最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

美術鑑定書事件

東京地裁平成22.5.19平成20(ワ)31609損害賠償請求PDF

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 清水節
裁判官      菊池絵理
裁判官      坂本三郎

*裁判所サイト公表 2010.5.27
*キーワード:複製、権利濫用、フェアユース、引用、権利制限規定

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■事案

美術絵画作品の鑑定書に付された原画の縮小カラーコピーが、原画の複製権を侵害するかどうかが争われた事案

原告:画家の遺族
被告:美術品著作権管理鑑定業務会社

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 著作権法21条、47条の2、114条2項、民法1条3項

1 複製権侵害の成否
2 故意過失の有無
3 損害論
4 権利の濫用、フェア・ユースの抗弁

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■事案の概要

画家である亡Cの相続人である原告及び亡A(ただし,本件訴訟係属中に死亡し,原告が訴訟手続を受継した。)が,美術品の鑑定等を業とする被告に対し,被告が,鑑定証書作製の際に亡Cの絵画を縮小カラーコピーしたと主張して,著作権(複製権)侵害に基づく損害賠償請求(民法709条,著作権法114条2項又は3項)として,12万円及びこれに対する本訴状送達日の翌日である平成20年11月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案』(1頁以下)

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■判決内容

<争点>

1 複製権侵害の成否

題名「花」作品2点の鑑定証書の裏面に貼付された原画の縮小カラーコピー(162×119ミリと152×120ミリ)が原画の複製権(著作権法21条)を侵害するかどうかが争点となっています(14頁以下)。

裁判所は、美術の著作物である本件絵画の複製の意義について、

複製とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうが,美術の著作物である絵画について,複製がされたか否かの判断は,一般人の通常の注意力を基準とした上で,美術の著作権の保護の趣旨に照らして,絵画の創作的な表現部分が再現されているか,すなわち,画材,描く対象,構図,色彩,絵筆の筆致等,当該絵画の美的要素の基礎となる特徴的部分を感得できるか否かにより判断するのが相当である。』(15頁)

ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件最高裁判決(最判昭和53.9.7)の複製概念を前提としたうえで、本件絵画1の約23%縮小カラーコピー、本件絵画2の約16%縮小カラーコピーしたものはいずれも本件各絵画の作風が表れているとしてその本質的特徴的部分を感得できると判断。
被告の縮小カラーコピー作製行為は、本件各絵画の複製に該当すると認めています。

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2 故意過失の有無

被告が美術業界に属する一員であることから本件絵画の著作権の相続関係について知り得べきであったとして複製権侵害行為について過失を認めています(16頁)。

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3 損害論

被告は、作品1点につき鑑定料3万円と鑑定証書作製費3万円の対価を得ていましたが(2点合計12万円)、鑑定を行うこと自体は何ら原告の複製権を侵害するものではないとして、鑑定証書作製費部分を複製権侵害行為により被告が得た利益と認定。損害額を合計6万円と判断しています(114条2項 16頁以下)。
また、原告も鑑定業務をしており鑑定料相当額の損害が検討されていますが(114条3項 使用料相当額)、合計6万円を超えることはないと判断されています(18頁以下)。

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4 権利の濫用、フェア・ユースの抗弁

被告は、原告の請求に対して権利濫用、フェア・ユースの法理、また平成21年改正著作権法47条の2(美術の著作物等の譲渡等の申出に伴う複製等)の適用ないし準用を主張しました(19頁以下)。

しかし、裁判所は、原告の意図や請求額の少額性などから権利濫用該当性を否定。また、フェア・ユースの法理の適用も否定。さらに鑑定書については改正47条の2の適用場面ではないとして適用等することはできないと判断しています。

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■コメント

問題となった作品「花」を制作した画家は、フォーヴな印象のある三岸節子(1905〜1999 夫は三岸好太郎)、原告の一人は平成21年12月に亡くなられたご子息の三岸黄太郎氏です。

東京美術倶楽部の組合員株主でもある画商のかたに今回の訴訟の背景事情や美術鑑定書の取扱い実務についてお話を伺うことができました。
原告らご遺族の提訴へ至る背景事情については、ここに記載することができませんが、絵画の美術鑑定書の現状について伺って分かったことを少しメモをしておきたいと思います。

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*デパート美術部は全て鑑定書付きの絵画美術品しか取扱わない

西武やそごうは以前から、大丸と松坂屋は経営統合してからはそのような取扱いに。東京美術倶楽部の鑑定書が無いとデパートでは画商は取引できない。

*高島屋は現存作家の作品しか扱わない

物故作家の作品は扱わない。それだけ真贋問題は重大な問題で、高島屋はリスクヘッジとして間違いようのない現存作家の作品のみの取扱いにシフトした。

*遺族の高齢化

遺族が鑑定して鑑定書を作成する場合(○○の会など)もあるが、その遺族も高齢化。また、真贋について、遺族だからといって正確な判断ができる訳ではない。画家本人ですら高齢により、自作かどうか判断できない場合もある。

*鑑定業務の一極集中化

東京美術倶楽部が鑑定業務の経験を重ねて歴史の厚みと信頼を増し、現在、鑑定業務が東京美術倶楽部に収斂化されている。鑑定書の役割の重要性が増し、鑑定点数は増えている。

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本件鑑定証書に貼付された原画の縮小カラーコピーの大きさは、いずれも180平方センチ超であることからすると、今後の鑑定書での複製物の取扱いとしては、50平方センチ程度(改正著作権法47条の2、著作権法施行令7条の2第1項1号、著作権法施行規則4条の2第1項1号参照)に納める対応が一つの目安としてですが、地裁判断の存在を踏まえると配慮が必要となるかもしれません。

ただ、そもそも美術鑑定書は、原画と同定できなければならない性質のものですから、ある程度の精度を持った画像コピーの添付が必須です。それこそ「引用」(32条)として複製物を使うことができるのではないでしょうか。この点は、オークションカタログ事件(後掲判例)での判断よりは、「引用」が肯定される余地が高いと考えられます。

著作権法が美術絵画取引を根底から阻害する方向で作用することはあってはならないことで、今回の地裁判断は、作家や所有者の保護に反する結果となります。価値判断として是認することができません。知財高裁の判断を待ちたいと思います。

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■過去のブログ記事

2009年12月10日記事
オークションカタログ事件

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■参考判例

オークションカタログ事件
東京地裁平成21.11.26平成20(ワ)31480損害賠償請求事件

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■参考文献

池村 聡『著作権法コンメンタール別冊平成21年改正解説』(2010)61頁以下
大島一洋『芸術とスキャンダルの間 戦後美術事件史』(2006)

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■追記2010.7.6

判決の結論に賛成の見解として、町村泰貴先生(2010年07月05日17時30分)
美術鑑定書に絵画の縮小コピーを付けるのは著作権侵害 - Matimulog - BLOGOS(ブロゴス) - livedoor ニュース

・関連記事
日経新聞朝刊7月5日付16面「鑑定目的の縮小カラーコピーは「著作権侵害」」(編集委員 三宅伸吾)
記事によると、東京美術倶楽部では、年間2千作品以上の鑑定を実施しているという。

企業法務戦士の雑感(2010-07-05)
[企業法務][知財]今さらだけど、鑑定証書縮小カラーコピー問題。

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■追記

2011年10月22日記事
美術鑑定書事件(控訴審)

知財高裁平成22.10.13平成22(ネ)10052損害賠償請求控訴事件PDF