最高裁判所HP 知的財産裁判例集より
スペースチューブ事件(控訴審)
知財高裁24.2.22平成23(ネ)10053損害賠償等請求反訴控訴、同附帯控訴事件PDF
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝澤孝臣
裁判官 井上泰人
裁判官 荒井章光
*裁判所サイト公表 2012.3.6
*キーワード:著作物性、創作性、純粋美術、応用美術、複製権、同一性保持権、誤認混同惹起行為性、形態模倣行為性、営業秘密、秘密保持義務、一般不法行為
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■事案
体験型展示物であるイベント用装置の著作物性が争点となった事案の控訴審
控訴人兼附帯被控訴人(反訴原告):ダンス集団主催者
被控訴人兼附帯控訴人(反訴被告):映像制作会社
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■結論
被控訴人敗訴部分取消し
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■争点
条文 著作権法2条1項1号、2条2項、21条、20条、不正競争防止法2条1項1号、3号、7号、14号、民法709条
1 控訴人は控訴人装置につき著作権を有するか
2 被控訴人装置の複製権又は同一性保持権侵害性
3 被控訴人事業の誤認混同惹起行為性
4 被控訴人事業の形態模倣行為性
5 被控訴人事業の営業秘密不正使用行為性
6 本件契約に基づく秘密保持義務違反の成否
7 本件仮処分申立ての違法性の有無
8 被控訴人装置を用いた営業活動による不法行為の成否
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■事案の概要
原判決別紙反訴原告装置目録記載の装置(控訴人装置)の制作者である控訴人が、原判決別紙反訴被告装置目録記載の装置(被控訴人装置)を用いてイベントへの出展等の事業を行っている被控訴人に対し、以下の請求を行った。
(1)控訴人装置について控訴人が著作権を有することの確認を求める請求
(2)被控訴人事業に対する差止め及び被控訴人装置の廃棄請求
(3)金銭請求
原判決の判断としては、
(1)著作権の確認請求について、控訴人が控訴人装置の著作権を有することの確認請求を認容した。
(2)被控訴人事業に対する差止め及び被控訴人装置の廃棄請求については、これを棄却した。
(3)金銭請求についても、これを棄却した。
控訴審における審理の対象
『控訴人は,原判決が控訴人装置に係る控訴人の著作権確認請求を除く控訴人の請求を棄却した点について,これを不服として控訴に及ぶとともに,当審において,被控訴人が被控訴人装置を用いて営業活動を行ったことは,競業相手である控訴人の信用や労力を違法に無断使用する行為であって,不法行為を構成するものであると主張して,民法709条に基づく請求を追加した。
これに対し,被控訴人は,原判決が控訴人装置に係る控訴人の著作権確認請求を認容した点について,これを不服として附帯控訴に及んだ。』(2頁以下)
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■判決内容
<争点>
1 控訴人は控訴人装置につき著作権を有するか
控訴人装置の創作性として、控訴人は、
1.「閉じた空間・やわらかい空間」であること
2.「浮遊を可能にする空間(宙吊り)」であること
3.「見た目の日本的美しさをもつ空間」であること
4.軽さや色、大きさ
という諸点を上げていましたが、裁判所は、控訴人装置は『実用に供され,又は産業上利用されることを目的とする応用美術に属するものというべきであるから,それが純粋美術や美術工芸品と同視することができるような美的特性を備えている場合に限り,著作物性を認めることができるものと解すべきである』として応用美術との区別も踏まえて各要素を検討しています(21頁以下)。
そして、1については、空間の性質に関する思想ないしアイデアである、2については、控訴人装置の機能等を示すものにすぎない、3についても、具体的な表現ではなかったり、制作者の個性が表現されたものとはいえない、4についても、素材の性質などであるとして、結論として控訴人装置の創作性を否定しています。
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2 被控訴人装置の複製権又は同一性保持権侵害性
控訴人装置の創作性が否定されたことから、被控訴人装置の複製権又は同一性保持権侵害性の争点はその前提を欠くと判断されました(26頁)。
なお、控訴人装置の著作権に係る確認請求については、訴えの利益がなく不適法却下との判断がされています。
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3 被控訴人事業の誤認混同惹起行為性
被控訴人事業が、控訴人の商品等表示として周知性を有する控訴人装置と同一のものを使用して控訴人の商品又は営業と混同を生じさせる行為(不正競争防止法2条1項1号)に該当するかどうかについて、「需要者」が具体的にどのような者をいうかについて明らかでなく、また「形態」についても体験型装置において機能上不可避の形態であって控訴人の商品等表示であるとまでは認められないと判断。1号該当性を否定しています(27頁以下)。
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4 被控訴人事業の形態模倣行為性
被控訴人事業が、控訴人の商品形態である控訴人装置を模倣した商品である被控訴人装置を譲渡等のために展示する行為(不正競争防止法2条1項3号)に該当するかどうかについて、被控訴人装置の形態は機能上不可避の形態の限度で控訴人装置に類似するものにすぎないというべきであり、当該形態は不正競争防止法2条1項3号かっこ書の「同種の商品が通常有する形態」に該当すると判断。3号該当性も否定しています(29頁以下)。
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5 被控訴人事業の営業秘密不正使用行為性
被控訴人事業が、控訴人の開示した控訴人装置に関する営業秘密を不正の利益を得る目的をもって使用する行為(同法2条1項7号)に該当するかどうかについて、控訴人が営業秘密であると主張する控訴人装置に関する情報(1控訴人装置の長さ及び高さ、2布の強度と伸縮性、3布の張り具合、4二重化構造、5布及びロープの総重量)は、いずれもその性質上、展示されている控訴人製品の中に入り、又はこれに触れ、あるいは外部から観察した者が容易に認識し得る情報であるということができるものであり、非公知性を欠くと判断。7号該当性を否定しています(30頁以下)。
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6 本件契約に基づく秘密保持義務違反の成否
本件契約書6条に定める秘密保持義務について、非公知性を欠く情報などは秘密の対象にならないとして秘密保持義務違反性を否定しています(31頁以下)。
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7 本件仮処分申立ての違法性の有無
本件注意書のアップロードが、被控訴人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布する行為(不正競争防止法2条1項14号)に該当するかの点について、虚偽の事実を含むものであり被控訴人の営業上の信用を害するものであったとして、14号該当性を肯定しています。結論として、被控訴人の本件仮処分命令の申立てを相当と認め、被控訴人に150万円の担保を立てさせて本件注意書の削除を命じた本件仮処分命令それ自体に違法な点はないと判断しています(32頁以下)。
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8 被控訴人装置を用いた営業活動による不法行為の成否
控訴人は、被控訴人が控訴人との共同事業が破綻するや直ちに控訴人から教えられた技術的手法に基づいて控訴人装置を模倣し、これと少なくとも実質的同一性を有する被控訴人装置を制作し、これを展示する等の営業活動を行ったことは、競業相手である控訴人の信用や労力を違法に無断使用する行為であって、不法行為を構成するものであると主張しました。
しかし、裁判所は、前記各争点で検討されたように著作権法や不正競争防止法で保護されない被控訴人装置を用いて事業を行ったからといって、控訴人装置ないし同装置に関する情報について著作権侵害、不正競争防止法及び本件契約に違反する行為が認められない本件において、それ以外に控訴人の具体的な権利ないし利益が侵害されたと認められない以上、不法行為が成立する余地はないと判断しています(37頁以下)。
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■コメント
体験型イベント構造物が単なる実用品(応用美術)なのか、応用美術作品ではあるが美術工芸品(純粋美術、鑑賞美術)なのか区別が難しい著作物でしたが、著作物性を肯定した原審から一転、控訴審ではその著作物性が否定され著作権法での保護を認めませんでした。
著作権法による保護の必要性は意匠法、商標法、不正競争防止法といった知的財産制度全体を俯瞰して検討されるべきですが(後掲書217頁以下、259頁以下等参照)、本事例についてみれば不競法での保護も否定されており、価値判断的にも著作権法での保護を否定する結論は妥当ではないかと思われます。
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■過去のブログ記事
2011年09月20日 原審記事
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■参考文献
「特集1:応用美術の法的保護」『知財年報2009』(2009)209頁以下
スペースチューブ事件(控訴審)
知財高裁24.2.22平成23(ネ)10053損害賠償等請求反訴控訴、同附帯控訴事件PDF
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝澤孝臣
裁判官 井上泰人
裁判官 荒井章光
*裁判所サイト公表 2012.3.6
*キーワード:著作物性、創作性、純粋美術、応用美術、複製権、同一性保持権、誤認混同惹起行為性、形態模倣行為性、営業秘密、秘密保持義務、一般不法行為
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■事案
体験型展示物であるイベント用装置の著作物性が争点となった事案の控訴審
控訴人兼附帯被控訴人(反訴原告):ダンス集団主催者
被控訴人兼附帯控訴人(反訴被告):映像制作会社
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■結論
被控訴人敗訴部分取消し
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■争点
条文 著作権法2条1項1号、2条2項、21条、20条、不正競争防止法2条1項1号、3号、7号、14号、民法709条
1 控訴人は控訴人装置につき著作権を有するか
2 被控訴人装置の複製権又は同一性保持権侵害性
3 被控訴人事業の誤認混同惹起行為性
4 被控訴人事業の形態模倣行為性
5 被控訴人事業の営業秘密不正使用行為性
6 本件契約に基づく秘密保持義務違反の成否
7 本件仮処分申立ての違法性の有無
8 被控訴人装置を用いた営業活動による不法行為の成否
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■事案の概要
原判決別紙反訴原告装置目録記載の装置(控訴人装置)の制作者である控訴人が、原判決別紙反訴被告装置目録記載の装置(被控訴人装置)を用いてイベントへの出展等の事業を行っている被控訴人に対し、以下の請求を行った。
(1)控訴人装置について控訴人が著作権を有することの確認を求める請求
(2)被控訴人事業に対する差止め及び被控訴人装置の廃棄請求
(3)金銭請求
原判決の判断としては、
(1)著作権の確認請求について、控訴人が控訴人装置の著作権を有することの確認請求を認容した。
(2)被控訴人事業に対する差止め及び被控訴人装置の廃棄請求については、これを棄却した。
(3)金銭請求についても、これを棄却した。
控訴審における審理の対象
『控訴人は,原判決が控訴人装置に係る控訴人の著作権確認請求を除く控訴人の請求を棄却した点について,これを不服として控訴に及ぶとともに,当審において,被控訴人が被控訴人装置を用いて営業活動を行ったことは,競業相手である控訴人の信用や労力を違法に無断使用する行為であって,不法行為を構成するものであると主張して,民法709条に基づく請求を追加した。
これに対し,被控訴人は,原判決が控訴人装置に係る控訴人の著作権確認請求を認容した点について,これを不服として附帯控訴に及んだ。』(2頁以下)
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■判決内容
<争点>
1 控訴人は控訴人装置につき著作権を有するか
控訴人装置の創作性として、控訴人は、
1.「閉じた空間・やわらかい空間」であること
2.「浮遊を可能にする空間(宙吊り)」であること
3.「見た目の日本的美しさをもつ空間」であること
4.軽さや色、大きさ
という諸点を上げていましたが、裁判所は、控訴人装置は『実用に供され,又は産業上利用されることを目的とする応用美術に属するものというべきであるから,それが純粋美術や美術工芸品と同視することができるような美的特性を備えている場合に限り,著作物性を認めることができるものと解すべきである』として応用美術との区別も踏まえて各要素を検討しています(21頁以下)。
そして、1については、空間の性質に関する思想ないしアイデアである、2については、控訴人装置の機能等を示すものにすぎない、3についても、具体的な表現ではなかったり、制作者の個性が表現されたものとはいえない、4についても、素材の性質などであるとして、結論として控訴人装置の創作性を否定しています。
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2 被控訴人装置の複製権又は同一性保持権侵害性
控訴人装置の創作性が否定されたことから、被控訴人装置の複製権又は同一性保持権侵害性の争点はその前提を欠くと判断されました(26頁)。
なお、控訴人装置の著作権に係る確認請求については、訴えの利益がなく不適法却下との判断がされています。
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3 被控訴人事業の誤認混同惹起行為性
被控訴人事業が、控訴人の商品等表示として周知性を有する控訴人装置と同一のものを使用して控訴人の商品又は営業と混同を生じさせる行為(不正競争防止法2条1項1号)に該当するかどうかについて、「需要者」が具体的にどのような者をいうかについて明らかでなく、また「形態」についても体験型装置において機能上不可避の形態であって控訴人の商品等表示であるとまでは認められないと判断。1号該当性を否定しています(27頁以下)。
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4 被控訴人事業の形態模倣行為性
被控訴人事業が、控訴人の商品形態である控訴人装置を模倣した商品である被控訴人装置を譲渡等のために展示する行為(不正競争防止法2条1項3号)に該当するかどうかについて、被控訴人装置の形態は機能上不可避の形態の限度で控訴人装置に類似するものにすぎないというべきであり、当該形態は不正競争防止法2条1項3号かっこ書の「同種の商品が通常有する形態」に該当すると判断。3号該当性も否定しています(29頁以下)。
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5 被控訴人事業の営業秘密不正使用行為性
被控訴人事業が、控訴人の開示した控訴人装置に関する営業秘密を不正の利益を得る目的をもって使用する行為(同法2条1項7号)に該当するかどうかについて、控訴人が営業秘密であると主張する控訴人装置に関する情報(1控訴人装置の長さ及び高さ、2布の強度と伸縮性、3布の張り具合、4二重化構造、5布及びロープの総重量)は、いずれもその性質上、展示されている控訴人製品の中に入り、又はこれに触れ、あるいは外部から観察した者が容易に認識し得る情報であるということができるものであり、非公知性を欠くと判断。7号該当性を否定しています(30頁以下)。
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6 本件契約に基づく秘密保持義務違反の成否
本件契約書6条に定める秘密保持義務について、非公知性を欠く情報などは秘密の対象にならないとして秘密保持義務違反性を否定しています(31頁以下)。
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7 本件仮処分申立ての違法性の有無
本件注意書のアップロードが、被控訴人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布する行為(不正競争防止法2条1項14号)に該当するかの点について、虚偽の事実を含むものであり被控訴人の営業上の信用を害するものであったとして、14号該当性を肯定しています。結論として、被控訴人の本件仮処分命令の申立てを相当と認め、被控訴人に150万円の担保を立てさせて本件注意書の削除を命じた本件仮処分命令それ自体に違法な点はないと判断しています(32頁以下)。
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8 被控訴人装置を用いた営業活動による不法行為の成否
控訴人は、被控訴人が控訴人との共同事業が破綻するや直ちに控訴人から教えられた技術的手法に基づいて控訴人装置を模倣し、これと少なくとも実質的同一性を有する被控訴人装置を制作し、これを展示する等の営業活動を行ったことは、競業相手である控訴人の信用や労力を違法に無断使用する行為であって、不法行為を構成するものであると主張しました。
しかし、裁判所は、前記各争点で検討されたように著作権法や不正競争防止法で保護されない被控訴人装置を用いて事業を行ったからといって、控訴人装置ないし同装置に関する情報について著作権侵害、不正競争防止法及び本件契約に違反する行為が認められない本件において、それ以外に控訴人の具体的な権利ないし利益が侵害されたと認められない以上、不法行為が成立する余地はないと判断しています(37頁以下)。
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■コメント
体験型イベント構造物が単なる実用品(応用美術)なのか、応用美術作品ではあるが美術工芸品(純粋美術、鑑賞美術)なのか区別が難しい著作物でしたが、著作物性を肯定した原審から一転、控訴審ではその著作物性が否定され著作権法での保護を認めませんでした。
著作権法による保護の必要性は意匠法、商標法、不正競争防止法といった知的財産制度全体を俯瞰して検討されるべきですが(後掲書217頁以下、259頁以下等参照)、本事例についてみれば不競法での保護も否定されており、価値判断的にも著作権法での保護を否定する結論は妥当ではないかと思われます。
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■過去のブログ記事
2011年09月20日 原審記事
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■参考文献
「特集1:応用美術の法的保護」『知財年報2009』(2009)209頁以下