最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

「通信と放送の融合に伴う著作権問題の研究」論文事件

東京地裁平成27.3.27平成26(ワ)7527著作権確認等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 東海林保
裁判官      今井弘晃
裁判官      足立拓人

*裁判所サイト公表 2015.4.2
*キーワード:学術論文、学会、著作権譲渡、著作物性、複製権、同一性保持権、氏名表示権、一般不法行為論

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■事案

学術学会に譲渡された論文について侵害事案が生じた場合の学会の対応などが争点となった事案

原告:研究者
被告:研究者、学校法人、学術学会

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、19条、20条、21条、民法709条、715条

1 本件著作権譲渡契約の解除の可否
2 被告ら論文−複製権又は翻案権の侵害の成否
3 被告ら論文−同一性保持権侵害の成否
4 氏名表示権侵害の成否
5 被告Bの損害賠償義務の有無及びその額
6 被告Aの損害賠償義務の有無及びその額
7 被告ら共著論文2に係る削除請求の可否
8 謝罪広告の要否
9 C論文による著作権及び著作者人格権の侵害に基づく被告Aの損害賠償義務の有無及びその額
10 学術論文を盗用・剽窃されない利益の侵害に係る一般不法行為の成否
11 被告学園の使用者責任の有無

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■事案の概要

『本件は,別紙論文目録記載1の論文(以下「原告論文」という。)の著作者である原告が,被告Bが単独又は被告Aと共同で執筆した別紙論文目録記載2ないし4の各論文及び訴外Cが執筆した論文(以下「C論文」という。)の中にそれぞれ原告論文の記述とほぼ同一の記述があることを前提に,これらが原告論文に係る原告の著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)を侵害する不法行為であり,また,学術論文を他人に盗用・剽窃されない利益を侵害する一般不法行為(民法709条)を構成し,被告Aが勤める大学院を運営する被告学園は被告Aの各不法行為について使用者責任(同法715条1項)を負うと主張して,被告B及び被告Aに対しては,別紙論文目録記載2ないし4の各論文による著作権侵害及び著作者人格権侵害の共同不法行為に基づき,被告学園に対しては,その使用者責任に基づき,慰謝料及び弁護士費用として330万円及びこれに対する各不法行為の日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求め〔請求の趣旨1項〕,また,被告Aに対しては,別紙論文目録記載2及び3の各論文による学術論文を盗用・剽窃されない利益の侵害に係る一般不法行為並びにC論文による著作権侵害及び著作者人格権侵害に係るCとの共同不法行為に基づき,被告学園に対しては,その使用者責任に基づき,慰謝料及び弁護士費用として220万円及び各不法行為の日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求め〔請求の趣旨2項〕,さらに,被告B及び被告Aに対して,著作者人格権侵害に基づく名誉回復措置請求(著作権法115条)として謝罪広告の掲載を求め〔請求の趣旨3項〕,このほか,被告学会に対しては,同被告の運営するウェブサイト上での別紙論文目録記載3の論文及びその著作者名の掲載が原告論文に係る公衆送信権及び氏名表示権を侵害すると主張して,著作権法112条1項に基づき同ウェブサイト上からの論文及び著作者名表示の削除を求める〔請求の趣旨4項〕とともに,原告論文の著作権についての被告学会への譲渡契約を同被告の債務不履行に基づき解除したと主張して,これを争う被告学会との間で,原告が原告論文の著作権を有することの確認を求める〔請求の趣旨5項〕事案である。』(2頁以下)

<経緯>

H19 原告論文を被告学会で公表
H24 被告ら共著論文を「信学技報」に掲載
H24 原告が被告学会に対して義務履行催告
H25 原告が被告学会に対して解除の意思表示

原告論文:「通信と放送の融合に伴う著作権問題の研究」
被告ら論文等:
「通信・放送融合における著作権問題−裁判例と各国の比較から導く日本著作権法のあり方−」
「IPTVサービスにおける著作権問題−デジタル映像コンテンツの流通促進に向けて−」
「通信・放送融合の著作権問題について−裁判例と各国の比較から導く日本の著作権法の有り方−」

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■判決内容

<争点>

1 本件著作権譲渡契約の解除の可否

原告は、被告学会に対して学会著作権規程に従って原告論文の著作権を譲渡していました。
被告らの共著論文による原告論文に対する著作権侵害疑義に関して、原告は、被告学会は学会の著作権規程の前文及び第7条1項に基づき、原告論文の著作権に対する第三者による侵害があった場合には、原告と協議の上、原告が損害を被らないように対処する義務を負っているにもかかわらず、この義務の履行を怠ったことが被告学会の債務不履行であるとして、著作権譲渡契約の解除の意思表示を被告学会に対して行いました(23頁以下)。

【著作権規程】

前文
この規程ではかかる著作物の著作権を情報処理学会に譲渡してもらうことを原則とするものの、それによって著者ができるだけ不便を被らないよう配慮する。

第7条(著作権侵害および紛争処理)
本学会が著作権を有する論文等に対して第三者による著作権侵害(あるいは侵害の疑い)があった場合、本学会と著作者が対応について協議し、解決を図るものとする。

この点について、裁判所は、本件著作権規程には協議の内容や解決の方法は何ら具体的に定められておらず、これらの規定に基づいて被告学会が著作者に対して当該第三者に対して訴訟を提起するなどして侵害状態を解消すべき義務や、著作者自身による訴訟提起を可能にするために著作権を再譲渡すべき義務を負っているとまでは認めることができないと判断。
被告学会としては著作者である原告に配慮し、原告と協議して問題の解決に向けた相応の努力をしていたものと認められるとして、被告学会の債務不履行を否定。
以上から、被告学会の債務不履行を理由とする原告の本件著作権譲渡契約の解除の意思表示の効力は認められていません。
結論として、原告が著作権を有することの確認を求める原告の請求は否定されています。

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2 被告ら論文−複製権又は翻案権の侵害の成否

原告による本件著作権譲渡契約の解除が認められず、原告に原告論文に関する著作権が帰属していないことから、複製権又は翻案権の侵害の主張は認められていません(27頁)。

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3 被告ら論文−同一性保持権侵害の成否

(1)被告ら共著論文2

被告ら共著論文2の被告表現1のうち「の基本原則として」以下の記述は、原告論文の原告表現1のうち「の基本原則として」以下の記述と共通しており、ほぼ同一の内容であるとして、改変行為があるとは認められず、原告論文についての同一性保持権が侵害されたものとは認められていません(27頁以下)。

(2)被告ら共著論文1及び被告B論文

被告表現2の2箇所(104頁及び105頁)の各記述は、いずれも原告表現2に含まれる記述とほぼ共通しており、実質的に同一の表現ということができるため改変行為があるとはいえず、被告ら共著論文1及び被告B論文によって原告論文についての同一性保持権が侵害されたものとは認めらていません。

(3)被告ら共著論文2における切除について

原告は、被告ら共著論文2においては原告表現1の中の重要な一文が切除されたことによって原告表現1が誤った文脈で引用されており、その結果として原告論文の同一性保持権が侵害されたと主張しました。
この点について、裁判所は、結論として被告ら共著論文2の記述によって原告論文の文脈や趣旨が誤解されるということにはならず、また、原告の人格的利益が害されるということもできないと判断しています(29頁以下)。

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4 氏名表示権侵害の成否

(1)被告表現1

裁判所は、原告表現1の著作物性(2条1項1号)を肯定した上で、被告表現1は原告表現1との共通部分において具体的表現を含めた記述のデッドコピーというべきものであるとして複製性を肯定。
原告論文の著作者である原告の氏名が表示されていないとして、原告の氏名表示権(19条1項)を侵害すると判断しています(31頁以下)。

(2)被告表現2

(ア)被告ら共著論文1・105頁の記述

原告の氏名及び被引用文献(原告論文)の題名が記載されていることが認められるとして、氏名表示権侵害性は認められていません。

(イ)被告ら共著論文1・104頁の記述

当該複製部分には原告の氏名が原告論文の著作者名として表示されていないとして、原告の氏名表示権が侵害されていると判断されています。

(ウ)被告B論文

被告B論文は、そもそも公表されておらず、公衆に提供ないし提示されたものではないから、そこに原告論文の著作者名が表示されていないとしてもそれによって原告の氏名表示権が侵害されたということはできないと判断されています。

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5 被告Bの損害賠償義務の有無及びその額

被告Bは、被告Aと共同で被告ら各共著論文を執筆した者であり、被告Aとの共同不法行為に基づく損害賠償義務を負うものであって、2件の氏名表示権侵害の不法行為による原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額は諸事情を勘案した上で、被告ら共著論文1及び2につきそれぞれ10万円、合計20万円と認定されています(35頁以下)。
また、弁護士費用相当損害額として、合計2万円が認定されています。

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6 被告Aの損害賠償義務の有無及びその額

被告Aは、被告ら各共著論文に係る氏名表示権侵害について、被告Bとの共同不法行為(民法719条1項)に基づき被告Bと連帯して22万円の支払義務を負うと認定されています(36頁)。

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7 被告ら共著論文2に係る削除請求の可否

(1)ウェブサイトからの論文の削除

被告学会は、その運営する「電子図書館」ウェブサイト上に被告ら共著論文2の本文を掲載しており、原告は著作権法112条1項に基づき、氏名表示権侵害行為の差止めとして同ウェブサイトからの被告ら共著論文2の本文の削除を求めることができると判断されています(36頁以下)。

(2)ウェブサイトからの著作者名の表示の削除

原告は、ウェブサイト上の被告ら共著論文2の著作者名の表示(「著者名」及び「著者名(英)」の各記載)の削除を併せて求めていましたが、裁判所は、被告ら共著論文2の著作者はあくまで被告A及び被告Bであって、原告ではないとして、かかる著作者名の表示自体が原告の氏名表示権を侵害するものであるとはいえないと判断。また、侵害状態の解消にも繋がらないとして、この点についての原告の著作権法112条1項に基づく請求を認めていません。

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8 謝罪広告の要否

原告は、被告Aらによる同一性保持権及び氏名表示権の侵害に関して、著作権法115条に基づく名誉回復措置として謝罪広告の掲載を求めていました(37頁以下)。
この点について、裁判所は、諸事情を勘案の上、被告ら各共著論文による氏名表示権侵害が原告に対する悪質な権利侵害であるとまではいえないこと、また、それによって原告の社会的評価としての名誉及び声望が大きく損なわれたものとも認めることができないと判断。
原告の名誉又は声望を回復するために謝罪広告の掲載を命ずるまでの必要性を認めず、原告の主張を容れていません。

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9 C論文による著作権及び著作者人格権の侵害に基づく被告Aの損害賠償義務の有無及びその額

原告は、C論文と被告B論文がいずれも同一テーマであり、また、被告Aの指導の下でCにより執筆されたという点で共通しており、C論文も原告各表現を用いて原告の著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)を侵害していることが強く推認されるとして、C論文による著作権及び著作者人格権の侵害が認められることを前提として、被告Aに対して、C論文が被告Aの指導の下で特別研究論文として執筆されたのであることから、被告AがCとともに共同不法行為責任を負うと主張しました(38頁以下)。
結論としては、被告Aの論文指導上の責任も含め、被告AがC論文に関して著作権等侵害に係る共同不法行為責任を負うものと認めることはできないと判断されています。

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10 学術論文を盗用・剽窃されない利益の侵害に係る一般不法行為の成否

原告は、被告Aによる被告ら各共著論文の執筆・公表が著作権等の侵害に係る不法行為とは別に、研究成果である学術論文には業績評価の面や出張費、取材費の支出といった金銭支出の面があり、これらは法的に保護された利益であるとして、一般不法行為(民法709条)に該当すると主張しました(40頁以下)。
結論としては、当該研究者の能力、専門性ないし業績に対する評価が低下することもないなどとして、被告ら各共著論文の執筆・公表が著作権等とは別の原告の法的利益を侵害し、それが一般不法行為に該当するとの原告の主張は認められていません。

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11 被告学園の使用者責任の有無

原告は、被告Aによる被告ら各共著論文の執筆・公表が、被告Aが勤める大学院を運営する被告学園の事業の執行について行われたものであるとして、被告学園がその使用者責任(民法715条1項本文)を負うと主張しました(42頁以下)。
この点について、裁判所は、被告ら各共著論文は、いずれも被告A及び被告Bが共同で執筆して発表したものであるが、それらはいずれも一般社団法人電子情報通信学会発行の「信学技報」に両被告の個人名で掲載されて公表されたものであって、本件大学院の研究・教育課程において発表されたものではなく、本件大学院ないし被告学園の名義で公表されたものではないとして、被告Aが本件大学院の教員の職務として被告ら各共著論文を執筆し、公表したものと認めることはできないと判断。
結論として、被告学園の使用者責任に関する原告の主張は認められていません。

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■コメント

たとえば、日本音楽著作権協会(JASRAC)は、著作権の信託譲渡を受けて作品の管理をしていて、著作権者として訴訟を含めた権利行使をします。これに対して、学術学会が論文の管理目的で論文の著作権の譲渡を受けていた場合、紛争が生じれば学会が著作権者として訴訟までして権利行使するというよりは、一端、著作権の管理を解消して著作者が著作権者として訴訟提起するといった対応の運用になるかと想像しますが、そのあたりはすべて学会の論文取扱い規約、理事会等の決定によることになります。
本事案では、被告学会は、著作者は人格権を行使すれば良いなどと反論していますが(8頁参照)、判決文を読む限りでは十全な侵害対策をするつもりがない(実際問題としてできない)にも関わらず、結論として著作者への再譲渡を認めない対応には、研究者の論文を著作権譲渡を受けて預かっていることの「重さ」に対する理解に欠け、硬直の印象を受けるところです。

なお、学術学会の著作権規程ですが、たとえば、電子情報通信学会の「電子情報通信学会著作権規程」(平成24年9月24日一部改正)でも、同内容の規程となっています。

(著作権侵害排除)
第7条 本会著作物に対して、第三者による著作権侵害(あるいは侵害の疑い)があった場合、本会と著作者が相互に連絡の上、対応について協議し、解決を図るものとする。

http://www.ieice.org/jpn/about/kitei/chosakukenkitei.pdf#zoom=75

また、一般社団法人情報システム学会では、以下のような規定となっています。
http://www.issj.net/kitei/chosakuken-kitei.html

第2条[著作権の帰属]
本法人の出版物に掲載される論文等に関する国内外の一切の著作権(著作権法第21条から第28条までに規定するすべての権利を含む。以下同じ。)は、別の定めがある場合を除き、原則として本法人に帰属する。

第3条[著作権の譲渡]
著作者が、本法人が別途定める規定に従って論文等を本法人に投稿し、本法人の受理をもって、当該論文等の著作権は本法人に譲渡されたものとみなす。
2.本法人は、前項により譲渡された論文等を本法人が発行する出版物への掲載等を行う。ただし、著作者は、本法人および本法人が利用許諾する者に対して、当該論文等の著作者人格権を行使しないものとする。
3.特別な事情により第1項の適用が困難な場合は、著作者は文書をもってその旨を投稿時に本法人に申し出るものとし、この場合の著作権の扱いについては著作者と本法人が別途協議する。
4.本法人に譲渡された論文等が、本学会の出版物等に掲載されないこととなった場合は、著作者から申し出があったとき、本法人は当該論文等の著作権を著作者に返還することができる。

第6条[著作権侵害および紛争処理]
本法人が著作権を有する論文等に対し、第三者による著作権侵害があった場合には、本法人と著作者が協力して解決を図るものとする。

いずれにしても、そもそも論として、侵害性が認められた原告表現部分(別紙「著作物対照表」参照)の著作物性判断の是非を含め、控訴審の判断を注視したいと思います。