最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

萌酒ラベルイラスト契約事件

東京地裁平成28.2.29平成25(ワ)28071等著作権侵害行為差止等請求事件等PDF

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 嶋末和秀
裁判官      鈴木千帆
裁判官      天野研司

*裁判所サイト公表 2016.3.9
*キーワード:イラスト、譲渡契約、現状回復、信義則上の付随義務違反、相殺

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■事案

果実酒のラベルのイラストに関する著作権譲渡契約の成否などが争点となった事案

原告(反訴被告):イラストレーター
被告(反訴原告):インターネット通信販売事業社

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■結論

本訴一部認容、反訴棄却

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■争点

条文 民法415条、545条1項、著作権法112条

1 原告と被告との間に本件著作権譲渡契約が締結されたか
2 本件著作権譲渡契約について解除原因が認められるか
3 本件著作権譲渡契約の解除に伴う原告の金銭請求は認められるか
4 被告は本件特典クリアファイルの印刷代金相当額を法律上の原因なく利得しているか
5 本件各イラストの複製等の差止請求が認められるか
6 本件ウェブサイトに掲載されている本件各イラストの削除、本件各イラストの原画の返還、並びにその複製物及び原画のデータの廃棄請求が認められるか
7 原告と被告との間に本件基本合意が成立したか等
8 原告の不法行為

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■事案の概要

『(1)本訴請求は,イラストレーターである原告が,被告との間で締結したとする別紙イラスト目録各記載のイラスト(いずれも被告の依頼により原告が制作したもの。以下,同目録の番号に従い「本件イラスト1」などといい,本件イラスト1ないし同15の2を併せて「本件各イラスト」という。)の各著作権(以下「本件各著作権」という。)及び被告の依頼により原告が色紙に直接書いて被告に渡したイラスト(以下「特典色紙イラスト」といい,本件各イラストと併せて「本件イラスト」という。)の著作権(以下「本件各著作権」と併せて「本件著作権」という。)を原告が被告に有償で譲渡することなどを内容とする契約(以下「本件著作権譲渡契約」という。)を被告の債務不履行(本件著作権の譲渡の対価の不払)により解除した上で,被告に対し,(1)本件各著作権に基づく差止請求権(著作権法112条1項)を主張して,本件各イラストの複製,公衆送信,展示,譲渡及び翻案(以下「複製等」という。)の差止めを求め,(2)本件各著作権に基づく廃棄等請求権(同条2項)を主張して,インターネット上のウェブサイト「夢萌.com」ホームページ(URL:http:// 以下省略)(被告の管理に係るウェブサイト。以下「本件ウェブサイト」という。)に掲載されている本件各イラストの削除,被告の住所地又は営業所に存する被告所有の本件各イラストの原画の返還,並びにその複製物及び原画のデータの廃棄を求め,(3)本件著作権譲渡契約の債務不履行及び同契約の解除による損害賠償請求権(民法415条,545条3項)又は同解除に伴う原状回復請求権(民法545条1項)を主張して,損害賠償金又は使用利益相当額150万5000円及びこれに対する本訴請求に係る訴状(以下「本件訴状」という。)送達の日の翌日である平成25年11月9日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに(なお,上記損害賠償請求と使用利益請求とは選択的請求の関係にあると解される。),(4)被告が,本件イラスト13が印刷されたクリアファイル(以下「本件特典クリアファイル」という。)を取得し,本件特典クリアファイルの印刷のため原告が印刷業者に支払った印刷代金相当額を法律上の原因なく利得していると主張して,不当利得返還請求権(民法703条)に基づき,不当利得金3万2288円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成25年11月9日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。』

『(2)反訴請求は,株式会社である被告が,原告に対し,(1)原告との間で共同事業に関する基本合意(以下「本件基本合意」という。)を締結していたところ,原告が本訴請求に係る訴えを提起して本件基本合意を一方的に破棄したことは,本件基本合意に付随する信義則上の義務に違反するものであると主張して,債務不履行による損害賠償請求権(民法415条)に基づき,損害賠償金179万5000円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成26年7月5日から支払済みまでの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,(2)原告が,被告が小売店に販売した商品を販売しないよう同小売店に求めたことが被告に対する不法行為を構成すると主張して,同不法行為による損害賠償請求権(民法709条)に基づき,損害賠償金50万円及びこれに対する不法行為後の日である平成26年4月1日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 なお,被告は,平成27年12月16日の本件第4回口頭弁論期日において,原告に対し,反訴請求に係る上記(2)の(1)及び(2)の各損害賠償請求権を自働債権とし,本訴請求に係る上記(1)の(3)及び(4)の各債権を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をし,本訴請求について相殺の抗弁を提出した(相殺の充当につき当事者の意思表示はされていないので,これが問題となるときは,民法512条により準用される同法489条及び491条の規定に従うことになる。)。これにより,反訴請求のうち,本訴請求の審理において反訴請求に係る上記各損害賠償請求権について相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合には,その限りにおいてその部分を反訴請求としない旨の予備的反訴に変更された(最高裁平成16年(受)第519号同18年4月14日第二小法廷判決・民集60巻4号1497頁参照)。』(2頁以下)

<経緯>

H24.12 原被告感で打ち合わせ。原告が本件各イラストを制作
H25.01 原告が本件イラスト1等を制作し、被告に交付
H25.02 被告が本件果実酒をウェブサイトで販売
H25.06 原告がクリアファイル制作
H25.09 原告が被告に支払通知書送付
H25.11 原告が本件著作権譲渡契約解除の意思表示
H26.01 本件果実酒の販売中止、店頭から撤去
H27.12 被告が本件第4回口頭弁論期日に相殺の抗弁

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■判決内容

<争点>

1 原告と被告との間に本件著作権譲渡契約が締結されたか

原告と被告との間に本件著作権譲渡契約が締結されたかどうかについて、裁判所は、原告と被告との間には、平成24年12月11日の本件打合せにおいて、原告が本件果実酒のラベル等に使用するためのイラストを制作し、その著作権を被告に有償で譲渡する旨の契約が成立したものと推認されるというべきであると判断。

もっとも、被告が、本件果実酒の販売促進のために制作するグッズ等に使用するイラストについてまでも、ラベルイラストと別個に著作権譲渡の対価を支払うべきものと認識していたかは疑わしく、当事者間の合理的意思としては、被告が原告に支払うべき対価は、イラスト1点ごとに幾らというのではなく、本件果実酒のシリーズ(温州みかん、こい梅、ぶどう、こいあんずの各シリーズ)1点ごとに、それぞれ少なくとも10万円を支払うべきものであったと推認されると判断。

原告と被告との間には、平成24年12月11日、原告が本件果実酒の包装や広告宣伝に使用するためのイラストを制作し、その著作権を、本件果実酒の1シリーズ(温州みかん、こい梅、ぶどう、こいあんずの各シリーズ)につき10万円で被告に譲渡する旨の合意が成立し、その後、原告が被告の依頼に応じて本件イラストを制作して、被告に提供し、被告が本件イラストを包装や広告宣伝に使用して飲料を販売するなどしたことから、上記合意に従って本件著作権を原告が被告に有償で譲渡する旨の本件著作権譲渡契約が成立したものと認めるのが相当であると判断しています(19頁以下)。

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2 本件著作権譲渡契約について解除原因が認められるか

被告は、原告の制作した本件イラストを用いて、本件果実酒を合計4シリーズ(温州みかん、こい梅、ぶどう、こいあんず)販売したと認められるから、被告は、本件著作権譲渡契約に基づき、原告に対し、40万円を支払う義務を負っていたところ、被告は、原告による本件イラストの対価の支払を求める平成25年9月24日付け通知書の受領を拒絶し、原告に対して金銭の支払を行っていないことから、被告には、本件著作権譲渡契約につき、債務不履行が認められると裁判所は判断。
結論として、原告が、催告の上、相当期間が経過した後に、本件訴状によってした本件著作権譲渡契約の解除の意思表示により、本件著作権譲渡契約は有効に解除されたと判断しています(21頁以下)。

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3 本件著作権譲渡契約の解除に伴う原告の金銭請求は認められるか

原告は、被告の債務不履行により、本件イラストの対価(本件著作権の譲渡対価)に相当する金額の損害を受けたと主張しました(22頁以下)。

この点について、裁判所は、本件著作権譲渡契約が解除されたことにより、原告は、本件著作権を復帰的に取得するに至ったものであって、これを行使しうる地位にある以上、原告が本件著作権の譲渡対価相当額の損害を受けたと直ちに認めることは困難であり、このことは、原告が本件イラストを本件果実酒の包装等に使用するためにオーダーメイドで制作したものであったとしても変わることはないと判断。

もっとも、被告は、本件著作権譲渡契約が解除されたことにより原状回復義務を負うところ(民法545条1項)、被告は、同義務の内容として、解除までの間、本件著作権を利用したことによる利益(本件著作権譲渡契約の目的の使用利益)を返還する必要がある(最高裁昭和49年(オ)第1152号同51年2月13日第二小法廷判決・民集30巻1号1頁参照)と説示。

被告は、原告に対し、本件果実酒の売上高の3パーセントに相当する額を支払う旨の契約を提案しているのであるから、少なくとも同3パーセントに相当する額については、本件著作権を利用することによる利益と認めるのが相当であると判断。

果実酒販売実績合計391本、売上高にして合計57万5100円の3パーセントに相当する1万7253円の損害額を認定しています。

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4 被告は本件特典クリアファイルの印刷代金相当額を法律上の原因なく利得しているか

原告は、平成25年6月頃、本件果実酒の販促グッズのうち、本件特典クリアファイルの印刷代金3万2288円を、被告に代わって立替払する趣旨で印刷業者に支払っているところ、本件特典クリアファイルは、被告が本件果実酒を販売するに際し、販売促進物として制作されたものと認められることから、その印刷代金は本来被告が支払うべきものと裁判所は認定。

被告は、本件特典クリアファイルの印刷代金相当額である3万2288円について、法律上の原因なく利得しており、これにより原告が損失を受けているものといえるとして、被告の原告に対する不当利得金3万2288円の支払義務を肯定しています(24頁)。

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5 本件各イラストの複製等の差止請求が認められるか

本件各イラストのうち、本件イラスト6の1、同6の2、同7の1、同7の2及び同13の複製物の譲渡を差し止める必要性が認められ、その限りにおいて理由があると裁判所は判断しています(25頁以下)。

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6 本件ウェブサイトに掲載されている本件各イラストの削除、本件各イラストの原画の返還、並びにその複製物及び原画のデータの廃棄請求が認められるか

本件ラベル及び本件特典クリアファイルを廃棄させる必要があるといえ、その限りにおいて理由があると裁判所は判断しています。

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7 原告と被告との間に本件基本合意が成立したか等

被告は、原告と被告との間に、原告がイラストを作成し、被告が同イラストを使用した飲料を販売して、その売上金額の3パーセントを原告に分配することを内容とする本件基本合意が成立していたことを前提に、原告は、本件基本合意に付随する信義則上の義務として、被告にとって不利な時期に本件基本合意を解消してはならない義務を負っていたと主張し、同義務違反による損害賠償請求権を自働債権とし、本件請求に係る各債権を受働債権として対当額で相殺する旨の相殺の抗弁を提出しました。

この点について、裁判所は、原告と被告との間に本件基本合意が成立したことを認めることはできないとして、同義務違反による損害賠償請求権の存在を前提とする相殺の抗弁は成り立たないと判断しています。

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8 原告の不法行為

被告は、原告が平成26年3月頃、ドンキホーテ秋葉原店において、同店の店員に対し、本件果実酒を店頭から撤去して販売しないよう求めたことが、被告に対する不法行為を構成するとして、同不法行為による損害賠償請求権を自働債権とし、本件請求に係る各債権を受働債権として対当額で相殺する旨の相殺の抗弁を提出しました(26頁)。

この点について、裁判所は、現に本件果実酒が量販店の店頭で販売されていることを発見した原告において、代理人弁護士を介することなくその場で販売の中止を同店に申し入れたとしても、なお被告に対する不法行為を構成するとまでは認め難いと判断。被告の抗弁を認めていません。

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■コメント

お酒と「萌え」で「萌酒サミット」というのも開催されているようです。
萌酒サミット2015ブース紹介
萌え系キャラクターをラベルに使用したり、瓶の意匠に凝ったりと、酒類メーカーも商品開発にあの手この手という印象です。

新規事業でだれがどれだけリスクを負うかという判断のなかで、ある程度のリスク分担内容は事前に詰めておかないと、ボタンの掛け違いが大きくなるということが良く分かる事案でした。

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■参考判例

最判昭和51年2月13日昭和49(オ)1152損害賠償請求事件

(裁判要旨)
売買契約に基づき目的物の引渡を受けていた買主は、民法五六一条により右契約を解除した場合でも、原状回復義務の内容として、解除までの間目的物を使用したことによる利益を売主に返還しなければならない。