最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

漫画「軍鶏」映画製作契約事件

東京地裁平成26.8.29平成24(ワ)24300損害賠償請求事件PDF

東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 東海林 保
裁判官      今井弘晃
裁判官      実本 滋

*裁判所サイト公表 2014.9.10
*キーワード:漫画、共同著作物、二次的著作物、翻案、映画製作契約、原作使用許諾契約

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■事案

漫画「軍鶏」の実写版映画製作を巡って争われた事案

原告:劇場用映画制作配給会社
被告:脚本家A、映画企画会社(代表A)

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 民法415条

1 本件使用契約に基づく被告らの債務不履行責任の有無

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■事案の概要

『本件は,原告が本件映画を製作するに当たり,被告会社は,本件使用契約において,被告Aが本件映画の原作の著作権者であることを保証し,Bから本件映画の上映差止め等の仮処分申立てがされた後も,被告らは,本件念書において,被告Aが本件映画の原作者であることを保証したことから,原告は,これを信じて本件映画の制作等の営業活動を継続したにもかかわらず,後にBから提起された前訴において,上記被告らの保証した内容に反し,原告の意にも反する和解を余儀なくされた結果,本件映画の制作に関する3億1885万4280円の損害と,Bに対し支払った和解金150万円の合計3億2035万4280円の損害を被ったと主張して,本件使用契約第1条及び本件念書の保証内容に違反する債務不履行に基づき,被告会社に対しては本件使用契約第14条を,被告Aに対しても同人は被告会社の代表者であって本件使用契約の実質的当事者であるから,本件使用契約第14条を,それぞれ根拠とする損害賠償請求として,被告らに対し,各自3億2035万4280円及びこれに対する平成24年9月23日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。』(4頁)

<経緯>

H10.5 漫画「軍鶏」連載開始
H18.9 映画化について作画者Bの許諾が得られず
H18.10 実写版映画に関して原告被告会社間で原作使用契約書締結
H20.1 映画完成披露試写会開催
H20.4 Bが原告に対して映画上映差止め仮処分
H20.5 Bが本案訴訟提起(前訴 平成20(ワ)11879)
H20.6 被告Aと被告会社が原告に念書を提出
H23.3 B、原告、被告らとの和解成立
H23.6 原告代表が被告Aに「誠意ある対応」を要請。Aは拒否
H24.8 本件提訴

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■判決内容

<争点>

1 本件使用契約に基づく被告らの債務不履行責任の有無

原告は、被告らは作画者Bとの関係を懸念した原告に対して、原作の著作権者は被告Aであることを保証するなどしており、原告がこれを信じた上で本件映画の制作等の営業活動を継続したものの、前訴の和解により本件映画の上映、頒布以外の営業活動が不可能になったことから、原告に損害が生じたものであるとして、被告らには実写による映画化を目的とする原作使用契約(本件使用契約)に違反する債務不履行があると主張しました。

この点について、裁判所は、「本件映画のもともとの原作は,漫画「軍鶏」そのものではなく,漫画「軍鶏」の原画を含むBの創作部分を映画に使用できないことを前提として,被告Aが「アンダードッグ」及び漫画「軍鶏」用の脚本を基に新たに作成した本件映画用の脚本であり,本件使用契約及び本件念書もそれを前提として作成されたものと認められるから,本件使用契約及び本件念書によって,被告Aが本件映画の原作である漫画「軍鶏」の単独の著作権者であることを保証した事実があるとはいえ」ないこと、また、漫画のみに描かれている場面が本件映画のシーンとして存在する点についても、被告Aが提供した本件映画用の脚本に基づくものではなく、原告若しくは映画制作会社における独自の行為によるものであるとして、被告会社及び被告Aが本件使用契約及び本件念書上の債務の不履行として責任を負うべき問題ではないと認めるのが相当である、と判断しています(37頁以下)。

結論として、被告らによる債務不履行の成立が否定されています。

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■コメント

漫画「軍鶏」(作画たなか亜希夫さん、原作橋本以蔵さん)の実写版映画製作契約を巡る原作者と映画企画製作会社との間の契約上の紛争です。
本事案では、映画化について作画者の許諾が得られなかったので、作画からは離れた新たな映画用脚本に基づいて映画製作をする認識が当事者にはあったものの、結果としては、製作の過程で漫画作画部分に依拠したシーンが撮影されてしまったという経緯が認定されています。

本件訴訟の前提には作画者と原作者の漫画作品(共同著作物)を映画作品(二次的著作物)にした場合の権利関係をどう考えるかという争点がありました。
原作者は、作画者との間で訴訟となった前訴において、実写版映画作品は漫画(作画)を基にしたわけではない、と主張しましたが、弁論準備期日で映画作品には漫画作品の表現の流用があり翻案権侵害となる、との裁判所の心証開示を受けて、和解に至っています(28頁以下参照)。

漫画原作者と作画者との間の紛争としては、キャンディ・キャンディ事件(原作者水木杏子さん、作画者いがらしゆみこさん)が有名で、この事件から学ぶべき部分が多いわけですが、いずれにしても、漫画制作にあたっての原作者と作画者の実際の協働関係、また二次的著作物に表現される作画(ヴィジュアル)部分の影響など、単純に「実写映画だから漫画作画は関係ない」とはいえないところですので、作画者を排除して同一漫画作品の企画を進めるには多くのリスクを伴うところです。
本事案の判決文の読みどころとしては、作画者と原作者が和解に至った前訴の経緯部分(28頁以下)になるかと思います。