最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

「知と文明のフォーラム」遺言書事件

東京地裁平成28.10.25平成27(ワ)31705不当利得返還等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 長谷川浩二
裁判官    林 雅子
裁判官    中嶋邦人

*裁判所サイト公表 2016.10.27
*キーワード:自筆証書遺言、遺贈、死因贈与契約

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■事案

遺言書などにより著作物の著作権が譲渡されていたかどうかが争点となった事案

原告:フォーラム団体
被告:亡Bの法定相続人

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 民法968条

1 本件文書が自筆証書である遺言書に当たるか
2 亡Bとフォーラムの間で死因贈与契約が締結されたか

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■事案の概要

『本件は,原告が,本件各著作物の著作権を含むB(以下「亡B」という。)の財産につき,これを法定相続により取得したとする被告(亡Bの夫)に対し,主位的に自筆証書(後述の本件文書)による遺言に基づいて遺贈を受けたこと,予備的に死因贈与を受けたことを主張して,不当利得(主位的)又は死因贈与契約(予備的)に基づく3000万円(内金請求)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成27年12月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払と,本件各著作物に係る著作権を有することの確認を求める事案である。』(1頁以下)

<経緯>

H18 「知と文明のフォーラム」発足
H18 亡Bが本件文書を作成
H21 亡Bが死亡
H23 原告団体法人設立
H27 被告が原告代表理事を退任

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■判決内容

<争点>

1 本件文書が自筆証書である遺言書に当たるか

亡Bが作成した本件文書について、原告は、本件文書は亡Bの全財産をフォーラムに遺贈する旨を内容としているもので、その全文、日付及び氏名が遺言者である亡Bの自書によるものであり、押印もされていることから遺言書である旨主張しました。
これに対して、亡Bの夫で唯一の法定相続人である被告は、本件文書は単なる下書き、草案程度のものであって、遺言書ではない旨反論しました(6頁以下)。

この点について、裁判所は、

・本件文書の本文は黒インクのペンと鉛筆によって書かれており、複数の加除訂正等の変更箇所があるがこれらの箇所に亡Bの署名押印はない
・平成18年1月30日から4月5日の間に弁護士に遺言書の作成について相談している
・平成24年8月頃、亡Bの著作物を整理していたフォーラムの関係者により他の書類に雑然と紛れ封筒に入っていない状態で発見

といった諸事情を勘案した上で、

・多数の加除訂正等がペン又は鉛筆によって遺言書に求められる方式(民法968条2項)によることなく施されている。このうちペンを用いて記載された部分をみても、亡Bは変更を加えながら文章を作成していると認められ、作成の時点で記載内容が確定していなかった。また、鉛筆によって数行にわたり抹消された部分もある。
・本件文書は亡Bの書斎に置いてあった書類に紛れた状態にあったというが、遺言書という重要な書類の保管方法としては不自然なものである。
・本件文書の作成直後から複数の弁護士に相談をして遺言書の作成について助言を受けており、このような本件文書作成後の事情もこれが遺言書の下書きないし草案であることを裏付けている。

と判断。本件文書は遺言書として完成したものあるとは認められず、自筆証書遺言としての効力を有しないと判断しています。

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2 亡Bとフォーラムの間で死因贈与契約が締結されたか

原告は、フォーラムは亡B及び被告の遺産の受け皿にするために設立されたものであり、亡Bは平成18年1月頃のフォーラム発足当初から自身の遺産をフォーラムに譲り渡す旨何度も発言しており、フォーラムの構成員もそのことを承知していた。本件文書は、フォーラムの了解の下に作成された死因贈与契約を証する書面である旨主張しました(9頁以下)。

この点について、裁判所は、

・本件文書は遺言書の下書きにとどまるものであるから、これにより亡Bが死因贈与の意思を有していたと認めることはできない。
・将来的に遺産を贈与したいという意向を有していたといい得るとしても、フォーラムに死因贈与する旨の確定的な意思表示があったとは認められない。
・亡Bが多額の金融資産と不動産及び本件各著作物の著作権を有しており、原告がその全てを死因贈与により取得したというのであれば、原告は設立後速やかに被告が法人設立時に拠出した2000万円を超える部分の交付など贈与の履行を求めるものと解されるが、本件の証拠上そのような事情はうかがわれない。

といったことから、亡Bとフォーラムの間に死因贈与契約が締結されたとは認められないと判断しています。

結論として、原告の請求は認められていません。

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■コメント

2009年11月25日に亡くなった青木やよひ氏の著作物の著作権の帰属を巡る争いです。生前に作成した文書が要式行為である自筆証書遺言(単独行為である遺贈)にあたらず、また、当事者の合意による死因贈与契約の成立も否定されており、氏及び被告を顕彰する目的を有するフォーラム団体への著作権の帰属は認められていません。
青木やよひ氏の著作としては、女性学やベートーベン研究に関するものなどがあります。
なお、被告となった夫は北沢方邦氏で音楽論、構造主義人類学などの研究者です。

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■参考サイト

一般財団法人 知と文明のフォーラム