最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

退職従業員印刷会社顧客情報営業秘密事件

東京地裁平成24.6.11平成22(ワ)23557損害賠償等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 大須賀 滋
裁判官      森川さつき
裁判官      菊池絵理

*裁判所サイト公表 2012.6.21
*キーワード:退職従業員、顧客情報、営業秘密、複製権

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■事案

退職従業員による顧客情報の利用の違法性などが争点となった事案

原告:印刷物デザイン会社
被告:印刷会社、原告元従業員ら

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法21条、不正競争防止法2条6項、民法715条

1 スズキ印刷の保管する印刷用フィルムについて(被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否)
2 本件システムについて(被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否)
3 本件システムについて(本件システムの著作権(複製権)侵害の成否)
4 本件顧客情報について(被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否)
5 クイックの保管する印刷用フィルムについて(被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否)
6 NPiフォームの使用について(被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否、損害額)
7 被告ニッシンの責任の成否
8 被告B、被告D及び被告Fに対する身元保証債務履行請求の可否
9 被告A及び被告Cに対する退職金返還請求(民法704条)の可否

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■事案の概要

『本件は,原告が,原告の元従業員であり,原告を退職後,被告有限会社ニッシングラフィック社(以下「被告ニッシン」という。)に就職した被告A(以下「被告A」という。),被告C(以下「被告C」という。)及び被告E(以下「被告E」といい,被告A,被告C及び被告Eを併せて「被告Aら」という。)は,(1)原告が有限会社スズキ印刷(以下「スズキ印刷」という。)において保管していた印刷用フィルムにつき,原告に無断で廃棄を指示し,かつ,その一部を隠匿し,(2)別紙システム目録記載の原告の印刷受発注システム(以下「本件システム」という。)のプログラムを持ち出した上,被告ニッシンに漏えいし,これを複製して被告ニッシンに利用させ,(3)原告から別紙営業秘密目録記載の顧客情報(以下「本件顧客情報」という。)を持ち出した上,被告ニッシンに漏えいし,これを利用して原告の顧客を被告ニッシンに収奪させ,(4)原告が株式会社クイック(以下「クイック」という。)において保管していた原告の印刷用フィルムを被告ニッシンの業務のために原告に無断で使用し,(5)株式会社賀川印刷(以下「賀川印刷」という。)が保管していた原告のNPiフォームを被告ニッシンの業務のために原告に無断で使用したと主張し,被告Aらの上記(1)〜(5)の行為は,同人らにつき,原告との間の雇用契約上の債務不履行及び共同不法行為(民法709条,710条,719条)に該当し,かつ,被告ニッシンにつき,共同不法行為(同法709条,719条)又は使用者責任(同法715条)が成立し,また,上記(2)の行為については,被告Aら及び被告ニッシンにつき,原告の著作権(複製権)侵害の共同不法行為が成立し,さらに,上記(2)及び(4)の行為については,被告Aら及び被告ニッシンの不正競争(被告Aらにつき不正競争防止法2条1項4号又は7号,被告ニッシンにつき同条1項4号,5号又は8号)に該当すると主張し,被告B,被告D及び被告Fについては,被告Aらをそれぞれ身元保証したものであるから,被告Aらの上記(1)〜(5)の行為による損害賠償義務につき,身元保証契約に基づく連帯保証債務履行義務を負うと主張して,
(1)被告Aらについては,債務不履行責任(民法415条),共同不法行為責任(同法709条,719条)又は不正競争防止法4条に基づく損害賠償として,被告ニッシンについては,使用者責任(民法715条),共同不法行為責任(同法709条,719条)又は不正競争防止法4条に基づく損害賠償として,被告B,被告D及び被告Fについては,身元保証契約に基づく連帯保証債務の履行請求として,連帯して,合計849万1899円((1)につき15万円,(2)につき200万円〔著作権法114条2項〕,(3)及び(4)につき629万1274円〔不正競争防止法5条2項〕,(5)につき5万0625円)及びこれに対する各被告に対する各訴状送達日の翌日(被告A,被告C,被告E,被告ニッシン,被告B及び被告Dについては平成22年8月11日,被告Fについては平成22年8月12日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求するとともに,
(2)被告Aら及び被告ニッシンに対し,著作権法112条1項及び2項に基づき,本件システムの使用の差止め並びに同システムの内容を記録したデータ等の削除及び廃棄を,
(3)被告Aら及び被告ニッシンに対し,不正競争防止法3条1項及び2項に基づき,本件顧客情報の使用又は開示の差止め並びに本件顧客情報の内容を記録したデータ等の削除及び廃棄を各求め,
 上記(1)〜(5)の各行為は,被告A及び被告Cに関し,懲戒解雇事由に該当するものであるところ,同被告らは,懲戒解雇事由があり,退職金受領資格がないことを知りながら,原告から退職金を受領したものであり,これは同被告らの不当利得に当たると主張して,悪意の受益者に対する不当利得返還請求(民法704条)として,被告Aに対し540万0456円,被告Cに対し114万4033円(附帯請求として,同被告らに対する各訴状送達日の翌日である平成22年8月11日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求める事案』(3頁以下)

<経緯>

S56 被告Aが原告に入社
H07 被告Cが原告に入社
H19 原告会社で人員整理、A、Cを解雇、再雇用
H20 原告会社就業規則の改訂
H22 被告A、Cが原告を退職

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■判決内容

<争点>

1 スズキ印刷の保管する印刷用フィルムについて(被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否)

被告Aらが、原告が印刷会社において保管していた印刷用フィルムについて原告に無断で廃棄を指示し、かつ、その一部を隠匿したかどうかについて、被告Aらの行為は、印刷会社の求めに応じて原告の再版作業を円滑にするための作業を行ったものとみることができ、原告との関係において違法性を有するものとは認められないと判断されています(41頁以下)。

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2 本件システムについて(被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否)

被告Aらが、原告の印刷受発注システムのプログラムを持ち出した上、被告会社に漏えいし、これを複製して被告会社に利用させたかどうかについて、結論としては、それらの事実は認められていません(44頁以下)。

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3 本件システムについて(本件システムの著作権(複製権)侵害の成否)

争点2の通り、複製の事実が認められていません(47頁以下)。


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4 本件顧客情報について(被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否)

原告から別紙営業秘密目録記載の顧客情報を持ち出した上、被告会社に漏えいし、これを利用して原告の顧客を被告会社に収奪させたかどうかについて、顧客情報の持ち出しや利用の事実が認められていません。また、顧客情報の営業秘密性についても、本件顧客情報のうち、個人の記憶や連絡先の個人的な手控えなどに係る情報については、雇用契約上開示等を禁じられる営業秘密に当たるとみることはできず、営業担当者がこれをその退職後に利用することがあったとしても、原告との間の雇用契約上の義務に反し、または不法行為を構成するものではないと判断されています(48頁以下)。

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5 クイックの保管する印刷用フィルムについて(被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否)

被告Cが、原告が印刷会社クイックにおいて保管していた原告の印刷用フィルムを被告会社の業務のために原告に無断で使用したかどうかについて、一部の印刷業務について原告フィルムの流用が認められ、自由競争の範囲を超える違法なものとして被告Cの雇用契約上の債務不履行及び不法行為が認められています(53頁以下)。
損害額については、流用受注分に相当する被告会社の売上金額を基礎として原告の粗利益率を乗じた8万0401円と判断しています。

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6 NPiフォームの使用について(被告Aらの債務不履行又は不法行為の成否、損害額)

被告A及びCが、印刷会社が保管していた原告のNPiフォーム(用紙)を被告会社の業務のために被告らが原告に無断で使用したかどうかについて、無断使用が認められ違法性が肯定されています(72頁以下)。
損害額については、一時的流用、使用枚数等を勘案して使用料相当額を5000円として同額を損害と認定しています。

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7 被告ニッシンの責任の成否

被告A及びCの不法行為について、使用者責任(民法715条)が認められています(74頁)。

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8 被告B、被告D及び被告Fに対する身元保証債務履行請求の可否

被告B(被告Aの配偶者)、被告D(被告Cの配偶者)は、それぞれ原告との間の身元保証契約に基づきそれぞれA、Cと連帯して損害を賠償する義務を負うと判断されています(74頁以下)。

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9 被告A及び被告Cに対する退職金返還請求(民法704条)の可否

平成19年に支払われた退職金は、不当利得の対象とならず、平成22年退職時に支払われた金員についても、退職金不支給又は減額すべき事由は認められないとして、退職金の返還請求を認めていません(75頁以下)。

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■コメント

退職従業員による印刷用写真フィルムや用紙の流用が問題となった事案です。印刷システムの著作権侵害性や不正競争防止法上の営業秘密侵害性は否定されています。