最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

ゼンリン住宅地図事件

東京地裁令和4.5.27令和1(ワ)26366著作権侵害差止等請求事件PDF
別紙1 原告損害額一覧表
別紙2 本件改訂時期等一覧表

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 國分隆文
裁判官    小川 暁
裁判官    矢野紀夫

*裁判所サイト公表 2022.6.20
*キーワード:地図、著作物性

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■事案

住宅地図の著作物性が争点となった事案

原告:地図会社
被告:ポスティング会社、代表者

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、10条1項6号

1 原告各地図の著作物性
2 原告各地図の著作者
3 被告らによる著作権侵害行為
4 被告らの故意又は過失の有無
5 被告Aの任務懈怠行為
6 原告による黙示の許諾の有無
7 許諾料を支払うことなく出版物を複製することができる慣習の有無
8 被告らによる原告各地図の利用に対する著作権法30条の4の適用の可否
9 零細的利用であることを理由とする原告の被告らに対する著作権行使の制限の可否
10 差止等対象地図に係る原告の著作権を侵害するおそれの有無
11 損害額

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■事案の概要

『本件は、原告が、被告らに対し、原告の作成及び販売に係る住宅地図を複写し、これを切り貼りするなどしてポスティング業務を行うための地図を作成し、同地図を更に複写したり、譲渡又は貸与により公衆に提供したり、同地図の画像データを被告会社が管理運営するウェブサイト(以下「被告ウェブサイト」という。)内のウェブページ上に掲載したりすることによって、上記住宅地図に係る原告の著作権(複製権、譲渡権、貸与権及び公衆送信権(自動公衆送信の場合にあっては、送信可能化を含む。以下同じ。))を侵害したと主張して、以下の請求をする事案である。(以下、略)』
(2頁以下)

<経緯>

S55 原告が各地図を作成、販売
H12 被告会社設立
H30 被告による大量無断複製が判明
R01 被告が本件提訴

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■判決内容

<争点>

1 原告各地図の著作物性

原告各地図の著作物性(著作権法2条1項1号、10条1項6号)について、裁判所は、

「一般に、地図は、地形や土地の利用状況等の地球上の現象を所定の記号によって、客観的に表現するものであるから、個性的表現の余地が少なく、文学、音楽、造形美術上の著作に比して、著作権による保護を受ける範囲が狭いのが通例である。しかし、地図において記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法に関しては、地図作成者の個性、学識、経験等が重要な役割を果たし得るものであるから、なおそこに創作性が表れ得るものということができる。そこで、地図の著作物性は、記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して判断すべきものである。」

と規範を示した上で、原告各地図を検討。

「本件改訂により発行された原告各地図は、都市計画図等を基にしつつ、原告がそれまでに作成していた住宅地図における情報を記載し、調査員が現地を訪れて家形枠の形状等を調査して得た情報を書き加えるなどし、住宅地図として完成させたものであり、目的の地図を容易に検索することができる工夫がされ、イラストを用いることにより、施設がわかりやすく表示されたり、道路等の名称や建物の居住者名、住居表示等が記載されたり、建物等を真上から見たときの形を表す枠線である家形枠が記載されたりするなど、長年にわたり、住宅地図を作成販売してきた原告において、住宅地図に必要と考える情報を取捨選択し、より見やすいと考える方法により表示したものということができる。」

と判断。
結論として、本件改訂により発行された原告各地図は、作成者の思想又は感情が創作的に表現されたもの(2条1項1号)と評価することができ、地図の著作物(10条1項6号)であると認めるのが相当であると判断しています(26頁以下)。

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2 原告各地図の著作者

原告各地図は、原告の発意に基づき、原告の業務に従事する従業員及び業務受託者がその職務上作成したものであり、原告が自己の著作の名義の下に公表したものであるから、15条1項により、原告各地図の著作者は原告であると裁判所は判断しています(32頁以下)。

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3 被告らによる著作権侵害行為

原告各地図の複製権、譲渡権侵害性、ウェブサイト掲載による公衆送信権侵害性が認定されています(35頁以下)。

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4 被告らの故意又は過失の有無

被告会社の故意が認定されています(45頁以下)。

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5 被告Aの任務懈怠行為

被告会社が原告の著作権を侵害したことについて、被告Aは、被告会社の代表取締役として阻止すべき任務を負っていたにもかかわらず、これを悪意により懈怠したと認定されています(47頁以下)。

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6 原告による黙示の許諾の有無

被告らは、原告が被告会社に対して原告各地図を割引価格で販売し、これを被告会社本社に納入しており、被告会社内での原告各地図の利用方法を十分把握していたことなどを理由に、原告の黙示の許諾の成立を主張しましたが、裁判所は認めていません(48頁以下)。

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7 許諾料を支払うことなく出版物を複製することができる慣習の有無

被告らは、住宅地図を正当に購入した者は、同時使用しないことを前提として、当該住宅地図を購入価格以外の対価を支払うことなく1部複製することが許諾されており、住宅地図の出版物としての対価にはこのような地図利用許諾が含まれているという慣習が存在する旨主張しましたが、裁判所は認めていません(49頁以下)。

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8 被告らによる原告各地図の利用に対する著作権法30条の4の適用の可否

被告らは、原告各地図の利用について、被告各地図に原告各地図の何らかの思想又は感情が残存していたとしても、これを享受することを目的とするものではないから、「当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」(30条の4柱書)に該当すると主張しましたが、裁判所は認めていません(50頁以下)。

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9 零細的利用であることを理由とする原告の被告らに対する著作権行使の制限の可否

被告らは、重量のある住宅地図の書籍を持ち歩きながらポスティングを行うことは非現実的であるから、零細的利用として、原告の被告らに対する著作権の行使は制限されると主張しましたが、裁判所は認めていません(51頁)。

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10 差止等対象地図に係る原告の著作権を侵害するおそれの有無

被告会社が将来的に差止等対象地図に係る原告の複製権、譲渡権及び公衆送信権を侵害するおそれがあると裁判所は認定しています(51頁以下)。

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11 損害額

複製数 96万9801頁
頁あたりの使用料相当額 200円
小計 1億9396万0200円
弁護士費用相当額損害 1900万円
合計 2億1296万0200円
(52頁以下)

損害額の一部3000万円の請求が認容されています。

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■コメント

旧著作権法時代の判例より地図の著作物性の余地は認められており、判例準則となっています(後掲佐藤文献)。
ちなみに、昭和53年の富山市住宅地図事件は、デッドコピー事案ではなくて、原告と被告の住宅地図を全体観察して相違が顕著であり、被告の住宅地図から原告の住宅地図の著作物としての特徴を認識するのは困難であるとして著作権侵害性を否定する判断がされていました。
その点、デッドコピー案件である今回の事例とは異なるところです。
本事案では被告らとしては、考えられるだけの反論を主張しましたが、いずれも裁判所に容れられていません。

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■参考サイト

「住宅地図の著作権侵害訴訟に関する判決について」(2022年5月30日)
ゼンリンプレスリリース

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■参考判例

富山市高岡市住宅地図事件 富山地裁昭和53.9.22昭和46(ワ)33
判決文PDF

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■参考文献

佐藤恵太「地図の著作物性 ふぃーるどわーく多摩事件」『著作権判例百選(第5版)』(2016)20頁以下
森田宏樹「共同不法行為 土地宝典事件:控訴審」『著作権判例百選(第5版)』(2016)214頁以下
谷 有恒「地図の著作物性 明治図事件」『著作権判例百選(第6版)』(2019)22頁以下