最高裁判所HP 知的財産裁判例集より
「マンション読本」イラストキャラクター事件
大阪地裁平成21.3.26平成19(ワ)7877著作権侵害差止等請求事件PDF
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 田中俊次
裁判官 西理香
裁判官 北岡裕章
*裁判所サイト公表 09/3/27
--------------------
■事案
マンション広告宣伝物に無断でイラストキャラクターが使われたかどうかが争われた事案
原告:イラストレーター
被告:住宅建設会社
広告代理店
--------------------
■結論
請求棄却
--------------------
■争点
条文 著作権法21条、27条
1 複製権、翻案権侵害性
2 著作者人格権侵害性
--------------------
■判決内容
<経緯>
H16.2 原告が「独り暮らしをつくる100」を刊行
H17.5 被告住宅建設会社が「マンション読本」冊子を作成(合計2.2万部)
H18.3 被告住宅建設会社がイラストをネット掲載
H18.4 被告住宅建設会社がイラストを雑誌掲載
H18.5 被告住宅建設会社がイラストを案内パネルに掲載
----------------------------------------
<争点>
1 複製権、翻案権侵害性
被告がマンション販促物のために作成したイラスト39点について、原告書籍掲載のイラストの被告による複製権又は翻案権侵害性が争点となっています。
(1)依拠性の立証と著作物の特定
原告イラストに対する被告の依拠性については、被告広告代理店から委託を受けて被告イラストを制作したデザイナーが、原告のデザインを無断で参考にして被告イラストを作成した旨のお詫びのメールを原告に送信してきており、結論的には依拠性が肯定されています(22頁以下)。
なお、原告書籍には127点と多数のイラストが掲載されており、原告イラストのキャラクターのどの作品が被告イラストの個々のイラストに対応するのか、その依拠性の主張立証の内容も争われましたが、キャラクターモノの特殊性などから、裁判所は、
『原告としては個々の被告各イラストについて,原告各イラストのうち被告らが実際に依拠したイラストを厳密に特定し,これを立証するまでの必要はなく,原告各イラストのうちのいずれかのイラストに依拠し,そのイラストの内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製し又はそのイラストの表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作したことを主張立証することをもって,原告各イラストの著作権侵害の主張立証としては足りるというべきである。』
(23頁)
として、著作物の厳密な特定は不要としています。
(2)複製権、翻案権侵害性
裁判所は、複製権、翻案権侵害の判断について、
『 著作物の複製とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいい,著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,原著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作することをいう。したがって,被告各イラストが原告各イラストを複製又は翻案したものというためには,被告各イラストが原告各イラストの特定の画面に描かれた女性の絵と細部まで一致することを要するものではないが,少なくとも,被告各イラストに描かれた女性が原告各イラストに描かれた女性の表現上の本質的な特徴を直接感得することができることを要するものというべきであり(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決・民集32巻6号1145頁,同平成9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6号2714頁参照),その結果,被告各イラストの女性が原告各イラストの女性を描いたものであることを想起させるに足りるものであることを要するものというべきである。』
『 したがって,原告各イラストの著作権者である原告において,被告各イラストが原告各イラストを複製又は翻案したと主張している本件においては,被告各イラストが原告各イラストに依拠して作成されたことを前提として,それが原告各イラストを複製したものか又は翻案したものかを区別することに実益はなく,少なくとも,原告各イラストのうち本質的な表現上の特徴と認められる部分を被告各イラストが直接感得することができる程度に具備しているか否かを検討することをもって足りるというべきである。』
(21頁以下)
複製か翻案かの区別の実益を否定したうえで、原著作物の本質的な表現上の特徴の直接感得性を判断基準とし、
『個々の被告各イラストが個々の原告各イラストを複製又は翻案したか否かを判断するためには,最低限,個々の被告各イラストが依拠したと考えられる原告各イラストを選択し,特定した上で,個々の被告各イラストが,このように特定された個々の原告各イラストの本質的な表現上の特徴を直接感得することができるか否かを検討する必要がある。』
直接感得性判断については、対比のための著作物の特定性を要求。
そして、同一コンセプトの下に描かれた127点の多数に及ぶ原告イラストであることから、
『個々のイラストを他のイラストとは切り離してそれ自体からその本質的な特徴は何かを検討するのではなく,原告各イラスト全体を観察し,原告各イラストを通じてそのキャラクターとして表現されているものを特徴付ける際だった共通の特徴を抽出し,これをもとに個々の原告各イラストの本質的な表現上の特徴がどこにあるかを認定すべきものと解される。』
として、キャラクターとしての共通する特徴の抽出を要求。
原告各イラストを特徴づける本質的な表現上の特徴は、顔面を含む頭部に現れた特徴である、と判断しています(27頁参照)。
こうした点を踏まえ、被告各イラストが原告各イラストを特徴づける本質的な表現上の特徴を直接感得できるかどうかを検討。
結論として、裁判所は、いずれも直接感得性を否定し、複製権又は翻案権侵害性を否定しています。
----------------------------------------
2 著作者人格権侵害性
原告イラストの被告による複製、翻案が否定されたことから、同一性保持権、氏名表示権侵害性も否定されています(72頁)。
結論として、原告の請求は棄却されています。
--------------------
■コメント
被告イラストと原告イラストがどのようなものだったか、その対応関係別表資料や画像が添付されていないので、どんな感じだったのかよく分かりません。
著作権に関する事案の判決文としては、異例なことかもしれませんが、和解の試みがうまくいかず、上級審での適切な解決へ双方の努力を裁判所が期待する内容が付言されています(72頁以下)。類否判断の限界事例だったことを伺わせます。
もともと、広告代理店から委託を受けて被告デザインの制作に携わったデザイナーが、原告に対してイラストのいわば「盗用」を認めてお詫びのメールをしてきており(23頁)、原告もそれを端緒に著作権侵害状況を認識したという事案ですから、このメールがなければ、依拠性の点からしても否定されていた事例だったかもしれません。
ところで、同一コンセプトの下で描かれたイラストキャラクターの複製権、翻案権侵害の判断では、どのイラストに依拠したのか、またどのイラストと類否対比すればいいのかといった、主張立証の内容として著作物の特定性の問題が出てきます(ポパイネクタイ事件、サザエさん事件参照)。
今回の事件では、裁判所は、依拠性判断でイラストの厳密な特定性は不要としているものの、直接感得性判断については、最低限の特定性を要求しています(24頁参照)。
権利の終期や原著作物と二次的著作物の区別などが問題となっている事案ではありませんでしたが、原告側がイラストを具体的に特定して対比検討を行っているという事案であることや抽象的概念であるキャラクターは保護しないという前提からの原則論としては最低限の特定性を要求する点は理解できますが、仮に、キャラクターイラストの特質から原告が具体的な特定をしない場合(最低限の特定が困難な場合)はどうなるのか、なお検討の余地がありそうです。
--------------------
■参考判例
ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件
最高裁昭和53.9.7昭和50(オ)324著作権不存在等確認及び著作権損害賠償判決
ポパイネクタイ事件
東京高裁平成4.5.14平成2(ネ)734
最高裁平成9.7.17平成4(オ)1443著作権侵害差止等判決
サザエさん事件
東京地裁昭和51.5.26昭和46(ワ)151
サンリオカエルキャラクター事件
東京高裁平成13.1.23平成12(ネ)4735
--------------------
■参考文献
・依拠性の構成要素について、
西田美昭「複製権の侵害の判断の基本的考え方」
『裁判実務大系27巻知的財産関係訴訟法』(1997)127頁以下
山本隆司「複製権侵害の成否」『新・裁判実務大系22巻著作権関係
訴訟法』(2004)319頁以下
前田哲男「「依拠」について」
『紋谷暢男教授古稀記念知的財産権法と競争法の現代的展開』
(2006)766頁以下
・依拠の立証、著作物の特定について、
金井=小倉編『著作権法コンメンタール上巻』(2000)209頁
牛木理一「著作権法におけるキャラクターと商品化権」
『民法と著作権法の諸問題-半田正夫教授還暦記念論集-』
(1993)558頁以下
田村善之『著作権法概説第二版』(2001)52頁以下
牛木理一『デザイン、キャラクター、パブリシティの保護』
(2005)378頁以下
中山信弘『著作権法』(2007)150頁以下
・翻案について、
「裁判官から見た著作権法」『著作権研究』30巻(2004)2頁以下
「翻案」『著作権研究』34巻(2008)2頁以下
横山久芳「翻案権侵害の判断構造」『現代社会と著作権法 斉藤博先生
御退職記念論集』(2008)281頁以下
半田=松田編『著作権法コンメンタール2』(2009)73頁以下
--------------------
■参考サイト
原告サイト
川上ユキ公式サイト
------------------------------------
■追記2011.5.22
参考文献
丁 文杰「キャラクターの絵画的表現の保護範囲 ―マンション読本事件―」『知的財産法政策学研究』(2010)30号201頁以下
論文PDF
「マンション読本」イラストキャラクター事件
大阪地裁平成21.3.26平成19(ワ)7877著作権侵害差止等請求事件PDF
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 田中俊次
裁判官 西理香
裁判官 北岡裕章
*裁判所サイト公表 09/3/27
--------------------
■事案
マンション広告宣伝物に無断でイラストキャラクターが使われたかどうかが争われた事案
原告:イラストレーター
被告:住宅建設会社
広告代理店
--------------------
■結論
請求棄却
--------------------
■争点
条文 著作権法21条、27条
1 複製権、翻案権侵害性
2 著作者人格権侵害性
--------------------
■判決内容
<経緯>
H16.2 原告が「独り暮らしをつくる100」を刊行
H17.5 被告住宅建設会社が「マンション読本」冊子を作成(合計2.2万部)
H18.3 被告住宅建設会社がイラストをネット掲載
H18.4 被告住宅建設会社がイラストを雑誌掲載
H18.5 被告住宅建設会社がイラストを案内パネルに掲載
----------------------------------------
<争点>
1 複製権、翻案権侵害性
被告がマンション販促物のために作成したイラスト39点について、原告書籍掲載のイラストの被告による複製権又は翻案権侵害性が争点となっています。
(1)依拠性の立証と著作物の特定
原告イラストに対する被告の依拠性については、被告広告代理店から委託を受けて被告イラストを制作したデザイナーが、原告のデザインを無断で参考にして被告イラストを作成した旨のお詫びのメールを原告に送信してきており、結論的には依拠性が肯定されています(22頁以下)。
なお、原告書籍には127点と多数のイラストが掲載されており、原告イラストのキャラクターのどの作品が被告イラストの個々のイラストに対応するのか、その依拠性の主張立証の内容も争われましたが、キャラクターモノの特殊性などから、裁判所は、
『原告としては個々の被告各イラストについて,原告各イラストのうち被告らが実際に依拠したイラストを厳密に特定し,これを立証するまでの必要はなく,原告各イラストのうちのいずれかのイラストに依拠し,そのイラストの内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製し又はそのイラストの表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作したことを主張立証することをもって,原告各イラストの著作権侵害の主張立証としては足りるというべきである。』
(23頁)
として、著作物の厳密な特定は不要としています。
(2)複製権、翻案権侵害性
裁判所は、複製権、翻案権侵害の判断について、
『 著作物の複製とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいい,著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,原著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作することをいう。したがって,被告各イラストが原告各イラストを複製又は翻案したものというためには,被告各イラストが原告各イラストの特定の画面に描かれた女性の絵と細部まで一致することを要するものではないが,少なくとも,被告各イラストに描かれた女性が原告各イラストに描かれた女性の表現上の本質的な特徴を直接感得することができることを要するものというべきであり(最高裁昭和53年9月7日第一小法廷判決・民集32巻6号1145頁,同平成9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6号2714頁参照),その結果,被告各イラストの女性が原告各イラストの女性を描いたものであることを想起させるに足りるものであることを要するものというべきである。』
『 したがって,原告各イラストの著作権者である原告において,被告各イラストが原告各イラストを複製又は翻案したと主張している本件においては,被告各イラストが原告各イラストに依拠して作成されたことを前提として,それが原告各イラストを複製したものか又は翻案したものかを区別することに実益はなく,少なくとも,原告各イラストのうち本質的な表現上の特徴と認められる部分を被告各イラストが直接感得することができる程度に具備しているか否かを検討することをもって足りるというべきである。』
(21頁以下)
複製か翻案かの区別の実益を否定したうえで、原著作物の本質的な表現上の特徴の直接感得性を判断基準とし、
『個々の被告各イラストが個々の原告各イラストを複製又は翻案したか否かを判断するためには,最低限,個々の被告各イラストが依拠したと考えられる原告各イラストを選択し,特定した上で,個々の被告各イラストが,このように特定された個々の原告各イラストの本質的な表現上の特徴を直接感得することができるか否かを検討する必要がある。』
直接感得性判断については、対比のための著作物の特定性を要求。
そして、同一コンセプトの下に描かれた127点の多数に及ぶ原告イラストであることから、
『個々のイラストを他のイラストとは切り離してそれ自体からその本質的な特徴は何かを検討するのではなく,原告各イラスト全体を観察し,原告各イラストを通じてそのキャラクターとして表現されているものを特徴付ける際だった共通の特徴を抽出し,これをもとに個々の原告各イラストの本質的な表現上の特徴がどこにあるかを認定すべきものと解される。』
として、キャラクターとしての共通する特徴の抽出を要求。
原告各イラストを特徴づける本質的な表現上の特徴は、顔面を含む頭部に現れた特徴である、と判断しています(27頁参照)。
こうした点を踏まえ、被告各イラストが原告各イラストを特徴づける本質的な表現上の特徴を直接感得できるかどうかを検討。
結論として、裁判所は、いずれも直接感得性を否定し、複製権又は翻案権侵害性を否定しています。
----------------------------------------
2 著作者人格権侵害性
原告イラストの被告による複製、翻案が否定されたことから、同一性保持権、氏名表示権侵害性も否定されています(72頁)。
結論として、原告の請求は棄却されています。
--------------------
■コメント
被告イラストと原告イラストがどのようなものだったか、その対応関係別表資料や画像が添付されていないので、どんな感じだったのかよく分かりません。
著作権に関する事案の判決文としては、異例なことかもしれませんが、和解の試みがうまくいかず、上級審での適切な解決へ双方の努力を裁判所が期待する内容が付言されています(72頁以下)。類否判断の限界事例だったことを伺わせます。
もともと、広告代理店から委託を受けて被告デザインの制作に携わったデザイナーが、原告に対してイラストのいわば「盗用」を認めてお詫びのメールをしてきており(23頁)、原告もそれを端緒に著作権侵害状況を認識したという事案ですから、このメールがなければ、依拠性の点からしても否定されていた事例だったかもしれません。
ところで、同一コンセプトの下で描かれたイラストキャラクターの複製権、翻案権侵害の判断では、どのイラストに依拠したのか、またどのイラストと類否対比すればいいのかといった、主張立証の内容として著作物の特定性の問題が出てきます(ポパイネクタイ事件、サザエさん事件参照)。
今回の事件では、裁判所は、依拠性判断でイラストの厳密な特定性は不要としているものの、直接感得性判断については、最低限の特定性を要求しています(24頁参照)。
権利の終期や原著作物と二次的著作物の区別などが問題となっている事案ではありませんでしたが、原告側がイラストを具体的に特定して対比検討を行っているという事案であることや抽象的概念であるキャラクターは保護しないという前提からの原則論としては最低限の特定性を要求する点は理解できますが、仮に、キャラクターイラストの特質から原告が具体的な特定をしない場合(最低限の特定が困難な場合)はどうなるのか、なお検討の余地がありそうです。
--------------------
■参考判例
ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件
最高裁昭和53.9.7昭和50(オ)324著作権不存在等確認及び著作権損害賠償判決
ポパイネクタイ事件
東京高裁平成4.5.14平成2(ネ)734
最高裁平成9.7.17平成4(オ)1443著作権侵害差止等判決
サザエさん事件
東京地裁昭和51.5.26昭和46(ワ)151
サンリオカエルキャラクター事件
東京高裁平成13.1.23平成12(ネ)4735
--------------------
■参考文献
・依拠性の構成要素について、
西田美昭「複製権の侵害の判断の基本的考え方」
『裁判実務大系27巻知的財産関係訴訟法』(1997)127頁以下
山本隆司「複製権侵害の成否」『新・裁判実務大系22巻著作権関係
訴訟法』(2004)319頁以下
前田哲男「「依拠」について」
『紋谷暢男教授古稀記念知的財産権法と競争法の現代的展開』
(2006)766頁以下
・依拠の立証、著作物の特定について、
金井=小倉編『著作権法コンメンタール上巻』(2000)209頁
牛木理一「著作権法におけるキャラクターと商品化権」
『民法と著作権法の諸問題-半田正夫教授還暦記念論集-』
(1993)558頁以下
田村善之『著作権法概説第二版』(2001)52頁以下
牛木理一『デザイン、キャラクター、パブリシティの保護』
(2005)378頁以下
中山信弘『著作権法』(2007)150頁以下
・翻案について、
「裁判官から見た著作権法」『著作権研究』30巻(2004)2頁以下
「翻案」『著作権研究』34巻(2008)2頁以下
横山久芳「翻案権侵害の判断構造」『現代社会と著作権法 斉藤博先生
御退職記念論集』(2008)281頁以下
半田=松田編『著作権法コンメンタール2』(2009)73頁以下
--------------------
■参考サイト
原告サイト
川上ユキ公式サイト
------------------------------------
■追記2011.5.22
参考文献
丁 文杰「キャラクターの絵画的表現の保護範囲 ―マンション読本事件―」『知的財産法政策学研究』(2010)30号201頁以下
論文PDF