最高裁判所HP 知的財産裁判例集より
自動接触角計プログラム事件
東京地裁平成26.4.24平成23(ワ)36945損害賠償等請求事件PDF
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 高野輝久
裁判官 三井大有
裁判官 志賀 勝
*裁判所サイト公表 2014.6.6
*キーワード:プログラム、著作物性、複製、翻案、営業秘密、営業誹謗行為
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■事案
接触角計測装置のプログラムを巡って退職従業員らと著作権侵害性や営業秘密管理性が争点になった事案
原告:理化学機器の開発設計製造会社
被告:測定機器企画設計製造会社、各種機械装置開発製造会社、原告退職従業員
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■結論
請求一部認容
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■争点
条文 著作権法2条1項1号、21条、27条、不正競争防止法2条6項、2条1項14号
1 原告接触角計算(液滴法)プログラムが著作物性を有するか否か
2 (被告旧接触角計算(液滴法)プログラムは原告接触角計算(液滴法)プログラムを複製又は翻案したものであるか否か
3 被告新接触角計算(液滴法)プログラムが原告接触角計算(液滴法)プログラムを翻案したものであるか否か
4 被告乙Aが原告の営業秘密を不正に開示し、被告会社らがこれを不正取得したか否か
5 原告の受けた損害の額
6 被告乙B及び被告乙Aが受領した退職金を原告に返還すべき義務があるか否か
7 原告のB事件に係る訴訟提起が被告会社らに対する不法行為を構成するか否か
8 本件各告知行為が虚偽の事実の告知又は流布に当たるか否か
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■事案の概要
A事件(平成23(ワ)36945損害賠償等請求事件)
『原告が,(1)被告ニックの製造,販売する自動接触角計に搭載されたプログラムは被告ニックが被告乙Aの担当の下に原告のプログラムを複製又は翻案したもので,被告ニックが自動接触角計を製造,販売することは原告のプログラムの著作物の著作権を侵害する,(2)被告乙Aは原告の営業秘密である上記プログラムやそのアルゴリズムを不正に開示し,被告ニックはこれを不正に取得した,(3)原告の従業員であった被告乙Aは原告の秘密を保持すべき義務を負う秘密情報を開示,漏洩したなどと主張して,被告ニック及び被告乙Aに対し,民法719条又は不正競争防止法4条(被告乙Aについてさらに民法415条)に基づき,損害金994万2000円と弁護士費用相当損害金90万円の合計額1084万2000円及びこれに対する不法行為の後であり,訴状送達の最も遅い日の翌日である平成23年12月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案』
B事件(平成24(ワ)25059著作権侵害差止等請求事件)
『原告が,被告ニックの上記プログラムの新バージョンも被告ニックが被告乙Aの担当の下に原告プログラムを翻案したもので,これを搭載した自動接触角計を被告ニックが製造,販売し,被告あすみ技研が販売することは原告のプログラムの著作物の著作権を侵害する,(2)被告乙Aは原告の営業秘密である原告のプログラムやそのアルゴリズムを不正に開示し,被告ニック及び被告あすみ技研はこれを不正に取得した,(3)被告乙Aは原告の秘密を保持すべき義務を負う秘密情報を開示,漏洩したなどと主張して,被告ニック及び被告あすみ技研に対し,著作権法112条又は不正競争防止法3条に基づき,被告ニックの上記プログラムの複製,翻案や販売等の差止め及びプログラム等を格納した記憶媒体の廃棄を求め,被告ニック及び被告乙Aに対し,民法719条又は不正競争防止法4条(被告乙Aについてさらに民法415条)に基づき,損害金3750万円と弁護士費用相当損害金300万円の合計額4050万円及びこれに対する不法行為の後である訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めるとともに,原告の従業員であった被告乙B及び被告乙Aには原告在職中に非違行為があったと主張して,被告らに対し,民法703条に基づき,支払済みの退職金188万1350円(被告乙B)又は256万4090円(被告乙A)及びこれらそれぞれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案』
C事件(平成25(ワ)9300損害賠償請求反訴事件)
『被告ニック及び被告あすみ技研が,原告がしたB事件の訴訟提起は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く,原告が訴訟提起に関して行ったホームページなどにおける告知行為は虚偽事実の告知又は流布に当たるなどと主張して,原告に対し,民法709条に基づき,被告ニックが損害金1000万円,被告あすみ技研が損害金200万円の各支払を求める事案』(3頁以下)
<経緯>
H07.04 被告乙Aが原告入社
H08.08 被告乙Bが原告入社
H10.12 原告プログラムの開発に着手
H21.04 被告乙Bが原告退社、被告ニックを被告乙Bらが設立
H21.07 原告プログラム完成
H21.08 被告乙Aが原告退社、被告ニックに入社
H21.10 被告ニックが被告製品1、2販売告知
H22.10 被告ニックが新バージョンプログラム完成、被告あすみ技研が販売
H23.01 原告が仮処分申立事件で和解案提示
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■判決内容
<争点>
1 原告接触角計算(液滴法)プログラムが著作物性を有するか否か
原告接触角計算(液滴法)プログラムが著作物性を有するか否かについて、裁判所は、液滴の接触角を計測するという原告プログラムの目的のためには名称や関数等の定義や関数等の種類や内容、変数等への値の引渡しの方法、サブルーティン化の有無やステップ記載の順序等において多様な記載方法があり、原告接触角計算(液滴法)プログラムのソースコードは上記の目的を達成するために工夫を凝らして2000行を超える分量で作成されたものであるとして、原告接触角計算(液滴法)プログラムは全体として創作性があると判断しています(39頁以下)。
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2 (被告旧接触角計算(液滴法)プログラムは原告接触角計算(液滴法)プログラムを複製又は翻案したものであるか否か
被告旧接触角計算(液滴法)プログラムのソースコードと原告接触角計算(液滴法)プログラムのソースコードを対比すると、番号(1)ないし(16)のプログラムがほぼ同様の機能を有するものとして1対1に対応し、各プログラム内のブロックが機能的にも順番的にもほぼ1対1に対応しているといった点などを裁判所は認定。
被告旧バージョン中、被告旧接触角計算(液滴法)プログラムの本件対象部分に対応する部分は、ソースコードの記載の大半において記載内容や記載の順序が非常に類似して実質的に同一性を有するものであり、原告接触角計算(液滴法)プログラムの本件対象部分に依拠して被告乙Aが主に担当して作成したものであること、そして、上記実質的同一性を有する部分には個性が表出された創作性を有する箇所が含まれることが認められることから、被告旧接触角計算(液滴法)プログラムの本件対象部分に対応する部分は、原告接触角計算(液滴法)プログラムを複製又は翻案したものと認められると判断しています(41頁以下)。
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3 被告新接触角計算(液滴法)プログラムが原告接触角計算(液滴法)プログラムを翻案したものであるか否か
原告接触角計算(液滴法)プログラムと被告新接触角計算(液滴法)プログラムとではソースコードの記載の方法、内容及び順序等がかなり異なり、ソースコードの記載が類似する部分はいずれも十数行と比較的短く、単純な計算を行う3箇所に限定されるとして、裁判所は、両者のソースコードの記載に実質的同一性があると認めることはできないと判断、翻案性を否定しています(44頁以下)。
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4 被告乙Aが原告の営業秘密を不正に開示し、被告会社らがこれを不正取得したか否か
原告プログラムの旧バージョン(ver1.0.0.0)が開発されてから8年弱もの間、共有フォルダ内に保管されたソースコードに対するアクセス権者の限定がなく、本件アクセス制限がなされる前の平成20年5月28日に原告製品3に対応した時点においても原告プログラムとほぼ同内容を具備するに至っていたと考えられる原告プログラムの旧バージョン(ver2.5.0.0)には、「guest」アカウントを用いるなどして誰でもアクセスすることができた。また、その後も開発担当者のパソコン内での保管に格別の指示がされなかった。さらに、原告アルゴリズムについては、本件ハンドブックにおいてどの部分が秘密であるかを具体的に特定しない態様で記載されていたことなどから、営業担当者が営業活動に際して本件ハンドブックのどの部分の記載内容が秘密であるかを認識することが困難であった、といった点から、原告プログラム及びそれに記述された原告アルゴリズムが秘密として管理(不正競争防止法2条6項)されていたとは認め難いと裁判所は判断しています(45頁以下)。
また、被告乙Aが原告プログラムに関するデータをコピーするなどして原告から持ち出し、被告ニックに開示したと認めるに足りる証拠はないとして、不正競争行為性とともに、本件各誓約書に係る債務不履行も否定されています。
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5 原告の受けた損害の額
被告旧接触角計算(液滴法)プログラムに係る原告の受けた損害について、裁判所は、著作権法114条1項に基づく損害を算定。また、調査費用については18万2700円、弁護士費用相当損害金については17万円を認定しています(48頁以下)。
結論として、被告旧バージョンの著作権侵害に係る損害賠償として、被告ニック及び被告乙Aに対し190万1258円が認められています。
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6 被告乙B及び被告乙Aが受領した退職金を原告に返還すべき義務があるか否か
被告乙B及び被告乙Aが受領した退職金を原告に返還すべき義務があるか否かについて、被告乙Bが、C及び被告乙Aと共謀して原告退職後に原告の自動接触角計製造に関する技術を盗用して商品を発売することを計画し資料を持ち出したことや、被告乙Aと共謀して原告プログラムのデータを不正に取得するように計画したこと、原告在籍中に原告従業員のDに被告ニックへの転職の勧誘をしたことを認めるに足りる証拠はない。また、被告乙Aが原告プログラムのデータを被告ニックに開示したと認めるに足りないとして、裁判所は、不当利得を理由とする原告の退職金の返還請求はその前提を欠くものであって理由がないと判断しています(52頁)。
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7 原告のB事件に係る訴訟提起が被告会社らに対する不法行為を構成するか否か
原告のB事件に係る訴えの提起は、事実的、法律的根拠を欠くものであり、原告はそのことを知り又は通常人であれば容易にそのことを知り得たにもかかわらず、この訴えを提起したことを原告のホームページで公開することにより被告製品の信用を毀損して被告ニックの取引を妨害し、顧客や被告あすみ技研に被告製品を買い控えさせようとしてあえてこれを提起したものであるから、被告ニック及び被告あすみ技研に対する不法行為を構成すると被告らは主張しました。
しかし、裁判所は、被告新接触角計算(液滴法)プログラムが原告接触角計算(液滴法)プログラムの複製や翻案に当たると認められないものの、原告がこのことを認識していたとは認め難いし、被告旧接触角計算(液滴法)プログラムが原告プログラムの複製又は翻案に当たると認められること、また、その改良版である被告新接触角計算(液滴法)プログラムの一部には変数や引数の名称が多少異なるが、関数の表現や内容等は同一である部分もあることなどからすると、通常人であれば容易にそのことを知り得たとも認め難い。さらに、原告プログラムや原告アルゴリズムが不正競争防止法上の営業秘密に当たるとは認められないが、同法の定める要件を具備するかはともかくとして、販売する製品に搭載するプログラムやそのアルゴリズムを秘密として取り扱うことは通常あり得べきことなどから、被告らの主張を認めていません(52頁以下)。
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8 本件各告知行為が虚偽の事実の告知又は流布に当たるか否か
原告のホームページに掲載した本件告知1及び被告ニックの取引先に送付した本件告知文書Aにおいて原告が記載した内容は、平成23年11月15日に被告ニックが製造、販売した接触角計に関して当裁判所に著作権法違反及び不正競争防止法違反で提訴したという事実を摘示するものであるところ、原告が上記年月日に被告旧バージョンに関するA事件に係る訴えを当裁判所に提起したことは真実であるし、「製造販売した」とあることからしても、上記事実をもって被告新バージョンについても提訴したことを公衆等に告知するものであるとはいえず、原告が公衆にその旨誤信させることを意図したと認めるに足りる証拠もないと裁判所は判断。
結論として、販売代理店に宛てて送付した本件告知文書B、原告ホームページへ追加した本件告知2も含め、本件各告知行為が虚偽の事実の告知又は流布に当たるものではないと判断しています(54頁以下)。
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■コメント
自動車のボディコーティングをすると、コーティング剤の性質によって水滴が玉のようになって撥水するか、親水して濡れたようになるかといった現象がありますが、本件は界面科学としてこの水滴の玉の度合い、「ぬれ」の現象について、水滴の接触角度を自動計測する装置のプログラムを巡って退職従業員らと技術流出に関連して紛争になった事案です。
結論としては、旧バージョンのプログラムについてだけ複製権(又は翻案権)侵害性が肯定されましたが、営業秘密管理性は否定されて、不正競争行為性は認められていません。
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■参考サイト
接触角とは - 研究開発を支援する界面科学測器の専門メーカー:協和界面科学株式会社
協和界面科学株式会社プレスリリース
株式会社ニックに対する損害賠償訴訟の判決、特許無効審判の審決PDF
自動接触角計プログラム事件
東京地裁平成26.4.24平成23(ワ)36945損害賠償等請求事件PDF
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 高野輝久
裁判官 三井大有
裁判官 志賀 勝
*裁判所サイト公表 2014.6.6
*キーワード:プログラム、著作物性、複製、翻案、営業秘密、営業誹謗行為
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■事案
接触角計測装置のプログラムを巡って退職従業員らと著作権侵害性や営業秘密管理性が争点になった事案
原告:理化学機器の開発設計製造会社
被告:測定機器企画設計製造会社、各種機械装置開発製造会社、原告退職従業員
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■結論
請求一部認容
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■争点
条文 著作権法2条1項1号、21条、27条、不正競争防止法2条6項、2条1項14号
1 原告接触角計算(液滴法)プログラムが著作物性を有するか否か
2 (被告旧接触角計算(液滴法)プログラムは原告接触角計算(液滴法)プログラムを複製又は翻案したものであるか否か
3 被告新接触角計算(液滴法)プログラムが原告接触角計算(液滴法)プログラムを翻案したものであるか否か
4 被告乙Aが原告の営業秘密を不正に開示し、被告会社らがこれを不正取得したか否か
5 原告の受けた損害の額
6 被告乙B及び被告乙Aが受領した退職金を原告に返還すべき義務があるか否か
7 原告のB事件に係る訴訟提起が被告会社らに対する不法行為を構成するか否か
8 本件各告知行為が虚偽の事実の告知又は流布に当たるか否か
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■事案の概要
A事件(平成23(ワ)36945損害賠償等請求事件)
『原告が,(1)被告ニックの製造,販売する自動接触角計に搭載されたプログラムは被告ニックが被告乙Aの担当の下に原告のプログラムを複製又は翻案したもので,被告ニックが自動接触角計を製造,販売することは原告のプログラムの著作物の著作権を侵害する,(2)被告乙Aは原告の営業秘密である上記プログラムやそのアルゴリズムを不正に開示し,被告ニックはこれを不正に取得した,(3)原告の従業員であった被告乙Aは原告の秘密を保持すべき義務を負う秘密情報を開示,漏洩したなどと主張して,被告ニック及び被告乙Aに対し,民法719条又は不正競争防止法4条(被告乙Aについてさらに民法415条)に基づき,損害金994万2000円と弁護士費用相当損害金90万円の合計額1084万2000円及びこれに対する不法行為の後であり,訴状送達の最も遅い日の翌日である平成23年12月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案』
B事件(平成24(ワ)25059著作権侵害差止等請求事件)
『原告が,被告ニックの上記プログラムの新バージョンも被告ニックが被告乙Aの担当の下に原告プログラムを翻案したもので,これを搭載した自動接触角計を被告ニックが製造,販売し,被告あすみ技研が販売することは原告のプログラムの著作物の著作権を侵害する,(2)被告乙Aは原告の営業秘密である原告のプログラムやそのアルゴリズムを不正に開示し,被告ニック及び被告あすみ技研はこれを不正に取得した,(3)被告乙Aは原告の秘密を保持すべき義務を負う秘密情報を開示,漏洩したなどと主張して,被告ニック及び被告あすみ技研に対し,著作権法112条又は不正競争防止法3条に基づき,被告ニックの上記プログラムの複製,翻案や販売等の差止め及びプログラム等を格納した記憶媒体の廃棄を求め,被告ニック及び被告乙Aに対し,民法719条又は不正競争防止法4条(被告乙Aについてさらに民法415条)に基づき,損害金3750万円と弁護士費用相当損害金300万円の合計額4050万円及びこれに対する不法行為の後である訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めるとともに,原告の従業員であった被告乙B及び被告乙Aには原告在職中に非違行為があったと主張して,被告らに対し,民法703条に基づき,支払済みの退職金188万1350円(被告乙B)又は256万4090円(被告乙A)及びこれらそれぞれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案』
C事件(平成25(ワ)9300損害賠償請求反訴事件)
『被告ニック及び被告あすみ技研が,原告がしたB事件の訴訟提起は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く,原告が訴訟提起に関して行ったホームページなどにおける告知行為は虚偽事実の告知又は流布に当たるなどと主張して,原告に対し,民法709条に基づき,被告ニックが損害金1000万円,被告あすみ技研が損害金200万円の各支払を求める事案』(3頁以下)
<経緯>
H07.04 被告乙Aが原告入社
H08.08 被告乙Bが原告入社
H10.12 原告プログラムの開発に着手
H21.04 被告乙Bが原告退社、被告ニックを被告乙Bらが設立
H21.07 原告プログラム完成
H21.08 被告乙Aが原告退社、被告ニックに入社
H21.10 被告ニックが被告製品1、2販売告知
H22.10 被告ニックが新バージョンプログラム完成、被告あすみ技研が販売
H23.01 原告が仮処分申立事件で和解案提示
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■判決内容
<争点>
1 原告接触角計算(液滴法)プログラムが著作物性を有するか否か
原告接触角計算(液滴法)プログラムが著作物性を有するか否かについて、裁判所は、液滴の接触角を計測するという原告プログラムの目的のためには名称や関数等の定義や関数等の種類や内容、変数等への値の引渡しの方法、サブルーティン化の有無やステップ記載の順序等において多様な記載方法があり、原告接触角計算(液滴法)プログラムのソースコードは上記の目的を達成するために工夫を凝らして2000行を超える分量で作成されたものであるとして、原告接触角計算(液滴法)プログラムは全体として創作性があると判断しています(39頁以下)。
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2 (被告旧接触角計算(液滴法)プログラムは原告接触角計算(液滴法)プログラムを複製又は翻案したものであるか否か
被告旧接触角計算(液滴法)プログラムのソースコードと原告接触角計算(液滴法)プログラムのソースコードを対比すると、番号(1)ないし(16)のプログラムがほぼ同様の機能を有するものとして1対1に対応し、各プログラム内のブロックが機能的にも順番的にもほぼ1対1に対応しているといった点などを裁判所は認定。
被告旧バージョン中、被告旧接触角計算(液滴法)プログラムの本件対象部分に対応する部分は、ソースコードの記載の大半において記載内容や記載の順序が非常に類似して実質的に同一性を有するものであり、原告接触角計算(液滴法)プログラムの本件対象部分に依拠して被告乙Aが主に担当して作成したものであること、そして、上記実質的同一性を有する部分には個性が表出された創作性を有する箇所が含まれることが認められることから、被告旧接触角計算(液滴法)プログラムの本件対象部分に対応する部分は、原告接触角計算(液滴法)プログラムを複製又は翻案したものと認められると判断しています(41頁以下)。
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3 被告新接触角計算(液滴法)プログラムが原告接触角計算(液滴法)プログラムを翻案したものであるか否か
原告接触角計算(液滴法)プログラムと被告新接触角計算(液滴法)プログラムとではソースコードの記載の方法、内容及び順序等がかなり異なり、ソースコードの記載が類似する部分はいずれも十数行と比較的短く、単純な計算を行う3箇所に限定されるとして、裁判所は、両者のソースコードの記載に実質的同一性があると認めることはできないと判断、翻案性を否定しています(44頁以下)。
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4 被告乙Aが原告の営業秘密を不正に開示し、被告会社らがこれを不正取得したか否か
原告プログラムの旧バージョン(ver1.0.0.0)が開発されてから8年弱もの間、共有フォルダ内に保管されたソースコードに対するアクセス権者の限定がなく、本件アクセス制限がなされる前の平成20年5月28日に原告製品3に対応した時点においても原告プログラムとほぼ同内容を具備するに至っていたと考えられる原告プログラムの旧バージョン(ver2.5.0.0)には、「guest」アカウントを用いるなどして誰でもアクセスすることができた。また、その後も開発担当者のパソコン内での保管に格別の指示がされなかった。さらに、原告アルゴリズムについては、本件ハンドブックにおいてどの部分が秘密であるかを具体的に特定しない態様で記載されていたことなどから、営業担当者が営業活動に際して本件ハンドブックのどの部分の記載内容が秘密であるかを認識することが困難であった、といった点から、原告プログラム及びそれに記述された原告アルゴリズムが秘密として管理(不正競争防止法2条6項)されていたとは認め難いと裁判所は判断しています(45頁以下)。
また、被告乙Aが原告プログラムに関するデータをコピーするなどして原告から持ち出し、被告ニックに開示したと認めるに足りる証拠はないとして、不正競争行為性とともに、本件各誓約書に係る債務不履行も否定されています。
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5 原告の受けた損害の額
被告旧接触角計算(液滴法)プログラムに係る原告の受けた損害について、裁判所は、著作権法114条1項に基づく損害を算定。また、調査費用については18万2700円、弁護士費用相当損害金については17万円を認定しています(48頁以下)。
結論として、被告旧バージョンの著作権侵害に係る損害賠償として、被告ニック及び被告乙Aに対し190万1258円が認められています。
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6 被告乙B及び被告乙Aが受領した退職金を原告に返還すべき義務があるか否か
被告乙B及び被告乙Aが受領した退職金を原告に返還すべき義務があるか否かについて、被告乙Bが、C及び被告乙Aと共謀して原告退職後に原告の自動接触角計製造に関する技術を盗用して商品を発売することを計画し資料を持ち出したことや、被告乙Aと共謀して原告プログラムのデータを不正に取得するように計画したこと、原告在籍中に原告従業員のDに被告ニックへの転職の勧誘をしたことを認めるに足りる証拠はない。また、被告乙Aが原告プログラムのデータを被告ニックに開示したと認めるに足りないとして、裁判所は、不当利得を理由とする原告の退職金の返還請求はその前提を欠くものであって理由がないと判断しています(52頁)。
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7 原告のB事件に係る訴訟提起が被告会社らに対する不法行為を構成するか否か
原告のB事件に係る訴えの提起は、事実的、法律的根拠を欠くものであり、原告はそのことを知り又は通常人であれば容易にそのことを知り得たにもかかわらず、この訴えを提起したことを原告のホームページで公開することにより被告製品の信用を毀損して被告ニックの取引を妨害し、顧客や被告あすみ技研に被告製品を買い控えさせようとしてあえてこれを提起したものであるから、被告ニック及び被告あすみ技研に対する不法行為を構成すると被告らは主張しました。
しかし、裁判所は、被告新接触角計算(液滴法)プログラムが原告接触角計算(液滴法)プログラムの複製や翻案に当たると認められないものの、原告がこのことを認識していたとは認め難いし、被告旧接触角計算(液滴法)プログラムが原告プログラムの複製又は翻案に当たると認められること、また、その改良版である被告新接触角計算(液滴法)プログラムの一部には変数や引数の名称が多少異なるが、関数の表現や内容等は同一である部分もあることなどからすると、通常人であれば容易にそのことを知り得たとも認め難い。さらに、原告プログラムや原告アルゴリズムが不正競争防止法上の営業秘密に当たるとは認められないが、同法の定める要件を具備するかはともかくとして、販売する製品に搭載するプログラムやそのアルゴリズムを秘密として取り扱うことは通常あり得べきことなどから、被告らの主張を認めていません(52頁以下)。
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8 本件各告知行為が虚偽の事実の告知又は流布に当たるか否か
原告のホームページに掲載した本件告知1及び被告ニックの取引先に送付した本件告知文書Aにおいて原告が記載した内容は、平成23年11月15日に被告ニックが製造、販売した接触角計に関して当裁判所に著作権法違反及び不正競争防止法違反で提訴したという事実を摘示するものであるところ、原告が上記年月日に被告旧バージョンに関するA事件に係る訴えを当裁判所に提起したことは真実であるし、「製造販売した」とあることからしても、上記事実をもって被告新バージョンについても提訴したことを公衆等に告知するものであるとはいえず、原告が公衆にその旨誤信させることを意図したと認めるに足りる証拠もないと裁判所は判断。
結論として、販売代理店に宛てて送付した本件告知文書B、原告ホームページへ追加した本件告知2も含め、本件各告知行為が虚偽の事実の告知又は流布に当たるものではないと判断しています(54頁以下)。
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■コメント
自動車のボディコーティングをすると、コーティング剤の性質によって水滴が玉のようになって撥水するか、親水して濡れたようになるかといった現象がありますが、本件は界面科学としてこの水滴の玉の度合い、「ぬれ」の現象について、水滴の接触角度を自動計測する装置のプログラムを巡って退職従業員らと技術流出に関連して紛争になった事案です。
結論としては、旧バージョンのプログラムについてだけ複製権(又は翻案権)侵害性が肯定されましたが、営業秘密管理性は否定されて、不正競争行為性は認められていません。
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■参考サイト
接触角とは - 研究開発を支援する界面科学測器の専門メーカー:協和界面科学株式会社
協和界面科学株式会社プレスリリース
株式会社ニックに対する損害賠償訴訟の判決、特許無効審判の審決PDF