最高裁判所HP 知的財産裁判例集より
「希望の壁」工作物設置続行禁止仮処分申立事件
大阪地裁平成25.9.6決定平成25(ヨ)20003工作物設置続行禁止仮処分申立事件PDF
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 谷 有恒
裁判官 松阿彌隆
裁判官 松川充康
*裁判所サイト公表 2013.9.25
*キーワード:著作物性、著作者性、同一性保持権、意に反する改変、所有権と著作権
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■事案
新梅田シティの庭園に工作物を設置することが庭園設計者の同一性保持権を侵害するかどうかが争点となった事案
債権者:造園家
債務者:建設会社
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■結論
申立て却下
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■争点
条文 著作権法2条1項1号、2号、15条1項、20条1項、20条2項2号、4号
1 本件庭園が著作物(著作権法2条1項1号)に当たるか
2 債権者が本件庭園の著作者か
3 著作物の範囲
4 本件工作物を設置することが著作者の意に反する改変(著作権法20条1項)に当たるか
5 本件工作物を設置することが建築物の改変(著作権法20条2項2号)の規定若しくはその類推適用により又はやむを得ないと認められる改変(同4号)に当たり許容されるか
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■事案の概要
『本件は,債権者が,大阪市北区に所在する複合施設である「新梅田シティ」内の庭園を設計した著作者であると主張して,著作者人格権(同一性保持権)に基づき,同庭園内に「希望の壁」と称する工作物を設置しようとする債務者に対し,その設置工事の続行の禁止を求める仮の地位を定める仮処分を申し立てた事案』(1頁以下)
<経緯>
S62 新梅田シティ開発協議会発足
S63 環境事業計画研究所が環境デザイン基本構想作成受託
H01 環境事業計画研究所が環境デザイン基本計画仕様書作成
H03 環境事業計画研究所が新梅田シティ環境修景基本設計図作成
H05 新梅田シティ開業
H18 庭園改修
H24 巨大緑化モニュメント設置案検討
H25 巨大緑化モニュメント設置工事開始
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■判決内容
<争点>
1 本件庭園が著作物(著作権法2条1項1号)に当たるか
まず本件庭園の著作物性(著作権法2条1項1号)について、裁判所は、
『本件庭園は,新梅田シティ全体を一つの都市ととらえ,野生の自然の積極的な再現,あるいは水の循環といった施設全体の環境面の構想(コンセプト)を設定した上で,上記構想を,旧花野,中自然の森,南端の渦巻き噴水,東側道路沿いのカナル,花渦といった具体的施設の配置とそのデザインにより現実化したものであって,設計者の思想,感情が表現されたものといえるから,その著作物性を認めるのが相当である』(20頁)
としてその著作物性を肯定しています。
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2 債権者が本件庭園の著作者か
次に本件庭園の著作者(2条1項2号)について、債務者は職務著作(15条1項)の成立により債権者は著作者ではないと反論しました。
しかし、裁判所は、債務者又は開発協議会の契約の相手方や基本設計図等の名義がいずれも債権者が代表者である環境事業計画研究所であるものの、構想の前提となる思想、感情の主体は債権者であり、また、環境事業計画研究所は、債権者がその計画を実現するために設立した小規模な法人であること、本件庭園の設計者として環境事業計画研究所のみが表示された例はないこと、債務者も債権者個人を新梅田シティの環境ディレクターとして表示していること等を総合的に勘案して、本件庭園の著作者は債権者というべきである、と判断しています(20頁以下)。
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3 著作物の範囲
著作物の範囲について、債権者は、本件土地から建物の存在部分を除いた本件敷地全体が債権者の著作物である旨主張しました。
この点について、裁判所は、
『債権者が新梅田シティ全体についての環境計画の作成を委託されたことは前述のとおりであるが,必ずしも庭園の一部とはいえない通路や広場までを債権者の著作物とすることは広汎に過ぎるというべきであり,著作物として認めることができるのは,債権者の思想または感情の表現として設置された植栽,樹木,池等からなる庭園部分に加え,水路等の庭園関連施設から構成される本件庭園と,これと密接に関連するものとして配置された施設の範囲に限られるというべきであるが,その範囲では,本件庭園を一体のものとして評価するのが相当である』(21頁)
と判断しています。
そして、本件庭園は一体として評価すべきではなく、通路等で区分される区画ごとに創作性の有無を検討すべきであり、本件工作物が設置される区画には水路等のありふれた要素しかなく、何らの創作性も認められないから同一性保持権の行使は認められない旨の債務者の主張について、裁判所はこれを認めていません。
なお、平成18年の大幅な改修により債権者の著作権が失われた等の反論も債務者はしましたが、裁判所は認めていません(21頁以下)
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4 本件工作物を設置することが著作者の意に反する改変(著作権法20条1項)に当たるか
本件工作物が設置されることによりカナルと新里山とが空間的に遮断される形になって、開放されていた花渦の上方が塞がれることになることから、本件庭園の景観、印象、美的感覚等に相当の変化が生じるものとして、本件工作物の設置は、本件庭園に対する改変(20条1項)に該当すると裁判所は判断。
その上で、著作者である債権者の意思については、債務者又は開発協議会と環境事業計画研究所との各契約において著作権については何らの取り決めもされておらず、また、平成18年改修に対する債権者の態度が全体として抗議であったことなどから、将来の改変に対する黙示の承諾が含まれていると解することはできず、本件工作物の設置は、著作者である債権者の意思に反した本件庭園の改変に当たるというべきであると裁判所は判断しています(22頁以下)。
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5 本件工作物を設置することが建築物の改変(著作権法20条2項2号)の規定若しくはその類推適用により又はやむを得ないと認められる改変(同4号)に当たり許容されるか
本件庭園は、鑑賞のみを目的とするものではなく、むしろ実際に利用するものとしての側面が強いこと、また、本件土地所有者の権利行使の自由との調整の観点から、建築物の所有権と著作権の調整規定である著作権法20条2項2号(建築物の増改築等)の規定を本件の場合に類推適用することができると裁判所は判断。
本件工作物の設置は、同号の「模様替え」に相当するとし、また、信義則違反といった特段の事情がある場合でもないとして、結論として本件工作物の設置によって本件庭園を改変する行為は、債権者の同一性保持権を侵害するものではないと判断しています(23頁以下)。
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■コメント
「散歩道に巨大緑化壁はいらない」という公開空間の環境保護を巡っての争いです。
巨大緑化壁「希望の壁」の発案者は安藤忠雄氏。庭園設計者の造園家吉村元男氏は巨大緑化壁設置による著作者人格権侵害性を争点としましたが、工作物設置工事続行禁止の仮処分申立ては認められませんでした。
決定文別紙図面2や後掲「考える会」図面などを見ると、巨大な構造物の設置で全体の景観が変更されることは想像されますが、所有権と著作権の調整における裁判所の判断として本件は参考になります。
なお、建築の著作物と同一性保持権に関する先例となる「ノグチ・ルーム」移設事件でも庭園部分について20条2項2号の類推適用の余地が示されています。
別紙図面2
北ヤードとその周辺の環境を考える会
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■参考判例
慶應大学三田キャンパスにおけるイサム・ノグチ共同製作「ノグチ・ルーム」等の移設に関する事案として
東京地決平成15年6月11日平成15(ヨ)22031
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■参考サイト
安藤忠雄氏「希望の壁」は著作権侵害 設計者が設置差し止めの仮処分申し立て(2013.6.19 21:08 産経デジタル)
巨大緑化モニュメント「希望の壁」 積水ハウス ニュースリリース(2013年6月17日) PDF
北ヤードとその周辺の環境を考える会PDF
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■参考文献
才原慶道「建築の著作物と同一性保持権 東京地方裁判所平成15年6月11日決定(判例時報1840号106頁)について」『知的財産法政策学研究』(2004)3号217頁以下
論文PDF
「希望の壁」工作物設置続行禁止仮処分申立事件
大阪地裁平成25.9.6決定平成25(ヨ)20003工作物設置続行禁止仮処分申立事件PDF
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 谷 有恒
裁判官 松阿彌隆
裁判官 松川充康
*裁判所サイト公表 2013.9.25
*キーワード:著作物性、著作者性、同一性保持権、意に反する改変、所有権と著作権
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■事案
新梅田シティの庭園に工作物を設置することが庭園設計者の同一性保持権を侵害するかどうかが争点となった事案
債権者:造園家
債務者:建設会社
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■結論
申立て却下
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■争点
条文 著作権法2条1項1号、2号、15条1項、20条1項、20条2項2号、4号
1 本件庭園が著作物(著作権法2条1項1号)に当たるか
2 債権者が本件庭園の著作者か
3 著作物の範囲
4 本件工作物を設置することが著作者の意に反する改変(著作権法20条1項)に当たるか
5 本件工作物を設置することが建築物の改変(著作権法20条2項2号)の規定若しくはその類推適用により又はやむを得ないと認められる改変(同4号)に当たり許容されるか
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■事案の概要
『本件は,債権者が,大阪市北区に所在する複合施設である「新梅田シティ」内の庭園を設計した著作者であると主張して,著作者人格権(同一性保持権)に基づき,同庭園内に「希望の壁」と称する工作物を設置しようとする債務者に対し,その設置工事の続行の禁止を求める仮の地位を定める仮処分を申し立てた事案』(1頁以下)
<経緯>
S62 新梅田シティ開発協議会発足
S63 環境事業計画研究所が環境デザイン基本構想作成受託
H01 環境事業計画研究所が環境デザイン基本計画仕様書作成
H03 環境事業計画研究所が新梅田シティ環境修景基本設計図作成
H05 新梅田シティ開業
H18 庭園改修
H24 巨大緑化モニュメント設置案検討
H25 巨大緑化モニュメント設置工事開始
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■判決内容
<争点>
1 本件庭園が著作物(著作権法2条1項1号)に当たるか
まず本件庭園の著作物性(著作権法2条1項1号)について、裁判所は、
『本件庭園は,新梅田シティ全体を一つの都市ととらえ,野生の自然の積極的な再現,あるいは水の循環といった施設全体の環境面の構想(コンセプト)を設定した上で,上記構想を,旧花野,中自然の森,南端の渦巻き噴水,東側道路沿いのカナル,花渦といった具体的施設の配置とそのデザインにより現実化したものであって,設計者の思想,感情が表現されたものといえるから,その著作物性を認めるのが相当である』(20頁)
としてその著作物性を肯定しています。
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2 債権者が本件庭園の著作者か
次に本件庭園の著作者(2条1項2号)について、債務者は職務著作(15条1項)の成立により債権者は著作者ではないと反論しました。
しかし、裁判所は、債務者又は開発協議会の契約の相手方や基本設計図等の名義がいずれも債権者が代表者である環境事業計画研究所であるものの、構想の前提となる思想、感情の主体は債権者であり、また、環境事業計画研究所は、債権者がその計画を実現するために設立した小規模な法人であること、本件庭園の設計者として環境事業計画研究所のみが表示された例はないこと、債務者も債権者個人を新梅田シティの環境ディレクターとして表示していること等を総合的に勘案して、本件庭園の著作者は債権者というべきである、と判断しています(20頁以下)。
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3 著作物の範囲
著作物の範囲について、債権者は、本件土地から建物の存在部分を除いた本件敷地全体が債権者の著作物である旨主張しました。
この点について、裁判所は、
『債権者が新梅田シティ全体についての環境計画の作成を委託されたことは前述のとおりであるが,必ずしも庭園の一部とはいえない通路や広場までを債権者の著作物とすることは広汎に過ぎるというべきであり,著作物として認めることができるのは,債権者の思想または感情の表現として設置された植栽,樹木,池等からなる庭園部分に加え,水路等の庭園関連施設から構成される本件庭園と,これと密接に関連するものとして配置された施設の範囲に限られるというべきであるが,その範囲では,本件庭園を一体のものとして評価するのが相当である』(21頁)
と判断しています。
そして、本件庭園は一体として評価すべきではなく、通路等で区分される区画ごとに創作性の有無を検討すべきであり、本件工作物が設置される区画には水路等のありふれた要素しかなく、何らの創作性も認められないから同一性保持権の行使は認められない旨の債務者の主張について、裁判所はこれを認めていません。
なお、平成18年の大幅な改修により債権者の著作権が失われた等の反論も債務者はしましたが、裁判所は認めていません(21頁以下)
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4 本件工作物を設置することが著作者の意に反する改変(著作権法20条1項)に当たるか
本件工作物が設置されることによりカナルと新里山とが空間的に遮断される形になって、開放されていた花渦の上方が塞がれることになることから、本件庭園の景観、印象、美的感覚等に相当の変化が生じるものとして、本件工作物の設置は、本件庭園に対する改変(20条1項)に該当すると裁判所は判断。
その上で、著作者である債権者の意思については、債務者又は開発協議会と環境事業計画研究所との各契約において著作権については何らの取り決めもされておらず、また、平成18年改修に対する債権者の態度が全体として抗議であったことなどから、将来の改変に対する黙示の承諾が含まれていると解することはできず、本件工作物の設置は、著作者である債権者の意思に反した本件庭園の改変に当たるというべきであると裁判所は判断しています(22頁以下)。
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5 本件工作物を設置することが建築物の改変(著作権法20条2項2号)の規定若しくはその類推適用により又はやむを得ないと認められる改変(同4号)に当たり許容されるか
本件庭園は、鑑賞のみを目的とするものではなく、むしろ実際に利用するものとしての側面が強いこと、また、本件土地所有者の権利行使の自由との調整の観点から、建築物の所有権と著作権の調整規定である著作権法20条2項2号(建築物の増改築等)の規定を本件の場合に類推適用することができると裁判所は判断。
本件工作物の設置は、同号の「模様替え」に相当するとし、また、信義則違反といった特段の事情がある場合でもないとして、結論として本件工作物の設置によって本件庭園を改変する行為は、債権者の同一性保持権を侵害するものではないと判断しています(23頁以下)。
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■コメント
「散歩道に巨大緑化壁はいらない」という公開空間の環境保護を巡っての争いです。
巨大緑化壁「希望の壁」の発案者は安藤忠雄氏。庭園設計者の造園家吉村元男氏は巨大緑化壁設置による著作者人格権侵害性を争点としましたが、工作物設置工事続行禁止の仮処分申立ては認められませんでした。
決定文別紙図面2や後掲「考える会」図面などを見ると、巨大な構造物の設置で全体の景観が変更されることは想像されますが、所有権と著作権の調整における裁判所の判断として本件は参考になります。
なお、建築の著作物と同一性保持権に関する先例となる「ノグチ・ルーム」移設事件でも庭園部分について20条2項2号の類推適用の余地が示されています。
別紙図面2
北ヤードとその周辺の環境を考える会
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■参考判例
慶應大学三田キャンパスにおけるイサム・ノグチ共同製作「ノグチ・ルーム」等の移設に関する事案として
東京地決平成15年6月11日平成15(ヨ)22031
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■参考サイト
安藤忠雄氏「希望の壁」は著作権侵害 設計者が設置差し止めの仮処分申し立て(2013.6.19 21:08 産経デジタル)
巨大緑化モニュメント「希望の壁」 積水ハウス ニュースリリース(2013年6月17日) PDF
北ヤードとその周辺の環境を考える会PDF
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■参考文献
才原慶道「建築の著作物と同一性保持権 東京地方裁判所平成15年6月11日決定(判例時報1840号106頁)について」『知的財産法政策学研究』(2004)3号217頁以下
論文PDF