最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

町田市国際版画美術館増築工事差止仮処分事件

東京地裁令和4.11.25令和3(ヨ)22075仮処分命令申立事件PDF

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 國分隆文
裁判官    小川 暁
裁判官    間明宏充

*裁判所サイト公表 2022.12.20
*キーワード:建築、美術、著作物性、著作者性、同一性保持権、増築

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■事案

町田市国際版画美術館の増築工事を巡り、美術館や庭園の著作物性が争点となった事案

債権者:建築設計者
債務者:自治体

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■結論

請求却下

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■争点

条文 著作権法10条1項5号、2条2項、20条、2条1項2号、15条

1 版画美術館及び本件庭園の著作物性
2 版画美術館及び本件庭園の著作者
3 本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が債権者の意に反する改変に該当するか
4 本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(20条2項2号)に該当するか

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■事案の概要

『本件は、債権者が、「(仮称)国際工芸美術館新築工事」(以下「工芸美術館新築工事」という。)、「(仮称)国際工芸美術館・国際版画美術館一体化工事」(以下「一体化工事」という。)及び「芹ヶ谷公園第二期整備工事」(以下「公園整備工事」といい、工芸美術館新築工事及び一体化工事と併せて「工芸美術館新築工事等」という。)と称する各工事の実施を計画する債務者に対し、債務者が、これらの工事の一部である別紙差止工事目録記載の各工事(以下、同目録記載1(1)の工事を「本件工事1(1)」、同目録記載2(1)の工事を「本件工事2(1)」などといい、本件工事1(1)ないし(4)及び2(1)ないし(3)を併せて「本件各工事」という。)を行うことにより、「町田市立国際版画美術館」と称する別紙物件目録記載1の建物(以下「版画美術館」という。)及びその敷地であって芹ヶ谷公園の一部を構成する同目録記載2の庭園(以下「本件庭園」という。)に係る債権者の著作者人格権(同一性保持権)が侵害されるおそれがあると主張して、著作権法112条1項に基づき、本件各工事の差止めを求める事案である。』
(1頁以下)

<経緯>

S62 国際版画美術館、庭園開館
H24 (仮称)「町田市立国際工芸美術館」検討
H27 国際版画美術館JIA25年賞受賞
H31 工芸美術館整備費一般会計予算案可決
R02 工芸美術館実施設計予算案等可決
R11 完成予定

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■判決内容

<争点>

1 版画美術館及び本件庭園の著作物性

(1)版画美術館について

裁判所は、建築の著作物(著作権法10条1項5号)の意義について、印刷用書体に関する最高裁判例(最判平成12.9.7判決 ゴナ書体事件)に言及した上で、『建築物が「美術」の「範囲に属するもの」に該当するか否かを判断するためには、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えた部分を把握できるか否かという基準によるのが相当である』と分離把握可能性基準を説示。
その上で、結論として、版画美術館が「建築の著作物」に該当すると認めています(29頁以下)。

(2)本件庭園について

裁判所は、前提として、庭園も著作権法上の「建築」の著作物に該当しうるとした上で、庭園の「美術の著作物性」を判断しています。
結論として、各構成部分について、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を把握することはできないと判断。美術の著作物性(建築の著作物)を否定しています(33頁以下)。

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2 版画美術館及び本件庭園の著作者

債権者が建築設計事務所の代表取締役として市から版画美術館の設計作製業務等を受託していたことから、版画美術館の著作者性が争点となりましたが、裁判所は職務著作の成立を認定せず、債権者が著作者であると判断しています(38頁以下)。
結論として、債権者が版画美術館の著作者であり、版画美術館に係る著作者人格権(同一性保持権)を有すると判断されています。

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3 本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が債権者の意に反する改変に該当するか

版画美術館の工事は、版画美術館の西側の池や1階西側及び2階西側の壁等を撤去し、エレベーター棟を建設して、これを版画美術館に接続するもので版画美術館の躯体に関わる工事であり、小規模なものとはいい難い上、これにより鑑賞の対象であった池が失われ、この周辺の外観は大きく変わるものでした。
結論として、裁判所は、版画美術館の機能や外観に対して相当程度大きな変更を加えるものであり、実際、債権者は、これに反対する意向を示していたことから、債権者の意に反する改変(20条1項)であると認めるのが相当であると判断しています(40頁以下)。

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4 本件各工事によって版画美術館及び本件庭園に加えられる変更が「建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変」(20条2項2号)に該当するか

裁判所は、「増築」と「模様替え」の解釈について言及した上で、結論としては、本件各工事が「増築」「模様替え」に該当すると判断。同号が予定する「改変」にも当たるとして、20条2項2号適用を肯定。版画美術館に係る債権者の同一性保持権が侵害されたとは認めていません(41頁以下)。

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■コメント

町田市の「(仮称)国際工芸美術館整備の検討状況」資料をみると、既存の国際版画美術館に工芸美術館を連結して増築する計画のようです。
市議会では仮処分事件の経緯が市側から説明されています。
ちなみに、「庭園」は著作権法起草当時から「建築の著作物」に含まれると解釈されていたようですが(小倉秀夫ほか編著「著作権法コンメンタール改訂版1」339頁参照)、仮処分事件というと、ノグチ・ルーム事件を思い出します。

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■参考サイト

「町田の工芸美術館 工事差し止め却下 東京地裁」
2022年12月16日 07時12分 東京新聞
記事

町田市議会一般質問 録画放映(本会議 会議日:令和3年12月7日 午前10時)
「2 芹ヶ谷公園“芸術の杜”パークミュージアム計画について問う」(動画16分前後)
動画

「(仮称)町田市立国際工芸美術館基本設計に関すること」
基本設計の検討状況について(町田市 更新日:2022年3月30日)
町田市サイト

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■参考判例

ノグチ・ルーム移築工事差止仮処分事件
東京地決H15.6.11平成15(ヨ)22031著作権仮処分命令申立事件
判決文PDF
別紙

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■追記(2022/12/24)
東京地裁の却下の結論はどうなんだろうと国際版画美術館と芹ヶ谷公園を散策してみました。
版画美術館の裏手に、町田市立博物館(閉館)の受け皿となる、工芸美術館を渡り廊下で連結させて増築する構想。
左手の高台に工芸美術館を新築します(写真1)。そのため、版画美術館設計の1つのポイントの渓流からの眺めは無くなってしまいます(写真2)。また、喫茶店も移設されます(写真3)。

設計者のかたの許せないという思いも理解はできましたが、個人的には、仕方がないかな、と。建築後35年を経て、渓流の風景も館内では導線が活かされていないので。

(公園、裏庭と美術館の環境の関わりについては、川崎市岡本太郎美術館、ポーラ美術館、根津美術館、五島美術館、江之浦測候所、久保田一竹美術館、神奈川県立近代美術館葉山館などが思い浮かびます。そのほか、表庭としてはヴァンジ彫刻庭園美術館、MOA美術館、川村美術館、箱根彫刻の森美術館、美ヶ原高原美術館、箱根美術館、足立美術館、東京都庭園美術館、軽井沢セゾン現代美術館、諸橋近代美術館など)

公園整備のことは良くわかりませんが、裏手を散策すると、あまり手入れがされていない印象です。

ちなみに、公園に併設される美術館で1986年前後に開館した美術館として世田谷美術館(砧公園)があります。世田谷美術館のクヌギやケヤキは大きく成長してます。開館して35年を経た美術館のたたずまいを比較してみるのも良いのではないでしょうか。
版画裏手

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