最高裁判所HP 知的財産裁判例集より
ゴーストライター問題イベントキャンセル事件
大阪地裁平成28.12.15平成26(ワ)9552等損害賠償請求事件(本訴)、著作権使用料請求事件(反訴)PDF
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官 高松宏之
裁判官 田原美奈子
裁判官 林啓治郎
*裁判所サイト公表 2017.1.23
*キーワード:ゴーストライター、告知義務違反、著作権譲渡、不当利得
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■事案
全ろう聴覚障害であることやゴーストライターによる作曲など虚偽事情によってイベント公演が中止された際の損害などが争われた事案
原告:イベントプロモーター
被告:音楽家
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■結論
請求一部認容
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■争点
条文 著作権法121条、民法709条、704条
1 被告による不法行為の成否(本訴)
2 原告の損害額(本訴)
3 被告には本件楽曲に係る損失があるか(反訴)
4 原告の利得額(反訴)
--------------------
■事案の概要
『(1)本訴
原告が,被告に対し,被告が,全ろうの中自ら作曲したと発表していた楽曲につき,被告の説明が真実であると誤信して当該楽曲を利用する全国公演の実施を求めた原告に対してその実施を許可し,さらに,その後も,被告の説明が虚偽であることを隠して多数回の実施を強く申し入れたことにより,原告が多数の全国公演を実施することとなったが,被告の虚偽説明等が公となり原告が上記公演を実施できなくなったことにより多額の損害を被ったと主張し,不法行為に基づく損害賠償請求として,損害金6131万0956円及びこれに対する不法行為日後の平成26年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。』
『(2)反訴
被告が,原告に対し,原告が企画・実施した全国公演において被告が著作権を有する楽曲を利用したのであるから,その利用の対価を支払う義務があることを当然に知りながらこれを支払わないでその使用料相当額の利得を得ており,これにより著作権者である被告が同額の損失を被ったとして,民法704条に基づく不当利得返還請求権として,使用料相当額730万8955円の返還及びこれに対する平成26年2月3日(最終公演日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。』(2頁以下)
<経緯>
H08 被告が作曲家P2と知り合う
H10 被告がゲームソフト「バイオハザード」音楽担当
H11 被告がゲームソフト「鬼武者」音楽担当、P2に交響曲作曲依頼
H13 TIME誌が聴覚障害の被告を紹介する記事掲載
H13 被告がP2に交響曲第1番「HIROSHIMA」作曲依頼
H19 被告が自伝を出版
H20 TBSテレビで被告が取り上げられる
H21 テレビ新広島で被告が取り上げられる
H23 日本コロンビアからCD販売
H24 NHKやテレビ朝日で被告が取り上げられる
H24 被告がP2にピアノ作品集作曲依頼
P2が「ピアノのためのレクイエム・イ短調」作曲
H25 P2が「ピアノ・ソナタ第2番」作曲
H25 「NHKスペシャル 魂の旋律 音を失った作曲家」放映
H25 原被告間で本件交響曲公演、本件ピアノ公演打ち合わせ
H25 被告自伝が文庫化
H26 被告が原告にゴーストライター問題の週刊文春記事を転送
H26 NHKがおわび、P2が謝罪会見
H26 被告とP2が著作権譲渡確認書作成
H26 JASRACが被告との著作権信託契約を解除
H26 原告が本訴提起
H27 被告がP2に訴訟告知
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■判決内容
<争点>
1 被告による不法行為の成否(本訴)
原告は、被告が公表していた本件楽曲が被告自ら作曲した作品であること、被告が全ろうの中で苦労をして絶対音感を頼りに作曲した状況が、いずれも虚偽であって、このような虚偽の説明を前提に原告に本件公演の実施を許可し、さらに公演を増やすよう申し入れるなどして本件公演の実施に深く関与した行為が不法行為である旨主張しました。
これに対して、被告は、原告が主張するいずれの事実も虚偽ではなく、そもそも本件楽曲に関する明確な著作物利用契約まで成立したとはいえないまま本件公演が行われたものであるとして、被告に告知義務違反はないなどと反論しました(25頁以下)。
この点について裁判所は、被告に全ろうといった身体障害の事情での作曲活動といったことがなければ原告は本件公演を企画しなかったであろうし、P2が作曲していたという作曲状況も企画の上で重要な前提事実であると認定。また、原被告間で著作物利用契約も成立していたと判断。
そして、本件公演の企画に対して被告が関与をするに当たり、被告においてこれまで公表していた被告の人物像や作曲状況が事実とは異なることを原告にあらかじめ伝え、その内包されるリスクを告知する義務があったものというべきであると裁判所は判断。
結論として、被告がこの義務に反して事実を告げずに原告が多額の費用を掛けて多数の人が携わることとなる全国公演を行うことを了承し、さらには公演数を増やすように強く申し入れるなどして本件公演の企画に積極的に関与し、それにより原告に本件公演を企画・実施するに至らせた行為は、原告に対する不法行為を構成すると判断しています。
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2 原告の損害額(本訴)
原告の損害額について、裁判所は、損害として損益通算すべきは、(1)実施された公演については、通常得られる利益を超過して得られた利益を通算対象とすべきであり、(2)中止された公演については、売上げがない反面、経費は支出しており、また、同時期に他の公演を企画・実施する機会を逸し、突然の中止であったために他の公演で代替する余裕もなかったと認められるとして、(a)純粋支出となった経費に加え、(b)他の公演を実施していれば通常得られたであろう利益を損害として通算対象とすべきであると判断しています(30頁以下)。
(1)実施された公演による利益
実施された公演から得られた超過的利益があるとは認められず、通算対象とすべき利益は存しない。
(2)本件公演中止による損害
(a)純粋支出となった経費
・返金したチケット返送料 5万8560円
・返送料振込手数料 2万0300円
・プレイガイドへ支払った手数料等 270万6243円
・振込手数料 6988円
・公演中止広告費 21万0000円
・会場費 279万3040円
・広告費 132万2718円
(b)他の公演を実施していれば通常得られたであろう利益
・本件公演中止による逸失利益 4277万5259円
売上予定額9337万1860円−経費額5059万6601円
・本件交響曲公演のプログラムの販売不能による逸失利益 188万5313円
(3)弁護士費用 500万0000円
合計5677万8421円
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3 被告には本件楽曲に係る損失があるか(反訴)
被告は、原告が本件楽曲に係る使用料を支払うことなく実施された本件公演において本件楽曲を演奏させたことについて、使用料相当額の不当利得が成立すると主張しました(37頁以下)。
この点について、裁判所は、前提としてP2から被告への本件楽曲の著作権譲渡を認定しています。
なお、原告は、譲渡契約があるとしてもその実質はゴーストライター契約であって、著作権法121条に反する、あるいは公序良俗に反するもので無効である旨反論しましたが、裁判所は、被告とP2との間で著作権譲渡合意が本件楽曲に関する合意と不可分一体のものとされていたとまでは認められず、また、性質上不可分一体のものとも認められないと判断。そして、著作権法121条は作者名を詐称して複製物を頒布する行為を処罰の対象とするにすぎず、著作権を譲渡することを何ら制約するものではないとして、本件確認書自体が同条に反するものではなく、また、そのことは公序良俗違反についても同様であるとして、被告とP2との間における本件楽曲の著作権譲渡合意は無効とはいえないと判断しています。
結論として、被告には本件楽曲に係る使用料相当額の損失があり、原告による本件楽曲の利用利益の享受という利得は、法律上の原因を欠くものであったと認定しています。
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4 原告の利得額(反訴)
本件における原告の利得額としての使用料相当額は、原告がJASRACに対して支払うべき使用料相当額であると裁判所は判断。
結論として、被告の原告に対する不当利得返還請求として410万6459円の利得額が認定されています
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■コメント
興業イベントについて、中止された14公演の損害額の認定の点が参考になる事案です。
音楽家新垣隆氏が2014年2月6日、記者会見を開いて佐村河内守氏のゴーストライターを18年間に亘り担当していたことを公表、お茶の間を賑わせる話題となりました。その際、フィギュアスケート高橋大輔選手がソチオリンピックのプログラムで自分の楽曲を使用するのも憚られる、といった内容が印象に残っています。
当時、原告のサモンプロモーションはいち早くチケット払戻しなどのプレスリリースを告知し、また、2014年に本件提訴をしました(「<佐村河内氏>代作で全国ツアー中止 6100万円賠償提訴」毎日新聞2014年11月25日10時45分配信)。
JASRACは「佐村河内守氏の作品について 2014年2月5日プレスリリース」で楽曲の取扱いについて注意喚起。また、音楽CDを制作販売した日本コロンビアも「関係各位 2014年2月7日 佐村河内守氏につきまして」として出荷停止、販売中止などについてプレスリリースを公表していました。
ゴーストライター問題イベントキャンセル事件
大阪地裁平成28.12.15平成26(ワ)9552等損害賠償請求事件(本訴)、著作権使用料請求事件(反訴)PDF
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官 高松宏之
裁判官 田原美奈子
裁判官 林啓治郎
*裁判所サイト公表 2017.1.23
*キーワード:ゴーストライター、告知義務違反、著作権譲渡、不当利得
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■事案
全ろう聴覚障害であることやゴーストライターによる作曲など虚偽事情によってイベント公演が中止された際の損害などが争われた事案
原告:イベントプロモーター
被告:音楽家
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■結論
請求一部認容
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■争点
条文 著作権法121条、民法709条、704条
1 被告による不法行為の成否(本訴)
2 原告の損害額(本訴)
3 被告には本件楽曲に係る損失があるか(反訴)
4 原告の利得額(反訴)
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■事案の概要
『(1)本訴
原告が,被告に対し,被告が,全ろうの中自ら作曲したと発表していた楽曲につき,被告の説明が真実であると誤信して当該楽曲を利用する全国公演の実施を求めた原告に対してその実施を許可し,さらに,その後も,被告の説明が虚偽であることを隠して多数回の実施を強く申し入れたことにより,原告が多数の全国公演を実施することとなったが,被告の虚偽説明等が公となり原告が上記公演を実施できなくなったことにより多額の損害を被ったと主張し,不法行為に基づく損害賠償請求として,損害金6131万0956円及びこれに対する不法行為日後の平成26年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。』
『(2)反訴
被告が,原告に対し,原告が企画・実施した全国公演において被告が著作権を有する楽曲を利用したのであるから,その利用の対価を支払う義務があることを当然に知りながらこれを支払わないでその使用料相当額の利得を得ており,これにより著作権者である被告が同額の損失を被ったとして,民法704条に基づく不当利得返還請求権として,使用料相当額730万8955円の返還及びこれに対する平成26年2月3日(最終公演日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。』(2頁以下)
<経緯>
H08 被告が作曲家P2と知り合う
H10 被告がゲームソフト「バイオハザード」音楽担当
H11 被告がゲームソフト「鬼武者」音楽担当、P2に交響曲作曲依頼
H13 TIME誌が聴覚障害の被告を紹介する記事掲載
H13 被告がP2に交響曲第1番「HIROSHIMA」作曲依頼
H19 被告が自伝を出版
H20 TBSテレビで被告が取り上げられる
H21 テレビ新広島で被告が取り上げられる
H23 日本コロンビアからCD販売
H24 NHKやテレビ朝日で被告が取り上げられる
H24 被告がP2にピアノ作品集作曲依頼
P2が「ピアノのためのレクイエム・イ短調」作曲
H25 P2が「ピアノ・ソナタ第2番」作曲
H25 「NHKスペシャル 魂の旋律 音を失った作曲家」放映
H25 原被告間で本件交響曲公演、本件ピアノ公演打ち合わせ
H25 被告自伝が文庫化
H26 被告が原告にゴーストライター問題の週刊文春記事を転送
H26 NHKがおわび、P2が謝罪会見
H26 被告とP2が著作権譲渡確認書作成
H26 JASRACが被告との著作権信託契約を解除
H26 原告が本訴提起
H27 被告がP2に訴訟告知
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■判決内容
<争点>
1 被告による不法行為の成否(本訴)
原告は、被告が公表していた本件楽曲が被告自ら作曲した作品であること、被告が全ろうの中で苦労をして絶対音感を頼りに作曲した状況が、いずれも虚偽であって、このような虚偽の説明を前提に原告に本件公演の実施を許可し、さらに公演を増やすよう申し入れるなどして本件公演の実施に深く関与した行為が不法行為である旨主張しました。
これに対して、被告は、原告が主張するいずれの事実も虚偽ではなく、そもそも本件楽曲に関する明確な著作物利用契約まで成立したとはいえないまま本件公演が行われたものであるとして、被告に告知義務違反はないなどと反論しました(25頁以下)。
この点について裁判所は、被告に全ろうといった身体障害の事情での作曲活動といったことがなければ原告は本件公演を企画しなかったであろうし、P2が作曲していたという作曲状況も企画の上で重要な前提事実であると認定。また、原被告間で著作物利用契約も成立していたと判断。
そして、本件公演の企画に対して被告が関与をするに当たり、被告においてこれまで公表していた被告の人物像や作曲状況が事実とは異なることを原告にあらかじめ伝え、その内包されるリスクを告知する義務があったものというべきであると裁判所は判断。
結論として、被告がこの義務に反して事実を告げずに原告が多額の費用を掛けて多数の人が携わることとなる全国公演を行うことを了承し、さらには公演数を増やすように強く申し入れるなどして本件公演の企画に積極的に関与し、それにより原告に本件公演を企画・実施するに至らせた行為は、原告に対する不法行為を構成すると判断しています。
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2 原告の損害額(本訴)
原告の損害額について、裁判所は、損害として損益通算すべきは、(1)実施された公演については、通常得られる利益を超過して得られた利益を通算対象とすべきであり、(2)中止された公演については、売上げがない反面、経費は支出しており、また、同時期に他の公演を企画・実施する機会を逸し、突然の中止であったために他の公演で代替する余裕もなかったと認められるとして、(a)純粋支出となった経費に加え、(b)他の公演を実施していれば通常得られたであろう利益を損害として通算対象とすべきであると判断しています(30頁以下)。
(1)実施された公演による利益
実施された公演から得られた超過的利益があるとは認められず、通算対象とすべき利益は存しない。
(2)本件公演中止による損害
(a)純粋支出となった経費
・返金したチケット返送料 5万8560円
・返送料振込手数料 2万0300円
・プレイガイドへ支払った手数料等 270万6243円
・振込手数料 6988円
・公演中止広告費 21万0000円
・会場費 279万3040円
・広告費 132万2718円
(b)他の公演を実施していれば通常得られたであろう利益
・本件公演中止による逸失利益 4277万5259円
売上予定額9337万1860円−経費額5059万6601円
・本件交響曲公演のプログラムの販売不能による逸失利益 188万5313円
(3)弁護士費用 500万0000円
合計5677万8421円
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3 被告には本件楽曲に係る損失があるか(反訴)
被告は、原告が本件楽曲に係る使用料を支払うことなく実施された本件公演において本件楽曲を演奏させたことについて、使用料相当額の不当利得が成立すると主張しました(37頁以下)。
この点について、裁判所は、前提としてP2から被告への本件楽曲の著作権譲渡を認定しています。
なお、原告は、譲渡契約があるとしてもその実質はゴーストライター契約であって、著作権法121条に反する、あるいは公序良俗に反するもので無効である旨反論しましたが、裁判所は、被告とP2との間で著作権譲渡合意が本件楽曲に関する合意と不可分一体のものとされていたとまでは認められず、また、性質上不可分一体のものとも認められないと判断。そして、著作権法121条は作者名を詐称して複製物を頒布する行為を処罰の対象とするにすぎず、著作権を譲渡することを何ら制約するものではないとして、本件確認書自体が同条に反するものではなく、また、そのことは公序良俗違反についても同様であるとして、被告とP2との間における本件楽曲の著作権譲渡合意は無効とはいえないと判断しています。
結論として、被告には本件楽曲に係る使用料相当額の損失があり、原告による本件楽曲の利用利益の享受という利得は、法律上の原因を欠くものであったと認定しています。
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4 原告の利得額(反訴)
本件における原告の利得額としての使用料相当額は、原告がJASRACに対して支払うべき使用料相当額であると裁判所は判断。
結論として、被告の原告に対する不当利得返還請求として410万6459円の利得額が認定されています
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■コメント
興業イベントについて、中止された14公演の損害額の認定の点が参考になる事案です。
音楽家新垣隆氏が2014年2月6日、記者会見を開いて佐村河内守氏のゴーストライターを18年間に亘り担当していたことを公表、お茶の間を賑わせる話題となりました。その際、フィギュアスケート高橋大輔選手がソチオリンピックのプログラムで自分の楽曲を使用するのも憚られる、といった内容が印象に残っています。
当時、原告のサモンプロモーションはいち早くチケット払戻しなどのプレスリリースを告知し、また、2014年に本件提訴をしました(「<佐村河内氏>代作で全国ツアー中止 6100万円賠償提訴」毎日新聞2014年11月25日10時45分配信)。
JASRACは「佐村河内守氏の作品について 2014年2月5日プレスリリース」で楽曲の取扱いについて注意喚起。また、音楽CDを制作販売した日本コロンビアも「関係各位 2014年2月7日 佐村河内守氏につきまして」として出荷停止、販売中止などについてプレスリリースを公表していました。