最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

写真素材集無断イラストトレース事件

東京地裁平成30.3.29平成29(ワ)672等損害賠償請求事件PDF
別紙1
別紙2

東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 沖中康人
裁判官    広瀬達人
裁判官    高櫻慎平

*裁判所サイト公表 2018.04.03
*キーワード:写真、イラスト、著作物性、複製、翻案、トレース

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■事案

写真からトレースしてイラスト化した場合の複製、翻案の限界事例

本訴原告兼反訴被告:ストックフォト会社
本訴被告兼反訴原告:同人誌制作者

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■結論

本訴、反訴請求棄却

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、2条1項15号、27条

1 本件写真素材は著作物に当たるか
2 被告は本件写真素材に係る著作権を侵害したか
3 原告は本件写真素材の著作権者か
4 原告の請求が不法行為に当たるか

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■事案の概要

『本件は,原告が,被告において原告の販売する写真素材を原告に無断でイラスト化して自らの作品に使用して販売した行為が,原告の当該写真素材に係る著作権(複製権,翻案権及び譲渡権)を侵害すると主張して,被告に対し,不法行為に基づき,損害賠償金62万3000円及びこれに対する不法行為後である平成28年10月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める(本訴)のに対し,被告が,本件本訴の提起を含む原告による過大な損害賠償請求等が不法行為に当たると主張して,原告に対し,不法行為に基づき,損害賠償金9万2200円及びこれに対する不法行為後である平成29年5月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める(反訴)事案である。』
(1頁以下)

<経緯>

H19.11 原告が企画して本件写真素材「コーヒーを飲む男性」撮影
    原告が本件写真素材集CDを訴外ジーアンドイーを通じて販売
H27.10 被告が同人誌50冊販売
H28.07 被告が訴外ジーアンドイー、原告に謝罪
H28.10 原告が少額訴訟で提訴

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■判決内容

<争点>

1 本件写真素材は著作物に当たるか

本件写真素材「コーヒーを飲む男性」は、右手にコーヒーカップを持ち、やや左にうつむきながらコーヒーカップを口元付近に保持している男性を被写体としたものでしたが、裁判所は、写真の著作物性(著作権法2条1項1号)の意義について言及した上で、本件写真素材の著作物性を肯定しています(11頁以下)。

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2 被告は本件写真素材に係る著作権を侵害したか

原告は、被告が本件写真素材を原告に無断でトレースし、小説同人誌の裏表紙のイラストに使用して当該小説同人誌を販売した行為は、原告の本件写真素材に係る著作権(複製権、翻案権及び譲渡権)を侵害したものであると主張しました(12頁以下)。
この点について、裁判所は、複製及び翻案の意義について言及した上で、本件写真素材と本件イラストの相違点を検討。
結論として、『本件イラストは,本件写真素材の総合的表現全体における表現上の本質的特徴(被写体と光線の関係,色彩の配合,被写体と背景のコントラスト等)を備えているとはいえず,本件イラストは,本件写真素材の表現上の本質的な特徴を直接感得させるものとはいえない。』と裁判所は判断。
本件イラストは本件写真素材の複製にも翻案にも当たらず、被告は本件写真素材に係る著作権(譲渡権を含め)を侵害していないと判断されています。

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3 原告は本件写真素材の著作権者か

なお、念のため、として原告が本件写真素材の著作権者かどうかが検討されていますが、結論として、原告が本件写真素材の著作権者ではないと判断されています(14頁以下)。

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4 原告の請求が不法行為に当たるか

反訴請求において、被告は、一連の原告の行為及びこれに伴う原告の説明等が、民法90条によって禁止される暴利行為に当たる不当に高額な損害賠償金をあたかも正当なものであるかのように被告に誤信させる欺罔行為であって不法行為に当たる、と主張しましたが、裁判所は被告の主張を認めていません(16頁以下)。

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■コメント

写真別紙1
別紙1
写真別紙2
別紙2

裁判所は和解を勧めたのでしょうが、原告が当初から高額な損害金を要求している(素材集CD販売価格が75枚入り4万円で1枚トレースしたところ、当初、損害金54万円を請求。その後29万円)経緯からすると、原告は受け容れなかったのでしょう。被告の依拠性が明らかな事案ですが、提訴をしても敗訴(完敗)の可能性があるという点では、著作権事案は結果の趨勢について予断を許さない紛争といえます。
また、そもそも論として、原告が本件写真素材の撮影者から著作権譲渡を受けていたのかどうかについて、本人訴訟ということもあって、原告側から十分な証拠が示されずに終わっています。
個人的な意見としては、別紙1と別紙2を比較してみると、トレースの限界事例で、イメージの盗用ともいえるレベルで東京地裁の結論と同じ、だからこそ和解しておいたほうが完敗はなかったかな、と考えるところです(和解しなかった結果として、判決が公開される公益はありますが)。
仮に(原告が著作権者であることが認定されて)知財高裁で判断された場合、著作権侵害性の肯否の結論がどちらになるかは分からず、写真からトレースしてイラスト化した場合の複製、翻案の限界事例として参考になります。