最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

訴状無断公表事件

東京地裁令和3.7.16令和3(ワ)4491損害賠償請求事件PDF

東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 佐藤達文
裁判官    小田誉太郎
裁判官    齊藤 敦

*裁判所サイト公表 2021.8.18
*キーワード:公表権、訴状、公開の陳述、時事の事件のための報道、慰謝料

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■事案

第1回口頭弁論期日前に無断で公表された訴状について、公表権侵害性などが争点となった事案

原告:弁護士
被告:作家A

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法4条、18条、40条、41条

1 別件訴状に係る著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害の成否
2 著作権法40条1項(政治上の演説等の利用)の類推適用又は準用の可否
3 著作権法41条(時事の事件の報道のための利用)の適用の有無
4 別件訴状の公表に関する原告の同意の有無
5 原告に生じた損害の有無及び額

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■事案の概要

『原告は,別件の名誉毀損訴訟(東京地方裁判所令和2年(ワ)第20028号。以下「別件訴訟」という。)の訴訟代理人であり,被告は,同訴訟の被告の一人でもあるところ,被告は,原告に無断で,別件訴訟の第1回口頭弁論期日の前に,原告の作成した別件訴訟の訴状(以下「別件訴状」という。)を,自らのブログの記事内にそのデータファイルへのリンクを張る形で公表するなどした。
 本件は,原告が,被告に対し,被告の上記行為は,別件訴状に係る原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)を侵害するものであるとして,慰謝料30万円(著作権侵害に基づく慰謝料15万円,著作者人格権に基づく慰謝料15万円の合計額)及びこれに対する不法行為日である令和2年9月24日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。』
(1頁以下)

別件訴訟:
「B」という名前で作家等の活動を行っているC(以下「別件訴訟原告」という。)は、原告を訴訟代理人に選任の上、令和2年8月11日、被告によるツイッターでの投稿及びニュースサイトの運営者による同投稿の転載などにより名誉が毀損され、精神的苦痛を被ったなどとして、被告ほか3名を被告として不法行為に基づく損害賠償請求訴訟(別件訴訟)を提起したもの。

<経緯>

R02.08 別件訴訟提起
R02.09 被告がブログに別件訴状のデータへのリンクを張って公表
R02.09 被告がツイッターでブログ記事を紹介
R02.12 別件訴状が第1回口頭弁論期日で陳述

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■判決内容

<争点>

1 別件訴状に係る著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害の成否

第1回口頭弁論期日前に訴状がネット上で無断で公開された行為について、被告は、裁判の公開の原則(憲法82条)や訴訟記録の閲覧等制限手続(民訴法92条)が利用できることを理由として、訴状を非公表とすることに対する原告の期待を保護する必要性は低いと反論しました。
この点について、裁判所は、裁判の公開の原則や閲覧等制限手続が存在することが、被告の行為が著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害を構成するとの結論に影響を及ぼさないとして、被告の反論を認めていません(9頁)。

結論として、別件訴状に係る著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)の侵害性を肯定されています。

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2 著作権法40条1項(政治上の演説等の利用)の類推適用又は準用の可否

被告は、訴状が裁判手続での陳述を前提に作成されるものであることなどを理由として、未陳述の訴状についても同項が類推適用又は準用されると主張しました。
この点について、裁判所は、裁判手続における公開の陳述については、裁判の公開の要請を実質的に担保するためにその自由利用を認めることにしたものと解すべきであって、このような趣旨に照らせば、公開の法廷において陳述されていない訴状についてまでその自由利用を認めるべき理由はないなどと判断。40条の「公開の陳述」には未陳述の訴状について適用されず、類推適用や準用も認められないとして、被告の反論を認めていません(9頁以下)。

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3 著作権法41条(時事の事件の報道のための利用)の適用の有無

被告は、別件訴状の公表は「時事の事件を報道する場合」に当たると反論しました(10頁以下)。
この点について、裁判所は、本件ブログ記事の内容が、「その趣旨は,紛争状態にある別件訴訟原告から訴えを提起されたことについて,遺憾の意を表明し,あるいは訴状の内容の不当性を訴えるものであって,公衆に対し,当該訴訟や別件訴状の内容を社会的な意義のある時事の事件として客観的かつ正確に伝えようとするものであると解することはできない。」(10頁)として、「時事の事件を報道する場合」(41条)に該当しないとして、被告の反論を認めていません。

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4 別件訴状の公表に関する原告の同意の有無

被告は、訴状が公開の陳述を前提とする書面であることを根拠として、原告が別件訴状の公表に黙示的に同意していたと反論しました。
この点について、裁判所は、訴状が公開の陳述を予定しているとしても、公開の陳述前の公表についての同意が推認されるものではないとして、被告の反論を認めていません(11頁)。

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5 原告に生じた損害の有無及び額

公表権侵害に対する慰謝料として2万円が認定されています(11頁以下)。

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■コメント

訴状の著作物性は争点とされず、また、「公表」や「時事の事件」「報道」の意義についての説示がないので、あっさりした印象を受ける判決です。