最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

エンジニア労働派遣営業秘密事件

東京地裁平成22.3.4平成20(ワ)15238不正競争行為差止等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 阿部正幸
裁判官      山門優
裁判官      舟橋伸行

*裁判所サイト公表 2010.4.7
*キーワード:営業秘密、引き抜き行為、一般不法行為

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■事案

退職従業員らによる営業秘密の使用や引き抜き勧誘行為の不法行為性が争点となった事案

原告:技術系労働者派遣事業会社
被告:技術系労働者派遣事業会社
   原告元従業員ら

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 不正競争防止法2条1項7号、2条6項、民法709条、719条1項、会社法350条

1 本件情報が営業秘密に該当するか
2 不正目的の使用・開示の有無等
3 勧誘行為の不法行為性
4 被告らの共謀の有無
5 損害論

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■判決内容

<経緯>

S62.8.1  被告会社設立
H9       被告会社が特定労働者派遣事業開始
H16.2.10 原告会社設立、被告会社から派遣事業の譲渡を受ける
H20.1.31 被告Bが原告会社退職、被告会社取締役に就任
H20.2.8  被告Aが原告会社退職、被告会社代表取締役に就任
H20.2.15 被告Cが原告会社退職、被告会社取締役に就任

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<争点>

1 本件情報が営業秘密に該当するか

原告退職従業員である被告らによる原告保有の本件情報(原告所属の派遣エンジニアの氏名、役職、残有給休暇日数、退職日、携帯電話番号、社員番号、分野、担当営業、就業先、派遣個別契約の満了日、給与データ)に関する不正目的での使用・開示行為(不正競争防止法2条1項7号)について、まず、本件情報の営業秘密性(2条6項)が争点となっています(28頁以下)。

営業秘密性の3要件について、裁判所は、

(1)秘密管理性:データベースへのアクセス制限、書類は施錠管理、鍵の管理台帳使用
(2)有用性:労働者派遣事業において有益な営業上の情報
(3)非公然性:原告事業継続中に集積された原告従業員の個人情報等で非公然

として、営業秘密性を肯定しています。

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2 不正目的の使用・開示の有無等

原告各主張のうち、E(本件訴訟の被告であったが、和解により訴訟が終了した原告元従業員)が、(1)営業秘密である原告社員の残有給休暇日数を被告Bに開示したこと、(2)営業秘密の記載された本件エンジニアリストを被告らに開示した事実については認められました(32頁以下)。

しかし、(1)については、開示の日数がどのように引き抜き行為に用いられ、派遣エンジニアの退職に関係したのかが明らかではなく因果関係が不明、(2)については、本件エンジニアリストの開示と原告所属の派遣エンジニアが退職した事実との間に因果関係は認められない、と判断。
不正競争防止法違反行為性(不正競争防止法2条1項7号)については、違反事実がないか、因果関係を認めることができないとして、結論として裁判所は原告の主張を否定しています。

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3 勧誘行為の不法行為性

F(本件訴訟の被告であったが、和解により訴訟が終了した原告元従業員。原告を懲戒解雇の後、被告会社に就職)は、原告の営業担当として原告所属の派遣エンジニアの相談に応じる立場にあり、かつ、派遣先企業との契約更新に関する交渉を担当する立場にありました(43頁以下)。
Fは、派遣エンジニアに対して、契約更新がされない可能性を伝え、被告会社を紹介し被告Cと引き合わせて入社を勧誘していました。

裁判所は、こうしたFの立場を利用した勧誘態様の悪質性や原告に秘密裏に行われたこと、引き抜き人数が20人と少なくないことなどから一部の派遣エンジニアの引き抜き行為は社会的相当性を欠く違法な行為であったと判断。一般不法行為に該当するとしています。

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4 被告らの共謀の有無

被告A、B、Cは、原告在籍中のFやEらを利用して原告所属の派遣エンジニアを被告会社へ引き抜くことを共謀し、Fはこの共謀に基づいて引き抜きの違法行為を行ったとして、被告A、B、Cは共同不法行為として民法719条1項により、また被告会社も会社法350条(代表者の行為についての損害賠償責任)により、結論として連帯して損害賠償の責を負うと判断されています(44頁以下)。

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5 損害論

派遣エンジニア1人当たりの月額の原告の利益額:22万1231円
損害算定期間:6ヶ月
人数:20人

以上から、損害額として2654万7720円

弁護士費用300万円とあわせて、3000万円弱が認定されています(45頁以下)。

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■コメント

原告の大株主が被告会社を使って原告会社と競合する人材派遣業を起業したことに端を発した紛争です(34頁以下)。

この大株主でキーパーソンとなる方ですが、原告会社のプレスリリースと併せ読みますと、馬主で有名な方かと思われます(25頁)。

原告会社の有報を拝見すると、「事業等のリスク」について一般他社と比較すると厚みをもって掲載されておいでの印象です。なお、訴訟に触れた記載は無いようです。