最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

著作権判例百選編集事件(保全異議申立事件)

東京地裁平成28.4.7平成28(モ)40004保全異議申立事件PDF

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 嶋末和秀
裁判官    笹本哲朗
裁判官    天野研司

*裁判所サイト公表 2016.04.21
*キーワード:判例集、編集、編集著作者、共同著作物、翻案、氏名表示権、同一性保持権

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■事案

著作権判例百選の編者が出版社との間で編集著作者性などを巡って争われた事案

債権者:大学教授X
債務者:出版社

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■結論

仮処分決定認可

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■争点

条文 著作権法14条、12条、27条、19条、20条、65条3項、64条2項

1 著作者性
2 翻案該当性ないし直接感得性
3 本件著作物を本件原案の二次的著作物とする主張の当否
4 氏名表示権の侵害の有無
5 同一性保持権の侵害の有無
6 黙示の許諾ないし同意の有無
7 著作権法64条2項、65条3項に基づく主張の当否
8 権利濫用の有無
9 本件雑誌の出版の事前差止めの可否
10 保全の必要性

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■事案の概要

『債権者は,自らが編集著作物たる別紙著作物目録記載の雑誌『著作権判例百選[第4版]』(以下「本件著作物」という。)の共同著作者の一人であることを前提に,債務者が発行しようとしている別紙雑誌目録記載の雑誌『著作権判例百選[第5版]』(以下「本件雑誌」という。)は本件著作物を翻案したものであるなどと主張して,本件著作物の(1)翻案権並びに二次的著作物の利用に関する原著作物の著作者の権利(著作権法28条)を介して有する複製権,譲渡権及び貸与権又は(2)著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)に基づく差止請求権(以下「本件差止請求権」ともいい,これに係る差止請求を「本件差止請求」ともいう。)を被保全権利として,債務者による本件雑誌の複製,頒布,頒布する目的をもってする所持又は頒布する旨の申出(以下,併せて「複製・頒布等」ということがある。)を差し止める旨の仮処分命令を求めた(以下「本件仮処分申立て」という。)。当裁判所は,本件仮処分申立てには理由があると判断し,平成27年10月26日,「債務者は,別紙雑誌目録記載の雑誌の複製,頒布,頒布する目的をもってする所持又は頒布する旨の申出をしてはならない。」との仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)をした。
 本件は,債務者がこれを不服として保全異議を申し立て,原決定である本件仮処分決定の取消しと本件仮処分申立ての却下を求める事案である。』

<経緯>

H20.08 百選4版企画決定
H21.01 編者会議
H21.12 百選4版発行
H26.08 百選5版企画
H26.09 出版社とXが面談
H26.10 出版社とXが面談
H26.11 出版社とXが面談
H27.01 出版社とXが面談
H27.05 代理人らが和解案提案
H27.08 Xが本件仮処分申立て
H27.09 百選5版 当初刊行予定
H27.10 本件仮処分決定
H28.01 出版社が本件保全異議申立て
H28.02 出版社が和解拒否

基本事件
平成27年(ヨ)第22071号仮処分命令申立事件
平成27年10月26日仮処分決定

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■判決内容

<争点>

1 著作者性

百選第4版(本件著作物)について、Xは、自らとA教授、B教授及びC教授の4名を著作者とする共同著作物である旨主張し、これに対して、出版社は、B教授及びD教授の2名を著作者とする共同著作物である旨主張し、Xが著作者の一人であるか否かが争点となっています(38頁以下)。
この点について、裁判所は、表紙やはしがきの表示などから、著作権法14条によりXは編集著作物たる本件著作物の著作者(編集著作者)と推定されると判断。その上で、本件においてXが本件著作物の編集著作者であるとの推定を覆す事情が疎明されているか否かについて、推定を覆す事情が疎明されているということはできないと判断。
結論として、Xは、編集著作物たる本件著作物の著作者の一人であると判断されています。

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2 翻案該当性ないし直接感得性

本件雑誌の表現から本件著作物の表現上の本質的特徴を直接感得することができるかどうかについて、裁判所は、第4版(本件著作物)と第5版(本件雑誌)とでは、掲載される判例と執筆者の執筆する解説が編集著作物たる本件著作物及び本件雑誌の素材となるが、その表現(素材の選択又は配列)の選択の幅(個性を発揮する余地)を考えた場合、『判例百選』の性格上、判例の選択や判例等の配列に係る選択の幅はある程度限られるものの、執筆者の選択、すなわち誰が執筆する解説を載せるかという選択の幅は決して小さくないこと、どの判例の解説の執筆者として誰を選ぶかに係る選択の幅は極めて広い、というべきであると判断。

諸事情を総合勘案した上で、本件著作物と本件雑誌とで創作的表現が共通し同一性がある部分が相当程度認められる一方、本件雑誌が新たに付加された創作的な表現部分により本件著作物とは別個独立の著作物になっているとはいい難いと裁判所は判断。

本件雑誌の表現からは、本件著作物の表現上の本質的特徴を直接感得することができると認定しています(45頁以下)。

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3 本件著作物を本件原案の二次的著作物とする主張の当否

出版社は、本件著作物はB教授及びD教授が作成した第4版搭載判例リスト案(本件原案)を原著作物とする二次的著作物にすぎず、二次的著作物の著作権者が権利を主張できるのは新たに付加された創作的部分に限られるが、本件著作物において本件原案に新たに付加された創作的表現が本件雑誌において再製されているとは認められない旨主張しました(47頁以下)。

この点について、裁判所は、本件原案は最終的な編集著作物たる雑誌『著作権判例百選[第4版]』の完成に向けた一連の編集過程の途中段階において準備的に作成された一覧表の一つであり、原案にすぎないものであって、その後編者により修正、確定等がされることを当然に予定していたものであり、途中の段階で本件原案が独立の編集著作物として成立したとみた上で本件著作物について本件原案を原著作物とする二次的著作物にすぎないとすることは相当ではないと判断。
出版社の主張を認めていません。

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4 氏名表示権の侵害の有無

本件雑誌の発行に当たって、はしがきにおいてXの氏名を記載するほかは、編者ないし編集著作者としてXの氏名を表示しない予定だった点について、裁判所は、出版社が本件雑誌を頒布して公衆に提供するに当たって、原著作物の編集著作者としてのXの氏名の表示をしないことは、Xの氏名表示権(著作権法19条1項後段)を侵害することになると判断しています(48頁以下)。

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5 同一性保持権の侵害の有無

本件雑誌による本件著作物の素材の選択・配列の改変について、Xは、「顔真卿自書建中告身帖事件上告審判決」を本件雑誌では「著作物」の大項目中の項目1に持ってきた配列の仕方や、執筆者としてa判事、b弁護士及びXを除外した選択の仕方等について、「耐え難い」としていることも含め、本件雑誌における改変は、Xの「意に反して」(20条1項)本件著作物を改変したものであると裁判所は判断しています(50頁以下)。

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6 黙示の許諾ないし同意の有無

出版社は、『判例百選』が改版と編者の変動(新たな版において編者に交代が生じ得ること)を所与の前提とする性質の出版物であり、編者に就任する者はこれを承知していることを根拠として、Xが編者への就任の際に、出版社に対して本件雑誌のような改訂版の出版に関して黙示的に本件著作物の利用を許諾し、著作者人格権を行使しない点を同意した旨主張しました(52頁以下)。
この点について、裁判所は、改版に当たって編者の交代が生じ得るということやこれを認識していたことのみから債権者が手放しで上記許諾ないし同意をしたと当然に推認することはできないとして、出版社の主張を認めていません。

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7 著作権法64条2項、65条3項に基づく主張の当否

編集著作者5名のうち、Xを除く4名は本件雑誌の出版に関して、出版社に対して本件著作物の利用を許諾し、著作者人格権を行使しない旨同意しているが、平成27年11月30日付けでXに対して通知書面により上記許諾及び同意に関して、著作権法64条1項及び65条2項所定の合意を求めたものの、
Xはこれを拒絶しており、このような合意を拒むことについては、正当な理由(65条3項)がなく、かつ、信義に反する(64条2項)ものであり、このことは本件差止請求に対する抗弁となる旨出版社は主張しました(54頁以下)。
この点について、裁判所は、Xが通知書面をもって求められた合意を拒むことには正当な理由があるということができ、また、通知書面に対してXが信義に反して合意を妨げているということはできないと判断。出版社の主張を認めていません。

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8 権利濫用の有無

出版社は、極めて重大な不利益を出版関係者及び社会一般に及ぼすとして、Xが出版者に対して本件差止請求権を行使することは権利の濫用に当たる旨主張しましたが、裁判所は認めていません(58頁以下)。

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9 本件雑誌の出版の事前差止めの可否

出版社は、北方ジャーナル事件最高裁判決を援用して出版の事前差止めは許容されない旨主張しましたが、両事件は事案の基本的な性格を全く異にするなどとして、裁判所は出版社の主張を認めていません(61頁以下)。

結論として、著作権、著作者人格権侵害性(そのおそれ)があり、Xは出版社に対して著作権又は著作者人格権に基づき、本件雑誌の複製・頒布等の差止めを請求することができると判断されています。

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10 保全の必要性

出版社は、本件仮処分決定当時、平成27年11月6日に本件雑誌を発行しようとしており、現時点においても本件仮処分決定がなければ本件雑誌をそのまま発行しようとしているものと一応認められること、そして、本件雑誌の複製・頒布等により債権者Xの著作者人格権が侵害される関係にあることから、本件については、民事保全法23条2項所定の「争いがある権利関係について債権者に生ずる急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」に該当する(保全の必要性がある)というべきであると裁判所は判断しています(65頁以下)。

結論として、Xの本件仮処分申立てには理由があり、これを認容した原決定(本件仮処分決定)は相当であると判断されています。

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■コメント

著作権判例百選第4版は、2009年刊行、編者は中山信弘 (明治大学特任教授)、大渕哲也 (東京大学教授)、小泉直樹 (慶應義塾大学教授)、田村善之 (北海道大学教授)の各先生です(肩書は当時)。

大学の法学部では、判例集の「百選」に掲載された事案の解説を担当された研究者は、学生にとっては憧れ、一種のブランドで、ゼミも人気がありましたが、本事案は法学部生にとって身近な判例集である百選制作での人選や編集過程の一端を窺うことができるたいへん興味深い事件です。

決定文を拝読しますと、双方の代理人が、事態を丸く収めようとご尽力されたことが伝わってきますが、和解には至らず残念なところです。

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■参考サイト

「著作権判例集が「著作権侵害」 出版差し止め命じる決定」(佐々波幸子 2015年10月29日08時23分)
朝日新聞デジタル

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■追記(2016.12.13)

抗告審では14条の著作者の推定の覆滅として、経過等を詳細に検討。
本件著作物の編集過程全体の実態として、アドバイザーの地位に置かれるにとどまるなどとして、結論として、X教授の本件著作物の著作者性を否定。

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
決定日 平成28年11月11日
事件番号 平成28年(ラ)第10009号 保全異議申立決定に対する保全抗告事件
裁判官
裁判長裁判官 鶴岡稔彦
裁判官 杉浦正樹
裁判官 寺田利彦