最高裁判所HP 知的財産裁判例集より
コエンザイムQ10営業秘密事件
東京地裁平成22.4.28平成18(ワ)29160損害賠償等請求事件PDF
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 大鷹一郎
裁判官 大西勝滋
裁判官 関根澄子
*裁判所サイト公表 2010.5.11
*キーワード:営業秘密、秘密管理性
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■事案
元従業員によるコエンザイムQ10の生産菌や製造ノウハウの営業秘密性や持ち出しが争点となった事案
原告:医薬品製造販売会社
被告:元従業員C
医薬品製造販売会社
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■結論
請求一部認容
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■争点
条文 不正競争防止法2条1項4号、5号、2条6項
1 本件生産菌A、B及び本件情報Aの営業秘密性
2 被告らの不正競争行為の有無
3 差止請求の可否
4 原告の損害額
5 被告Cに対する退職金の返還請求の可否
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■事案の概要
原告の元従業員であった被告Cが、原告の在職中に原告が保有する営業秘密であるコエンザイムQ10の生産菌、診断薬用酵素の生産菌及びコエンザイムQ10の製造ノウハウ等に関する情報を不正の手段により取得して、被告Cが代表取締役を務める被告会社が、これらの営業秘密が不正に取得されたことを知りながらこれを被告Cから取得し、コエンザイムQ10製品を製造させ、これを輸入、販売した行為等が、被告Cについては不正競争防止法2条1項4号(営業秘密の不正取得行為)の不正競争行為又は共同不法行為に、被告会社については同条1項5号(悪意者の営業秘密不正取得行為)の不正競争行為又は共同不法行為にそれぞれ該当する旨主張された事案です。
<経緯>
H16.10.28 被告Cが被告会社の代表取締役に就任
H16.10.31 被告Cが原告会社を退職
H16.11.25 退職金支給
H16.9 被告CがFから冷凍庫を購入
H17.1 被告会社がコエンザイムQ10製品を販売開始
H17.5.26 被告CがFに冷凍庫の寄託を依頼
H18.2.9 原告らが公証人と冷凍庫の状況について事実実験
H18.3.10 事実実験公正証書作成
H18.5.11 原告が窃盗の被害届提出
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■判決内容
<争点>
1 本件生産菌A、B及び本件情報Aの営業秘密性
不正競争防止法2条6項「営業秘密」該当性
(1)本件生産菌A(ロドバクター・スフェロイデスの菌株を親株として育種、改良された光合成細菌)(2)本件生産菌B(診断薬用酵素製品の製造に使用する生産菌)(3)本件情報A(生産菌Aを用いたコエンザイムQ10の製造方法及びその製造に関わるデータ等)について、それぞれ有用性、非公知性が肯定されています。
しかし、秘密管理性については、(1)本件生産菌A、(2)本件生産菌Bについては肯定されたものの、(3)本件情報Aについては、コエンザイムQ10に関する種々の資料が寄せ集められたもので、それぞれについて個別の管理状況が明らかにされていないとして否定されています(47頁以下)。
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2 被告らの不正競争行為の有無
(1)被告Cによる無断持ち出し
被告が原告会社を退職する前に原告に無断で原告の施設内から本件各物品を持ち出して取得したことが肯定され、不正競争防止法2条1項4号(営業秘密の不正取得行為)該当性が肯定されています(61頁以下)。
(2)被告会社の取得
被告Cが、コード番号「M15−204」の本件生産菌Aの種菌、コエンザイムQ10の生産菌の培養液及び本件生産菌Bが入った本件冷凍庫を自らが代表取締役を務める被告会社の事務所内において保管した行為は、不正の手段により取得した本件生産菌A、Bを被告会社に提供することによって原告の営業秘密を開示するものといえると裁判所は判断。
被告Cの行為は、不正競争防止法2条1項4号の不正競争行為に該当するものと認められるとともに、被告会社においては、原告の営業秘密について不正取得行為が介在したことを知ってこれを取得したものといえるとして、その行為は同項5号(悪意者の営業秘密不正取得行為)の不正競争行為に該当するものと認められています(71頁)。
(3)被告会社による中国企業への本件生産菌Aの提供等
被告会社による中国の製薬企業への本件生産菌Aの提供、製造、輸入、販売の点については、原告の主張が容れられていません(71頁以下)。
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3 差止請求の可否
中国企業製造のコエンザイムQ10製品(被告製品)について、本件生産菌Aの提供、使用、製造の事実が認められておらず、本件生産菌Aを現に所持していると認められないこと、また、診断薬用酵素製品についても本件生産菌Bを現に所持していると認められないことから、製造のおそれがあるとは認められず、差止め等の必要が否定されています(82頁以下)。
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4 原告の損害額
(1)被告会社の不正競争行為による原告の損害額
被告会社の不正競争行為が悪意者の営業秘密不正取得行為に限られており、原告主張の損害自体の発生が認められないとして不正競争防止法5条2項(損害額の推定)の適用が否定され、損害賠償請求(4条)は容れられていません(83頁以下)。
(2)被告らの共同不法行為による原告の損害額
この点についても、原告主張の損害自体の発生が認められないとして、被告らに対する民法719条、709条に基づく損害賠償請求は容れられていません(84頁以下)。
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5 被告Cに対する退職金の返還請求の可否
被告Cには退職金として2495万1148円(内、原告拠出分2239万6000円)が支払われていました。そこで原告は、就業規則32条2項の規定に基づき被告Cに対する退職金の返還請求を求めました(85頁以下)。
就業規則第32条
2 会社は,退職者が在職中に行った背信行為が発覚した場合,
あるいは退職者が退職後に会社の機密漏洩等の背信行為を行っ
た場合,すでに支給した退職金・退職年金を返還させ,以後の
退職年金の不支給または減額の措置をとることができる。
この点について、裁判所は、この規定が原告に対する背信行為を行った従業員の退職金受給資格を否定する趣旨のものであり、懲戒解雇者不支給規定(本件退職一時金規程4条)とその趣旨を同じくすると説示。
そして、本件就業規則32条2項の「背信行為」とは、本件就業規則24条各号が定める懲戒解雇の事由に当たる行為であることを前提に、退職金の賃金の後払いとしての性格も勘案して、全額返還のためには、単に懲戒解雇事由が存在するということのみで足りるものではなく、企業秩序維持の観点に照らし是認することのできない、原告に対する高度の背信性が認められる背信行為を行ったことが必要であると判断。
被告Cは、原告の重要な事業用資産である本件生産菌Aを持ち出していること等から高度の背信行為性があると認められています。
結論として、原告が支給した退職金全額(原告拠出分2239万6000円)の返還が肯定されています。
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■コメント
退職従業員による営業秘密の無断持ち出しが認定されて、就業規則規定に基づく支給済み退職金の全額返還が肯定された事案です。退職金返還の取扱いについては、退職者の「背信行為の重大性」を要求している点で、本判決は従来の判例状況を踏襲しているといえます(後掲永野ほか322頁以下参照)。
ところでコエンザイムQ10は、補酵素(コエンザイム)の1つで、生体内の末端電子伝達系の必須成分として重要な役割を果たしているもので、平成16年に化粧品用途使用が可能になって以来、コエンザイムQ10の市場は拡大しています。
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■参考文献
退職金の性格と返還を求めることができる範囲等について、
永野周志、砂田太士、播磨洋平『営業秘密と競業避止義務の法務』(2008)319頁以下
大内伸哉『就業規則からみた労働法第二版』(2008)155頁以下
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■参考判例
なお、退職後の競業行為と違約金(退職金半額)の算定条項について、ヤマダ電機事件(東京地裁平成19.4.24判決平成17(ワ)24499)参照。
帖佐 隆「判例評釈 ヤマダ電機事件(退職後の競業避止義務契約に関する事件)」『久留米大学法学』59・60合併号(2008)260頁以下
コエンザイムQ10営業秘密事件
東京地裁平成22.4.28平成18(ワ)29160損害賠償等請求事件PDF
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 大鷹一郎
裁判官 大西勝滋
裁判官 関根澄子
*裁判所サイト公表 2010.5.11
*キーワード:営業秘密、秘密管理性
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■事案
元従業員によるコエンザイムQ10の生産菌や製造ノウハウの営業秘密性や持ち出しが争点となった事案
原告:医薬品製造販売会社
被告:元従業員C
医薬品製造販売会社
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■結論
請求一部認容
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■争点
条文 不正競争防止法2条1項4号、5号、2条6項
1 本件生産菌A、B及び本件情報Aの営業秘密性
2 被告らの不正競争行為の有無
3 差止請求の可否
4 原告の損害額
5 被告Cに対する退職金の返還請求の可否
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■事案の概要
原告の元従業員であった被告Cが、原告の在職中に原告が保有する営業秘密であるコエンザイムQ10の生産菌、診断薬用酵素の生産菌及びコエンザイムQ10の製造ノウハウ等に関する情報を不正の手段により取得して、被告Cが代表取締役を務める被告会社が、これらの営業秘密が不正に取得されたことを知りながらこれを被告Cから取得し、コエンザイムQ10製品を製造させ、これを輸入、販売した行為等が、被告Cについては不正競争防止法2条1項4号(営業秘密の不正取得行為)の不正競争行為又は共同不法行為に、被告会社については同条1項5号(悪意者の営業秘密不正取得行為)の不正競争行為又は共同不法行為にそれぞれ該当する旨主張された事案です。
<経緯>
H16.10.28 被告Cが被告会社の代表取締役に就任
H16.10.31 被告Cが原告会社を退職
H16.11.25 退職金支給
H16.9 被告CがFから冷凍庫を購入
H17.1 被告会社がコエンザイムQ10製品を販売開始
H17.5.26 被告CがFに冷凍庫の寄託を依頼
H18.2.9 原告らが公証人と冷凍庫の状況について事実実験
H18.3.10 事実実験公正証書作成
H18.5.11 原告が窃盗の被害届提出
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■判決内容
<争点>
1 本件生産菌A、B及び本件情報Aの営業秘密性
不正競争防止法2条6項「営業秘密」該当性
(1)本件生産菌A(ロドバクター・スフェロイデスの菌株を親株として育種、改良された光合成細菌)(2)本件生産菌B(診断薬用酵素製品の製造に使用する生産菌)(3)本件情報A(生産菌Aを用いたコエンザイムQ10の製造方法及びその製造に関わるデータ等)について、それぞれ有用性、非公知性が肯定されています。
しかし、秘密管理性については、(1)本件生産菌A、(2)本件生産菌Bについては肯定されたものの、(3)本件情報Aについては、コエンザイムQ10に関する種々の資料が寄せ集められたもので、それぞれについて個別の管理状況が明らかにされていないとして否定されています(47頁以下)。
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2 被告らの不正競争行為の有無
(1)被告Cによる無断持ち出し
被告が原告会社を退職する前に原告に無断で原告の施設内から本件各物品を持ち出して取得したことが肯定され、不正競争防止法2条1項4号(営業秘密の不正取得行為)該当性が肯定されています(61頁以下)。
(2)被告会社の取得
被告Cが、コード番号「M15−204」の本件生産菌Aの種菌、コエンザイムQ10の生産菌の培養液及び本件生産菌Bが入った本件冷凍庫を自らが代表取締役を務める被告会社の事務所内において保管した行為は、不正の手段により取得した本件生産菌A、Bを被告会社に提供することによって原告の営業秘密を開示するものといえると裁判所は判断。
被告Cの行為は、不正競争防止法2条1項4号の不正競争行為に該当するものと認められるとともに、被告会社においては、原告の営業秘密について不正取得行為が介在したことを知ってこれを取得したものといえるとして、その行為は同項5号(悪意者の営業秘密不正取得行為)の不正競争行為に該当するものと認められています(71頁)。
(3)被告会社による中国企業への本件生産菌Aの提供等
被告会社による中国の製薬企業への本件生産菌Aの提供、製造、輸入、販売の点については、原告の主張が容れられていません(71頁以下)。
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3 差止請求の可否
中国企業製造のコエンザイムQ10製品(被告製品)について、本件生産菌Aの提供、使用、製造の事実が認められておらず、本件生産菌Aを現に所持していると認められないこと、また、診断薬用酵素製品についても本件生産菌Bを現に所持していると認められないことから、製造のおそれがあるとは認められず、差止め等の必要が否定されています(82頁以下)。
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4 原告の損害額
(1)被告会社の不正競争行為による原告の損害額
被告会社の不正競争行為が悪意者の営業秘密不正取得行為に限られており、原告主張の損害自体の発生が認められないとして不正競争防止法5条2項(損害額の推定)の適用が否定され、損害賠償請求(4条)は容れられていません(83頁以下)。
(2)被告らの共同不法行為による原告の損害額
この点についても、原告主張の損害自体の発生が認められないとして、被告らに対する民法719条、709条に基づく損害賠償請求は容れられていません(84頁以下)。
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5 被告Cに対する退職金の返還請求の可否
被告Cには退職金として2495万1148円(内、原告拠出分2239万6000円)が支払われていました。そこで原告は、就業規則32条2項の規定に基づき被告Cに対する退職金の返還請求を求めました(85頁以下)。
就業規則第32条
2 会社は,退職者が在職中に行った背信行為が発覚した場合,
あるいは退職者が退職後に会社の機密漏洩等の背信行為を行っ
た場合,すでに支給した退職金・退職年金を返還させ,以後の
退職年金の不支給または減額の措置をとることができる。
この点について、裁判所は、この規定が原告に対する背信行為を行った従業員の退職金受給資格を否定する趣旨のものであり、懲戒解雇者不支給規定(本件退職一時金規程4条)とその趣旨を同じくすると説示。
そして、本件就業規則32条2項の「背信行為」とは、本件就業規則24条各号が定める懲戒解雇の事由に当たる行為であることを前提に、退職金の賃金の後払いとしての性格も勘案して、全額返還のためには、単に懲戒解雇事由が存在するということのみで足りるものではなく、企業秩序維持の観点に照らし是認することのできない、原告に対する高度の背信性が認められる背信行為を行ったことが必要であると判断。
被告Cは、原告の重要な事業用資産である本件生産菌Aを持ち出していること等から高度の背信行為性があると認められています。
結論として、原告が支給した退職金全額(原告拠出分2239万6000円)の返還が肯定されています。
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■コメント
退職従業員による営業秘密の無断持ち出しが認定されて、就業規則規定に基づく支給済み退職金の全額返還が肯定された事案です。退職金返還の取扱いについては、退職者の「背信行為の重大性」を要求している点で、本判決は従来の判例状況を踏襲しているといえます(後掲永野ほか322頁以下参照)。
ところでコエンザイムQ10は、補酵素(コエンザイム)の1つで、生体内の末端電子伝達系の必須成分として重要な役割を果たしているもので、平成16年に化粧品用途使用が可能になって以来、コエンザイムQ10の市場は拡大しています。
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■参考文献
退職金の性格と返還を求めることができる範囲等について、
永野周志、砂田太士、播磨洋平『営業秘密と競業避止義務の法務』(2008)319頁以下
大内伸哉『就業規則からみた労働法第二版』(2008)155頁以下
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■参考判例
なお、退職後の競業行為と違約金(退職金半額)の算定条項について、ヤマダ電機事件(東京地裁平成19.4.24判決平成17(ワ)24499)参照。
帖佐 隆「判例評釈 ヤマダ電機事件(退職後の競業避止義務契約に関する事件)」『久留米大学法学』59・60合併号(2008)260頁以下