最高裁判所HP 知的財産裁判例集より
学位請求論文事件
★東京地裁平成21.6.25平成19(ワ)13505著作権侵害差止等請求事件PDF
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 阿部正幸
裁判官 柵木澄子
裁判官 舟橋伸行
*裁判所サイト公表 09/7/8
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■事案
共同で執筆した論文の一部を無断で使用して学位請求論文を作成したとして複製権侵害性などが争点となった事案
原告:大学教授
被告:大学教授
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■結論
請求棄却
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■争点
条文 著作権法21条、19条、18条
1 複製権侵害の成否と原告の承諾の有無
2 氏名表示権、公表権侵害の成否と原告の承諾の有無
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■判決内容
<経緯>
H2 原被告、C教授ら3名で共同研究論文作成
H5 原被告が共同研究を開始
H7.5 本件原著1作成(本件共同研究論文1)
H8.8 本件原著2作成(本件共同研究論文2)
H9.9 被告が経済学博士学位請求
H10.1 被告に学位授与される
H16 被告が修正論文(改訂版)をジャーナルに投稿
H18 原告が被告に対して翻訳論文出版差止別訴提起
H19.1.18 東京地裁平成18(ワ)10367 一部勝訴
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<争点>
1 複製権侵害の成否と原告の承諾の有無
本件原著(草稿・ディスカッションペーパー/ワーキングペーパー)1と2が原告と被告の共同著作物であることには争いはありません。
これらの草稿に関する共同研究論文1、2や他の研究者との共同研究を踏まえて被告は学位請求論文を作成し、大学から博士号の学位を授与されていました。
こうした行為が、共同研究者である原告の本件原著に関する著作権(複製権)を侵害しているか、本件共同研究論文の学位請求論文での使用について原告の承諾があったのかどうかが争点となりました。
1.被告が博士論文に原告との共同研究論文を利用することについての原告の承諾について
裁判所は、共同研究論文の利用についての原告の承諾の有無について、他の共同研究者の承諾状況や原被告間の関係、経済学界における博士学位請求論文の取扱い、被告の認識などの諸事情を検討。
博士論文における共同研究論文の利用として一般に行われる方法での利用を原告が承諾したものと推認することができる、と判断されています(29頁以下)。
2.本件博士論文における共同研究論文の利用形態について
そのうえで、裁判所は本件博士論文における共同研究論文の利用態様についてさらに具体的に検討を加えています(44頁以下)。
この点についても、博士論文における共同研究論文の利用方法として一般的なものであるとして原告の承諾の範囲内のものであると判断。
結論として複製権侵害性を否定しています。
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2 氏名表示権、公表権侵害の成否と原告の承諾の有無
原告の承諾や共同研究論文の利用態様の一般性、博士論文の取扱いから被告による本件博士論文の作成及び大学への提出行為は、原告の本件各原著に係る著作者人格権(氏名表示権及び公表権)を侵害するものではないと判断されています(45頁以下)。
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■コメント
共同研究の成果となる論文の利用の際の経済学界の慣行、研究者の承諾範囲などが争われました。共同研究者の意思解釈、裏を返すと著作権法上の引用(32条)よりももっと緩やかな論文取扱い慣行が経済学界に成立しているかどうかが争点となった事案です。
お二人の共同研究のテーマは、「私的所有権の保護を行う政治システムとしての国家の成立と変遷」で、共同研究論文1(原著1)は、分析の出発点である自然状態の社会モデルとして、「すべての人は富を同じ量だけ持つ」と仮定し分析したもので、共同研究論文2(原著2)は、その仮定を修正したうえで分析したものでした。
ちなみに、被告教授の博士学位請求論文のテーマは、「正義の経済分析」(正義の実証的側面と規範的側面に関する経済学の視点に立つ体系的な研究)というもので、4件の共同研究の成果を踏まえた論文でした。
先行する共同執筆論文著作権侵害事件(東京地裁平成19年1月18日判決 英語の共同論文を無断で日本語翻訳・出版したとして翻案権、同一性保持権侵害性が争点となった事案)の判決文からは、お二人の関係が良く分かりませんでしたが、お互い学部時代の同じゼミ出身、院生在学中から親しく交流していたという関係(原告のほうが被告の1年先輩)だったことが今回の判決文から分かりました(30頁)。
学術論文のあり方についてのお二人の考え方の違いが紛争の発端でしょうか(原告は、「英語論文しか書かない主義の学者」だそうです。別訴PDF10頁参照)、いずれにしても仲違いという残念な状況となったわけです。
なお、被告が論文を投稿した「早稲田政治経済学雑誌」の論文等投稿規程には、学会に著作権を譲渡する規定がありましたが、規定の内容については別訴平成19年判決PDF22頁以下参照。理系の学会での著作権規定の状況については後掲藤田論文参照。
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■過去のブログ記事
・研究成果を巡る紛争について、
2008年10月31日記事
外国人児童向け漢字教材事件
2007年05月31日記事
『租税論』著作権侵害事件
2007年01月20日記事
共同執筆論文著作権侵害事件
2005年05月31日記事
グラフ図表の著作物性=学位論文取消請求事件=
2005年05月06日記事
学術論文盗用と共同研究者の評価=著作者人格権侵害事件=
・学会の著作権規定について、
2006年7月23日記事
論文紹介 藤田節子「国内科学技術系学会誌の投稿規定の分析:参照文献の記述,著作権を中心として」
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■参考判例
原被告間の別訴(共同執筆論文著作権侵害事件)
東京地裁平成19.1.18平成18(ワ)10367著作権侵害差止等請求事件PDF
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■参考文献
藤田節子「国内科学技術系学会誌の投稿規定の分析:参照文献の記述,著作権を中心として(I)」『情報管理』(2005)48巻10号667頁以下
論文
同 「国内科学技術系学会誌の投稿規定の分析:参照文献の記述,著作権を中心として(II)」同上書(2005) 48巻11号723頁以下
論文
林紘一郎、名和小太郎『引用する極意、引用される極意』(2009)144頁以下、181頁以下
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学位請求論文事件
★東京地裁平成21.6.25平成19(ワ)13505著作権侵害差止等請求事件PDF
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 阿部正幸
裁判官 柵木澄子
裁判官 舟橋伸行
*裁判所サイト公表 09/7/8
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■事案
共同で執筆した論文の一部を無断で使用して学位請求論文を作成したとして複製権侵害性などが争点となった事案
原告:大学教授
被告:大学教授
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■結論
請求棄却
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■争点
条文 著作権法21条、19条、18条
1 複製権侵害の成否と原告の承諾の有無
2 氏名表示権、公表権侵害の成否と原告の承諾の有無
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■判決内容
<経緯>
H2 原被告、C教授ら3名で共同研究論文作成
H5 原被告が共同研究を開始
H7.5 本件原著1作成(本件共同研究論文1)
H8.8 本件原著2作成(本件共同研究論文2)
H9.9 被告が経済学博士学位請求
H10.1 被告に学位授与される
H16 被告が修正論文(改訂版)をジャーナルに投稿
H18 原告が被告に対して翻訳論文出版差止別訴提起
H19.1.18 東京地裁平成18(ワ)10367 一部勝訴
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<争点>
1 複製権侵害の成否と原告の承諾の有無
本件原著(草稿・ディスカッションペーパー/ワーキングペーパー)1と2が原告と被告の共同著作物であることには争いはありません。
これらの草稿に関する共同研究論文1、2や他の研究者との共同研究を踏まえて被告は学位請求論文を作成し、大学から博士号の学位を授与されていました。
こうした行為が、共同研究者である原告の本件原著に関する著作権(複製権)を侵害しているか、本件共同研究論文の学位請求論文での使用について原告の承諾があったのかどうかが争点となりました。
1.被告が博士論文に原告との共同研究論文を利用することについての原告の承諾について
裁判所は、共同研究論文の利用についての原告の承諾の有無について、他の共同研究者の承諾状況や原被告間の関係、経済学界における博士学位請求論文の取扱い、被告の認識などの諸事情を検討。
博士論文における共同研究論文の利用として一般に行われる方法での利用を原告が承諾したものと推認することができる、と判断されています(29頁以下)。
2.本件博士論文における共同研究論文の利用形態について
そのうえで、裁判所は本件博士論文における共同研究論文の利用態様についてさらに具体的に検討を加えています(44頁以下)。
この点についても、博士論文における共同研究論文の利用方法として一般的なものであるとして原告の承諾の範囲内のものであると判断。
結論として複製権侵害性を否定しています。
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2 氏名表示権、公表権侵害の成否と原告の承諾の有無
原告の承諾や共同研究論文の利用態様の一般性、博士論文の取扱いから被告による本件博士論文の作成及び大学への提出行為は、原告の本件各原著に係る著作者人格権(氏名表示権及び公表権)を侵害するものではないと判断されています(45頁以下)。
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■コメント
共同研究の成果となる論文の利用の際の経済学界の慣行、研究者の承諾範囲などが争われました。共同研究者の意思解釈、裏を返すと著作権法上の引用(32条)よりももっと緩やかな論文取扱い慣行が経済学界に成立しているかどうかが争点となった事案です。
お二人の共同研究のテーマは、「私的所有権の保護を行う政治システムとしての国家の成立と変遷」で、共同研究論文1(原著1)は、分析の出発点である自然状態の社会モデルとして、「すべての人は富を同じ量だけ持つ」と仮定し分析したもので、共同研究論文2(原著2)は、その仮定を修正したうえで分析したものでした。
ちなみに、被告教授の博士学位請求論文のテーマは、「正義の経済分析」(正義の実証的側面と規範的側面に関する経済学の視点に立つ体系的な研究)というもので、4件の共同研究の成果を踏まえた論文でした。
先行する共同執筆論文著作権侵害事件(東京地裁平成19年1月18日判決 英語の共同論文を無断で日本語翻訳・出版したとして翻案権、同一性保持権侵害性が争点となった事案)の判決文からは、お二人の関係が良く分かりませんでしたが、お互い学部時代の同じゼミ出身、院生在学中から親しく交流していたという関係(原告のほうが被告の1年先輩)だったことが今回の判決文から分かりました(30頁)。
学術論文のあり方についてのお二人の考え方の違いが紛争の発端でしょうか(原告は、「英語論文しか書かない主義の学者」だそうです。別訴PDF10頁参照)、いずれにしても仲違いという残念な状況となったわけです。
なお、被告が論文を投稿した「早稲田政治経済学雑誌」の論文等投稿規程には、学会に著作権を譲渡する規定がありましたが、規定の内容については別訴平成19年判決PDF22頁以下参照。理系の学会での著作権規定の状況については後掲藤田論文参照。
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■過去のブログ記事
・研究成果を巡る紛争について、
2008年10月31日記事
外国人児童向け漢字教材事件
2007年05月31日記事
『租税論』著作権侵害事件
2007年01月20日記事
共同執筆論文著作権侵害事件
2005年05月31日記事
グラフ図表の著作物性=学位論文取消請求事件=
2005年05月06日記事
学術論文盗用と共同研究者の評価=著作者人格権侵害事件=
・学会の著作権規定について、
2006年7月23日記事
論文紹介 藤田節子「国内科学技術系学会誌の投稿規定の分析:参照文献の記述,著作権を中心として」
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■参考判例
原被告間の別訴(共同執筆論文著作権侵害事件)
東京地裁平成19.1.18平成18(ワ)10367著作権侵害差止等請求事件PDF
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■参考文献
藤田節子「国内科学技術系学会誌の投稿規定の分析:参照文献の記述,著作権を中心として(I)」『情報管理』(2005)48巻10号667頁以下
論文
同 「国内科学技術系学会誌の投稿規定の分析:参照文献の記述,著作権を中心として(II)」同上書(2005) 48巻11号723頁以下
論文
林紘一郎、名和小太郎『引用する極意、引用される極意』(2009)144頁以下、181頁以下
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