最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

英語テスト自動作成システム開発委託契約事件

大阪地裁平成26.6.12平成26(ワ)845損害賠償請求事件PDF

大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官 山田陽三
裁判官      松阿彌隆
裁判官      林啓治郎

*裁判所サイト公表 2014.6.13
*キーワード:ソフトウェア、ソースコード、開発委託契約、著作権譲渡、保守、継続的契約

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■事案

英語テスト自動作成システムの開発委託契約において著作権譲渡、ソースコードの引渡しが合意されていたかどうかが争点となった事案

原告:書籍印刷物企画編集制作会社
被告:プログラム制作業者

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 著作権法61条2項

1 本件委託契約上、被告が本件ソースコードを原告に引き渡すべき義務を負うか

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■事案の概要

『本件は,原告が,被告に対し開発を委託したソフトウェアに関し,当該ソフトウェアのソースコードを引き渡すべき契約上の義務を怠った債務不履行があるとして,債務不履行に基づく損害賠償と,損害賠償の請求の日である本訴状送達日の翌日からの遅延損害金の支払を求めた事案である。』(1頁)

<経緯>

H10 原告が「エスト自動テスト作成システム」使用
H14 原告が被告にソフト制作を発注
H15 被告が原告にソフトを納品
H22 15年から22年にかけて被告がアップデート
H23 被告が原告に廃業通知
H24 原告が被告にソースコードの引渡しを求める

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■判決内容

<争点>

1 本件委託契約上、被告が本件ソースコードを原告に引き渡すべき義務を負うか

(1)本件委託契約の履行に伴う著作権移転の合意の有無

原告は、本件委託契約に基づいて本件ソフトウェア及び本件ソースコードの著作権の譲渡が合意されており、これに伴って被告のソースコードの引渡義務も発生する旨主張しました(11頁以下)。
しかし、裁判所は、

・ソフト制作者である被告に著作権が原始的に帰属している
・見積書等、原告と被告との間で取り交わされた書面において、本件ソフトウェアや本件ソースコードの著作権の移転について定めたものは何等存在しない
・被告は原告に対して本件ソースコードの開示や引渡しをしたことはない
・原告は平成23年11月に至るまで被告に対して本件ソースコードの提供を求めたことがなかった
・原告担当者は被告に対して本件ソースコードの提供ができるかどうかを問い合わせている

といった点から、被告が原告に対して本件ソースコードの著作権を譲渡したりその引渡しをしたりすることを合意したと認めることはできないと判断しています。

(2)ヘルプファイルにおける著作権表示

原告は、本件パッケージソフトウェアのヘルプファイルに示された英文の原告名の著作権表示等を理由に原告が本件ソースコードに対する権利者である旨主張しましたが、裁判所は認めていません(12頁)。

(3)継続的契約関係の下における損害発生防止(減少)義務

原告は、ソフトウェア開発の当初から本件ソフトウェアを継続的にアップデートすることが予定されており、このような継続的契約関係においては、被告は損害発生防止ないし減少義務の履行として本件ソースコードの引渡義務を負うと主張しました(12頁以下)。しかし、裁判所は、

・一連の取引は発注の都度、原被告間に個別の業務委託契約が成立し、被告の納品した成果物に対して検収を経て原告が報酬を支払うことによって本旨履行が終了したものというべきである
・被告は本件ソフトウェアが最新のオペレーションシステムに対応していないことを言明しており、永続的なアップデートの約束がされたことと相容れない状況となっている

といった点から、本件委託契約は、事実上継続して取引があったにすぎず、継続的契約関係とも認められない。また、保守契約が結ばれたことさえ認められないとして、被告が損害発生防止、軽減義務を負うこともないとして原告の主張を認めていません。

結論として、本件委託契約上、本件ソースコードの原告への引渡しが被告の義務とされていたと認めることはできないとして、原告の主張は退けられています。

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■コメント

本事案のソフトは、原告が出版している高校生向け英語教材をベースに自動的に適度な量と難易度のテスト問題を作成するシステムで、高校教員等において使用されるものでした。個人のプログラマーへのソフト制作発注事案ですが、約8年間、契約関係が続いていました。

ソフトウェア開発では、その後の保守も含めて開発側がOSバージョン対応や発注側の要望などに当初の想定以上に過度の負担を強いられることがあることから、追加開発や保守業務の継続を断念する場面があります。
本件ではWindows7での動作保証をしないといった条件のなかで追加開発を行っていて、最終的には被告業者は廃業していますが、契約終了時に業者がソースの買い取りを求めたものの、価格交渉で折り合わなかった、といった背景があったのかどうかも不明ですが、発注側としても、保守が継続されない場合の他社引き継ぎ事務も含めて契約で終了時の措置を明確にしておく必要がありました。

8年間での取引額が500万円程度ということで、ソースコードが引き渡されないことによる発注側の不都合は甘受すべきレベルとの裁判所の価値判断だったのかもしれませんが、判決では、継続的契約関係や保守業務の側面自体が否定されており、業者の損害発生防止(軽減)義務違反を否定するにしても、その根拠としてそこまで言ってしまうには議論の余地が残ります。