最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

児玉幸雄美術鑑定書事件

東京地裁平成26.5.30平成22(ワ)27449著作権侵害差止等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 東海林 保
裁判官      今井弘晃
裁判官      実本 滋

*裁判所サイト公表 2014.6.9
*キーワード:美術鑑定書、複製、引用

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■事案

洋画家児玉幸雄の絵画作品などの鑑定証書の裏面に添付された作品複製物の著作権侵害性が争点となった事案

原告:洋画家児玉幸雄相続人ら
被告:東京美術倶楽部

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 著作権法21条、32条1項

1 本件行為が複製に当たるか
2 著作権法32条1項適用の可否

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■事案の概要

『本件は,画家である亡D(平成4年2月20日死亡。以下「D」という。)の絵画につき,原告A及び原告Cが,Dの絵画の著作権を相続により取得して各2分の1の割合で共有するとして,被告に対し,絵画の鑑定証書の裏面にDの絵画の複製物を添付している被告の行為は,原告らが共有する著作権(複製権)を侵害するものであると主張して,(1)著作権法112条1項に基づき,Dの制作にかかる別紙文書目録添付にかかる絵画目録記載の絵画(油彩作品566点,水彩作品187点,版画作品106点の合計859点)につき裏面にその複製物を添付した文書である鑑定証書の作成頒布の差止めと(請求の趣旨第1項),(2)民法709条,著作権法114条2項に基づき,複製権侵害による逸失利益として,原告らそれぞれに対し,508万8000円及びうち200万円に対する平成22年8月29日(訴状送達の日の翌日)から,うち308万8000円に対する平成25年7月27日(同月19日付け訴えの変更申立書送達の日の翌日)から,各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を(請求の趣旨第2項,第3項),それぞれ求めた事案である』(2頁)

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■判決内容

<争点>

1 本件行為が複製に当たるか

被告が、「東京美術倶楽部鑑定委員会」名で「鑑定証書」と題する書面を作成し、ホログラムシールが貼付された鑑定証書の裏面に作品のカラーコピーをパウチラミネート加工して添付する行為の複製性について、裁判所は、複製の意義に関して言及した上で、本件鑑定証書に添付された本件コピーは、元の絵画の写真撮影を経て作成された縮小カラーコピーであり、その大きさは縦12.7CM、横17.8CMであって、被告自身が原画との同一性が確認できるよう作成しているとして、原画の表現上の本質的な特徴との同一性を維持し、これに接する者がその表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものであることは明らかであると判断。本件コピーを作成することを含め、被告の本件行為は、著作権法上の「複製」に該当すると認めています(23頁以下)。

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2 著作権法32条1項適用の可否

次に被告の本件行為が著作権法上の引用としての利用にあたり、適法となるかどうかについて、裁判所は、引用(著作権法32条1項)の意義、判断要素について、『他人の著作物を引用して利用することが許されるためには,引用して利用する方法や態様が公正な慣行に合致したものであり,かつ,引用の目的との関係で正当な範囲内,すなわち,社会通念に照らして合理的な範囲内のものであることが必要であるから,「引用」に当たるか否かの判断においては,他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか,その方法や態様,利用される著作物の種類や性質,当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などを総合考慮すべきである。』等と説示、そして、

(1)利用する目的

カラーコピーの添付は、鑑定証書の鑑定対象となった原画を多数の同種画題が存する可能性のある中で特定し、かつ、当該鑑定証書自体が偽造されるのを防止する目的で行っていると認められる。
そして、その目的達成のためには、鑑定の対象である原画のカラーコピーを添付することが最も確実であることから、これを添付する必要性、有用性が認められる。
著作物の鑑定の結果が適正に保存され、著作物の鑑定業務の適正を担保することは、贋作の存在を排除し、著作物の価値を高め、著作権者等の権利の保護を図ることにもつながる。
こうした点を考慮すると、著作物の鑑定のために当該著作物の複製を利用することは、著作権法の規定する引用の目的に含まれる。

(2)利用する方法や態様

原画をカラーコピーした部分のみが分離して利用に供されることは考え難い。
鑑定証書自体も絵画の所有者の直接又は間接の依頼に基づき1部ずつ作製されたものであり、絵画と所在を共にすることが想定されている。
その方法ないし態様としてみても、社会通念上、合理的な範囲内にとどまるものというべきである。

(3)当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度

原告らが絵画の複製権を利用して経済的利益を得る機会が失われるということも考え難い。

(4)公正な慣行

裁判所による調査嘱託の結果として、日本洋画商協同組合による鑑定では、当該絵画の著作権者(遺族)から鑑定の許諾を得ているものの、北海道絵画商協同組合では得ていないといった鑑定実務であることから(22頁以下参照)、鑑定実務において著作権者である遺族の許諾を得て鑑定証書に本件コピーを添付するといった「公正な慣行」が存在するとは認めることができない。

(5)自己の著作物中での他人の著作物利用の要否

原告らは、「引用」は紹介、参照、論評等の目的で行われるものであり、自己の著作物と利用される他人の著作物との間に紹介、参照、論評等の関係がなければ適法引用には該当しない旨主張する。
しかし、旧著作権法(明治32年法律第39号)30条1項2号「自己ノ著作物中ニ正当ノ範囲内ニ於テ節録引用スルコト」とは異なり、現行著作権法32条1項における「引用」として適法とされるためには、利用者が自己の著作物中で他人の著作物を利用した場合であることは要件ではないと解すべきである。

以上の点を総合考慮して、被告が鑑定証書を作製するに際してその裏面に本件コピーを添付したことは、著作物を引用して鑑定する方法ないし態様において、その鑑定に求められる公正な慣行に合致したものということができ、かつ、その引用の目的上でも正当な範囲内のものであると認めるのが相当であるとして、32条1項の適用を肯定、被告の本件行為は適法と判断しています(24頁以下)。

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■コメント

三岸節子作品を巡って争われた美術鑑定書事件では、原審では遺族側一部勝訴であったものの、知財高裁では引用が認められて遺族側敗訴の結果となっています。

本件でも、三岸節子作品事案の場合と鑑定業務自体は状況的に異なるところはなく、東京地裁の判断は三岸節子事案での知財高裁の判断を踏襲した結果となっています。

もっとも、本件では、同名作品が「パリ−風景」42点、「ムフタール通り」36点、「モンマルトル」14点といったように多数に及ぶ場合であり、作品複製物の鑑定書添付による同定の必要性はさらに高くなるかと思われます。

ところで、インターネットオークションサイトで児玉幸雄作品を検索してみると、添付の鑑定書には、「東京美術倶楽部鑑定委員会」のものと「児玉幸雄の会」のものとがあり、後者が遺族を中心とする鑑定会のもの(事務局長H氏名義)とすれば、背景としては鑑定業務での利益対立の構図があったのかもしれません。

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■過去のブログ記事

三岸節子美術鑑定書事件
三岸節子美術鑑定書事件(控訴審)

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■参考判例

三岸節子美術鑑定書事件(控訴審)
知財高裁平成22.10.13平成22(ネ)10052損害賠償請求控訴事件