最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

「性犯罪被害にあうということ」映画化事件

東京地裁平成27.9.30平成26(ワ)10089著作権侵害差止等請求事件PDF
別紙

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 嶋末和秀
裁判官      鈴木千帆
裁判官      笹本哲朗

*裁判所サイト公表 2015.10.29
*キーワード:映画、原作小説、映画化合意、翻案権、同一性保持権、名誉権

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■事案

性犯罪被害に関するノンフィクション小説の映画化にあたって合意の有無などが争点となった事案

原告:ノンフィクション小説著者
被告:テレビディレクター兼プロデューサー

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法22条、27条、20条、112条

1 著作権(翻案権・複製権)侵害の成否
2 著作者人格権(同一性保持権)侵害の成否
3 人格権としての名誉権及び名誉感情の侵害の成否
4 本件各著作物の場面・台詞不使用の合意の成否
5 本件映画の上映等の差止請求及び本件映画のマスターテープ等の廃棄請求の当否
6 損害発生の有無及びその額

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■事案の概要

『本件は,原告が,被告に対し,(1)(1)被告の製作に係る別紙物件目録記載の映画(以下「本件映画」という。)は,原告の執筆に係る「性犯罪被害にあうということ」及び「性犯罪被害とたたかうということ」と題する各書籍(以下,それぞれ,「本件著作物1」,「本件著作物2」といい,両者を併せて「本件各著作物」という。)の複製物又は二次的著作物(翻案物)であると主張して,本件各著作物について原告が有する著作権(複製権〔著作権法21条〕,翻案権〔同法27条〕)及び本件各著作物の二次的著作物について原告が有する著作権(複製権,上映権,公衆送信権〔自動公衆送信の場合にあっては,送信可能化権を含む。〕及び頒布権〔同法28条,21条,22条の2,23条,26条〕),並びに本件各著作物について原告が有する著作者人格権(同一性保持権〔同法20条〕)に基づき,本件映画の上映,複製,公衆送信及び送信可能化並びに本件映画の複製物の頒布(以下,これらを併せて「本件映画の上映等」という。)の差止め(同法112条1項)を求めるとともに,本件映画のマスターテープ又はマスターデータ及びこれらの複製物(以下,これらを併せて「本件映画のマスターテープ等」という。)の廃棄(同条2項)を求め,(2)本件映画は,原告の人格権としての名誉権又は名誉感情を侵害するとして,同人格権に基づき,本件映画の上映等の差止めを求めるとともに,本件映画のマスターテープ等の廃棄を求め,(3)本件映画製作の前に原被告間に成立した合意に基づいて,本件映画の上映等の差止めを求めるとともに,本件映画のマスターテープ等の廃棄を求め,(2)著作者人格権侵害(本件各著作物を原告の意に反して改変されたこと)の不法行為による損害賠償金400万円(慰謝料300万円と弁護士費用100万円の合計)及びこれに対する平成26年5月8日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,(3)債務不履行(被告が原告との上記合意に違反して本件映画を製作したこと)による損害賠償金(精神的苦痛に対する慰謝料)100万円及びこれに対する平成26年12月27日(同月26日付け訴えの変更申立書(2)の送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である(なお,原告は,上記(2)及び(3)の請求についてのみ,仮執行宣言を申し立てた。)。』
(2頁以下)

<経緯>

H24.05 被告が原告に本件各著作物の映画化を打診
H25.08 被告が本件各著作物の出版元と面談
H25.12 被告が本件脚本1を完成
H25.12 原告が原作使用を拒否
H26.01 被告が確定稿を完成
H26.12 被告が本件映画完成
       原告が映画祭事務局へ上映中止要請
H26.02 被告に対して本件映画の上映差止要請

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■判決内容

<争点>

1 著作権(翻案権・複製権)侵害の成否

(1)エピソードについて

裁判所は、複製と翻案の意義に言及した上で、別紙エピソード別対比表の各エピソードを検討しています(29頁以下)。
結論としては、本件映画のエピソード1、2については、客観的な事実の記述部分での同一性があるにすぎないと裁判所は判断しています。
これに対して、エピソード3、4、6、7における描写については、表現上の共通性により本件各著作物の著述の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しているものと認められるとして、本件映画におけるエピソード3、4、6、7部分に接することによって本件各著作物のエピソード3、4、6、7における著述の表現上の本質的な特徴を直接感得することができ、本件各著作物を翻案したものと判断しています。
エピソード5、8については、その表現自体に原告の個性が表れたものとはいえないとして、表現上の創作性があるとまではいえないと判断されています。

(2)台詞について

原告は、本件各著作物の台詞の著作権が侵害されている旨主張しましたが、裁判所は、台詞自体はいずれもごく短いものであり、台詞そのものに表現上の創作性があるとはいえず、ありふれたものであって、各台詞はそれ自体で原告の個性が表れているということはできないと判断しています(41頁以下)。

結論として、エピソード3、4、6、7については、依拠性や被告の過失も肯定されて、エピソードを不可分的に有する本件映画を製作することによって原告の本件各著作物について有する著作権(翻案権)が被告によって侵害されたものと判断されています。

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2 著作者人格権(同一性保持権)侵害の成否

エピソード3、4、6、7の翻案部分について、原告が本件各著作物について有する同一性保持権が被告により侵害されていると判断されています(42頁以下)。

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3 人格権としての名誉権及び名誉感情の侵害の成否

本件映画を観た不特定多数者による本件映画の主人公と原告の同定の可能性を裁判所は肯定しています(43頁以下)。主人公についての描写にその社会的評価を低下させる性質のものがある場合には、当該描写は本件映画のモデルとなった原告の社会的評価をも低下させることになり、原告の名誉を毀損すると説示。
その上で、原告主張の本件映画中の映像部分が本件映画の主人公の社会的評価を低下させる性質のものか否かについて、結論としては、原告の社会的評価を低下させ、名誉感情を害すると判断しています。

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4 本件各著作物の場面・台詞不使用の合意の成否

裁判所は、原被告間で被告が本件各著作物の場面・台詞を使用しないことを条件として、性犯罪被害をテーマにした映画製作を続行することについての合意が成立していたと判断。被告が平成26年1月17日に完成させた確定稿は、その約8割ほどが本件脚本1のままであることから、被告は本件各著作物に記載された場面・台詞を使用して各定稿を完成したと認定。
被告は本件各著作物不使用の合意に違反して本件映画を製作したと判断しています(47頁以下)。

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5 本件映画の上映等の差止請求及び本件映画のマスターテープ等の廃棄請求の当否

別紙エピソード別対比表3、4、6及び7の本件映画欄に記載の表現を含む本件映画の上映、複製等の差止めや本件映画のマスターテープ等の廃棄請求が認められています(51頁以下)。

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6 損害発生の有無及びその額

(1)著作者人格権の侵害による損害

原告の精神的苦痛に対する慰謝料の額として50万円が認定されています(54頁以下)。

(2)弁護士費用相当損害

弁護士費用相当損害額として5万円が認定されています。

(3)本件合意違反による損害

本件各著作物の使用については著作者人格権の侵害行為に基づく慰謝料が認められることなどから、別途、本件合意違反に基づく慰謝料請求は認められていません。

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■コメント

判決文に現れた経緯を読む限りでは、性犯罪被害を主題とする映画の製作にあたって、プロデューサーに原作者への配慮が欠けていたというほかない事案といえます。