最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

スペースチューブ事件

東京地裁平成23.8.19平成22(ワ)5114損害賠償等請求反訴事件PDF

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 大須賀滋
裁判官      小川雅敏
裁判官      森川さつき

*裁判所サイト公表 2011.9.7
*キーワード:著作物性、創作性、実用品、美術品、複製権、同一性保持権、誤認混同惹起行為性、形態模倣行為性、営業秘密、秘密保持義務

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■事案

体験型展示物であるイベント用装置の著作物性が争点となった事案

反訴原告:ダンス集団主催者
反訴被告:映像制作会社

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法2条1項1号、2条2項、21条、20条、不正競争防止法2条1項1号、3号、7号

1 反訴原告は反訴原告装置につき著作権を有するか
2 反訴被告装置は反訴原告装置を複製したものに当たるか
3 同一性保持権侵害の成否
4 反訴被告事業の誤認混同惹起行為性
5 反訴被告事業の形態模倣行為性
6 反訴被告事業の営業秘密不正使用行為性
7 本件契約に基づく秘密保持義務違反の成否
8 本件仮処分決定の違法性の有無

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■事案の概要

『本件は,別紙反訴原告装置目録記載の装置(以下「反訴原告装置」という。)の制作者である反訴原告が,別紙反訴被告装置目録記載の装置(以下「反訴被告装置」という。)を用いて,イベントへの出展等の事業を行っている反訴被告に対し,
1 反訴原告装置につき,反訴原告が著作権を有することの確認を求めるとともに,
2 反訴被告が反訴被告装置を用いてイベントへの出展等の事業を行うことは,(1)反訴原告装置についての反訴原告の著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)の侵害に当たり,かつ,(2)反訴原告の商品等表示として周知性を有する反訴原告装置と同一のものを使用して,反訴原告の商品又は営業と混同を生じさせる行為(不正競争防止法2条1項1号),(3)反訴原告の商品形態である反訴原告装置を模倣した商品を譲渡等のために展示する行為(同法2条1項3号)及び(4)反訴原告の開示した反訴原告装置に関する営業秘密を,不正の利益を得る目的をもって使用する行為(同法2条1項7号)に当たると主張して,著作権法112条又は不正競争防止法3条に基づき,反訴被告装置を使用した前記事業の差止め及び反訴被告装置の廃棄を求め,
3(1) (1)前記著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)侵害を理由として,民法709条に基づき,又は(2)前記不正競争行為による反訴原告 の営業上の利益の侵害を理由として,不正競争防止法4条に基づき,あるいは,(3)反訴被告の前記行為は,反訴原告と反訴被告との間の共同事業実施契約における秘密保持義務に反するものであるとして,債務不履行責任に基づき,損害賠償金2000万円のうち1000万円及びこれに対する反訴状送達日の翌日である平成22年2月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,かつ,
(2) 反訴被告は,反訴原告が制作管理するウェブサイト上に別紙ウェブページ目録記載の文書(以下「本件注意書」という。)をアップロードしたことが,競争関係にある反訴被告の営業上の信用を害する虚偽の事実を流布する行為(不正競争防止法2条1項14号)に該当すると主張して,本件注意書の削除を求める仮処分命令を申し立て,同内容の仮処分決定を得たが,本件注意書は,反訴被告が前記2のとおり反訴原告の著作権及び著作者人格権を侵害する行為,不正競争行為又は秘密保持義務違反に及んだことをその内容とするものであり,虚偽の事実を流布するものではなく,反訴原告による本件注意書のアップロードは反訴被告に対する不正競争行為に該当するものではなかったから,前記仮処分決定は違法なものであると主張し,民法709条に基づき,損害賠償金710万円及びこれに対する内300万円については前記反訴状送達日の翌日である平成22年2月16日から,内410万円については「訴変更の申立書(訴の拡張)」送達日の翌日である同年3月20日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案』(2頁以下)

<経緯>

H20.6 「スペースチューブ」の共同事業実施契約締結
H21.3 反訴被告が契約解除通知書送付
       反訴被告が「KooFlo」(クーフロ)事業開始
H21.6 反訴原告がウェブサイトに本件注意書を掲載
       反訴被告が仮処分申立(東京地裁平成21(ヨ)22040仮処分命令申立事件)
H21.7 本件注意書の削除を命ずる仮処分決定
H21.8 反訴被告が本訴提起(東京地裁平成21(ワ)29623不正競争行為差止等請求事件)
H22.2 反訴原告が本件訴訟を提起
H22.7 反訴被告が本訴事件を全部取下げ

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■判決内容

<争点>

1 反訴原告は反訴原告装置につき著作権を有するか

伸縮性のある布を筒状になるように成形し、数カ所ロープを使用して床面から浮かせた状態で固定することにより筒状の布の中に人が入ったときに左右方向及び下方向からの反力を体感することができる9メートル×1.5メートル相当の大きさの二重の構造物(反訴原告装置)の著作物性(著作権法2条1項1号)が争点となっています(27頁以下)。

この点について、反訴原告が著作物として主張するのは、人が中に入る動的な利用状況における創作性ではなく、反訴原告装置目録において示された静的な形状、構成(反訴原告装置)の創作性であることを前提として裁判所はその創作性を検討。
反訴原告が反訴原告装置の創作性の根拠として主張する、(1)「閉じた空間・やわらかい空間」であること、(2)「浮遊を可能にする空間(宙吊り)」であること、(3)「見た目の日本的美しさをもつ空間」であること、といった諸点は、思想ないしアイデアであったり、機能を示すものであり、創作性の根拠にはならないと判断。
もっとも、裁判所は、反訴原告の主張する日本的美しさに関連した「神社や日本刀の曲線」の美感に関して(10頁)、『反訴原告装置の上辺部分の形状は本体部分及び二重化部分が一体となって,中央部分から両端部分にかけて反った形状として構成されており,神社の屋根を思わせる形状としての美観を与えている。さらに,反訴原告装置の左右両端部分は,垂直に対しやや傾いて上の方へ広がり,上辺の反りの部分と合わせて日本刀の刃先の部分を思わせる形状となっている。
 反訴原告装置は,これらの点に独自の美的な要素を有しており,美術的な創作性を認めることができる。
』(33頁)
として、反訴原告装置の創作性を肯定しています。

結論として、上記の限りで創作性が肯定され、反訴原告の反訴原告装置の制作者として反訴原告装置についての著作権が認められています。

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2 反訴被告装置は反訴原告装置を複製したものに当たるか

反訴被告装置が、『水平方向の幅6メートルの伸縮性と反発力のある繊維でできた筒状となる布で構成され,左右端は開放して人が出入りできるものであり,本体部分の中央部分に本体部分を覆うように設けられた水平方向の幅約3メートルの二重化部分が存在し,ロープを使用して天井から吊り下げるとともに,布の下端を床面から引っ張ることにより,空中に浮かせて設置するもの』(35頁)であり、各装置が類似する形状のものであることから、反訴原告装置を複製したものかどうかが次に問題となっています。

結論としては、『装置の上辺部分について神社の屋根のような美観を感じとることはできない。また,反訴被告装置の両端部分は,開口部が三角形の形状となっていること,正面から見た時に布が上へ向かって広がっていくような形状ではなく,両端線はほぼ垂直の線となっていること及び上辺部分に反りがみられないことから,日本刀の刃先を思わせるような形状とは見られない』(36頁)
として、複製にはあたらないと判断しています。

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3 同一性保持権侵害の成否

反訴原告装置の表現の本質的特徴を直接感得することができないとして、同一性保持権侵害性(20条)も否定されています(37頁)。

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4 反訴被告事業の誤認混同惹起行為性

「KooFlo」(クーフロ)との名称を付した反訴被告装置をイベント会場にレンタルするなどの事業(反訴被告事業)が、反訴原告の商品等表示として周知性を有する反訴原告装置と同一のものを使用して、反訴原告の商品又は営業と混同を生じさせる行為(不正競争防止法2条1項1号)に該当するかどうかについて、不正競争防止法上の争点が検討されています。
結論としては、各装置から受ける印象は相当異なるものであるとして、反訴被告装置を使用して反訴被告業務等を行うことをもって、反訴原告装置と同一又は類似のものを使用し、反訴原告の営業と混同を生じさせる行為に当たるということはできないと判断しています(37頁以下)。

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5 反訴被告事業の形態模倣行為性

反訴被告事業が、反訴原告の商品形態である反訴原告装置を模倣した商品である反訴被告装置を譲渡等のために展示する行為(不正競争防止法2条1項3号)に該当するかどうかの争点についても、各装置の相違から模倣性が否定されています(38頁)。

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6 反訴被告事業の営業秘密不正使用行為性

反訴被告事業が、反訴原告の開示した反訴原告装置に関する営業秘密を、不正の利益を得る目的をもって使用する行為(不正競争防止法2条1項7号、2条6項)に該当するかどうかについて、反訴原告が営業秘密であると主張する反訴原告装置に関する情報である、(1)反訴原告装置の長さ及び高さ、(2)布の強度と伸縮性、(3)布の張り具合、(4)二重化構造、(5)布及びロープの総重量は、いずれも体験型装置として展示され内部から、あるいは外部から観察した者が容易に認識しうる情報であるとして非公知性の要件を欠くと判断。
結論として、営業秘密不正使用行為性が否定されています(38頁以下)。

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7 本件契約に基づく秘密保持義務違反の成否

反訴原被告間の共同事業実施契約の第6条には、「各当事者は,本契約に関して相手方から提供された業務上,営業上または技術上の情報を秘密として保持し,相手方の書面による事前の承諾なしに本契約の目的外に使用しまたは第三者に漏洩もしくは開示してはならない。」との条項がありましたが、裁判所は、対象となる情報は非公知の情報に限定する趣旨と捉えた上で、争点6の判断を踏まえ反訴被告の秘密保持義務違反性も否定しています(39頁)。

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8 本件仮処分決定の違法性の有無

反訴原告が本件注意書をウェブサイトに掲載した行為が、営業誹謗行為(不正競争防止法2条1項14号)にあたるとして反訴被告から申し立てられた本件仮処分に関する仮処分決定について、違法性の有無が争点となっています。
結論としては、反訴原告の行為は反訴被告の営業上の信用を害する虚偽の事実を流布する行為に該当するとして本件仮処分決定に違法性はない、と判断されています(40頁以下)。

以上から、反訴原告装置につき著作権が存在することの確認を求める限度で反訴原告の主張が認められるに留まりました。

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■コメント

原告側のサイト(後掲「Tokyo Space Dance」参照)を拝見すると、こうした体験型イベント構造物が実用品なのか、美術品なのか区別が難しい著作物であることがわかります。
東京都現代美術館に1点モノとして飾られていれば、美術品とみられるのも容易でしょうが、仮に公園だとかショッピングモールに体験型アミューズメント施設として多数設置されていれば、実用品として捉えられる余地があります。
反訴原告装置の制作過程に照らして、反訴原告装置が各別にその形態(傾き、くびれ、曲線等)を調整して制作されるものと認められ、画一的かつ機械的な大量生産を予定しているものではないといった点(35頁参照)が、著作権法上の保護の範囲論として重要な点であったと考えられます。

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■参考サイト

Tokyo Space Dance