最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

江戸地図事件

東京地裁平成26.12.18平成22(ワ)38369著作権侵害差止請求事件PDF

東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 長谷川浩二
裁判官      清野正彦
裁判官      高橋 彩

*裁判所サイト公表 2014.12.24
*キーワード:地図、著作物性、著作権の帰属

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■事案

江戸時代や明治時代の東京と現代の東京の地図を重ね合わせるソフト開発にあたって作成された江戸地図や明治地図の著作権の帰属などが争点となった事案

原告:マルチメディアコンテンツ開発制作会社
被告:アニメーション映像制作会社、イラスト制作者X

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、10条1項6号、114条3項、民法709条

1 本件江戸図の著作権の帰属
2 本件明治図の著作権の帰属
3 本件各地図の著作権侵害の有無等
4 原告に対する事業妨害の不法行為の成否
5 弁護士費用の額

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■事案の概要

『本件は,別紙物件目録記載の各地図(以下,「本件各地図」と総称し,同目録記載1の地図を「本件江戸図」,同2の地図を「本件明治図」という。)の著作権者であると主張する原告が,被告らが本件各地図につき著作権を有すると主張してこれらを複製ないし翻案し,また,被告X(以下「被告X」という。)と被告有限会社菁映社(以下「被告会社」という。)の代表者が原告の事業を妨害したことが不法行為に当たるとして,被告らに対し,(1)原告が本件各地図の著作権を有することの確認,(2)著作権法112条1項及び2項に基づく本件各地図の複製等の差止め及び廃棄,(3)不法行為(民法709条,719条1項,会社法350条)に基づく損害賠償金(本件江戸図の著作権侵害につき50万円,本件明治図の著作権侵害につき100万円,事業妨害行為につき1年当たり200万円,弁護士費用200万円。ただし,請求の趣旨の減縮はない。)及び不法行為の後である平成22年11月3日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。なお,本件各地図はDVD−ROMに収録されたものであるが,パソコンの画面に表示され,プリントアウトされる地図の著作物(著作権法10条1項6号)としての創作過程及び著作権の帰属等が争われている。』(2ページ以下)

<経緯>

H06.10 朝日新聞社が「復元江戸情報地図」書籍刊行
H11.10 マルチメディアコンテンツ振興協会(MMCA)と被告会社が地図ソフト開発請負契約締結
H12.04 被告会社が地図ソフト納品
H13.07 原告が「江戸東京重ね地図(初版)」発行
H14.11 原告と被告Xが復元江戸図の使用許諾契約締結(本件第1契約)
H14.12 原告と被告Xが復元江戸図の使用許諾契約締結(本件第2契約)
H15.10 原告が「改訂版」発行
H16.03 原告と東京都歴史文化財団が委託契約締結
H16.07 原告が「江戸明治東京重ね地図」ソフト発行
H18.05 原告及び人文社、アルプス社がデータ使用許諾契約締結
H18.12 被告Xがヤフーらに通知書送付
H19.03 被告らが東京都江戸東京博物館(江戸博)に地図を設置
H21.08 被告らが不動産会社にマンション広告目的に地図を提供
H22.09 被告らが書籍「大江戸探見」向けに地図を提供

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■判決内容

<争点>

1 本件江戸図の著作権の帰属

本件江戸図の制作経過について、原告は、原告代表者Yないし原告の従業員が被告会社から受領した地図データを用いて江戸東京重ね地図「初版」及び「改訂版」の江戸図を制作し、更にこれを用いて本件江戸図を制作したと主張しました。
これに対して、被告らは、被告会社が制作したMMCA版地図ソフトの江戸図がそのまま江戸東京重ね地図に収録され、被告Xがこれを基に本件江戸図を制作したものであると反論しました(15頁以下)。
原告は、本件江戸図の著作権の帰属について、
(1)Yないし原告の従業員が、被告会社から受領した地図データに隣接するグリッド間のずれ及び現代図とのずれを補正し、文字情報及びアイコンを選択して掲載するという作業を加えて江戸東京重ね地図の初版の江戸図を作成した。そして、初版の江戸図に変更を加えて改訂版を作成した。さらに、改訂版の江戸図に変更を加えて本件江戸図を完成させた。
(2)原告が本件江戸図に何を掲載し、何を掲載しないかの最終的な決定権限を有していた。
といった点を根拠に原告への著作権の帰属を主張しました。
この点について、裁判所は、上記(1)について、アイコンに関する部分以外は、Yらが行ったと認められるものの、
・隣接するグリッド間のずれ及び現代図とのずれの補正は、より正確な地図を作成するための作業であり、その性質上直ちに創作性のある表現を付加する行為とは認め難い
・文字情報の選択及び掲載については、初版の江戸図のどこに誰がどのような表現方法で何を掲載したかが本件の関係各証拠上明らかではない
・改訂版及び本件江戸図の作成の際の変更について、正確な地図にするために元の地図の地形や地名等を訂正するもので、表現上の創作性を付加するものとは断じ難い
と判断。
上記初版、改訂版及び本件江戸図の制作に際して、Yらが新たに表現上の創作性を付加したとは認められないことから、原告の前記主張(2)についても、仮に原告がそのような決定権限を有していたとしても、そもそも表現上の創作性が付加されたことが認められない以上、この点を著作権取得の根拠とすることはできないと判断。
結論として、原告が本件江戸図の著作権を取得したと認めることはできず、本件江戸図の著作権確認請求は理由がないとしています。

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2 本件明治図の著作権の帰属

原告は、被告X及び人文社が作成した下図を基に、Yないし原告の従業員が創作的な表現を付加して本件明治図を制作したとして原告が著作権を有すると主張しました。
これに対して被告らは、本件明治図は被告Xが作成した地図の複製物にすぎない旨主張しました(20頁以下)。
この点について、裁判所は、
・Yらが行った作業のうち隣接するグリッド間等の補正については、創作的な表現を付加したと認められないことは、前述の本件江戸図と同様である
・地名その他の情報及び地番等の記載については、地図に掲載すべき情報を独自の基準で選択した上でその配置、文字の色、大きさ等にそれなりの工夫をして地図面上に記載したものであり、著作権の発生根拠となる創作的な表現行為に当たるということができる
・Yらの行為については、職務著作が成立すると認められ、原告に著作権が発生する
・人文社の担当従業員らによる成果については、合意により原告に著作権が帰属する
・被告Xの指示等により人文社が被告Xの手足となったわけではない
・制作費は原告側が負担している
・本件第2契約の締結
といった点から、本件明治図についての著作権は、原告に帰属すると判断。確認の利益もあるとして、著作権確認請求は理由があると判断しています。

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3 本件各地図の著作権侵害の有無等

(1)本件江戸図の複製ないし翻案について

前述のように原告が本件江戸図の著作権を有しているとは認められないことから、本件江戸図の著作権侵害の主張は前提を欠くと判断されています(25頁以下)。

(2)本件明治図の複製について

被告らは共同して本件明治図を複製し、江戸博に設置したとして、本件明治図に係る原告の複製権を侵害したものと認められることから、原告は被告らに対して、本件明治図の複製及び公衆送信(送信可能化を含む。)の差止め並びに本件明治図及びその複製物の廃棄を求めることができると裁判所は判断しています(26頁以下)。
また、損害額については、利用料相当額の50万円が認定されています(114条3項)。

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4 原告に対する事業妨害の不法行為の成否

原告は、被告らが虚偽の内容の通知書を送付したことによりアルプス社らとのデータ使用許諾契約(本件使用許諾契約)が期間満了により終了したため、本件使用許諾契約が継続されていれば原告が受領できたはずの金額相当の損害が発生したと主張しました(27頁以下)。
この点について、裁判所は、上記通知書は少なくともその限度で虚偽の記載を含んでおり、被告Xの送付行為は違法であると解する余地があると判断。
もっとも、本件使用許諾契約が当然に更新されることを前提とする原告の損害に関する主張は、前提を欠くというほかないと判断。
被告Xによる通知書の送付と本件使用許諾契約の終了との間に因果関係があると認めることは困難であり、通知書の送付により原告主張の損害が発生したと認めることはできないと判断しています。

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5 弁護士費用の額

本件事案の内容、本件訴訟の経過を踏まえ、本件における著作権侵害の不法行為と相当因果関係があるものとして、被告らに負担させるべき弁護士費用の額として10万円が認定されています(29頁)。

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■コメント

江戸時代の古地図と現在の東京の地理を重ね併せるウェブサービスがありましたが、いつのまにか無くなっていて、とても残念でした。
判決文によると、ライセンスを受けてヤフーが平成19年当時、3ヶ月ほど「Yahoo!古地図」を展開していたということで、どうしてサービスが無くなってしまったのか、経緯の一端が分かりました。
現在では、明治期以降の地図との重ね併せサービスは、たとえば、「東京都建物における液状化対策ポータルサイト」(http://tokyo-toshiseibi-ekijoka.jp/chireki/chireki_search.html)で自宅の近所の過去の地歴を眺めることができます。また、goo古地図サービスなどもあります(http://map.goo.ne.jp/history/)。
今年7月に開催された、日本文藝家協会文芸トークサロンイベントで山本陽史先生(山形大学)は、藤沢周平作品の舞台を訪ねて江戸期の地理と現代を重ね併せて散策するのが楽しい、とおっしゃっておいででしたが、いま居る土地が、過去どのような場所だったのか、探索するのはとてもワクワクします。
一日も早く紛争が落ち着いて、こうした地図ソフトが利用できるようになって欲しいものです。

ところで、地図の著作物性については、著作権法10条1項6号で学術的、技術的性質を有する著作物として例示されており、裁判例としても、富山市住宅地図事件(富山地裁昭和53.9.22)や史跡ガイドブック事件(東京地裁平成13.1.23)、土地宝典事件(東京地裁平成20.1.31)などで地図の著作物性判断に関して言及されています。また、地図が美術性を有するものであれば、美術の著作物としての保護を考えることもできます(10条1項4号)。

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■参考判例

富山市住宅地図事件
富山地裁昭和53.9.22昭和46(ワ)33

史跡ガイドブック事件
東京地裁平成13.1.23平成11(ワ)13552損害賠償請求事件
別紙1

土地宝典事件(原審)
東京地裁平成20.1.31平成17(ワ)16218損害賠償請求事件

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■参考文献

本山雅弘「地図の著作物性と規範的な侵害主体による不当利得の成否ー土地宝典事件」『L&T』41号(2008)110頁以下
時井 真「法務局から土地宝典の貸出を受け、法務局内の複写機で無断複製を行った利用者の行為につき、国に損害賠償責任等が認められた事例 −土地宝典事件−」『知的財産法政策学研究』31号(2010)163頁以下