最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

セキュリティソフト著作権移転登録請求事件

東京地裁平成22.9.3平成21(ワ)35164著作権移転登録請求事件PDF

東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 岡本岳
裁判官      鈴木和典
裁判官      坂本康博

*裁判所サイト公表 2010.9.17
*キーワード:ライセンス使用許諾契約、ライセンシー、共有、解除、著作権譲渡

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■事案

セキュリティソフトに関する業務提携契約(ライセンス使用許諾契約)の解除条項に基づいて著作権移転登録請求が行われた事案

原告:システムパッケージ開発・販売会社
被告:セキュリティソフト開発・販売会社

プログラム著作物:「Mach Lock−STATION Mu」(P第9658号)

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■結論

請求認容

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■争点

条文 著作権法61条、民法95条

1 本件差押えによる本件著作権の移転の有無
2 本件基本合意の錯誤無効の成否

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■事案の概要

『(業務提携に関する)基本合意に基づき,別紙目録記載のプログラムの著作物に係る著作権が被告から原告に移転したとして,原告が,被告に対し,同著作権についての移転登録手続を求める事案』(1頁)

<経緯>

H21.1.9  原被告間で業務提携基本合意(ライセンス使用許諾契約)
          を締結
H21.7.13 被告に債権差押命令による債権差押え
H21.7.31 原告申し立てにより処分禁止仮処分決定
H21.8.4  プログラム登録原簿に仮処分の登録

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■判決内容

<争点>

1 本件差押えによる本件著作権の移転の有無

被告に対して差押え手続があったことから、本件著作物である情報漏洩対策ソフトウェアに関する業務提携基本合意(ライセンス使用許諾契約)の第9条1項1号及び2項に基づき、原告は被告に対して著作権の移転について登録の手続を求めました。

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第9条(契約解除)
1 被告又は原告は,相手方が次の各号の1つに該当するときは,何らの通知又は催告を要さずに,本合意書を直ちに解除できるものとするとともに,かかる事由に該当した当事者は,相手方に対する期限未到来のものも含むすべての債務に関する期限の利益を喪失し,当該債務を直ちに履行するものとする。
 1)差押え,仮差押え,仮処分,公売処分,租税滞納処分等の強制執行その他これに準ずる処分を受けたとき
 2)会社更生手続の開始,民事再生手続の開始,破産若しくは競売の申立てを受け,又は自ら会社更生手続の開始,民事再生手続の開始若しくは破産の申立てをしたとき
 3)(以下省略)
2 被告が前項各号の1つにでも該当したときは,本件提携にかかわるMLSM(本件著作物)のプログラム及び関連文書に係る著作権その他一切の権利(著作権法21条から28条所定のすべての権利を含む。)は,原告被告何らの意思表示を要せず当然に被告から原告に移転するものとする。この場合,被告は原告に対し,直ちに前項の権利移転登録に必要な手続をするものとする。


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被告は、移転する著作権の範囲を本件著作物の二次的著作物を意味するとしてその範囲を限定しましたが、裁判所はあくまで本件著作物そのもののプログラムを意味すると判断しています(11頁以下)。
また、被告は、原告が被告に支払った3000万円の保証金はライセンス供与の対価としてのもので、権利移転についてはこれを正当化する経済的な合理性がないと反論しましたが、破産等の経営状態が悪化した際の二次的著作物の利用制限のおそれの回避を趣旨とする9条2項の経済的な合理性が肯定されています(14頁)。

結論として、本件差押えにより本件著作物に係る著作権は被告から原告に移転していると判断されています。

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2 本件基本合意の錯誤無効の成否

被告は、『本件基本合意の締結に当たり,MLSMそのものの著作権は被告にのみ帰属し,原告と被告の共有にすることは考えておらず,MLSMの改変物である二次的著作物の著作権を原告と被告の共有にすることを動機として合意したのであるから,被告の意思表示には動機の錯誤がある』と主張しました(14頁以下)。

基本合意第5条2項は、以下のような共有協議規定がありました。

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第5条(本件業務の遂行等)
2 原告は前項に基づき被告より開示・許諾を受けた本件提携関係MLSM(本件著作物)の情報について本合意及び機密保持契約の内容を遵守の上,本件業務遂行に利用するものとし,その結果,原告が本件提携の目的を達成可能と判断したときは,原告は被告に対し,本件提携にかかわるMLSM(本件著作物)及び関連文書の更新,改良,変更,販売,リース及び著作権行使に関する一切の権限について原告被告の共有とするべく,その対価の一部として前項保証金を充当するものとする。なお,当該対価の価格については原告被告別途協議の上,決定するものとする。


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この点について、裁判所は、本件基本合意締結後、著作権の持分譲渡の対価の額等について交渉が重ねられ、被告が原告との共有を受け入れている事実を認定、被告の錯誤無効の反論を認めていません。

結論として、本件著作権について平成21年7月17日の譲渡を原因とする移転登録手続の請求が認められています。

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■コメント

対象となったプログラム著作物(MachLock-STATION Mu)は、企業向け情報漏洩対策ソフトで1サーバー、ネットでのPC集中管理といった特徴を持った商品です(商品概要)。

セキュリティソフトも含め、たとえば、ハードにバンドルされているソフトなど、信用不安によって後々権利関係が不安定となるとエンドユーザーにどれだけ影響が出るかハードウェア供給会社にとっても計り知れません。
特に信用力がやや難があっても技術力があり安価なソフトハウスに発注せざるを得ない現下の経済情勢から、こうしたソフトを安定的に利用するにはどうすれば良いか、権利関係として共有での対応などを含め様々検討されることになります。

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■参考文献

知的財産研究所編『知的財産ライセンス契約の保護−ライセンサーの破産の場合を中心に−』(2004)
梅林 勲「ライセンシーの地位の保全とライセンス契約の安全性強化について」『判例タイムズ』1243号(2007)50頁以下
島並 良「著作権ライセンシーの法的地位」『コピライト』569号(2008)2頁以下
福井健策、北澤尚登「著作権登録の実務的研究−登録制度は使えるのか/どう使うべきか/どう改善すべきか− 」『知財管理』60巻2号(2010)213頁以下