最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

雑誌「プレジデント」記事翻案事件

東京地裁平成28.8.19平成28(ワ)3218著作権侵害および名誉侵害行為に対する損害賠償事件PDF
別紙1

東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 東海林 保
裁判官    古谷健二郎
裁判官    広瀬 孝

*裁判所サイト公表 2016.9.12
*キーワード:翻案権、同一性保持権、名誉・声望権

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■事案

雑誌に掲載された記事を要約してウェブサイトに転用されたとして著作権侵害性などが争点となった事案

原告:映画プロデューサー
被告:新聞社

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、27条、113条6項

1 翻案権侵害の成否
2 同一性保持権侵害の成否
3 名誉・声望権侵害の成否
4 社会的評価の低下の有無
5 真実性の抗弁ないし公正な論評の抗弁の成否

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■事案の概要

『本件は,原告が,被告の運営するウェブサイト上の記事により著作権(翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権,名誉・声望権)を侵害され,また名誉を毀損されたと主張して,被告に対し,(1)著作権侵害,著作者人格権侵害ないし名誉毀損の不法行為に基づき,損害合計340万円及びこれに対する不法行為の後の日(本訴状送達の日の翌日)である平成28年2月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,(2)著作権法115条ないし民法723条に基づき,被告のウェブサイトへの謝罪文の掲載を求めた事案である。』(1頁以下)

<経緯>

H27.02 雑誌「プレジデント」に原告記事掲載
H27.11 被告運営のウェブサイトに被告記事掲載

原告記事:「なぜ東京国際映画祭は世界で無名なのか」
     『プレジデント』2015年11月2日号

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■判決内容

<争点>

1 翻案権侵害の成否

裁判所は、著作物の翻案(著作権法27条)の意義について言及した上で、原告と被告の具体的な表現について検討を加えています(8頁以下)。
原告は、被告各表現が原告各表現と同一性を有する部分として、

(1)映画産業の国際発展を妨げている利権構造批判
(2)東京国際映画祭の事業費、事業委託先及びその関係
(3)映画産業の既得権益たる社会的集団を「映画村」と表現し、その状態を「独占」と表現したこと
(4)平成26年の映画祭事業費と委託費の割合
(5)既得権益を構成する企業名
(6)東京国際映画祭とクールジャパン政策の連携

等を挙げました。

しかし、このうち(3)以外は原告の思想、感情又はアイデア、事実又は事件など、表現それ自体でない部分についての同一性を主張するものにすぎないと判断。
また、(3)のうち「独占」との表現は一般用語であり表現上の創作性はなく、さらに、「映画村」との表現についても、ある特定の限られた分野又は共通の利害関係を有する一定の社会的集団を「○○村」と表現することは経験則上一般にみられるありふれた表現であると裁判所は判断。
結論として、いずれの表現についても被告各表現は、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において原告各表現と同一性を有するにすぎず、表現上の本質的な特徴の同一性を維持したものとは認められないとして、被告各表現が原告各表現を翻案したものであるということはできないと判断しています。

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2 同一性保持権侵害の成否

争点1の通り、被告各表現が原告各表現の表現上の本質的な特徴の同一性を維持したものとは認められないことから、被告記事は原告記事の表現上の本質的特徴を直接感得することができない別個の著作物であって、原告記事を改変したものということはできないと裁判所は判断。
結論として、被告記事によって原告記事に係る原告の同一性保持権が侵害されたということはできないと判断しています(10頁)。

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3 名誉・声望権侵害の成否

原告は、被告記事の中に「それにもかかわらず、未だ東京国際映画祭は批判の格好の的になっており、映画祭に対する厳しい批判は毎年の恒例行事のようなものになっている。そして、今回それを行ったのが映画プロデューサーの甲であった」として原告記事を紹介していることが、日本の映画産業発展のための生産的議論にすることを目的とした原告の意図と著しく異なる意図を持つものとして受け取られる可能性があることを理由として、原告の名誉・声望権を侵害すると主張しました。

この点について、裁判所は、著作権法113条6項の「名誉又は声望を害する方法」とは、単なる主観的な名誉感情の低下ではなく、客観的な社会的、外部的評価の低下をもたらすような行為をいい、対象となる著作物に対する意見ないし論評などは、それが誹謗中傷にわたるものでない限り、「名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」に該当するとはいえないというべきであると説示。
そして、原告が指摘する被告記事の上記表現部分は、被告記事の著者の原告記事に対する意見ないし論評又は原告記事から受けた印象を記載したものにすぎず、原告又は原告記事を誹謗中傷するものとは認められないとして、たとえ、被告記事の表現によって、原告の意図と著しく異なる意図を持つものとして受け取られる可能性があるとしても、そのことをもって、原告の「名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」と認めることは相当でないと判断。
結論として、被告記事によって原告記事に係る原告の名誉・声望権が侵害されたということはできないと判断しています(10頁以下)。

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4 社会的評価の低下の有無

原告は、被告記事の記載が原告の社会的評価を低下させるものであると主張し、その理由として(1)被告記事には原告が「東京国際映画祭と日本映画全般のがっかりするような国際的な地位」と述べた旨の記載があるが、原告記事にはそのような表現、論述は一切存在しないこと、また、(2)被告は大幅な要約を行ったこと、の2点を挙げました。
この点について、裁判所は、被告記事の記載が原告の社会的評価を低下させるものであるかどうかは被告記事それ自体についての一般読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきことになるところ、原告記事に同様の表現、論述が存在しないとか、被告記事がこれを大幅に要約したなどという事情は被告記事の記載が原告の社会的評価を低下させるものであることの理由とはなり得ないと判断。
結論として、被告記事が原告の社会的評価を低下させるものであるとの原告の主張は理由がなく、被告記事による名誉毀損は成立しないと判断しています(11頁以下)。

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5 真実性の抗弁ないし公正な論評の抗弁の成否

結論としては、被告記事に名誉毀損としての違法性があるということはできず、原告の名誉毀損に基づく請求は理由がないと裁判所は判断しています(12頁以下)。

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■コメント

被告新聞社が運営する英語ニュースサイトでの記載が問題となった事案です。本人訴訟となりますが、別紙にある著作物対比表をみると表現部分の内容が良く分かります。著作権侵害性や名誉毀損についていずれも原告の主張は認められていません。