最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

「風にそよぐ墓標」事件

東京地裁平成25.3.14平成23(ワ)33071著作権侵害差止等請求事件PDF

別紙対比表

東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 高野輝久
裁判官      志賀 勝
裁判官      小川卓逸

*裁判所サイト公表 2013.4.8
*キーワード:ノンフィクション、創作性、許諾、複製権、翻案権、譲渡権、出版社

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■事案

ノンフィクション作品での参考書籍の転載に関して許諾を得ていたかどうかが争点となった事案

原告:個人
被告:作家、出版社

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、15号、21条、27条、26条の2、19条、20条、112条、114条3項

1 被告各記述は原告各記述を複製又は翻案したものか
2 被告Bは複製又は翻案及び譲渡に係る利用の許諾を得たか
3 原告の著作者人格権の侵害の成否
4 被告らの故意又は過失の有無
5 原告の受けた損害の額

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■事案の概要

『原告が,被告Bが著述し,被告株式会社集英社(以下「被告集英社」という。)が発行する書籍は原告の著作物の複製又は翻案に当たり,上記書籍の複製及び頒布により,原告の著作物の著作権及び著作者人格権が侵害されたと主張して,被告らに対し,著作権法112条に基づき,被告書籍の複製,頒布の差止め及び廃棄を求めるとともに,民法709条,719条に基づき,著作権侵害を理由とする著作権利用料損害金168万円,著作権侵害及び著作者人格権侵害を理由とする慰謝料300万円及びこれらについての弁護士費用50万円の合計518万円並びにこれに対する不法行為の後の日である訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案』(2頁)

<経緯>

S60.08 日航機墜落事故
H08.07 被害者遺族である原告が原告書籍刊行
H22.05 被告が原告に取材を実施
H22.08 被告書籍刊行

原告書籍:「雪解けの尾根 JAL123便の墜落事故」
被告書籍:「風にそよぐ墓標」

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■判決内容

<争点>

1 被告各記述は原告各記述を複製又は翻案したものか

ノンフィクション作品である被告書籍と原告書籍の対比26箇所の各記述部分(別紙対比表参照)に関して、裁判所はまず、複製、翻案の意義について江差追分事件最高裁判決(平成13年6月28日平成11(受)922)に言及。その上で、被告書籍第3章が原告書籍に依拠しており、本件において被告各記述が原告各記述を複製又は翻案したというためには、原告各記述のうち被告各記述と同一性を有する部分が思想又は感情を創作的に表現したものであり、かつ、被告各記述が、原告各記述と同一であるか、又はその表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものであることが必要である、として検討を加えています。
結論として、26箇所の記述のうち、以下の部分以外については、複製又は翻案が肯定されています(8頁以下)

・ありふれたもので、表現上の創作性がない:1、3、6、10、11、18、21(一部)
・事実の表現:12、22(一部)
・その両方:8(一部)、17、20

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2 被告Bは複製又は翻案及び譲渡に係る利用の許諾を得たか

被告Bは原告に取材を実施し、また、原告が被告Bに対し原告書籍等を用いて事実の正確な著述をするよう求めた、といった事情がありましたが、裁判所は、被告Bが原告から原告各記述の複製又は翻案及び譲渡に係る利用の許諾を明示又は黙示に得ていたと認めることはできないと判断しています(30頁以下)。

結論として、被告Bにより原告書籍に依拠して著述された被告書籍の著作権(複製権又は翻案権)侵害と被告出版社による頒布による著作権(譲渡権又は28条に基づく譲渡権)侵害が肯定されています。

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3 原告の著作者人格権の侵害の成否

氏名表示権(19条)及び同一性保持権(20条)侵害性が肯定されています(32頁以下)。
氏名表示権について、被告らは、被告書籍の参考文献欄等に原告の氏名を表示していると反論しましたが、裁判所は、協力者や参考文献の著者として表示されるだけでは、19条1項で求められる著作者名としての表示として足りないと判断しています。

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4 被告らの故意又は過失の有無

被告作家B及び被告出版社の過失が肯定されています(33頁)。

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5 原告の受けた損害の額

・使用料相当額(114条3項):
侵害と判断された部分の分量(総頁数の1.7%)
1680円(定価)×0.1(料率)×0.017(侵害部分)×1万部=2万8560円
・慰謝料:50万円
・弁護士費用相当額:5万2856円

が損害額として認められています(34頁以下)。

損害賠償金58万1416円とともに被告書籍の複製、頒布の差止め及び廃棄も肯定されています(35頁)。

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■コメント

被告書籍は、日航機墜落事故から25年を経た被害者6家族を描くノンフィクション作品です。
被告作家さんのブログ記事(後掲参考サイト参照)を拝見しますと、原告側への取材の経緯、また、事実と創作の関係についての作家さんの考え方や訴訟への思いが分かります。なお、原告側の事情ですが、判決文からだけでは、原告がどうして強く決意して訴訟にまで至ったのか良く分かりません。
ところで、被告作家自ら、「被告書籍は,実際に起きた出来事とそれに関係する当事者が抱いた思想や感情を取り扱うノンフィクションに属し,創作性を発揮する余地が少ない」(4頁)と言ってしまうあたり、かえってノンフィクションジャンルの作品の価値を減じるものとならないか、訴訟での複製や翻案の判断の際の抗弁とはいえ、文脈としては難しい問題を孕んでいて慎重な言い回し、対応が求められる部分です。
ノンフィクション作品を執筆する際の原典参照やインタビューの際の権利処理として、引用(32条1項)の範疇を超えた転載や翻案を多く含んだ作品(本事案では、問題となった第3章47頁のうちの4.8頁、10%にあたる分量となります)については、紛争予防のためにも初校の段階での原典執筆者側への確認作業が必要ではないでしょうか。こうした部分での出版社の役割も期待されるところです。
ノンフィクション作品と複製、翻案あるいは引用に関する事案は、裁判例の集積がありますが(「春の波涛」事件、「大地の子」事件、「ソニー燃ゆ」事件、「コルチャック先生」事件、「絶対音感」事件、「弁護士のくず」事件、「箱根富士屋ホテル物語」事件など)、本事案は許諾の有無が主な争点として参考となるもので、引続き、控訴審の判断が注目されます。

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■参考サイト

門田隆将オフィシャルサイト kadotaryusho.com
ブログ「夏炉冬扇の記」
朝日新聞の記事への興味深い反応(2011.7.8)
ノンフィクションは「事実」をどう描くのか(2011.7.11)
絶望から這い上がる「25年間」の真実の物語(2011.7.16)
「日本の司法」は大丈夫なのか(2013.3.14)

asahi.com(朝日新聞社)
日航機事故遺族、作家提訴の構え「手記と表現酷似」−出版ニュース−BOOK(2011年7月11日)

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■参考判例

江差追分事件
最判平成13.6.28平成11(受)922損害賠償等請求事件
東京高裁平成11.3.30平成8(ネ)4844
東京地裁平成8.9.30平成3(ワ)5651