最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

小学校学習教材イラスト事件

東京地裁平成28.6.23平成26(ワ)14093著作権侵害差止等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 長谷川浩二
裁判官    藤原典子
裁判官    中嶋邦人

別紙1(イラスト類目録)
別紙2(書籍目録、文書目録)
別紙3(謝罪広告目録)
別紙4(複製権侵害(書籍目録部分))

*裁判所サイト公表 2016.7.26
*キーワード:契約、出版、イラスト、改変

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■事案

小学校用学習教材向けに制作されたイラストの取扱いについて使用範囲が争点となった事案

原告:イラストレーター
被告:小学校学習教材出版社ら

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、22条、19条、20条、114条3項

1 本件文書における本件イラスト類の複製又は翻案の有無
2 本件イラスト類の使用についての原告の許諾の範囲
3 同一性保持権侵害の成否
4 原告の損害額
5 差止め及び廃棄請求並びに謝罪広告掲載請求の当否
6 本件イラスト類13の修正に係る請求の当否
7 本件未完成作品に係る請求の当否

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■事案の概要

『本件は,原告が,被告らに対し,(1)原告が被告らの依頼により本件イラスト類を作成し,被告らに提供したことに関して,(1)被告らによる本件書籍及び本件文書への本件イラスト類の使用が原告の許諾の範囲を超えるものであり,原告の著作権(複製権及び翻案権)の侵害に当たるとして,著作権法112条1項及び2項に基づく本件イラスト類の複製等の差止め並びに本件書籍及び本件文書の複製等の差止め及び廃棄と,民法709条,著作権法114条3項に基づく損害賠償金7105万2000円及び遅延損害金の連帯支払,(2)本件書籍及び本件文書の一部において本件イラスト類を改変し,原告の氏名を表示しなかったことが原告の著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害に当たるとして,民法709条,710条に基づく慰謝料280万円及び遅延損害金の連帯支払並びに謝罪広告の掲載,(3)原告のイラストが掲載されていない教材に原告の氏名を表示したことが氏名権侵害の不法行為に当たるとして,民法709条,710条に基づく慰謝料20万円及び遅延損害金の連帯支払,(4)上記(1)〜(3)に係る弁護士費用690万2500円及び遅延損害金の連帯支払を求めるとともに,(2)原告が被告らの依頼により修正した本件イラスト類13の修正料6万円及び使用料20万円並びに遅延損害金の連帯支払,(3)原告が被告らの依頼により中途まで作成した未完成のイラスト類の製作料(予備的に契約解除による損害賠償金)32万円及び遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。』(3頁)

<経緯>

H15 被告らが原告にイラスト制作を依頼
H16 イラスト使用条件について話合い
H17 平成17年度教科書改訂
H22 被告らが原告に本件イラスト類13修正を依頼
H23 平成23年度教科書改訂
H24 平成24年度教材への本件イラスト類掲載
H27 平成27年度教科書改訂

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■判決内容

<争点>

1 本件文書における本件イラスト類の複製又は翻案の有無

教材広告宣伝のためのチラシ類である、別紙文書目録記載の各文書(本件文書)に用いられている本件イラスト類4〜6及び11について、原告がこれらに関して著作権及び著作者人格権の侵害を主張したのに対して、被告らは本件文書には本件イラスト類の創作性のある表現が再現されておらず複製又は翻案に当たらず、著作者人格権侵害も成立しない旨主張しました(13頁以下)。
この点について、裁判所は、まず、イラストの著作物性について、吉野ヶ里遺跡の再現想像図といった本件イラスト類4〜6及び11は美術の著作物に当たると判断。
その上で複製又は翻案の成否について検討を加えています。
結論としては、本件文書ではこれらイラスト類が縮小されるなどしており、細部の陰影等の表現は感得できないなどとして、本件文書につき被告らによる著作権(複製権、翻案権)の侵害を認めることはできないと判断しています。
また、著作権侵害があることを前提とする著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)の侵害も認めていません。

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2 本件イラスト類の使用についての原告の許諾の範囲

小学校6年生向け社会科資料集といった本件書籍への本件イラスト類の使用について、平成23年度以降の使用については原告の許諾がなく、複製権侵害が成立することを被告らは争っていないことから、平成22年度以前の本件書籍への本件イラスト類の使用を原告が許諾していたかどうかが検討されています(15頁以下)。
結論としては、作成を依頼された教材については、準拠する教科書が改訂されるまで翌年度以降も追加の使用料の支払なしに被告らがそのイラスト類を使用することを原告が許諾したものとみることができると裁判所は判断。
ただ、教科書が改訂された平成23年度以降については、許諾があるとは認められないと判断しています。

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3 同一性保持権侵害の成否

原告は、本件書籍に使用された本件イラスト類1〜6について、サイズの変更(縮小)、色の変更及びトリミングを行ったこと、また、本件イラスト類19について、大型ポスターとした上でシールを貼るための丸枠内に別の画像をはめ込んだことが原告の同一性保持権を侵害する旨主張しました(20頁以下)。
この点について、裁判所は、まず、本件イラスト類1〜6について、本件イラスト類の作成に当たっては、学習対象への児童の関心を引いて理解を深めるという教材の目的や、教材の限りある紙面に多数のイラスト等を掲載するという利用態様に照らして、掲載箇所の紙幅等を考慮してサイズや色を変更したり、一部をカットしたりすることが当然に想定されていたとみることができると判断。本件イラスト類1〜6について、上記のようにサイズを変更するなどした被告らの行為は同一性保持権の侵害に当たらないと判断しています。
これに対して、本件イラスト類19については、A4判の理科学習ノートの口絵部分に見開き(ほぼA3判の大きさ)で掲載するものとして原告が被告らの依頼により作成したこと、動植物の四季の変化の様子を1枚に描いたものであり、シールを貼るための円形の枠が十数か所設けられていること、被告らはこれをA1判相当に拡大した上で上記の枠に替えて別の画像をイラスト中に埋め込んで授業で使用できる掲示用資料(ポスター)を作成したと認定。
上記事実関係に照らして、本件イラスト類19に加えられたサイズ及び画像の変更は、学習用教材であることを考慮してもその内容及び程度に照らし原告の意に反する改変というほかないと裁判所は判断。本件イラスト類19については、同一性保持権侵害が成立すると判断しています。

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4 原告の損害額

(1)複製権侵害について(114条3項)

平成17年度43万7500円
平成19年度10万円
平成20年度4万7500円
平成21年度2万3000円
平成23年度107万1000円

合計167万9000円が損害額として認定されています(22頁以下)。

(2)著作者人格権侵害について

同一性保持権侵害について慰謝料10万円、氏名表示権侵害について慰謝料40万円が認定されています(27頁以下)。

(3)氏名権侵害について

イラスト制作者ではないのに、平成23年度及び平成24年度の理科学習ノート・3年生に原告の氏名が掲載された点について、慰謝料5万円が認定されています(28頁以下)。

(4)弁護士費用相当額損害

30万円(29頁)

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5 差止め及び廃棄請求並びに謝罪広告掲載請求の当否

差止め及び廃棄請求並びに謝罪広告掲載請求の当否について、被告らが平成24年度をもって本件イラスト類の使用を取りやめたこと、平成22年度分までの教材は平成23年度の教科書改訂以降、平成23年度及び平成24年度の教材は平成27年度の教科書改訂以降、いずれも教科書に準拠する小学校用の教材であるという性質上、そのままの形では使用できないことが明らかであると裁判所は判断。
被告らが今後本件イラスト類を複製し、又は本件書籍を頒布等するおそれがあるとは認められないとして、原告の差止請求はいずれも理由がないと判断しています(29頁)。
また、被告らの行為により原告の名誉、声望等が害されたことをうかがわせる証拠はないとして、謝罪広告の掲載請求も認めていません。

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6 本件イラスト類13の修正に係る請求の当否

本件イラスト類13の修正料の請求については、1万円が認定されています(29頁以下)。

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7 本件未完成作品に係る請求の当否

本件未完成作品(武士の館、貴族の館及び太閤検地を題材とする作品)に係る請求の当否について、原告と被告らの間に原告が3件のイラストを完成させて、被告らがその代金を支払う旨の契約が締結されたと認められるものの、同契約は平成23年末頃の時点で合意解除されたとみることができ、また、出来高に応じて代金を支払う旨の約定の存在も認められないとして、裁判所は、原告の上記契約に基づく代金の支払請求は理由がないと判断しています(30頁以下)。

結論として、合計253万9000円の請求が認容されています。

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■コメント

小学生向けの学習教材で使用するイラストの取扱いについて、発注者側の出版社と受注者側のイラスト制作者との間で使用条件などについて契約上齟齬が生じた事案となります。
5年以上に亘る継続的な取引のなかで、イラストの使用条件について問題を先送りにした結果もあったかと思われる事案です。