最高裁判所HP 下級裁判所判例集より

過払い金回収マニュアル本事件

名古屋地裁平成23.9.15平成21(ワ)4998著作権侵害等に基づく損害賠償等請求事件PDF

名古屋地方裁判所 民事第9部
裁判長裁判官 増田稔
裁判官      松本明敏
裁判官      山田亜湖

*裁判所サイト公表 2011.11.21
*キーワード:創作性、複製権、翻案権、同一性保持権、氏名表示権、一般不法行為論

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■事案

法律事務所監修の過払い金回収マニュアル本等が、名古屋の弁護士グループの過払い金回収本と類似するとして著作権侵害性が争われた事案

原告:弁護士ら
被告:弁護士Y1、弁護士法人Y2

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■結論

請求棄却

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、21条、27条、19条、20条、民法709条

1 本件書籍1の執筆者
2 著作権侵害の有無
3 著作者人格権侵害の有無
4 一般不法行為論の成否

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■事案の概要

『原告らが,主位的に,被告らが,原告らの著作物を無断で複製又は翻案したと主張して,被告らに対し,原告らの著作権(複製権,翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権,氏名表示権)侵害に基づき,原告ら各自に対する損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めるとともに,著作権法115条に基づく謝罪広告の掲載及び同法112条に基づく書籍の発行等の差止めを求め,予備的に,被告らが原告らの著作物に依拠して被告らの書籍を執筆し出版したことが,他人の成果物を不正に利用して利益を得るもので不法行為に当たると主張して,被告らに対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,原告ら各自に対する損害賠償金及び遅延損害金の支払を求める事案』(2頁)

<経緯>

H17.4 原告書籍初版刊行
H18.2 原告書籍改訂版(原告書籍1)刊行
H18.11原告書籍2刊行
H19.5 被告法人Y2らにより本件書籍1刊行
H20.2 被告Y1が本件書籍1の改訂版(本件書籍2)を刊行
H21.9 訴状送達

原告書籍1:「ひとりで出来る 過払い金回収完全ガイド」
原告書籍2:「知らないと損をする!過払い金完全回収ガイド」
本件書籍1:「Q&A過払金返還請求の手引[第2版]」
本件書籍2:「【過払金回収マニュアル】サラ金・消費者金融からお金を取り返す方法」

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■判決内容

<争点>

1 本件書籍1の執筆者

まず、本件書籍1の執筆者について、原告は被告弁護士法人Y2が執筆の主体であると主張しました(26頁以下)。
この点について、裁判所は、株式会社LのOが雑誌コードの過払い金回収書籍の出版企画について、ライターのKらとともに本件書籍1の仕様、ターゲット、企画趣旨、紙面構成の内容などを具体的に提案し、被告Y2に対して法的な監修を依頼した上で、Kが第一次原稿を作成し、それにOが日本語として分かりにくい部分、説明不足の部分を加筆・修正し、それを被告Y2が語尾等の字句について修正を行ったと認定。
本件書籍1の奥書にある「編集兼発行人J、監修被告Y2、執筆K及び株式会社L、編集株式会社L」の通り、執筆者として記載されているK及び株式会社Lが執筆者であると判断しています。

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2 著作権侵害の有無

次に、原告は、著作権侵害性の有無に関連して、原告各書籍と本件各書籍の類似する部分の原告表現の著作物性(著作権法2条1項1号)について、いずれも創意工夫がされおり著作物性(創作性)があると主張しました(29頁以下)。
この点について、裁判所は、複製及び翻案に関する最高裁判決(ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件、江差追分事件)を示した上で、法律問題の解説書については、

『ある法律問題について,関連する法令等の内容や法律用語の意味を説明し,一般的な法律解釈や実務の運用等を記述する場合には,確立した法律用語をあらかじめ定義された用法で使用し,法令等又は判例等によって当然に導かれる一般的な法律解釈を説明しなければならないという表現上の制約がある。そのため,これらの事項について説明する場合に,条文の順序にとらわれずに,独自の観点から分類し,通常用いられる表現にとらわれず,独自の表現を用いて整理要約したなど表現上の格別の工夫がある場合でない限り,筆者の個性が表れているとはいえないから,著作権法によって保護される著作物としての創作性を認めることはできず,複製にも翻案にも当たらないと解すべきである』(31頁)

として、一定の表現上の制約があると説示。
原告各書籍全体としての創作性を認めた上で原告各表現の著作物性を検討し、いずれも思想やアイデアに過ぎなかったり、事実に属する部分であって、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分であって著作物としての創作性が認められないと判断しています。

結論として、原告各表現と本件各表現とは、表現それ自体でない部分又は表現上の創作性のない部分において同一性を有するにすぎないとして、本件各表現は、いずれも原告各表現を複製、翻案したものとは認められないとしています。

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3 著作者人格権侵害の有無

前述の通り、本件各表現が原告各表現を複製、翻案したとは認められておらず、著作者人格権を侵害したとは認められていません(41頁)。

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4 一般不法行為論の成否

原告らは、被告らが本件各書籍を執筆した行為は、他人の執筆の成果物を不正に利用して利益を得る不公正な行為であり社会的に許容される限度を超えるとして一般不法行為(民法709条)が成立する旨主張しました(41頁以下)。
しかし、裁判所は、本件各書籍は、原告各書籍とはその相違から全体的な印象も含めて基本的に異なる書籍であるといえること、また、表現の同一性、類似性を有する部分は、創作性の認められないものであることから、被告らの行為は不法行為を構成するとまでは認めることはできないと判断しています。

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■コメント

出版社側からの持込み企画の出版物で、紙面構成や内容はライター側で作成して弁護士法人側は監修作業を行ったという事案です。

例えば、原告表現「裁判を起こすとなると、印紙代、切手代や、訴状を作成し資格証明書を手に入れる」(126頁)と本件表現「裁判を起こせば、印紙代や切手代がかかる。それに不慣れな訴状の作成、資格証明書も取りに行かねばならない」(121頁)という具合に、類書を参考に本件書籍が作成されたことが伺えますが、表現の創作性の判断部分で否定されました。

ところで、弁護士(弁護士事務所)に法律書籍の監修を依頼した場合、内容の法的な正確さだけでなく、他書との類否といった著作権法上の問題まで調査する作為義務があるかどうかは、一概に言えないでしょうからその判断は難しいところです。

法律書籍(通勤大学法律コース)事件では、知財高裁が著作権侵害性を否定しながら一般不法行為の成立を肯定していますので、本件も控訴審の判断が注目されます。

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■参考判例

債権回収や契約、手形小切手などの法律問題について一般人向けに解説した書籍の表現の創作性が争われた事案として、

法律書籍(通勤大学法律コース)事件
控訴審
知財高裁平成18.3.15平成17(ネ)10095等損害賠償等請求控訴事件PDF
原審
東京地裁平成17.5.17平成15(ワ)12551等損害賠償等請求事件PDF

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■参考サイト

アディーレ訴訟に関するニュース 名古屋消費者信用問題研究会

著作権侵害訴訟の判決を受けて アディーレ法律事務所 共同通信PRワイヤー

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■参考文献

山根崇邦「著作権侵害が認められない場合における一般不法行為の成否 通勤大学法律コース事件」『知的財産法政策学研究』18号(2007)221頁以下 論文PDF


■追記

平成24年9月20日名古屋高裁で控訴棄却
アディーレプレスリリース