本件予告には本件書籍の書籍名、発売予定時期、著者名、著者紹介等が示されているほか、被告の作成した本件書籍の内容を紹介する文章が掲載されているにとどまり、本件書籍の原稿に記載された文章それ自体が記載されているわけではないとして、被告による本件予告は、Bの著作物である未完成原稿の内容を公衆に提供又は提示したものとはいえないと判断。
結論として、公表権侵害性を否定しています(18頁以下)。

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4 自己決定権侵害の有無

原告は、被告による出版予告は、本を出版しようとする者の自己決定権を侵害する不法行為である旨を主張しましたが、裁判所は認めていません(19頁以下)。

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■コメント

出版契約の条件の細かい部分での折り合いがつかなかった事案となります。
出版社としても、これだけ時間と労力を掛けてきたし、販売リスクも折半してほしい・・・、というのも理解ができますし、お互いに思うところがあったのだろうということが判決内容から伝わる事案です。

なお、公表権における著作物の利用については、同一性保持権の事案ですが、最高裁令和2年7月21判決(平成30(受)1412発信者情報開示請求事件)では、リツイートの著作権法19条1項「著作物の公衆への提供若しくは提示」行為の有無の争点として、利用の内容が議論されましたが、今回の事案は、著作物が利用されているかどうかが争点となっているものとなります。