最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

「柴田是真 下絵・写生集」書籍印刷用データ流用事件

大阪地裁平成29.1.12平成27(ワ)718損害賠償等請求事件PDF
別紙

大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官 高松宏之
裁判官    田原美奈子
裁判官    林啓治郎

*裁判所サイト公表 2017.3.21
*キーワード:所有権、無体物、データ、黙示の合意、信義則

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■事案

印刷会社保有の書籍印刷用データの無断流用が債務不履行などに該当するかどうかが争点となった事案

原告:出版社
被告:印刷会社、出版社

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 民法85条、著作権法32条1項

1 被告ニューカラー写真印刷が本件絵画データを使用したか
2 原告が本件印刷用データを所有しているか
3 原告と被告ニューカラー写真印刷が原告書籍の出版の際本件合意をしたか
4 原告は本件写真データの使用を許諾したか
5 本件写真データの使用について著作権法32条1項が類推適用されるか
6 損害額又は本件印刷用データの使用料
7 不法行為責任の成否
8 被告光村推古書院の本件合意違反による不法行為責任の成否

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■事案の概要

『原告は,被告らが,原告が「柴田是真 下絵・写生集」との題名の書籍(以下「原告書籍」という。)を出版した際に製作された印刷用のデータ(以下「本件印刷用データ」という。ただし,その具体的な内容は,当事者間に争いがある。)を使用して,「柴田是真の植物図」との題名の書籍(以下「被告書籍」という。)を印刷・製本し,出版したと主張して,被告らに対し,以下の請求をした。(以下、略)』(2頁以下)

<経緯>

H16.08 原告と東京芸大美術館が刊行申合せ
H17.02 原告被告ニューカラー間見積書(962万1200円)
       原告が被告ニューカラーに840万円支払
H25.07 被告光村推古書院と東京芸大美術館が被告書籍合意
H25.08 被告光村推古書院が東京芸大美術館に62万6850円支払
       被告光村推古書院が被告ニューカラーに252万円支払
H27.12 原告が日本書籍出版協会会員420社へ照会実施

原告書籍:「柴田是真 下絵・写生集」(平成17年4月11日初版発行)
被告書籍:「柴田是真の植物図」(平成25年9月20日初版発行)

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■判決内容

<争点>

1 被告ニューカラー写真印刷が本件絵画データを使用したか

本件絵画データは、原告書籍の出版の際に原告が東京芸大美術館の許可を得て撮影・製作させた柴田是真の絵画のリバーサルフィルム(反転フィルム。現像の過程において露光・第一現像後、反転現像によってポジ画像(陽画)を得る構造を持つ写真フィルム)に基づいて被告ニューカラー写真印刷が製作当初から印刷に至る最終過程までの間に製作したすべての印刷用データでした。

裁判所は、
(1)被告光村推古書院は被告書籍を発行するに当たって東京芸大美術館から原板使用許可を受けて62万6850円を支払っている
(2)東京芸大美術館は原板使用許可の際には画像データを送付しており、被告光村推古書院に対しても写真原板ではなく画像データを送付したものと考えられ本件の提訴後に原告が東京芸大美術館から送付を受けた画像データはRGBデータであったことからすると、被告光村推古書院が送付を受けた画像データはRGBデータであったと推認される
(3)RGBデータをCMYKデータに変換して被告書籍の掲載形態とすることは可能である
(4)原告書籍と被告書籍の間には掲載した絵画や掲載形態に相違があることが認められる

といった点から、被告ニューカラー写真印刷は、東京芸大美術館から送付を受けた画像データを用いて被告書籍を制作した可能性があると認定。
結論として、被告ニューカラー写真印刷が被告書籍の出版に当たって、本件絵画データを使用したと認めることはできないと判断。本件の被告ニューカラー写真印刷に対する原告の各請求を認めていません(20頁以下)。

次に、宮内庁所蔵に係る明治宮殿「千種の間」の室内写真2葉(本件写真)のデータについて、被告ニューカラー写真印刷が被告書籍の出版の際に本件写真データ(本件印刷用データのうち、本件写真に係るデータ)を使用したことは当事者間に争いがないため、以下、本件写真データの使用との関係で原告の被告ニューカラー写真印刷に対する各請求が検討されています。

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2 原告が本件印刷用データを所有しているか

原告が本件印刷用データを所有しているかどうかについて、裁判所は、被告ニューカラー写真印刷は、本件印刷用データが保存された記録媒体を所持しているところ、民法上の所有権の客体である「物」は「有体物」に限定されており(民法85条)、本件印刷用データそれ自体はデジタル化された情報であって無体物であるため所有権の客体たり得ず、原告が同データを所有する旨の原告の主張は採用することができないと判断しています(27頁以下)。

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3 原告と被告ニューカラー写真印刷が原告書籍の出版の際本件合意をしたか

原告は、原告書籍の出版の際に被告ニューカラー写真印刷との間で本件印刷用データを原告以外の出版社の出版物の印刷・製本に使用する場合は原告の許諾を得た上で当該出版社が原告に使用料を支払うこととする旨の合意が成立している旨主張しました(28頁以下)。

この点について、裁判所は、原告書籍の出版の際に原告は被告ニューカラー写真印刷に対して原告書籍の印刷・製本の対価を支払っており、その前提として原告と被告ニューカラー写真印刷は契約書は作成していないものの、原告書籍に関する印刷・製本契約を締結したと認定。
原告書籍の印刷・製本契約における本件合意の有無については、日本書籍出版協会会員などへのアンケート調査結果などから、一般に、印刷・製本契約を締結した出版社と印刷業者との間では印刷業者は出版社の許諾を得ない限り、印刷用データの再利用をすることができないとの商慣行が存在していると認めるのが相当であると判断。
本件において、原告と被告ニューカラー写真印刷との間の原告書籍に関する印刷・製本契約において、上記の商慣行にのっとり、被告ニューカラー印刷は原告の許諾を得ない限り本件印刷用データの再利用をすることができないとの黙示の合意がされたと認めるのが相当であり、そうでないとしても被告ニューカラー印刷は印刷・製本契約に付随して原告の許諾を得ない限り本件印刷用データの再利用をすることができないとの義務を信義則上負うと解するのが相当であると判断しています。

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4 原告は本件写真データの使用を許諾したか

結論として、原告が本件写真データの使用を許諾したと認めることはできないと判断されています(35頁以下)。

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5 本件写真データの使用について著作権法32条1項が類推適用されるか

被告らは、原告書籍からの転載が宮内庁による許可の条件とされていたため、被告らは被告書籍に原告書籍からの転載である旨を明示したものであり、著作権法32条1項「引用」の類推適用により原告の許諾がなくとも本件写真データを使用できる旨主張しましたが、裁判所は、「本件写真データの使用につき原告の許諾を要するか否かは,被告書籍を出版する際に,原告書籍に掲載された本件写真を転載する方法に関わる事項であるにすぎず,本件写真を転載するに当たり,原告書籍のために作成された本件写真データを利用する内容上の必要性があるというわけではないから,同項の類推適用の基礎を欠くというべきである」として、被告らの主張を認めていません(38頁以下)。

結論として、被告ニューカラー写真印刷は、原告に無断で本件写真データを使用したことにつき、原告に対して債務不履行による損害賠償責任を負う(予備的請求1)と判断されています。

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6 損害額又は本件印刷用データの使用料

原告は、原告書籍の出版の際に本件写真の撮影を株式会社エスエス東京に依頼して同社に6万9300円を支払っていたこと、また、原告は他社から原告が出版した書籍に掲載された写真3枚を紹介映像に使用したい旨の依頼を受けた際に1枚当たり3万円(税別)の使用料の支払を条件として使用を許可していました。
こうした点から、裁判所は、原告は被告ニューカラー写真印刷に本件写真データの再利用を許諾する際には相当額の使用料を徴収していたと考えられ、その際の使用料相当額が被告ニューカラー写真印刷による債務不履行に係る損害額となると判断。
被告ニューカラー写真印刷について、本件写真データの使用料は写真1枚につき3万円と認めるのが相当であり、原告は2枚の写真から成る本件写真データの使用料相当額の損害を被っている損害額は6万円と認定しています(39頁以下)。

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7 不法行為責任の成否

被告ニューカラー写真印刷又は被告光村推古書院が、被告書籍のために本件印刷用データを再利用する場合に原告の許諾を得た上で使用料を支払う旨の慣習法上・条理上の義務又は不文律違反の不法行為責任を負うかについて、裁判所は、本争点は予備的請求2に係るものであるものの、仮に本争点について被告ニューカラー写真印刷の責任が認められるとしても、それによる損害額が争点6で認定した額を超えるとは認められないとして、本争点について検討するまでもなく、予備的請求1に係る後記認容額を超える部分に係る予備的請求2は理由がないと判断しています(40頁)。

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8 被告光村推古書院の本件合意違反による不法行為責任の成否

被告光村推古書院について、被告ニューカラー写真印刷による債務不履行に加担したことが原告が被告ニューカラー写真印刷に対して有する債権侵害としての不法行為を構成するかどうかについて、裁判所は、結論として不法行為の成立を肯定。本件写真データの使用料相当額として6万円を損害額(不真正連帯債務関係)として認定しています(40頁以下)。

結論としては、原告の請求の趣旨に鑑みて、各被告について3万円の損害賠償及びその遅延損害金の限度で認容されています。

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■コメント

原告書籍は、1800年代に活躍した江戸蒔絵を継承する蒔絵師、柴田是真の天井図下絵や写生帖から成る絵画を内容とするもので、絵画は東京藝術大学大学美術館が所蔵していました(書籍の価格は1万5000円)。
印刷用データの取扱いについて、原告側が印刷業者への詳細なアンケート調査を実施することで、印刷業者による印刷用データの無断流用(二次使用)が商慣習上認められていない点を裁判所に認めさせた部分は、近時の印刷業界におけるデータの権利関係に関する意識調査としてもたいへん参考になるかと思われます。
本件では、著作権の保護期間が切れている著作物が対象で著作権が中心の争点にはなりませんでしたが、無体物であるデータと所有権の関係、印刷用データの取扱いにおける契約上留意する点など(データ保存期間や流用禁止期間、契約期間なども併せて)について、示唆に富んだ事例といえます。


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■参考資料

東京都印刷工業組合「組合ガイド」(平成14年3月20日発行)
『「印刷版」・「印刷データ」の権利帰属』
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