最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

錦絵画像無断複製事件

大阪地裁平成27.9.24平成27(ワ)731損害賠償請求事件PDF

大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 森崎英二
裁判官      田原美奈子
裁判官      大川潤子

*裁判所サイト公表 2015.10.9
*キーワード:パブリックドメイン、出版、所有権、ライセンス、商慣習、一般不法行為論

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■事案

パブリックドメインとなった江戸時代などの錦絵を撮影した画像の無断複製が争点となった事案

原告:錦絵コレクター
被告:出版社

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 民法703条、206条、709条

1 本件錦絵写真の無断複製を理由とする不法行為
2 本件錦絵写真利用に係る被告の不当利得(予備的請求)
3 所蔵者名虚偽表示に係る被告の不法行為

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■事案の概要

『本件は,著作権の保護対象ではない別紙1本件錦絵目録記載の絵画(以下まとめて「本件錦絵」といい,個別に「本件錦絵1ないし4」という。)を所有する原告が,原告の許諾を得ず本件錦絵を被写体とする写真を利用してその発行する教材に掲載したほか,その際,被写体である本件錦絵が原告所有であることを表示しなかった被告に対し,以下の請求をした事案である。
(1)無許諾の利用が不法行為であることを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求 189万円
(1)’無許諾の利用により不当利得したことを理由とする不当利得に基づく損失相当額の返還請求((1)の予備的請求) 121万5000円
(2)本件錦絵が第三者の所蔵品であるかのような虚偽の表示をしたことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求 280万円
(3)上記(1)((1)’),(2)の不法行為を理由とする慰謝料請求 100万円
(4)弁護士費用 56万円』
(1頁以下)

本件教材:「最新歴史資料集」

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■判決内容

<争点>

1 本件錦絵写真の無断複製を理由とする不法行為

原告は、本件錦絵を被写体とする写真である本件錦絵写真を被告が無断で転載して利用する行為は、商慣習又は商慣習法に違反するもので原告の法律上保護される利益を侵害する行為であるから不法行為を構成すると主張しました(8頁以下)。

この点について、裁判所は、事実上の商慣習に違反しただけでは不法行為法上違法とはいえず、それ自体で法規範足り得る商慣習法である必要があり、商慣習法が存在すると認められるためには事実上の商慣習が存在し、それが法的確信でよって支持されていることが認められなければならないと説示。

その上で、原告主張に係る商慣習法の存否について検討しています。

(1)原告所蔵品の映像は、講談社が昭和52年に発行した全12巻の「錦絵幕末明治の歴史」等の出版物を介して、既に一般にも容易に入手され得る状態になっていたが、その出版物から映像を得て転載利用あるいは放映しようとする出版社や放送事業者は、原告から許諾を得て原告の定めた利用規定に従い利用料金を支払うなど、原告主張の商慣習法が存在するかのような対応をしていることが認められること

(2)文化庁、国公立博物館、資料館等においては、その所蔵する資料写真の使用を許可するに当たり、その使用に所定の料金を徴収しているところが多く、また館外所蔵者の所蔵品の資料写真の写真原版を貸し出す場合には、その利用につき所有者の許諾を求める扱いをしていること

(3)国立国会図書館の所蔵する資料を放映する場合、及び同図書館の許可を得て出版物等に掲載された資料を別の出版物等に再利用する場合には、著作権が消滅した著作物であっても事前に同図書館の許諾を要するものとされていること

(4)写真エージェンシー等は、その管理する写真を著作権の有無にかかわらず有償で貸与していること

以上の点からすると、著作権の存否とは関係なく、著作物の無体物の面の利用についてはその所有者から許諾を得ることが必要であったり、対価の支払を必要としたりすることが一般的になっており、そのような慣習が存在するように見受けられるものの、原告所蔵品の映像は一般に入手可能であるのにその利用のために原告の定める利用規定に従って契約締結をするという者の中には、原告所蔵品の文化的価値を尊重して、その対価支払が当然と考えてしている者もいるであろうし、本件錦絵の所有者である原告との紛争をあらかじめ回避して円滑に事業を遂行するため、原告の定める利用規定に従っている者もいるであろうことは容易に想像できる。また、博物館等での利用については、写真原版自体の所有権行使として説明ができると判断。

結局のところ、その対価の支払根拠は、原告との合意に基づくことになるから、このような事実関係から、原告主張に係る商慣習又は法的確信によって支持された商慣習法の存在を認めることはできないと裁判所は判断しています。

なお、、予備的に、本件錦絵写真の原作品である本件錦絵について原告の所有権を侵害する行為として不法行為を構成する旨を原告は主張しましたが、裁判所は、本件錦絵の所有権侵害は問題となり得ないとして、原告が予備的請求原因として主張する所有権侵害の主張はこの点で明らかに失当であると判断しています。

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2 本件錦絵写真利用に係る被告の不当利得(予備的請求)

原告の被告による不当利得に係る主張について、裁判所は、原告所蔵品の利用者の多くが原告の定める利用契約の締結に応じたからといって、これに応じずに本件錦絵の無体物の面を利用することが法律上許されないわけではなく、本件錦絵を掲載した本件教材の販売により原告が利益を得、他方で原告が被告と利用契約の締結をした場合に得られるはずの対価を得られなかったとしても、被告が法律上の原因なく利益を得たということはできず、またそのために原告に損失が及ぼされたということもできないとして、原告の主張を認めていません(12頁)。

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3 所蔵者名虚偽表示に係る被告の不法行為

原告所蔵品である本件錦絵が掲載された本件教材には、その裏表紙の「写真・資料提供(敬称略・順不同)」欄に原告の名称も、その通称である「P1コレクション」の名称も記載されていませんでした。
原告は、同欄には他の写真・資料提供者の名称が記載されており、この行為があたかも本件錦絵が他者の所蔵品であるかのごとく表示するものであり、原告の所有権を否定するに等しいとして原告の信用を著しく毀損する旨主張しました(12頁以下)。

この点について、裁判所は、「写真・資料提供(敬称略・順不同)」欄には小さな文字で数百単位の所蔵者名称が記載されており、本件錦絵の所有者が原告であるとの知識を有する一般読者であっても、現実にそのような点に気付いて、原告がもはや本件錦絵の所有者ではないとの認識に至り得るとは考えられない。また、原告の名称がないことに気付いたとしても、記載漏れの可能性も容易に想い至るところであるとして、原告の記載がないことをもって本件錦絵の原告の所有権が否定されたと積極的に理解されるとまで解することはできないと判断。さらにそこから進んで原告の信用が毀損されるような事態が生じるとまでは認められないとしています。

結論として、原告の主張は全て否定されています。

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■コメント

保護期間が満了した著作物(PD作品)については、生前の著作者を貶めるような態様での使用でもない限り、自由に誰でも使うことができますが、ライセンス慣行がある場合、それを無視して利用できるかどうかは一般不法行為論の観点から検討の余地があります。
多大な労力と費用を掛けてライセンスビジネスを行っている場合などは別段ですが(読売オンライン事件 知財高裁平成17年10月6日判決参照)、本判決ではライセンス慣行があったとしても商慣習とまではいえないとして原則通りのPD作品の自由利用を保護しており、実務レベルではPD作品をビジネス利用したい利用者側としては大変参考になる判例となります。

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■参考サイト

Matimulog 町村泰貴先生(2015年10月16日記事)
copyright:著作権保護対象でない絵の所有者に無断で複製を公開しても不法行為にはならない