最高裁判所HP 知的財産裁判例集より
読売「押し紙」著作権事件
★東京地裁平成21.3.30平成20(ワ)4874著作権に基づく侵害差止請求事件PDF
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 清水節
裁判官 佐野信
裁判官 國分隆文
*裁判所サイト公表 09/4/8
--------------------
■事案
新聞社の法務部員が通知した著作権侵害警告書(催告書)の
作成者や創作性が争点となった事案
原告:読売新聞西部本社法務室長
被告:フリージャーナリスト
--------------------
■結論
請求棄却
--------------------
■争点
条文 著作権法2条1項1号、18条
1 本件催告書を作成したのは原告か
2 本件催告書は創作的な表現といえるか
--------------------
■判決内容
<経緯>
H19.12.19 原告が別件訴訟の代理人弁護士へ回答書をFAX送信
H19.12.21 原告が被告サイトに回答書が掲載されているのを発見
原告が被告に催告書をメール送信
----------------------------------------
<争点>
1 本件催告書を作成したのは原告か
原告が別件(押し紙問題:新聞社から販売店に配達されたが、販
売されていない新聞紙の問題)で第三者にFAXした回答書を被告
が無断で被告サイトに掲載したとして、原告は被告に対して回答書
の著作権に基づいて本件催告書(著作権侵害警告通知書)をメール
に添付して送信しました。
本件催告書についても、被告サイトに掲載したとして、本件催告書
の著作者人格権、著作権に基づいて本件催告書の被告サイトからの
削除を求めました。
この催告書の内容は、
1.中止を求める被告の行為の指摘
2.原告が有する権利の主張
3.上記の被告の行為が原告の上記権利を侵害する旨の主張
4.上記の被告の行為の中止の要求
5.同要求に従わなかった場合、法的手段に訴えることの通告
という構成のものでした(32頁、34頁参照)。
催告書の作成にあたり、原告室長は弁護士(本件訴訟の代理人
弁護士)に相談していたことから、そもそもこの催告書の作成者
が室長なのか、弁護士なのかがまず争点となっています。
結論としては、本件催告書は原告室長が作成したものではない
とされています(27頁以下)。
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2 本件催告書は創作的な表現といえるか
争点1で原告室長には本件催告書について著作者性がないと判断
されましたが、仮に原告が本件催告書の作成者であるとした場合
に、本件催告書に創作性(著作権法2条1項1号)があるかどうかが
さらに判断されています。
裁判所は、創作性の判断について、
『 著作権法2条1項1号所定の「創作的に表現したもの」というためには,作成者の何らかの個性が発揮されていれば足り,厳密な意味で,独創性が発揮されたものであることまでは必要ないが,作成者の個性が何ら現れていない場合は,「創作的に表現したもの」ということはできないと解すべきところ,言語からなる表現においては,文章がごく短いものであったり,表現形式に制約があるため,他の表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合は,作成者の個性が現れておらず,「創作的に表現したもの」ということはできないと解すべきである。』
(33頁以下)
としたうえで、本件催告書の表現内容について、裁判所は以下
のように検討し、結論として本件催告書の創作性を否定してい
ます。
1.中止を求める被告の行為の指摘(第1文)
被告サイトに本件回答書の本文が全文記載されているという
事実の表現部分:
その表現方法の選択の幅は狭く、また平凡な表現方法によっ
ており、ありふれたものである。
2.原告が有する権利の主張(第2文)
本件回答書について原告が公表権を有しているという主張を
表現した部分:極めて簡潔な表現であったり、創意工夫が認
められず、著作者の個性が現れているということはできない。
3.上記の被告の行為が原告の上記権利を侵害する旨の主張(第3文)
本件回答書を被告サイトに掲載することが原告の公表権を侵
害する違法行為であるという主張部分:ありふれたものであり、
原告の個性が現れていない。
4.上記の被告の行為の中止の要求(第4文)
被告サイトから本件回答書の削除を求める表現部分:
表現内容の一般性や表現方法がありふれたものである点など
から、原告の個性が現れていない。
5.同要求に従わなかった場合、法的手段に訴えることの通告(第5文)
本件催告書による原告の催告に被告が従わない場合、法的手
段に訴えるとの表現部分:表現方法はありふれており、原告の
個性が現れていない。
6.催告書全体の構成
本件催告書全体の構成:原告の個性が現れていない。
以上から、原告の著作権に基づく差止請求は棄却されています。
--------------------
■コメント
法務部室長の肩書きで相手方に通知された催告書なら、業務上の書類ですから、そうした催告書にも著作権があるというなら、職務著作物(法人著作)となりそうです(17頁参照)。
わざわざ、室長個人の著作物として著作権侵害性を論難するのは、新聞社本体を原告とする裁判にはしたくなかったという配慮からでしょうか、新聞社の法務部員の対応としてよく分からない事案処理です。
もっと早い段階から、室長がグループ本社の法務部に相談していれば違った対応になったかもしれません(後掲被告サイト 2月16日記事参照)。
ところで、契約書草案や法律関連の書籍について、その著作物性が否定された事例が過去にありますが(後掲判例参照)、実務的なもの、ひな型的な書類の著作権上の保護の要否については、それらの独占による不当な弊害の防止という実質的理由が働きます(中山後掲書参照)。
今回、東京地裁民事29部清水コートが催告書の著作物性を否定した判断は重要で、紛争当事者間でやりとりされる催告書の類に著作物性が認めらない(著作権法上の保護は与えない)との裁判所の判断は、もちろん、営業誹謗行為(不正競争防止法2条1項14号)や名誉毀損、プライバシー権侵害は別論ですが、紛争事案がネットで公表される機会が増えることを後押しするものとなります。
本件は控訴されたようなので知財高裁による催告書の著作物性の争点部分にかかわる判断が待たれます。
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■参考判例
・土地売買に関する契約書案の著作物性が否定された
事案について、
土地売買契約書事件
東京地裁昭和61.5.14(ワ)8498契約書返還等請求事件(Netlaw)
・債権回収や契約、手形小切手などの法律問題に関して
一般人向けに解説した書籍の表現の著作物性(創作性)
が否定された事案について、
法律書籍著作権侵害事件控訴審
知財高裁平成18.3.15判決平成17(ネ)10095損害賠償等請求控訴事件(2006年3月29日記事)
・手紙の内容が単なる時候のあいさつ等の日常の通信文
の範囲にとどまるものではないとして著作物性が肯定さ
れた事案について、
「三島由紀夫−剣と寒紅」事件
東京高裁平成12.5.23平成11(ネ)5631著作物発行差止等請求控訴事件PDF
東京地裁平成11.10.18平成10(ワ)8761著作物発行差止等請求事件PDF(原審)
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■参考文献
中山信弘「著作権法」(2007)40頁以下
独自の船荷証券の用紙の著作物性が否定された
事案(東京地判昭和40.8.31)について、
耳野皓三「船荷証券の用紙」『著作権判例百選』(1987)52頁以下
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■参考サイト
被告サイト
新聞販売黒書
(本件回答書については、3月24日付記事参照)
関連記事
黒藪さん勝利判決!読売新聞の言論封殺の目論見を粉砕(レイバーネット日本)
「押し紙裁判」フリー記者が読売に勝訴(JanJanニュース 2009.3.31記事)
読売新聞がジャーナリストを“言いがかり”で言論封殺(前編) エキサイトニュース(2008年4月12日)
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■追記 09.4.20
企業法務戦士の雑感
[企業法務][知財]恥の上塗り・・・。
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■追記09.9.18
知財高裁平成21.9.16平成21(ネ)10030著作権に基づく侵害差止請求控訴事件
2009年9月18日記事
読売「押し紙」著作権事件(控訴審)
読売「押し紙」著作権事件
★東京地裁平成21.3.30平成20(ワ)4874著作権に基づく侵害差止請求事件PDF
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 清水節
裁判官 佐野信
裁判官 國分隆文
*裁判所サイト公表 09/4/8
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■事案
新聞社の法務部員が通知した著作権侵害警告書(催告書)の
作成者や創作性が争点となった事案
原告:読売新聞西部本社法務室長
被告:フリージャーナリスト
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■結論
請求棄却
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■争点
条文 著作権法2条1項1号、18条
1 本件催告書を作成したのは原告か
2 本件催告書は創作的な表現といえるか
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■判決内容
<経緯>
H19.12.19 原告が別件訴訟の代理人弁護士へ回答書をFAX送信
H19.12.21 原告が被告サイトに回答書が掲載されているのを発見
原告が被告に催告書をメール送信
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<争点>
1 本件催告書を作成したのは原告か
原告が別件(押し紙問題:新聞社から販売店に配達されたが、販
売されていない新聞紙の問題)で第三者にFAXした回答書を被告
が無断で被告サイトに掲載したとして、原告は被告に対して回答書
の著作権に基づいて本件催告書(著作権侵害警告通知書)をメール
に添付して送信しました。
本件催告書についても、被告サイトに掲載したとして、本件催告書
の著作者人格権、著作権に基づいて本件催告書の被告サイトからの
削除を求めました。
この催告書の内容は、
1.中止を求める被告の行為の指摘
2.原告が有する権利の主張
3.上記の被告の行為が原告の上記権利を侵害する旨の主張
4.上記の被告の行為の中止の要求
5.同要求に従わなかった場合、法的手段に訴えることの通告
という構成のものでした(32頁、34頁参照)。
催告書の作成にあたり、原告室長は弁護士(本件訴訟の代理人
弁護士)に相談していたことから、そもそもこの催告書の作成者
が室長なのか、弁護士なのかがまず争点となっています。
結論としては、本件催告書は原告室長が作成したものではない
とされています(27頁以下)。
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2 本件催告書は創作的な表現といえるか
争点1で原告室長には本件催告書について著作者性がないと判断
されましたが、仮に原告が本件催告書の作成者であるとした場合
に、本件催告書に創作性(著作権法2条1項1号)があるかどうかが
さらに判断されています。
裁判所は、創作性の判断について、
『 著作権法2条1項1号所定の「創作的に表現したもの」というためには,作成者の何らかの個性が発揮されていれば足り,厳密な意味で,独創性が発揮されたものであることまでは必要ないが,作成者の個性が何ら現れていない場合は,「創作的に表現したもの」ということはできないと解すべきところ,言語からなる表現においては,文章がごく短いものであったり,表現形式に制約があるため,他の表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合は,作成者の個性が現れておらず,「創作的に表現したもの」ということはできないと解すべきである。』
(33頁以下)
としたうえで、本件催告書の表現内容について、裁判所は以下
のように検討し、結論として本件催告書の創作性を否定してい
ます。
1.中止を求める被告の行為の指摘(第1文)
被告サイトに本件回答書の本文が全文記載されているという
事実の表現部分:
その表現方法の選択の幅は狭く、また平凡な表現方法によっ
ており、ありふれたものである。
2.原告が有する権利の主張(第2文)
本件回答書について原告が公表権を有しているという主張を
表現した部分:極めて簡潔な表現であったり、創意工夫が認
められず、著作者の個性が現れているということはできない。
3.上記の被告の行為が原告の上記権利を侵害する旨の主張(第3文)
本件回答書を被告サイトに掲載することが原告の公表権を侵
害する違法行為であるという主張部分:ありふれたものであり、
原告の個性が現れていない。
4.上記の被告の行為の中止の要求(第4文)
被告サイトから本件回答書の削除を求める表現部分:
表現内容の一般性や表現方法がありふれたものである点など
から、原告の個性が現れていない。
5.同要求に従わなかった場合、法的手段に訴えることの通告(第5文)
本件催告書による原告の催告に被告が従わない場合、法的手
段に訴えるとの表現部分:表現方法はありふれており、原告の
個性が現れていない。
6.催告書全体の構成
本件催告書全体の構成:原告の個性が現れていない。
以上から、原告の著作権に基づく差止請求は棄却されています。
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■コメント
法務部室長の肩書きで相手方に通知された催告書なら、業務上の書類ですから、そうした催告書にも著作権があるというなら、職務著作物(法人著作)となりそうです(17頁参照)。
わざわざ、室長個人の著作物として著作権侵害性を論難するのは、新聞社本体を原告とする裁判にはしたくなかったという配慮からでしょうか、新聞社の法務部員の対応としてよく分からない事案処理です。
もっと早い段階から、室長がグループ本社の法務部に相談していれば違った対応になったかもしれません(後掲被告サイト 2月16日記事参照)。
ところで、契約書草案や法律関連の書籍について、その著作物性が否定された事例が過去にありますが(後掲判例参照)、実務的なもの、ひな型的な書類の著作権上の保護の要否については、それらの独占による不当な弊害の防止という実質的理由が働きます(中山後掲書参照)。
今回、東京地裁民事29部清水コートが催告書の著作物性を否定した判断は重要で、紛争当事者間でやりとりされる催告書の類に著作物性が認めらない(著作権法上の保護は与えない)との裁判所の判断は、もちろん、営業誹謗行為(不正競争防止法2条1項14号)や名誉毀損、プライバシー権侵害は別論ですが、紛争事案がネットで公表される機会が増えることを後押しするものとなります。
本件は控訴されたようなので知財高裁による催告書の著作物性の争点部分にかかわる判断が待たれます。
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■参考判例
・土地売買に関する契約書案の著作物性が否定された
事案について、
土地売買契約書事件
東京地裁昭和61.5.14(ワ)8498契約書返還等請求事件(Netlaw)
・債権回収や契約、手形小切手などの法律問題に関して
一般人向けに解説した書籍の表現の著作物性(創作性)
が否定された事案について、
法律書籍著作権侵害事件控訴審
知財高裁平成18.3.15判決平成17(ネ)10095損害賠償等請求控訴事件(2006年3月29日記事)
・手紙の内容が単なる時候のあいさつ等の日常の通信文
の範囲にとどまるものではないとして著作物性が肯定さ
れた事案について、
「三島由紀夫−剣と寒紅」事件
東京高裁平成12.5.23平成11(ネ)5631著作物発行差止等請求控訴事件PDF
東京地裁平成11.10.18平成10(ワ)8761著作物発行差止等請求事件PDF(原審)
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■参考文献
中山信弘「著作権法」(2007)40頁以下
独自の船荷証券の用紙の著作物性が否定された
事案(東京地判昭和40.8.31)について、
耳野皓三「船荷証券の用紙」『著作権判例百選』(1987)52頁以下
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■参考サイト
被告サイト
新聞販売黒書
(本件回答書については、3月24日付記事参照)
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「押し紙裁判」フリー記者が読売に勝訴(JanJanニュース 2009.3.31記事)
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■追記 09.4.20
企業法務戦士の雑感
[企業法務][知財]恥の上塗り・・・。
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■追記09.9.18
知財高裁平成21.9.16平成21(ネ)10030著作権に基づく侵害差止請求控訴事件
2009年9月18日記事
読売「押し紙」著作権事件(控訴審)