最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

「今日の治療薬 解説と便覧2007」編集著作物事件

東京地裁平成24.8.31平成20(ワ)29705出版差止等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 大鷹一郎
裁判官      高橋 彩
裁判官      上田真史

*裁判所サイト公表 2012.09.10
*キーワード:編集著作物性、選択、配列、創作性

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■事案

薬剤情報に関する書籍の編集著作権を侵害したかどうかが争点となった事案

原告:出版社
被告:医療情報サービス会社

原告書籍:「今日の治療薬 解説と便覧 2007」
被告書籍:「治療薬ハンドブック 2008 薬剤選択と処方のポイント」

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 著作権法12条1項

1 原告書籍便覧部分の編集著作物性及び被告による著作権侵害の有無

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■事案の概要

『別紙書籍目録1記載の書籍(以下「原告書籍」という。)を発行した原告が,同目録2記載の書籍(以下「被告書籍」という。)を発行した被告に対し,被告書籍の薬剤便覧部分は,素材を薬剤又は薬剤情報とする原告書籍の編集著作物を複製又は翻案したものであり,被告が被告書籍を印刷及び販売する行為は上記編集著作物について原告が保有する著作権(複製権及び譲渡権(いずれも著作権法28条に基づくものを含む。以下同じ。))の共有持分の侵害に当たる旨主張し,著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた事案』(2頁)

<経緯>

S52.8 原告書籍初版発行
H19.2 改訂第29版発行
H20.1 被告書籍発行

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■判決内容

<争点>

1 原告書籍便覧部分の編集著作物性及び被告による著作権侵害の有無

原告書籍(本文の総頁数1140頁)は、便覧部分において、漢方薬を除く薬剤(一般薬)については「薬剤名」「組成・剤形・容量」「用量」「備考」の四つの項目欄を設けたものでした。また、漢方薬については「薬剤名」「組成・容量・〔1日用量〕」「備考」の三つの項目欄を設け、各薬剤について一覧表形式により薬剤情報を掲載しているものでした。
この一般薬に係る掲載部分(原告書籍一般薬便覧部分)と漢方薬に係る掲載部分(原告書籍漢方薬便覧部分)の編集著作物性を前提に、原告は被告による被告書籍の出版行為等について編集著作権(著作権法12条1項)の侵害を争点としました。

(1) 原告書籍一般薬便覧部分について

(a)「薬剤」選択の創作性等

原告は、原告書籍一般薬便覧部分における個々の具体的な「薬剤」の選択に当たり、平成19年1月現在で厚生労働大臣による製造販売の承認を受けている全ての薬剤を母集団とし、本件分類体系を前提としてこれに関連付けて当該薬剤が本件分類体系のいずれに分類されるかという観点を考慮し、臨床現場での重要性や使用頻度、原告書籍の執筆者の学識や経験等に基づく意向、読者の要望等の基準に従って選択を行い、かつ、選択された薬剤についてその重要度や使用頻度等に応じて赤丸表記とするもの、小文字表記とするものを決定していること、などを根拠として原告書籍一般薬便覧部分は、素材である個々の具体的な「薬剤」の選択において創作性を有する編集著作物に該当する等を主張しました(41頁以下)。

この点について裁判所は、個々の具体的な薬剤の選択結果や薬剤便覧の分類体系に従って行われた個々の具体的な薬剤の選択結果において、編者の個性が表れていると認めることができる場合があるものといえるとした上で、原告書籍一般薬便覧部分に掲載された薬剤の具体的な選択結果と被告書籍一般薬便覧部分に掲載された薬剤の具体的な選択結果とを対比し、原告が主張する原告書籍一般薬便覧部分の個々の具体的な薬剤の選択における創作的表現が被告書籍一般薬便覧部分において利用されているかどうかを検討しています。

結論としては、原告が主張する原告書籍一般薬便覧部分の個々の具体的な薬剤の選択における創作的表現が被告書籍一般薬便覧部分において利用されているものと認めることはできないとして、原告書籍一般薬便覧部分の複製又は翻案を否定しています。

(b)「薬剤」配列の創作性等

また、原告書籍一般薬便覧部分における「薬剤」の配列の創作性等の点についても、裁判所は、原告書籍一般薬便覧部分の個々の具体的な薬剤の配列において創作性が認められるとしても、被告書籍一般薬便覧部分における個々の具体的な薬剤の配列における表現は、原告書籍一般薬便覧部分の創作的表現と類似しているものと認められないとして、配列の点においても原告書籍一般薬便覧部分の複製又は翻案を否定しています。

(2) 原告書籍漢方薬便覧部分について

裁判所は、原告書籍漢方薬便覧部分における「薬剤」の選択は、ありふれたものであって創作性を認めることができないとし、また、「漢方処方名」の配列の創作性等についても、編集著作物に該当するものと認められないと判断。
さらに「漢方薬薬剤情報」の選択や配列においても創作性を有する編集著作物に該当するものと認められないとして原告書籍漢方薬便覧部分の複製又は翻案を否定しています(55頁以下)。

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■コメント

被告プレスリリースを拝見すると、仮処分の段階では、原告書籍漢方薬便覧部分の漢方3社の商品を優先して選択した部分について著作権侵害性が肯定されていたようです。
薬剤情報のデータベースにフリーライドしているのであれば一般不法行為論の検討余地もあるかと思いますが、控訴審の経緯に注目したいと思います。

なお、原告による別件の著作権関連訴訟としては、「入門漢方医学」書籍表紙デザイン翻案事件(東京地裁平成22.7.8平成21(ワ)23051著作権侵害差止等請求事件)が記憶に新しいところです。

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■参考サイト

株式会社じほう:株式会社南江堂との訴訟に係る東京地方裁判所の判決について(平成24年8月31日 )
プレスリリースPDF