最高裁判所HP 最高裁判所判例集より
北朝鮮映画事件(対フジテレビ)上告審
最高裁平成23.12.8平成21(受)602著作権侵害差止等請求事件PDF
裁判長裁判官 櫻井龍子
裁判官 宮川光治
裁判官 金築誠志
裁判官 横田尤孝
裁判官 白木 勇
*裁判所サイト公表 2011.12.8
*キーワード:未承認国の著作物の保護義務、自然権論、インセンティブ論、一般不法行為論
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■事案
日本が国家として承認していない北朝鮮国民の著作物が日本の著作権法や民法でも保護されるかどうかが争われた事案の上告審
一審原告:朝鮮映画輸出入社(平壌:北朝鮮行政機関)
映像企画制作仲介会社(東京)
一審被告:フジテレビ
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■結論
その他
裁判要旨
『1 文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約に我が国が国家として承認していない朝鮮民主主義人民共和国が事後に加入した場合において,我が国が朝鮮民主主義人民共和国との間で同条約に基づく権利義務関係は発生しないという立場を採っている以上,同国の国民の著作物である映画は,著作権法6条3号所定の著作物には当たらない
2 著作権法6条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は,同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成しない』
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■争点
条文 著作権法6条3号、民法709条
1 北朝鮮著作物の我が国における著作権法上の保護の可否
2 一般不法行為の成否
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■事案の概要
『本件は,平成21年(受)第602号被上告人・同第603号上告人(以下「1審原告X1」という。)及び平成21年(受)第603号上告人(以下「1審原告X2」といい,1審原告X1と1審原告X2を併せて「1審原告ら」という。)が,朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という。)で製作された原判決別紙映画目録1記載1nの映画(以下「本件映画」という。)の一部を1審原告らの許諾なく放送したAを承継した平成21年(受)第602号上告人・同第603号被上告人(以下「1審被告」という。)に対し,(1)主位的に,本件映画を含む北朝鮮で製作された同目録1ないし3記載の各映画(以下「本件各映画」という。)は北朝鮮の国民の著作物であり,文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」という。)により我が国が保護の義務を負う著作物として著作権法6条3号の著作物に当たると主張して,本件各映画に係る1審原告X2の公衆送信権(同法23条1項)が侵害されるおそれがあることを理由に,1審原告X2において本件各映画の放送の差止めを求めるとともに,Aによる上記の放送行為は,本件各映画について1審原告X2が有する公衆送信権及び1審原告X1が有する日本国内における利用等に関する独占的な権利を侵害するものであることを理由に,上記各権利の侵害による損害賠償を請求し,(2)原審において,予備的に請求を追加し,仮に本件映画が同法による保護を受ける著作物に当たらないとしても,上記放送行為は,1審原告らが本件映画について有する法的保護に値する利益の侵害に当たると主張して,不法行為に基づく損害賠償の支払を求める事案』(2頁以下)
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■判決内容
<争点>
1 北朝鮮著作物の我が国における著作権法上の保護の可否
原審において、本件各映画が著作権法6条3号の「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」とはいえないと判断された点について、以下のように原審の判断を是認しています(5頁以下)。
『 一般に,我が国について既に効力が生じている多数国間条約に未承認国が事後に加入した場合,当該条約に基づき締約国が負担する義務が普遍的価値を有する一般国際法上の義務であるときなどは格別,未承認国の加入により未承認国との間に当該条約上の権利義務関係が直ちに生ずると解することはできず,我が国は,当該未承認国との間における当該条約に基づく権利義務関係を発生させるか否かを選択することができるものと解するのが相当である。』
『 これをベルヌ条約についてみると,同条約は,同盟国の国民を著作者とする著作物を保護する一方(3条(1)(a)),非同盟国の国民を著作者とする著作物については,同盟国において最初に発行されるか,非同盟国と同盟国において同時に発行された場合に保護するにとどまる(同(b))など,非同盟国の国民の著作物を一般的に保護するものではない。したがって,同条約は,同盟国という国家の枠組みを前提として著作権の保護を図るものであり,普遍的価値を有する一般国際法上の義務を締約国に負担させるものではない。』
『 そして,前記事実関係等によれば,我が国について既に効力を生じている同条約に未承認国である北朝鮮が加入した際,同条約が北朝鮮について効力を生じた旨の告示は行われておらず,外務省や文部科学省は,我が国は,北朝鮮の国民の著作物について,同条約の同盟国の国民の著作物として保護する義務を同条約により負うものではないとの見解を示しているというのであるから,我が国は,未承認国である北朝鮮の加入にかかわらず,同国との間における同条約に基づく権利義務関係は発生しないという立場を採っているものというべきである。』
『 以上の諸事情を考慮すれば,我が国は,同条約3条(1)(a)に基づき北朝鮮の国民の著作物を保護する義務を負うものではなく,本件各映画は,著作権法6条3号所定の著作物には当たらないと解するのが相当である。』
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2 一般不法行為の成否
原審では、テレビ局側の一般不法行為の成立が肯定されていましたが、この点について最高裁は以下のように述べてその成立を否定しました(7頁以下)。
『 著作権法は,著作物の利用について,一定の範囲の者に対し,一定の要件の下に独占的な権利を認めるとともに,その独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で,著作権の発生原因,内容,範囲,消滅原因等を定め,独占的な権利の及ぶ範囲,限界を明らかにしている。同法により保護を受ける著作物の範囲を定める同法6条もその趣旨の規定であると解されるのであって,ある著作物が同条各号所定の著作物に該当しないものである場合,当該著作物を独占的に利用する権利は,法的保護の対象とはならないものと解される。したがって,同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は,同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。』
『 これを本件についてみるに,本件映画は著作権法6条3号所定の著作物に該当しないことは前記判示のとおりであるところ,1審原告X1が主張する本件映画を利用することにより享受する利益は,同法が規律の対象とする日本国内における独占的な利用の利益をいうものにほかならず,本件放送によって上記の利益が侵害されたとしても,本件放送が1審原告X1に対する不法行為を構成するとみることはできない。』
『 仮に,1審原告X1の主張が,本件放送によって,1審原告X1が本件契約を締結することにより行おうとした営業が妨害され,その営業上の利益が侵害されたことをいうものであると解し得るとしても,前記事実関係によれば,本件放送は,テレビニュース番組において,北朝鮮の国家の現状等を紹介することを目的とする約6分間の企画の中で,同目的上正当な範囲内で,2時間を超える長さの本件映画のうちの合計2分8秒間分を放送したものにすぎず,これらの事情を考慮すれば,本件放送が,自由競争の範囲を逸脱し,1審原告X1の営業を妨害するものであるとは到底いえないのであって,1審原告X1の上記利益を違法に侵害するとみる余地はない。』
『 したがって,本件放送は,1審原告X1に対する不法行為とはならないというべきである。』
結論として、1審被告の上告に基づき、原判決中1審被告敗訴部分を破棄して、同部分につき1審原告X1の請求を棄却するなどされています。
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■コメント
「未承認国家との権利義務関係を発生させるかは我が国の選択の問題」、その選択問題と著作権法の制度趣旨(自然権論かインセンティブ論)、「特段の事由がない限り」の文言に起因する一般不法行為成立の要件論の問題と、論点については端的に今村頼太先生がご指摘でおいでですが(Twitter @Raita_Imanishi)、国際法上の論点とともに知的財産法制で保護されない場合の民法の一般不法行為論での保護の可否についてさらに研究が深まることが期待されます。
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■過去のブログ記事
原審(2009年1月10日記事)
北朝鮮映画事件(対フジテレビ)控訴審
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■参考判例
原審(知財高裁平成20.12.24平成20(ネ)10011 )
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■参考文献
前掲ブログ記事掲載の論文のほか、
今西頼太「著作権非侵害行為と一般不法行為」『同志社法学』60巻7号(2009)1177頁以下論文PDF
窪田充見「不法行為法と知的財産法の交錯」『著作権研究』36号(2010)29頁以下
張 睿暎「未承認国の著作物と不法行為−北朝鮮映画放映事件−」同上書182頁以下
田村善之ほか「シンポジウム 著作物の隣接領域と著作権法」同上書1頁以下
田村善之「民法の一般不法行為法による著作権法の補完の可能性について」『コピライト』607号(2011)40頁以下
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■参考サイト
企業法務戦士の雑感
■[企業法務][知財]最後の最後で使われた切り札。〜北朝鮮映画著作権事件の決着
北朝鮮映画事件(対フジテレビ)上告審
最高裁平成23.12.8平成21(受)602著作権侵害差止等請求事件PDF
裁判長裁判官 櫻井龍子
裁判官 宮川光治
裁判官 金築誠志
裁判官 横田尤孝
裁判官 白木 勇
*裁判所サイト公表 2011.12.8
*キーワード:未承認国の著作物の保護義務、自然権論、インセンティブ論、一般不法行為論
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■事案
日本が国家として承認していない北朝鮮国民の著作物が日本の著作権法や民法でも保護されるかどうかが争われた事案の上告審
一審原告:朝鮮映画輸出入社(平壌:北朝鮮行政機関)
映像企画制作仲介会社(東京)
一審被告:フジテレビ
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■結論
その他
裁判要旨
『1 文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約に我が国が国家として承認していない朝鮮民主主義人民共和国が事後に加入した場合において,我が国が朝鮮民主主義人民共和国との間で同条約に基づく権利義務関係は発生しないという立場を採っている以上,同国の国民の著作物である映画は,著作権法6条3号所定の著作物には当たらない
2 著作権法6条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は,同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成しない』
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■争点
条文 著作権法6条3号、民法709条
1 北朝鮮著作物の我が国における著作権法上の保護の可否
2 一般不法行為の成否
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■事案の概要
『本件は,平成21年(受)第602号被上告人・同第603号上告人(以下「1審原告X1」という。)及び平成21年(受)第603号上告人(以下「1審原告X2」といい,1審原告X1と1審原告X2を併せて「1審原告ら」という。)が,朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という。)で製作された原判決別紙映画目録1記載1nの映画(以下「本件映画」という。)の一部を1審原告らの許諾なく放送したAを承継した平成21年(受)第602号上告人・同第603号被上告人(以下「1審被告」という。)に対し,(1)主位的に,本件映画を含む北朝鮮で製作された同目録1ないし3記載の各映画(以下「本件各映画」という。)は北朝鮮の国民の著作物であり,文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」という。)により我が国が保護の義務を負う著作物として著作権法6条3号の著作物に当たると主張して,本件各映画に係る1審原告X2の公衆送信権(同法23条1項)が侵害されるおそれがあることを理由に,1審原告X2において本件各映画の放送の差止めを求めるとともに,Aによる上記の放送行為は,本件各映画について1審原告X2が有する公衆送信権及び1審原告X1が有する日本国内における利用等に関する独占的な権利を侵害するものであることを理由に,上記各権利の侵害による損害賠償を請求し,(2)原審において,予備的に請求を追加し,仮に本件映画が同法による保護を受ける著作物に当たらないとしても,上記放送行為は,1審原告らが本件映画について有する法的保護に値する利益の侵害に当たると主張して,不法行為に基づく損害賠償の支払を求める事案』(2頁以下)
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■判決内容
<争点>
1 北朝鮮著作物の我が国における著作権法上の保護の可否
原審において、本件各映画が著作権法6条3号の「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」とはいえないと判断された点について、以下のように原審の判断を是認しています(5頁以下)。
『 一般に,我が国について既に効力が生じている多数国間条約に未承認国が事後に加入した場合,当該条約に基づき締約国が負担する義務が普遍的価値を有する一般国際法上の義務であるときなどは格別,未承認国の加入により未承認国との間に当該条約上の権利義務関係が直ちに生ずると解することはできず,我が国は,当該未承認国との間における当該条約に基づく権利義務関係を発生させるか否かを選択することができるものと解するのが相当である。』
『 これをベルヌ条約についてみると,同条約は,同盟国の国民を著作者とする著作物を保護する一方(3条(1)(a)),非同盟国の国民を著作者とする著作物については,同盟国において最初に発行されるか,非同盟国と同盟国において同時に発行された場合に保護するにとどまる(同(b))など,非同盟国の国民の著作物を一般的に保護するものではない。したがって,同条約は,同盟国という国家の枠組みを前提として著作権の保護を図るものであり,普遍的価値を有する一般国際法上の義務を締約国に負担させるものではない。』
『 そして,前記事実関係等によれば,我が国について既に効力を生じている同条約に未承認国である北朝鮮が加入した際,同条約が北朝鮮について効力を生じた旨の告示は行われておらず,外務省や文部科学省は,我が国は,北朝鮮の国民の著作物について,同条約の同盟国の国民の著作物として保護する義務を同条約により負うものではないとの見解を示しているというのであるから,我が国は,未承認国である北朝鮮の加入にかかわらず,同国との間における同条約に基づく権利義務関係は発生しないという立場を採っているものというべきである。』
『 以上の諸事情を考慮すれば,我が国は,同条約3条(1)(a)に基づき北朝鮮の国民の著作物を保護する義務を負うものではなく,本件各映画は,著作権法6条3号所定の著作物には当たらないと解するのが相当である。』
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2 一般不法行為の成否
原審では、テレビ局側の一般不法行為の成立が肯定されていましたが、この点について最高裁は以下のように述べてその成立を否定しました(7頁以下)。
『 著作権法は,著作物の利用について,一定の範囲の者に対し,一定の要件の下に独占的な権利を認めるとともに,その独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で,著作権の発生原因,内容,範囲,消滅原因等を定め,独占的な権利の及ぶ範囲,限界を明らかにしている。同法により保護を受ける著作物の範囲を定める同法6条もその趣旨の規定であると解されるのであって,ある著作物が同条各号所定の著作物に該当しないものである場合,当該著作物を独占的に利用する権利は,法的保護の対象とはならないものと解される。したがって,同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は,同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。』
『 これを本件についてみるに,本件映画は著作権法6条3号所定の著作物に該当しないことは前記判示のとおりであるところ,1審原告X1が主張する本件映画を利用することにより享受する利益は,同法が規律の対象とする日本国内における独占的な利用の利益をいうものにほかならず,本件放送によって上記の利益が侵害されたとしても,本件放送が1審原告X1に対する不法行為を構成するとみることはできない。』
『 仮に,1審原告X1の主張が,本件放送によって,1審原告X1が本件契約を締結することにより行おうとした営業が妨害され,その営業上の利益が侵害されたことをいうものであると解し得るとしても,前記事実関係によれば,本件放送は,テレビニュース番組において,北朝鮮の国家の現状等を紹介することを目的とする約6分間の企画の中で,同目的上正当な範囲内で,2時間を超える長さの本件映画のうちの合計2分8秒間分を放送したものにすぎず,これらの事情を考慮すれば,本件放送が,自由競争の範囲を逸脱し,1審原告X1の営業を妨害するものであるとは到底いえないのであって,1審原告X1の上記利益を違法に侵害するとみる余地はない。』
『 したがって,本件放送は,1審原告X1に対する不法行為とはならないというべきである。』
結論として、1審被告の上告に基づき、原判決中1審被告敗訴部分を破棄して、同部分につき1審原告X1の請求を棄却するなどされています。
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■コメント
「未承認国家との権利義務関係を発生させるかは我が国の選択の問題」、その選択問題と著作権法の制度趣旨(自然権論かインセンティブ論)、「特段の事由がない限り」の文言に起因する一般不法行為成立の要件論の問題と、論点については端的に今村頼太先生がご指摘でおいでですが(Twitter @Raita_Imanishi)、国際法上の論点とともに知的財産法制で保護されない場合の民法の一般不法行為論での保護の可否についてさらに研究が深まることが期待されます。
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■過去のブログ記事
原審(2009年1月10日記事)
北朝鮮映画事件(対フジテレビ)控訴審
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■参考判例
原審(知財高裁平成20.12.24平成20(ネ)10011 )
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■参考文献
前掲ブログ記事掲載の論文のほか、
今西頼太「著作権非侵害行為と一般不法行為」『同志社法学』60巻7号(2009)1177頁以下論文PDF
窪田充見「不法行為法と知的財産法の交錯」『著作権研究』36号(2010)29頁以下
張 睿暎「未承認国の著作物と不法行為−北朝鮮映画放映事件−」同上書182頁以下
田村善之ほか「シンポジウム 著作物の隣接領域と著作権法」同上書1頁以下
田村善之「民法の一般不法行為法による著作権法の補完の可能性について」『コピライト』607号(2011)40頁以下
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■参考サイト
企業法務戦士の雑感
■[企業法務][知財]最後の最後で使われた切り札。〜北朝鮮映画著作権事件の決着