最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

長嶋茂雄取材原稿事件

東京地裁平成27.2.27平成24(ワ)33981損害賠償等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 東海林保
裁判官      今井弘晃
裁判官      足立拓人

*裁判所サイト公表 2015.3.30
*キーワード:著作物性、営業秘密、非公知性

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■事案

長嶋茂雄氏を取材した原稿などの無断送信、営業秘密管理性などが争点となった事案

原告:読売新聞社
被告:元巨人軍専務取締役球団代表兼GM/編成本部長/オーナー代行

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、15条1項、不正競争防止法2条1項4号、2条6項

1 本件送信原稿の著作物性の有無
2 本件各送信原稿の職務著作性の有無
3 差止請求が認められる要件としての著作権侵害のおそれの有無
4 本件営業秘密につき、非公知性の有無
5 本件営業秘密につき、被告による不正取得行為、不正開示行為の有無
6 本件各物件の被告による占有の有無及び所有権に基づく引渡請求権の存否
7 不法行為に基づく損害賠償請求につき、被告の故意ないし過失の有無
8 不法行為に基づく損害賠償請求につき、原告の損害の有無及びその額

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■事案の概要

『本件は,原告が,プロ野球球団「読売ジャイアンツ」の終身名誉監督である訴外長嶋茂雄氏(以下「長嶋氏」という。)が脳梗塞により倒れた平成16年3月以降,原告の社内部署である運動部(以下「原告運動部」という。)が集積していた長嶋氏関連の取材メモやインタビューに基づく著作物である原稿(以下「長嶋氏関連原稿」という。)として,これを営業秘密として管理していたところ,原告の社員であった被告がこれを不正に取得し,当時被告の知人女性であったB(その後被告と婚姻。旧姓「C」。以下「B」という。)に送付して不正に開示した等と主張して,被告に対し,(1)著作権法に基づく差止等請求として,別紙第一目録記載の各原稿に対応する原告保有に係る長嶋氏関連原稿の一部(以下「本件各原稿」という。)は,職務著作として著作権法15条1項により原告が著作権を有する著作物であるところ,被告は,本件各原稿の複製物である別紙第一目録記載の各原稿を,平成22年12月11日から14日にかけて,元部下であったD(以下「D」という。)から電子メールに添付する方法で送付を受けてそのままBに電子メールで転送し,その際,これを複製して原告が有する著作権(複製権)を侵害したとして,著作権法112条1項に基づきその複製,頒布の差止め(請求の趣旨第1項)と,同条2項に基づき原稿及びこれを記録した媒体等の廃棄(請求の趣旨第4項)を求め,(2)「不正競争防止法(以下「不競法」という。)に基づく差止等請求として,別紙第一目録記載の各原稿に記載された各情報(以下「本件各情報」という。)は,原告保有に係る長嶋氏関連原稿の一部に関する情報であり,原告の営業秘密(以下「本件営業秘密」という。)に当たるところ,被告は,これを原告運動部から不正に入手した上,Bに電子メールで送信して不正に送付したものであり,これは,原告保有に係る本件営業秘密を不正な手段により取得し,これを開示する行為であるから,不競法2条1項4号の不正競争に当たるとして,同法3条1項に基づき本件営業秘密の使用差止め,開示の禁止(請求の趣旨第2項,第3項)と,同条2項に基づき原稿並びに情報を記録した媒体等の廃棄(請求の趣旨第4項。なお,前記著作権法112条2項に基づく請求とは選択的併合)を求め,(3)所有権に基づく動産引渡請求として,被告が別紙第二目録記載の原告所有に係る長嶋氏関連原稿(58点。以下,それぞれ「本件物件1」ないし「本件物件58」といい,併せて「本件各物件」という。)を原告に無断で持ち出した上,紙媒体の形で不法に所持しているとして,本件各物件の所有権に基づく返還請求としてその引渡しを求め(請求の趣旨第5項),(4)不法行為に基づく損害賠償請求として,前記被告の各行為は,原告の法的保護に値する利益を違法に侵害する行為であり,不法行為(民法709条)を構成するとして,無形損害1000万円及び弁護士費用100万円の合計1100万円並びにこれに対する最終の不法行為の日(Dからの電子メールをBへ転送した日)である平成22年12月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(請求の趣旨第6項)事案である。』(2頁以下)

<経緯>

S50 被告が原告に入社
H16 被告が巨人軍取締役球団代表兼編成本部長に就任
H19 日経新聞「私の履歴書」連載
H23 巨人軍取締役解任
H24 被告が著書「巨魁」を出版
H24 被告らに対する占有移転禁止仮処分執行
H24 本件訴訟提起

■別件訴訟
(ア)平成23(ワ)39107、39996各損害賠償請求事件:
原告読売巨人軍、被告A
(イ)平成24(ワ)16097号、21086号各損害賠償等請求事件:
原告A、被告株式会社読売グループ本社他2名
(ウ)平成24(ワ)23649動産引渡請求事件:
原告巨人軍、被告A
(エ)平成24(ワ)29930動産引渡請求事件:
原告巨人軍、被告ワック、被告補助参加人A

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■判決内容

<争点>

1 本件送信原稿の著作物性の有無

インタビューを受けた長嶋氏の返答を素材としてこれを一連の文章とするなどしたインタビュー素材である本件送信原稿1ないし8、同12ないし14及び同16の著作物性について、被告は、インタビューや発言をそのまま機械的に録音したメモにすぎず、執筆者自身の思想、感情が表現されたものとはいえないから著作物性がないと主張しました。
この点について、裁判所は、文章化した執筆者のそれなりの創意工夫があるとして著作物性(著作権法2条1項1号)を肯定しています(44頁以下)。

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2 本件各送信原稿の職務著作性の有無

本件各送信原稿の職務著作性(15条1項)について、被告は、本件各原稿は原告運動部の部員らが集めた資料的な意味しか持たないものであり、職務上作成されたものとはいえないとして職務著作に当たらない旨主張しました(46頁以下)。
しかし、裁判所は、結論として本件各送信原稿の職務著作性を肯定しています。

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3 差止請求が認められる要件としての著作権侵害のおそれの有無

被告は、Dから電子メールで送付を受けた本件各送信原稿を複製し、原告とは関係のない全くの第三者であったBに対し電子メールに添付して送信することによって原告が有する本件各送信原稿についての複製権を侵害していることに照らして、本件各送信原稿についての複製、頒布の差止めを命ずる必要性が認められると裁判所は判断しています(47頁以下)。

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4 本件営業秘密につき、非公知性の有無

原告が本件営業秘密であると主張する内容の一部については、これとほぼ同旨の内容が日本経済新聞の「私の履歴書」に連載され、これは「野球は人生そのものだ」として単行本化もされているといった点から、非公知性(不正競争防止法2条6項)の要件を欠くと裁判所は判断しています(49頁以下)。

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5 本件営業秘密につき、被告による不正取得行為、不正開示行為の有無

Dから送信された第1のメールないし第3のメールに添付されていた本件各送信原稿が記事編集機から取得されたものであるとの認識を被告が持ち得るものと認めることはできないとして、原告の主張する本件営業秘密について、被告において刑罰法規違反に該当する行為やそれと同等の違法性を有する公序良俗違反の行為を通じて営業秘密を取得したものとは認められないと裁判所は判断しています(51頁以下)。

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6 本件各物件の被告による占有の有無及び所有権に基づく引渡請求権の存否

紙媒体の長嶋氏関連原稿58点の引渡請求について、本件各物件の存在及び被告の占有についての立証をいずれも欠くとして裁判所は認めていません(53頁以下)。

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7 不法行為に基づく損害賠償請求につき、被告の故意ないし過失の有無

複製権侵害について、被告に少なくとも過失があると認定されています(56頁)。

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8 不法行為に基づく損害賠償請求につき、原告の損害の有無及びその額

弁護士費用相当損害額について30万円が認定されるに留まっています(56頁以下)。

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■コメント

清武英利元巨人軍球団代表と読売新聞社の紛争となります。
被告に対する資料占有移転禁止の仮処分執行の際に大量の巨人軍の内部資料が確認され、新聞社の運動部にストックされた長嶋茂雄氏などの取材素材が外部に流出したことが判明したという経緯となります。

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■関連ブログ記事

「会長はなぜ自殺したか 金融腐敗=呪縛の検証」出版契約事件(2014年10月14日)

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■追記(2016.8.29)

知財高裁平成27.12.24平成27(ネ)10046損害賠償等請求控訴事件(2016年8月29日裁判所サイト公表)
控訴審判決文

【事案の概要】

『本件は,株式会社読売新聞グループ本社(読売新聞グループ本社)の子会社である控訴人が,読売新聞グループ本社の子会社である株式会社読売巨人軍(巨人軍)の球団代表等であった被控訴人に対し,長嶋茂雄読売ジャイアンツ終身名誉監督(長嶋監督)に関連する取材やインタビュー等に係る原稿(長嶋関連原稿)の内容が,控訴人が著作権を有する著作物であり,かつ,控訴人の営業秘密であるとして,(1)著作権に基づき,長嶋関連原稿の一部である本件各原稿(甲48の枝番号に従って,「本件原稿1」・・・「本件原稿55」)の複製物である原判決別紙第一目録記載の本件各送信原稿(同目録記載の番号に従い,「本件送信原稿1」・・・「本件送信原稿16」)の複製,頒布の差止めと本件各送信原稿及びこれを記録した媒体の廃棄を求め,(2)不正競争防止法2条1項4号違反の不正競争に基づき,本件各送信原稿に記載された情報である本件各情報(原判決別紙第一目録記載の番号に従い「本件情報1」・・・「本件情報16」)が営業秘密であるとして(本件営業秘密),この使用,開示の差止めと,本件各送信原稿及びこれを記録した媒体の廃棄を求め(著作権に基づく廃棄請求と不正競争防止法違反に基づく廃棄請求とは選択的併合),(3)動産(プリンタ用紙)の所有権に基づく物権的返還請求権として,本件各原稿を印字した紙媒体である原判決別紙第二目録記載の本件各物件(同目録の記載の番号に従い,「本件物件1」・・・「本件物件58」)の引渡しを求め,(4)著作権侵害及び不正競争防止法違反の不法行為に基づく損害賠償請求として,無形損害1000万円及び弁護士費用100万円の合計1100万円並びにこれに対する最終の不法行為の日である平成22年12月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。』

『原判決は,(1)本件各送信原稿が控訴人において著作権を有する著作物であると認め,本件各送信原稿の複製,頒布の差止めと本件各送信原稿並びにこれらを記録した磁気媒体及びこれらを印刷した紙媒体の廃棄を命じる限度で,控訴人の著作権に基づく請求を認容し,その余の請求を棄却し,(2)非公知性を欠如するので本件各情報が営業秘密であるとは認められず,また,本件各情報を被控訴人が不正に取得したとも認められないとし,控訴人の不正競争防止法違反(同法2条1項4号)に基づく請求をすべて棄却し,(3)本件各物件を被控訴人が占有しているとは認められないとし,控訴人の所有権に基づく請求を棄却し,(4)控訴人に無形損害が生じたとは認められないとし,弁護士費用30万円と附帯金の支払を命じる限度で,控訴人の不法行為に基づく損害賠償請求を認容し,その余の請求を棄却した。』

『これに対し,控訴人のみが控訴をし,原判決の上記(2)〜(4)の判断に対して不服を申し立てた。また,控訴人は,当審において,不正競争防止法違反(同法2条1項7号)に基づく請求と原審において主張したものとは異なる行為を不正取得行為とする不正競争防止法違反(同法2条1項4号)に基づく請求とをそれぞれ追加した。』
(3頁以下)