最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

「会長はなぜ自殺したか 金融腐敗=呪縛の検証」出版契約事件

東京地裁平成26.9.12平成24(ワ)29975等出版差止等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 東海林 保
裁判官      実本 滋
裁判官      足立拓人

*裁判所サイト公表 2014.10.7
*キーワード:出版契約、表見代理、確認の利益、職務著作、複製権、同一性保持権、氏名表示権、名誉声望権、一身専属性、名誉権

   --------------------

■事案

社内手続に違反して締結された出版契約の有効性などが争点となった事案

原告:新聞社(東京本社)
被告:出版社

   --------------------

■結論

請求一部認容

   --------------------

■争点

条文 著作権法15条1項、20条、21条、113条6項、59条、民法109条、110条、112条

1 確認の利益の有無
2 原告は原書籍1及び2につき著作権を有するか
3 本件出版契約の有効性
4 著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権等)侵害の有無
5 名誉権侵害の有無
6 差止めの必要性
7 損害の有無及びその額
8 本件著作物に関する被告の出版権の有無

   --------------------

■事案の概要

『本件のうちA事件は,原告が,被告に対し,被告が行う本件書籍の発売等頒布は,原書籍1及び2について原告が有する著作権(複製権,譲渡権及び翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権,氏名表示権等),さらに原告の名誉権を侵害すると主張して,著作権法112条1項及び名誉権に基づき本件書籍の発売等頒布の差止めを求めるとともに,民法709条に基づく損害賠償金688万円及びこれに対する平成24年11月21日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,B事件は,原告が,原告と被告との間において,本件著作物に関する出版権が被告に存在しないことの確認を求めた事案である。』(6頁)

<経緯>

H10.9 原書籍1刊行(単行本)
H12.10原書籍2刊行(文庫本)
H14.7 原告グループ再編
H22.12被告が原告に復刻許諾の申入れ
H23.5 原告社会部次長Fと被告の間で復刻版の出版契約
H23.12原告が出版契約解除の申入れ
H24.4 原告がB事件提訴
H24.5 被告が復刻版刊行、原告が仮処分申立
H24.11Cが記者会見

別紙出版物目録(本件書籍):
題名  「会長はなぜ自殺したか−金融腐敗=呪縛の検証」
著者  読売社会部C班
発行所 被告(株式会社七つ森書館)

   --------------------

■判決内容

<争点>

1 確認の利益の有無

原告と被告との間において、別紙著作物目録記載の著作物に関する出版権が被告に存在しないことを確認することを内容とする請求(B事件)に関して、被告は、A事件のように出版等の差止請求をするほかに有効適切な方法はなく、確認の利益がないと反論しました(23頁以下)。

この点について、裁判所は、確認の利益について、「確定判決の既判力は,訴訟物として主張された法律関係の存否に関する判断の結論そのものについて及ぶだけで,その前提である法律関係の存否にまで及ぶものではなく,当事者間において現に当該法律関係の存否を争い即時確定の利益が認められる限り,確認の利益があるものと認めるのが相当である(昭和33年3月25日第三小法廷判決・民集12巻4号589頁参照)。」と言及した上で、
本件について、仮に出版契約が有効であるとすると、原告は少なくとも平成27年5月31日まで本件著作物の全部又は一部を転載した書籍や本件著作物と明らかに類似すると認められる内容の書籍、さらには本件著作物と同一書名の書籍を自ら出版することはもとより、第三者をして出版させることも許されないことになるという、現在の権利又は法律関係に関する不安が存することとなるが、原告はA事件において本件出版契約が無効であることを前提に本件書籍の発売等頒布の差止めを請求しているものの、仮に審理の結果、本件出版契約が無効であることを理由として本件書籍の発売等頒布の差止めが認められたとしても、出版契約が無効であるとの判断には既判力は及ばず、それとは別途に本件出版契約の無効そのものが確認されない限り原告の上記現在の権利又は法律関係に関する不安は除去されないから、原告が原告と被告との間において被告が本件著作物に関する出版権を有しないことを確認する旨の確認判決を得ることには、即時確定の利益があるというべきであると判断。
B事件における原告の請求には、確認の利益があると認められるのが相当であると認定しています。

   --------------------

2 原告は原書籍1及び2につき著作権を有するか

原書籍1及び2の著作権の帰属について、被告は執筆した記者9名に帰属していると主張しました。
この点について、裁判所は、著作権法15条1項に基づき、原書籍1及び2の著作者は、読売新聞社であると認められ、同社が原書籍1及び2の著作権を有していた(17条)と認めるのが相当であると判断。
その後、同社が読売新聞グループ本社とその子会社である原告とに会社分割された際、原告が読売新聞社の著作者たる地位を包括承継したものと認められるとして、原告は原書籍1及び2につき著作権を有すると認められるとしています(24頁以下)。

   --------------------

3 本件出版契約の有効性

本件出版契約は、当時社会部次長であったFが署名捺印していましたが、Fが実際に直属の上司である社会部長やその他の上司の了解をとったり、原告における法務部等の原書籍 1 及び2の著作権に関して所管する部門と協議を行ったりといった行動をとった具体的な形跡は何ら認められず、原告がFに本件出版契約の締結について、原告を代理する権限を授与したとは認めるに足りず、本件全証拠を精査しても原告がFに上記権限を授与したことを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ないと裁判所は判断。
本件出版契約が原告と被告との間で成立したことを認めることはできないと認定しています(34頁以下)。
なお、被告は表見代理(民法109条、110条、112条)の成立を主張しましたが、裁判所は認めていません(42頁以下)。
結論として、被告が本件書籍を製本し、これを発売等頒布した行為は、原告の有する著作権(複製権、譲渡権、翻案権)を侵害する行為に該当すると判断されています。

   --------------------

4 著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権等)侵害の有無

(1)同一性保持権侵害性

本件書籍は、その本文が原書籍1及び2のものと同一であり、さらに、原書籍1の「あとがき」と原書籍2の「文庫化にあたっての付記」の部分にCが執筆した「本シリーズにあたってのあとがき」(本件あとがき)が追記されたこと、また、本件あとがきは、本件書籍の記述部分全285頁のうちの8頁にわたる記述であるといった体裁のものでした。
裁判所は、上記記述の内容は、本件書籍の本文の内容とは全く関係のないCの読売巨人軍における役職解任に関する記載であり、その記載内容からすれば、原告の意に反していることは明らかであること、また、本文と密接な関係を有するあとがきという文章の性質に鑑みれば、これを本文と一体のものと考えるべきであることから、原書籍1及び2に本件あとがきを原告に無断で追加した本件書籍を製本した被告の行為は、原告の意に反する原書籍1及び2の改変に当たるというべきであると判断。
上記被告の行為は、原書籍1及び2について原告が保有する同一性保持権の侵害行為に該当すると認めるのが相当であると認定しています(43頁以下)。

(2)氏名表示権侵害性

原告は、原書籍1及び2の出版に当たって、その著作者名を「読売新聞社会部」とすることに決定して表示していたところ、本件書籍にあっては、原書籍1及び2の復刻版であるにもかかわらず、その著者名を原書籍 1 及び2のように「読売新聞社会部」とはせず、「読売社会部C班」とするものであること、原告は、本件書籍の著者名を「読売社会部C班」とすることに強く異議を述べていることが認められるとして、著者名を「読売社会部C班」として本件書籍を発売等頒布した被告の行為は、著作者である原告が決定した著作者名の表示を原告の意に反して改変した上、これを公衆へ提供したものと認められるとして、被告の上記行為は原書籍1及び2について原告が保有する氏名表示権の侵害行為に該当すると認めるのが相当であると裁判所は判断しています(44頁)。

(3)名誉・声望権侵害侵害性

著作者人格権のみなし侵害行為(著作権法113条6項)該当性について、裁判所は、本件あとがきにはCが読売新聞グループ本社代表取締役会長を名指しで批判する部分が含まれているものの、その内容は原書籍1及び2の著作物とは何ら関係のない事実に対する批判であって、本件書籍は、本文のほか原書籍1及び2にそれぞれ付加されていた「あとがき」及び「文庫化にあたっての付記」も忠実に再現していることからしても、原書籍1及び2の著作者の創作意図や著作物の芸術的価値を害するものではないとして、被告が本件書籍を発売等頒布した行為は、原告の名誉又は声望を害する方法による原書籍1及び2の利用行為には当たらないと認めるのが相当であると判断しています(45頁以下)。

なお、原告が会社分割に際して読売新聞社から原書籍1及び2に係る著作財産権を承継している点について、著作者人格権の一身専属性(59条)は、会社等の法人については、合併・分割を経ても同一性を失うことなく存続していると評価できる場合には、当該法人は著作者たる地位を失わないと解するのが相当であると裁判所は説示。
本件では、原告は、旧商法373条の新設分割による設立会社であり、同法374条の10第1項により読売新聞社の権利義務を承継しており、当該承継は、当該権利に関する読売新聞社の地位を承継する包括承継と解され、原告が原書籍1及び2に関する著作者人格権をも承継したものと認められると判断しています(46頁以下)。

   --------------------

5 名誉権侵害の有無

原告は、本件書籍の内容が、利益供与・接待汚職事件の事件関係者のプライバシーを侵害するものであることから、一般読者は原告が報道機関であるにもかかわらずプライバシーを侵害する書籍を著作する会社であるとの印象を持つことになり、そうすると、原告の社会的評価は著しく低下することになるのであって、被告による本件書籍の発売等頒布は、原告の名誉を毀損するものであると主張しましたが、裁判所は原告の主張を認めていません(47頁以下)。

   --------------------

6 差止めの必要性

本件の口頭弁論終結時において、本件書籍の発売等頒布が再開されるおそれが存在するというべきであるとして、本件書籍の発売等頒布に係る差止請求について、それを認める必要性があると認められています(48頁)。

   --------------------

7 損害の有無及びその額

被告は、原告からFへの本件出版契約の契約締結に係る代理権授与の有無について何らの調査確認もせず、一方的に本件書籍の発売等頒布に踏み切ったことが認められるとして、被告には過失があると裁判所は認定。その上で損害額を以下のように認定しています(48頁以下)。

(1)著作権(複製権、譲渡権及び翻案権)侵害に係る損害(114条2項)

 2100円(販売価格)×2000部×30%(利益率)=126万円

(2)著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)侵害に係る損害

 慰謝料 30万円

(3)弁護士費用相当損害 15万円

 合計損害賠償金171万円

   --------------------

8 本件著作物に関する被告の出版権の有無

本件出版契約は、Fの無権代理行為によるものとして無効であり、表見代理が成立する余地もないとして、裁判所は、被告には本件著作物に関する出版権が存在しないものと認められると判断しています(51頁)。

   --------------------

■コメント

読売新聞グループ会長渡邉恒雄氏と読売巨人軍代表(当時)の清武英利氏(本件のC)のいざこざは、一時ワイドショーでも話題となっていましたが、清武氏が読売新聞社会部次長当時、記者らと金融汚職事件などに関して取材し出版された書籍の復刻版刊行についても「待った」がかかった事案となります。
このいざこざの件をまったく関わりのない事件のドキュメント復刻版のあとがきに新聞社に無断で追加したとなれば、新聞社としても黙ってはいられないところでしょう。新聞社内での軋轢も相当なものだと想像されます。
また、被告出版社としても、あとがきに含まれる内容の経緯を十分踏まえており、出版が困難である状況を認識し得たでしょうから、判決の結果については仕方がないところです。

   --------------------

■参考サイト

七つ森書館 | 会長はなぜ自殺したか

読売、清武潰しの実態?損害賠償1億請求、出版妨害、社員尾行疑惑?| ビジネスジャーナル(2013.02.25)