最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

アイブロウトリートメント営業秘密事件

大阪地裁平成21.4.14平成18(ワ)7097等損害賠償等請求事件PDF

大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 田中俊次
裁判官      西理香
裁判官      北岡裕章

*裁判所サイト公表 09/4/23

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■事案

退職従業員による眉の美容施術(アイブロウメイク)に関する技術の使用について競業避止義務違反性が争点となった事案

原告:化粧品製造販売会社
    眉サロン(化粧品製造販売会社の子会社)
被告:原告元従業員ら8名

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 不正競争防止法2条6項、民法415条、709条

1 誓約書の対象となる技術の範囲
2 被告A、Bは誓約したか
3 競業避止義務の公序良俗違反性
4 被告A、Bは原告技術を使用したか
5 被告Aらは機密情報を使用したか
6 従業員引き抜き行為の不法行為性
7 損害論
8 被告Dらは原告技術を使用したか(第2事件)

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■判決内容

<経緯>

H14     被告Aが訪米、アナスタシア社の施術を体験
H15.6    原告が被告Aをアナスタシア社へ派遣
H15.12.23  原告とアナスタシア社が技術導入契約締結(日本地域)
H16.2.21  被告A,Bがアナスタシア事業の責任者に就任
H16.4.12  被告A,Bがアナスタシア社で研修
H16.5.10  被告Aが研修報告、事業プラン提案
H16.7.2   被告A,Cがプレスツアー企画、参加
        被告Bが研修帰国後に原告技術を完成
H17.3    被告らは甲7誓約書を原告に差し入れる
H18.1.30  原告とアナスタシア社が購入契約締結(アジア地域)
H18.2.2   被告Aらが会社設立
H18.4.24  被告Aが退職
H18.5.17  被告Aらが被告サロンを開設
H18.5.31  被告Bが懲戒解雇

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<争点>

1 誓約書の対象となる技術の範囲

被告Dらが勤務を開始した時に原告に差し入れた誓約書(甲5誓約書)には、退職後に自らの仕事に関連して「アナスタシアアイブロウトリートメント技術」を使用しない旨の規定がありました。

この誓約書で制限対象となる技術が、眉美容サービスに関するライセンサーである米国アナスタシア社の技術を指すのか、あるいはアナスタシア社の技術を基礎として原告らにおいて独自に考案・付加した内容を含む技術(原告技術)を含むのかについて、まず争点となっています(37頁以下)。

この点について、裁判所は、誓約書の趣旨がライセンシーである原告が退職後の原告技術の使用を禁じることによる独占的利益を確保することにあることから、甲5誓約書の対象となる技術の範囲に原告技術が含まれると判断しています。

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2 被告A、Bは誓約したか

被告A,Bは原告に甲5誓約書を差し入れていませんでしたが、被告A,Bがこの誓約書を起案したり、研修者に署名を求めるなどアナスタシア事業の責任者であった経緯を踏まえ、裁判所は被告A,Bが甲5誓約書の誓約をする旨の黙示の意思表示をし、原告と合意を成立させていたと判断しています(47頁以下)。

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3 競業避止義務の公序良俗違反性

裁判所は、アイブロウメイクについて退職後の競業を禁止することは退職従業員の職業選択の自由を制約することになることから、不当な誓約の場合は公序良俗違反となり誓約は無効となりうる、としたうえで、原告技術が世の中で一般的に用いられる技術であったかどうかを検討しています(48頁以下)。

まず、原告技術の内容としてその中核となる作業を4つの作業(3点決め作業、描く作業、ワックス脱毛作業、仕上げ作業)と認定。
そして、平成18年当時眉に関する美容施術者であれば容易に取得ないし習得できる技術であったかどうかを検討。

結論として、描く作業や仕上げ作業などについては、習得容易性を認めてこの点についても不使用を誓約させる趣旨であれば不当な制約として公序良俗に違反すると判断。
これに対し、退職後に眉山の位置決めの仕方及びワックス脱毛作業を含む全体としての原告技術を使用しない旨誓約させる部分は、原告の正当な利益の保護を目的とするものであると判断しています。

そのうえで、被告らの設立会社の事業内容を勘案して、眉山の位置決めの仕方及びワックス脱毛作業を制限する趣旨の誓約は、被告らの就業の機会を不当に奪うことにならないとして公序良俗違反性を否定しています(74頁)。

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4 被告A、Bは原告技術を使用したか

被告A、Bが開設した被告サロンで原告技術を使用していましたが、被告A、Bは事業主体でもなく、また、自ら施術しているわけではありませんでした。
しかし、被告A、Bは被告サロンの取締役として取締役会における意思決定を通じて原告技術を使用しているものと認められています(75頁以下)。

結論として、原告に対する甲5誓約書記載の誓約違反の債務不履行及び不法行為が認められ、本件技術の一部(別紙1、別紙2参照)の営業上の使用の差止請求が求められています。

なお、原告子会社に対する不法行為の成立は、認められていません(79頁以下)。

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5 被告Cは機密情報を使用したか

裁判所は、甲7誓約書で使用が禁止されている機密情報に原告技術が該当するとしたうえで、被告Cは被告サロンの取締役として取締役会における意思決定を通じて原告技術を使用しているとして、原告に対する甲7誓約書記載の誓約違反の債務不履行及び不法行為を認めています(76頁以下)。

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6 従業員引き抜き行為の不法行為性

被告Aらの従業員引き抜き行為について、違法性が認められるまでに至っていません(77頁以下)。

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7 損害論

被告Aらが原告技術を使用したことによる原告の損害について、

(1)被告A,Bの米国研修参加費用分
(2)アナスタシア事業に係る独占的権利の価値減少分
(3)弁護士費用


を原告は主張しましたが、(3)弁護士費用相当損害金として150万円の損害を被ったものと認められるにとどまっています(80頁以下)。

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8 被告Dらは原告技術を使用したか(第2事件)

被告サロンで施術者として働いている被告Dらの行為について、甲5誓約書記載の誓約違反の債務不履行が認められ、本件技術の一部(別紙1参照)の営業上の使用の差止請求が肯定されています(82頁以下)。

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■コメント

美容サロン独立の際の技術の持ち出しや引き抜き行為、競業行為が問題となった事案です。
退職して新しく美容サロンを開設した被告A,Bはアナスタシア社へ技術指導を受けるために米国研修派遣されたりと、原告の眉美容サービス事業の中核を担う人たちでした。

競業避止義務が課された誓約書(契約書)の有効性(公序良俗違反性)が争点となりましたが、競業避止義務の内容(裏を返せば、ノウハウとして保護できる範囲=差止ができる範囲)を詳しく検討している点が参考となる判例です。

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■参考文献

永野周志、砂田太士、播磨洋平「営業秘密と競業避止義務の法理」(2008)247頁以下
フランチャイズシステムにおけるノウハウ保護、秘密保持規定や競業避止義務規定について、
川越憲治「フランチャイズ・システムの法理論」(2001)313頁以下
金井高志「フランチャイズ契約裁判例の理論分析」(2005)483頁以下
小塚荘一郎「フランチャイズ契約論」(2006)183頁以下

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■参考サイト

アナスタシア|アイブロウトリートメントのANASTASIA

アナスタシアビバリーヒルズ

アイブロウトリートメントサロン『LyuVie』