最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

女性用ボレロ編み物編み図事件

東京地裁平成23.12.26平成22(ワ)39994平成22(ワ)39994損害賠償等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 大須賀滋
裁判官      菊池絵理
裁判官      森川さつき

*裁判所サイト公表 2012.1.17
*キーワード:著作物性、美術の著作物、図形の著作物

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■事案

女性用ボレロの毛糸編み物や編み図の著作物性が争点となった事案

原告:手編み物作家
被告:毛糸等繊維会社、編物教室主宰者

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、10条1項4号、6号

1 原告編み物の著作物性の有無
2 原告編み図の著作物性の有無

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■事案の概要

『別紙原告作品目録記載1及び2の編み物(以下,それぞれ「原告編み物1」,「原告編み物2」といい,両者を併せて「原告編み物」という。)及び同目録記載3及び4の編み図(以下,それぞれ「原告編み図1」,「原告編み図2」といい,両者を併せて「原告編み図」という。また,原告編み物と原告編み図を併せて「原告作品」という。)の制作者である原告が,被告Q(以下「被告Q」という。)が被告ニッケ商事株式会社(以下「被告会社」という。)に別紙被告作品目録記載1の編み物(以下,被告Qが納入した編み物及びその複製品を総称して「被告編み物」という。)及び同目録記載2の編み図(以下「被告編み図」といい,被告編み物と併せて「被告作品」という。)を納入し,被告会社が被告編み物を下請業者に製作させて展示,販売し,被告編み物を写真撮影して雑誌等に掲載して使用し,かつ,被告編み図を多数複製して顧客や販売店等に頒布するなどしたことに関し,被告作品は原告編み物又は原告編み図を複製,翻案したものであり,被告会社撮影に係る別紙被告作品目録記載3の写真(以下「被告編み物写真」という。)は原告編み物又は原告編み図を翻案したものであり,被告作品の展示は展示権を侵害するなどと主張し,被告らに対し,被告作品及び被告編み物写真の展示,販売,販売の申出の差止め,侵害品の廃棄を求めるとともに,被告らの行為は上記各権利を侵害したほか原告の著作者人格権(氏名表示権)を侵害するものであって,被告らは,故意又は過失により,共同して上記各行為に及んだものであるから,著作権及び著作者人格権侵害の共同不法行為責任に基づき,被告らに対し,連帯して,損害賠償金合計660万円(附帯請求として平成22年7月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求め,さらには,被告らに対し,著作権法115条に基づき,謝罪広告の掲載を求める事案』(2頁)

<経緯>

H10.3 原告が原告編み物と編み図を制作
H10.4 被告Qが原告編み物を展示
H10.6 原告が被告Qへ手紙を送付
H21   被告Qが被告会社から制作業務受託
H22.7 原告が被告らに内容証明郵便通知

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■判決内容

<争点>

1 原告編み物の著作物性の有無

原告が制作した編み物の著作物性について、裁判所は、著作権法2条1項1号の趣旨に言及した上で、原告が主張する創作性の部分が『「形の最小単位は直角三角形であり,この三角形二つの各最大辺を線対称的に合わせて四角形を構成し,この四角形五つを円環的につなげた形二つをさらにつなげた形」と表現される別紙図面記載の構成(本件構成)』(23頁)部分であると認定しています。
そして、原告編み物においては、編み目の方向の変化、編み目の重なり、各モチーフの色の選択、編み地の選択等の点がその表現を基礎付ける具体的構成となっているものということができ、原告編み物は、これらの具体的構成によって思想又は感情を表現しようとしたものであると判断。
こうした具体的構成を捨象した「線」から成る本件構成は、表現それ自体ではなく、そのような構成を有する衣服を作成するという抽象的な構想又はアイデアにとどまるものというべきものとして、創作性の根拠とはならないとしています。

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2 原告編み図の著作物性の有無

次に仕上がり寸法や編み方、展開図が示された原告編み図の著作物性について、裁判所は、原告が主張する創作性の部分は、本件構成を表示した部分であり、原告編み図の表示のうち、展開図(2枚目)についてであると認定しています(25頁以下)。
そして、争点1と同様、本件構成自体は、そのような形の衣服を作成するという抽象的な思想又はアイデアにすぎず、これを表示する展開図に著作物性を認めることはできないと判断しています。

なお、編み図の美術又は図形の著作物性(10条1項4号、6号)についても、これを否定しています(27頁)。

美術の著作物性については、『原告編み図を美術の著作物としてみた場合,上記展開図は,直角三角形二つの最大辺同士を合わせて形成される不等辺四角形五つを,直角三角形の鋭角を中心点に合わせて並べて正五角形に近い形(正五角形の一辺に切り込みの入った形状)とし,これを横に二つ並べた図形を直線によって描いたものにすぎず,これにその他の説明のための文字,記号等を含めて考えてみても,その具体的表現において,「美術の範囲に属するもの」というべき創作性を認め得るものではない』(27頁)と判断されています。

また、図形の著作物性については、図面としての見やすさや編み方の説明のわかりやすさに関する創意工夫が表現上現れているか否かによって創作性の有無を検討すべきであるとした上で、原告編み図においては、編み物の作成方法の説明としてはありふれたものであったり、編み図における一般的な表示方法又は一般的ルールに従ったものであり、図面としての見やすさや説明のわかりやすさに関して、特段の創意工夫を加えたものということはできないとして、図形としての著作物性も否定しています。

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■コメント

本件は、原告が被告Qのニット編み物教室で被告の補佐を務めていたという人間関係のなかでの著作権紛争となります。
具体的な作品がどのようなものだったのか画像がなくてよく分かりませんが、原告の編み物2点の関係性を捉え直し、編み目の方向の変化、編み目の重なり、各モチーフの色の選択、編み地の選択といった具体的構成による表現としての創作性を争点として構成した場合、裁判所は侵害性の点を含め、どのような判断に至っていたでしょうか(24頁以下参照)。

なお、衣料品の類否(デッドコピー)が争点となる事案としては、不正競争防止法案件(2条1項3号)のほうが多いかもしれません(ノースリーブ型カットソー事件、レース付衣料品事件等)。
また、折り図の著作物性については、先日の折り紙の事案が記憶に新しいところです(吹きゴマ折り図事件)。

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■過去のブログ記事

2007年7月18日記事
レース付衣料品事件
2012年1月5日記事
吹きゴマ折り図事件(控訴審)