最高裁判所HP 知的財産裁判例集より
溶銑運搬列車制御プログラム事件
★大阪地裁平成21.2.26平成17(ワ)2641著作権確認等請求事件PDF
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官 山田知司
裁判官 村上誠子
裁判官 高松宏之
*裁判所サイト公表 09/3/4
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■事案
溶融状態の銑鉄を運搬する列車のブレーキ制御プログラムの著作物性が争われた事案
原告:通信機器製造販売会社
被告:鉄鋼会社
物流会社
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■結論
請求一部認容
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■争点
条文 著作権法2条1項10号の2
1 本件プログラムの著作物性
2 本件プログラムの著作権の承継の有無
3 対抗要件の要否・信義則違反の有無
4 本件使用料支払契約1の成否
5 本件使用料支払契約2の成否
6 本件第三者のためにする契約の成否
7 不当利得の成否
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■判決内容
<経緯>
S60〜61 湯浅通信機が本件プログラムを作成
S61.2 本件プログラムのロムを本件装置に設置して被告へ納入、使用
H5.11.26 本件装置について原被告ら特許権(登録1804586)
H6.10.21 電気制御装置について原被告ら実用新案権(登録2036129)
H11 本件プログラムを湯浅通信機が原告に譲渡
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<争点>
1 本件プログラムの著作物性
製鉄所で溶融状態の銑鉄を運搬する列車(動力車、貨車)の「混銑車自動停留ブレーキ及び連結解放装置」(本件装置)に組込まれた制御プログラムの著作物性について、ありふれたものかどうかが争点となりました。
この点について、裁判所は、
『プログラムに著作物性があるというには,指令の表現自体,その指令の表現の組合せ,その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅が十分にあり,かつ,それがありふれた表現ではなく,作成者の個性が表れていることを要する。』
(46頁)
としたうえで、
『本件プログラムの内容は,DHL車から連結されている複数のTC車に対し,任意の連結操作番号を付与し,常時電気信号を送信し,その受信状態により,連結状況・異常の有無を確認したり,ブレーキの解放・緊締のための信号を送信するもので,作業自体は,複数の種類がある上に,その作業の一つ一つについて相当程度の数の段階・順序を踏むものであり,その方法も,各車両の対向する部分に設置された搬送コイルの電磁信号送受信装置を用いるもので,非接触方式であり,搬送コイルによる非接触方式によるこのような車両の連結・解放・ブレーキ操作の方法・装置は,特許を取得する程度に新規なものであったことから,これに対応するプログラムも,当時およそ世の中に存在しなかった新規な内容のものであるということができる。したがって,本件プログラムは,DHL車の部分及びTC車の部分を併せた全体として新規な表現であり,しかも,その分量(ソースリストでみると,DHL車の部分は1300行以上,TC車の部分は約1000行)も多く,選択配列の幅が十分にある中から選択配列されたものということができるから,その表現には全体として作成者の個性が表れているものと推認することができる。』
として、本件プログラムの著作物性を肯定しています(39頁以下)。
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2 本件プログラムの著作権の承継の有無
湯浅通信機が制作した本件プログラムを原告が譲り受けていたかどうかが争点となりましたが、結論として肯定されています。
この点について、被告は、第一次契約書(甲214)に押印された湯浅通信機の代表者印の印影や貼付された収入印紙、使用されたワープロの文字、取引関係者の供述などから疑義を主張しましたが、容れられていません(50頁以下)。
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3 対抗要件の要否・信義則違反の有無
(1)対抗要件の要否
著作物性本件プログラムの著作権について、湯浅通信機と原被告らの共有とする合意がなかったと認定されたことから、湯浅通信機から被告らへ著作権の持分の譲渡があったわけではなく、原被告らは、著作権譲渡について二重譲渡の関係にない。
したがって原被告は対抗関係(著作権法77条)に立つものではないとして、原告の対抗要件具備は不要と判断されています(56頁以下)。
(2)信義則違反の有無
被告は、原告が本件プログラムに修正を加えたうえで(著作者人格権侵害)取得しているとして、その権利主張がクリーンハンズの原則に反し信義則違反であると主張しましたが、容れられていません(57頁)。
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4 本件使用料支払契約1の成否
被告らが原告に対して本件プログラムの使用料を支払わない代替措置として以下の内容の使用料支払契約(本件使用料支払契約1 本件5項目)が成立していたかどうかが争点となっています。
1) 本件装置完成後のメンテナンスにつき,原告は,
被告スチールと外注契約を結んだうえ,被告物流の
下請けとして,常駐体制でメンテナンスを行う。
2) 被告スチールが外注契約先に出している成果還
元金の支給を,原告が受けられるように配慮する。
3) 本件装置が故障した場合の修理作業及び補修部
品もすべてJFE電制等を介して原告に発注する。
4) 被告物流の起重機部門の取引を増やすよう配慮
する。
5) 被告物流の計画中の省力化設備工事の相当部分
を原告に発注するよう配慮する。
(17頁)
議事録、決裁書、見積書などの書証、人証、原被告間の取引状況などから、
『被告物流による利益供与の約束はあったとしても,それが具体的にいかなる内容であったか,それが履行されないときは代わりに被告らにより金銭による使用料を支払うという支払約束があったのか(開発費の支払にすぎないのか),それが被告らの会社としての意思決定によるものであって,原告に対して被告物流により(被告スチールの代理人として)意思表示がされたもので,原告と被告らとの間に利益供与の約束が不履行になった場合の金銭による使用料の支払合意についての意思表示の合致があったといえるのかについて的確に認定することができず,利益供与の不履行の場合の被告らによる金銭での使用料の支払契約があったと認定することができない』
(81頁)
として、結論としては本件使用料支払契約1の成立を裁判所は否定しています(57頁以下)。
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5 本件使用料支払契約2の成否
原告は、本件使用料支払契約1の成立が認められなかったとしても被告スチールと本件プログラムの使用につき相当額の使用料の支払の合意(本件使用料支払契約2)があったと主張しました。
しかし、結論としては、本件使用料支払契約2の成立についても否定されています(82頁以下)。
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6 本件第三者のためにする契約の成否
原告は、被告スチールの本件プログラムの使用について、被告物流が相当額の使用料を支払うという合意(第三者のためにする契約)が成立していたと主張しましたが、認められていません(83頁)。
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7 不当利得の成否
原告は、被告スチールが法律上正当な理由がないのに相当額の対価を支払うことなく本件プログラムを使用し、使用料相当額の利得を得ているとして不当利得が成立していると主張しました。
しかし、被告スチールは適法に複製された本件プログラムの複製物を本件装置において使用しているにすぎないなどとして、不当利得の成立を否定しています(83頁以下)。
結論として、原告の本件プログラムの著作権の帰属の確認請求については認められましたが、金銭請求については棄却されています。
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■コメント
装置そのものの購入代金の支払以外に装置に組込まれたのプログラム部分の使用料の支払が必要だったかどうかが争われました。
昭和60年当時ですと、ハードとソフトである著作権を切り離してプログラムの著作権の使用料が発生するという発想自体が一般的ではなかったという被告側の主張も、理解できるところではあります(21頁以下)。
いずれにしても、20年以上前の取引関係を証明することの困難さが伝わる事案です。
当時使用されたであろうワープロ機器の印字文字なども検討されていて、書面の真正性について考えさせられる内容です。
なお、関連訴訟として、特許を受ける権利や実用新案登録を受ける権利の譲渡代金請求を巡る訴訟も提起されていましたが、消滅時効が援用されて棄却されています。
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■関連訴訟
大阪地裁平成21.2.26平成19(ワ)1479特許を受ける権利等譲渡代金請求事件判決PDF
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■追記(2012.3.6)
控訴審PDF
溶銑運搬列車制御プログラム事件
★大阪地裁平成21.2.26平成17(ワ)2641著作権確認等請求事件PDF
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官 山田知司
裁判官 村上誠子
裁判官 高松宏之
*裁判所サイト公表 09/3/4
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■事案
溶融状態の銑鉄を運搬する列車のブレーキ制御プログラムの著作物性が争われた事案
原告:通信機器製造販売会社
被告:鉄鋼会社
物流会社
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■結論
請求一部認容
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■争点
条文 著作権法2条1項10号の2
1 本件プログラムの著作物性
2 本件プログラムの著作権の承継の有無
3 対抗要件の要否・信義則違反の有無
4 本件使用料支払契約1の成否
5 本件使用料支払契約2の成否
6 本件第三者のためにする契約の成否
7 不当利得の成否
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■判決内容
<経緯>
S60〜61 湯浅通信機が本件プログラムを作成
S61.2 本件プログラムのロムを本件装置に設置して被告へ納入、使用
H5.11.26 本件装置について原被告ら特許権(登録1804586)
H6.10.21 電気制御装置について原被告ら実用新案権(登録2036129)
H11 本件プログラムを湯浅通信機が原告に譲渡
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<争点>
1 本件プログラムの著作物性
製鉄所で溶融状態の銑鉄を運搬する列車(動力車、貨車)の「混銑車自動停留ブレーキ及び連結解放装置」(本件装置)に組込まれた制御プログラムの著作物性について、ありふれたものかどうかが争点となりました。
この点について、裁判所は、
『プログラムに著作物性があるというには,指令の表現自体,その指令の表現の組合せ,その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅が十分にあり,かつ,それがありふれた表現ではなく,作成者の個性が表れていることを要する。』
(46頁)
としたうえで、
『本件プログラムの内容は,DHL車から連結されている複数のTC車に対し,任意の連結操作番号を付与し,常時電気信号を送信し,その受信状態により,連結状況・異常の有無を確認したり,ブレーキの解放・緊締のための信号を送信するもので,作業自体は,複数の種類がある上に,その作業の一つ一つについて相当程度の数の段階・順序を踏むものであり,その方法も,各車両の対向する部分に設置された搬送コイルの電磁信号送受信装置を用いるもので,非接触方式であり,搬送コイルによる非接触方式によるこのような車両の連結・解放・ブレーキ操作の方法・装置は,特許を取得する程度に新規なものであったことから,これに対応するプログラムも,当時およそ世の中に存在しなかった新規な内容のものであるということができる。したがって,本件プログラムは,DHL車の部分及びTC車の部分を併せた全体として新規な表現であり,しかも,その分量(ソースリストでみると,DHL車の部分は1300行以上,TC車の部分は約1000行)も多く,選択配列の幅が十分にある中から選択配列されたものということができるから,その表現には全体として作成者の個性が表れているものと推認することができる。』
として、本件プログラムの著作物性を肯定しています(39頁以下)。
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2 本件プログラムの著作権の承継の有無
湯浅通信機が制作した本件プログラムを原告が譲り受けていたかどうかが争点となりましたが、結論として肯定されています。
この点について、被告は、第一次契約書(甲214)に押印された湯浅通信機の代表者印の印影や貼付された収入印紙、使用されたワープロの文字、取引関係者の供述などから疑義を主張しましたが、容れられていません(50頁以下)。
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3 対抗要件の要否・信義則違反の有無
(1)対抗要件の要否
著作物性本件プログラムの著作権について、湯浅通信機と原被告らの共有とする合意がなかったと認定されたことから、湯浅通信機から被告らへ著作権の持分の譲渡があったわけではなく、原被告らは、著作権譲渡について二重譲渡の関係にない。
したがって原被告は対抗関係(著作権法77条)に立つものではないとして、原告の対抗要件具備は不要と判断されています(56頁以下)。
(2)信義則違反の有無
被告は、原告が本件プログラムに修正を加えたうえで(著作者人格権侵害)取得しているとして、その権利主張がクリーンハンズの原則に反し信義則違反であると主張しましたが、容れられていません(57頁)。
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4 本件使用料支払契約1の成否
被告らが原告に対して本件プログラムの使用料を支払わない代替措置として以下の内容の使用料支払契約(本件使用料支払契約1 本件5項目)が成立していたかどうかが争点となっています。
1) 本件装置完成後のメンテナンスにつき,原告は,
被告スチールと外注契約を結んだうえ,被告物流の
下請けとして,常駐体制でメンテナンスを行う。
2) 被告スチールが外注契約先に出している成果還
元金の支給を,原告が受けられるように配慮する。
3) 本件装置が故障した場合の修理作業及び補修部
品もすべてJFE電制等を介して原告に発注する。
4) 被告物流の起重機部門の取引を増やすよう配慮
する。
5) 被告物流の計画中の省力化設備工事の相当部分
を原告に発注するよう配慮する。
(17頁)
議事録、決裁書、見積書などの書証、人証、原被告間の取引状況などから、
『被告物流による利益供与の約束はあったとしても,それが具体的にいかなる内容であったか,それが履行されないときは代わりに被告らにより金銭による使用料を支払うという支払約束があったのか(開発費の支払にすぎないのか),それが被告らの会社としての意思決定によるものであって,原告に対して被告物流により(被告スチールの代理人として)意思表示がされたもので,原告と被告らとの間に利益供与の約束が不履行になった場合の金銭による使用料の支払合意についての意思表示の合致があったといえるのかについて的確に認定することができず,利益供与の不履行の場合の被告らによる金銭での使用料の支払契約があったと認定することができない』
(81頁)
として、結論としては本件使用料支払契約1の成立を裁判所は否定しています(57頁以下)。
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5 本件使用料支払契約2の成否
原告は、本件使用料支払契約1の成立が認められなかったとしても被告スチールと本件プログラムの使用につき相当額の使用料の支払の合意(本件使用料支払契約2)があったと主張しました。
しかし、結論としては、本件使用料支払契約2の成立についても否定されています(82頁以下)。
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6 本件第三者のためにする契約の成否
原告は、被告スチールの本件プログラムの使用について、被告物流が相当額の使用料を支払うという合意(第三者のためにする契約)が成立していたと主張しましたが、認められていません(83頁)。
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7 不当利得の成否
原告は、被告スチールが法律上正当な理由がないのに相当額の対価を支払うことなく本件プログラムを使用し、使用料相当額の利得を得ているとして不当利得が成立していると主張しました。
しかし、被告スチールは適法に複製された本件プログラムの複製物を本件装置において使用しているにすぎないなどとして、不当利得の成立を否定しています(83頁以下)。
結論として、原告の本件プログラムの著作権の帰属の確認請求については認められましたが、金銭請求については棄却されています。
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■コメント
装置そのものの購入代金の支払以外に装置に組込まれたのプログラム部分の使用料の支払が必要だったかどうかが争われました。
昭和60年当時ですと、ハードとソフトである著作権を切り離してプログラムの著作権の使用料が発生するという発想自体が一般的ではなかったという被告側の主張も、理解できるところではあります(21頁以下)。
いずれにしても、20年以上前の取引関係を証明することの困難さが伝わる事案です。
当時使用されたであろうワープロ機器の印字文字なども検討されていて、書面の真正性について考えさせられる内容です。
なお、関連訴訟として、特許を受ける権利や実用新案登録を受ける権利の譲渡代金請求を巡る訴訟も提起されていましたが、消滅時効が援用されて棄却されています。
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■関連訴訟
大阪地裁平成21.2.26平成19(ワ)1479特許を受ける権利等譲渡代金請求事件判決PDF
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■追記(2012.3.6)
控訴審PDF