最高裁判所HP 知的財産裁判例集より
「合格!行政書士 南無刺青観世音」入れ墨事件
東京地裁平成23.7.29平成21(ワ)31755損害賠償請求事件PDF
別紙1
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 岡本 岳
裁判官 坂本康博
裁判官 寺田利彦
*裁判所サイト公表 2011.8.1
*キーワード:著作物性、著作者人格権、出版社の責任、人格権、プライバシー権
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■事案
自らの左大腿部に施した十一面観音立像の入れ墨の画像を彫り師に無断で自著の書籍やホームページに掲載するなどしたとして著作者人格権侵害性が争点となった事案
原告:彫り師
被告:出版社、執筆者
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■結論
請求一部認容
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■争点
条文 著作権法2条1項1号、18条、19条、20条
1 本件入れ墨の著作物性
2 著作者人格権侵害の成否
3 人格権及びプライバシー権侵害の成否
4 損害及びその額
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■事案の概要
『(1) 第1の1の請求
原告は,被告Y(以下「被告Y」という。)が執筆し,被告株式会社本の泉社(以下「被告本の泉社」という。)が発行,販売した「合格!行政書士 南無刺青観世音」と題する書籍(平成19年7月1日初版第1刷発行。以下「本件書籍」という。)について,
ア 被告らが原告の許諾を得ずに原告が被告Yの左大腿部に施した十一面観音立像の入れ墨(以下「本件入れ墨」という。)の画像(ただし,陰影が反転し,セピア色の単色に変更されている。以下「本件画像」という。)を本件書籍の表紙カバー(別紙の1。以下「本件表紙カバー」という。)及び扉(別紙の2。以下「本件扉」という。)の2か所に掲載したことは,原告の有する本件入れ墨の著作者人格権(公表権,氏名表示権,同一性保持権)を侵害する,
イ 原告の人格,名誉を傷付ける記述及び原告のプライバシーに関する記述がされており,これらの記述は原告の人格権及びプライバシー権を侵害する,
として,被告らに対し,(1)著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき損害賠償金77万円(慰謝料70万円,弁護士費用7万円)及びうち70万円に対する不法行為の後の日である平成19年7月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金,並びに(2)人格権及びプライバシー権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき損害賠償金33万円(慰謝料30万円,弁護士費用3万円)及びうち30万円に対する前同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めている。
(2) 第1の2の請求
原告は,被告Yが平成19年7月1日以降インターネット上の自己のホームページ(以下「本件ホームページ1」という。)に本件表紙カバーの写真を掲載していることは,原告の有する本件入れ墨の著作者人格権(公表権,氏名表示権,同一性保持権)を侵害するとして,被告Yに対し,著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき損害賠償金35万円(慰謝料30万円,弁護士費用5万円)及びうち30万円に対する不法行為の後の日である平成21年5月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。
(3) 第1の3の請求
原告は,被告本の泉社が平成19年7月1日以降インターネット上の自社のホームページ(以下「本件ホームページ2」といい,本件ホームページ1と併せて「本件各ホームページ」という。)に本件表紙カバーの写真を掲載していることは,原告の有する本件入れ墨の著作者人格権(公表権,氏名表示権,同一性保持権)を侵害するとして,被告本の泉社に対し,著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき損害賠償金35万円(慰謝料30万円,弁護士費用5万円)及びうち30万円に対する不法行為の後の日である平成22年2月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。なお,原告は,本件訴訟において,本件入れ墨の著作権(複製権,翻案権,公衆送信権〔送信可能化権を含む。〕)侵害に基づく損害賠償は請求しないとの意思を明らかにしている。』
(2頁以下)
<経緯>
H13.11 原告が被告Yに入れ墨の施術
H19.7 被告Yが執筆した書籍を被告出版社が刊行
本件書籍:「合格!行政書士 南無刺青観世音」
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■判決内容
<争点>
1 本件入れ墨の著作物性
原告が被告Yの左大腿部に施術した十一面観音立像の入れ墨の著作物性(著作権法2条1項1号)がまず争点となっています(19頁以下)。
この点について裁判所は、入れ墨の制作過程を検討。その上で入れ墨の下絵作成の際の参考とされた「日本の仏像100選」(主婦と生活社刊行)掲載の向源寺観音堂(滋賀県)の十一面観音立像の写真と本件入れ墨を対比検討し、
『本件入れ墨(甲8の3)は,本件仏像写真をモデルにしながらも,本件仏像の胸部より上の部分に絞り,顔の向きを右向きから左向きに変え,顔の表情は,眉,目などを穏やかな表情に変えるなどの変更を加えていること,本件仏像写真は,平面での表現であり,仏像の色合いも実物そのままに表現されているのに対し,本件入れ墨は,人間の大腿部の丸味を利用した立体的な表現であり,色合いも人間の肌の色を基調としながら,墨の濃淡で独特の立体感が表現されていることなど,本件仏像写真との間には表現上の相違が見て取れる。』
『そして,上記表現上の相違は,本件入れ墨の作成者である原告が,下絵の作成に際して構図の取り方や仏像の表情等に創意工夫を凝らし,輪郭線の筋彫りや描線の墨入れ,ぼかしの墨入れ等に際しても様々の道具を使用し,技法を凝らして入れ墨を施したことによるものと認められ,そこには原告の思想,感情が創作的に表現されていると評価することができる。したがって,本件入れ墨について,著作物性を肯定することができる。』
本件入れ墨の著作物性(2条1項1号)を肯定しています。
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2 著作者人格権侵害の成否
原告彫り師が本件入れ墨の著作者とされ著作者人格権が認められた上で、著作者人格権侵害性が次に検討されています(25頁以下)。
(1)公表権侵害の成否
本件入れ墨を撮影した写真を被告Y及び被告出版社が本件書籍や本件各ホームページで公開している点が、原告の本件入れ墨に関する公表権(18条)を侵害しているかどうかが争点となっています。
この点について、裁判所は、本件画像が本件入れ墨の複製物であるとした上で、原告は本件入れ墨の写真を被告らが公表する以前に自ら複数の雑誌の広告欄に掲載していたとして、本件入れ墨は未公表の著作物とは言えないと判断。
公表権侵害性は否定されています。
(2)氏名表示権侵害の成否
本件書籍や本件各ホームページでは原告彫り師の氏名が表示されておらず、この点について氏名表示権(19条)の侵害性が肯定されています(26頁以下)。
被告らは、利用目的や当事者意思などから19条3項の氏名の表示を省略することができる場合にあたると反論しましたが、裁判所に容れられていません。
(3)同一性保持権侵害の成否
本件画像は、陰影が反転し、セピア色の単色に変更されていることから、原告の意に反する改変であり本件入れ墨について有する原告の同一性保持権(20条)を侵害すると裁判所は認定しています(28頁以下)。
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3 人格権及びプライバシー権侵害の成否
原告は、本件書籍の記述が本件入れ墨に対する負の評価をしたものであり、専門技能者としての原告の人格権を侵害する、また、私生活上の事実が記載されているとしてプライバシー権侵害を主張しましたが、裁判所にいずれも認められていません(29頁以下)。
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4 損害及びその額
出版社の不法行為責任について、被告出版社にも少なくとも過失が認められるとして不法行為責任が認められています。
本件書籍への本件画像の掲載行為については、被告出版社と被告Yとの共同不法行為が認められた上で、損害額については、
(1)本件書籍による損害
著作者人格権侵害に係る慰謝料 20万円
弁護士費用相当額 4万円
(2)ホームページによる損害
被告Yによる著作者人格権侵害に係る慰謝料 10万円
弁護士費用相当額 2万円
被告出版社による著作者人格権侵害に係る慰謝料 10万円
弁護士費用相当額 2万円
以上の損害額が認定されています(33頁以下)。
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■コメント
入れ墨(刺青)の著作物性(著作権法2条1項1号)が正面から争点とされた事案として先例性がある判例と思われます。
本件書籍表紙カバー(別紙1より)
本件では下絵制作の過程で、原案となる仏像の写真があったことから、入れ墨がその写真の機械的な複製に過ぎないのではないかという点もありましたが、表情や色合いを変更し、技巧を凝らして施術していたことから入れ墨の著作物性が肯定されています。
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■追記(2011.8.9)
企業法務戦士の雑感
彫り師のプライド
「合格!行政書士 南無刺青観世音」入れ墨事件
東京地裁平成23.7.29平成21(ワ)31755損害賠償請求事件PDF
別紙1
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 岡本 岳
裁判官 坂本康博
裁判官 寺田利彦
*裁判所サイト公表 2011.8.1
*キーワード:著作物性、著作者人格権、出版社の責任、人格権、プライバシー権
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■事案
自らの左大腿部に施した十一面観音立像の入れ墨の画像を彫り師に無断で自著の書籍やホームページに掲載するなどしたとして著作者人格権侵害性が争点となった事案
原告:彫り師
被告:出版社、執筆者
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■結論
請求一部認容
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■争点
条文 著作権法2条1項1号、18条、19条、20条
1 本件入れ墨の著作物性
2 著作者人格権侵害の成否
3 人格権及びプライバシー権侵害の成否
4 損害及びその額
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■事案の概要
『(1) 第1の1の請求
原告は,被告Y(以下「被告Y」という。)が執筆し,被告株式会社本の泉社(以下「被告本の泉社」という。)が発行,販売した「合格!行政書士 南無刺青観世音」と題する書籍(平成19年7月1日初版第1刷発行。以下「本件書籍」という。)について,
ア 被告らが原告の許諾を得ずに原告が被告Yの左大腿部に施した十一面観音立像の入れ墨(以下「本件入れ墨」という。)の画像(ただし,陰影が反転し,セピア色の単色に変更されている。以下「本件画像」という。)を本件書籍の表紙カバー(別紙の1。以下「本件表紙カバー」という。)及び扉(別紙の2。以下「本件扉」という。)の2か所に掲載したことは,原告の有する本件入れ墨の著作者人格権(公表権,氏名表示権,同一性保持権)を侵害する,
イ 原告の人格,名誉を傷付ける記述及び原告のプライバシーに関する記述がされており,これらの記述は原告の人格権及びプライバシー権を侵害する,
として,被告らに対し,(1)著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき損害賠償金77万円(慰謝料70万円,弁護士費用7万円)及びうち70万円に対する不法行為の後の日である平成19年7月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金,並びに(2)人格権及びプライバシー権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき損害賠償金33万円(慰謝料30万円,弁護士費用3万円)及びうち30万円に対する前同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めている。
(2) 第1の2の請求
原告は,被告Yが平成19年7月1日以降インターネット上の自己のホームページ(以下「本件ホームページ1」という。)に本件表紙カバーの写真を掲載していることは,原告の有する本件入れ墨の著作者人格権(公表権,氏名表示権,同一性保持権)を侵害するとして,被告Yに対し,著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき損害賠償金35万円(慰謝料30万円,弁護士費用5万円)及びうち30万円に対する不法行為の後の日である平成21年5月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。
(3) 第1の3の請求
原告は,被告本の泉社が平成19年7月1日以降インターネット上の自社のホームページ(以下「本件ホームページ2」といい,本件ホームページ1と併せて「本件各ホームページ」という。)に本件表紙カバーの写真を掲載していることは,原告の有する本件入れ墨の著作者人格権(公表権,氏名表示権,同一性保持権)を侵害するとして,被告本の泉社に対し,著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき損害賠償金35万円(慰謝料30万円,弁護士費用5万円)及びうち30万円に対する不法行為の後の日である平成22年2月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。なお,原告は,本件訴訟において,本件入れ墨の著作権(複製権,翻案権,公衆送信権〔送信可能化権を含む。〕)侵害に基づく損害賠償は請求しないとの意思を明らかにしている。』
(2頁以下)
<経緯>
H13.11 原告が被告Yに入れ墨の施術
H19.7 被告Yが執筆した書籍を被告出版社が刊行
本件書籍:「合格!行政書士 南無刺青観世音」
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■判決内容
<争点>
1 本件入れ墨の著作物性
原告が被告Yの左大腿部に施術した十一面観音立像の入れ墨の著作物性(著作権法2条1項1号)がまず争点となっています(19頁以下)。
この点について裁判所は、入れ墨の制作過程を検討。その上で入れ墨の下絵作成の際の参考とされた「日本の仏像100選」(主婦と生活社刊行)掲載の向源寺観音堂(滋賀県)の十一面観音立像の写真と本件入れ墨を対比検討し、
『本件入れ墨(甲8の3)は,本件仏像写真をモデルにしながらも,本件仏像の胸部より上の部分に絞り,顔の向きを右向きから左向きに変え,顔の表情は,眉,目などを穏やかな表情に変えるなどの変更を加えていること,本件仏像写真は,平面での表現であり,仏像の色合いも実物そのままに表現されているのに対し,本件入れ墨は,人間の大腿部の丸味を利用した立体的な表現であり,色合いも人間の肌の色を基調としながら,墨の濃淡で独特の立体感が表現されていることなど,本件仏像写真との間には表現上の相違が見て取れる。』
『そして,上記表現上の相違は,本件入れ墨の作成者である原告が,下絵の作成に際して構図の取り方や仏像の表情等に創意工夫を凝らし,輪郭線の筋彫りや描線の墨入れ,ぼかしの墨入れ等に際しても様々の道具を使用し,技法を凝らして入れ墨を施したことによるものと認められ,そこには原告の思想,感情が創作的に表現されていると評価することができる。したがって,本件入れ墨について,著作物性を肯定することができる。』
本件入れ墨の著作物性(2条1項1号)を肯定しています。
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2 著作者人格権侵害の成否
原告彫り師が本件入れ墨の著作者とされ著作者人格権が認められた上で、著作者人格権侵害性が次に検討されています(25頁以下)。
(1)公表権侵害の成否
本件入れ墨を撮影した写真を被告Y及び被告出版社が本件書籍や本件各ホームページで公開している点が、原告の本件入れ墨に関する公表権(18条)を侵害しているかどうかが争点となっています。
この点について、裁判所は、本件画像が本件入れ墨の複製物であるとした上で、原告は本件入れ墨の写真を被告らが公表する以前に自ら複数の雑誌の広告欄に掲載していたとして、本件入れ墨は未公表の著作物とは言えないと判断。
公表権侵害性は否定されています。
(2)氏名表示権侵害の成否
本件書籍や本件各ホームページでは原告彫り師の氏名が表示されておらず、この点について氏名表示権(19条)の侵害性が肯定されています(26頁以下)。
被告らは、利用目的や当事者意思などから19条3項の氏名の表示を省略することができる場合にあたると反論しましたが、裁判所に容れられていません。
(3)同一性保持権侵害の成否
本件画像は、陰影が反転し、セピア色の単色に変更されていることから、原告の意に反する改変であり本件入れ墨について有する原告の同一性保持権(20条)を侵害すると裁判所は認定しています(28頁以下)。
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3 人格権及びプライバシー権侵害の成否
原告は、本件書籍の記述が本件入れ墨に対する負の評価をしたものであり、専門技能者としての原告の人格権を侵害する、また、私生活上の事実が記載されているとしてプライバシー権侵害を主張しましたが、裁判所にいずれも認められていません(29頁以下)。
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4 損害及びその額
出版社の不法行為責任について、被告出版社にも少なくとも過失が認められるとして不法行為責任が認められています。
本件書籍への本件画像の掲載行為については、被告出版社と被告Yとの共同不法行為が認められた上で、損害額については、
(1)本件書籍による損害
著作者人格権侵害に係る慰謝料 20万円
弁護士費用相当額 4万円
(2)ホームページによる損害
被告Yによる著作者人格権侵害に係る慰謝料 10万円
弁護士費用相当額 2万円
被告出版社による著作者人格権侵害に係る慰謝料 10万円
弁護士費用相当額 2万円
以上の損害額が認定されています(33頁以下)。
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■コメント
入れ墨(刺青)の著作物性(著作権法2条1項1号)が正面から争点とされた事案として先例性がある判例と思われます。
本件書籍表紙カバー(別紙1より)
本件では下絵制作の過程で、原案となる仏像の写真があったことから、入れ墨がその写真の機械的な複製に過ぎないのではないかという点もありましたが、表情や色合いを変更し、技巧を凝らして施術していたことから入れ墨の著作物性が肯定されています。
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■追記(2011.8.9)
企業法務戦士の雑感
彫り師のプライド