最高裁判所HP 知的財産裁判例集より

槇原敬之対松本零士著作権事件

東京地裁平成20.12.26平成19(ワ)4156著作権侵害不存在確認等請求事件PDF

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 清水節
裁判官      坂本三郎
裁判官      佐野信

*裁判所サイト公表 09/1/7

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■事案

槇原敬之さん作詞「約束の場所」のフレーズが、漫画家松本零士さんの
漫画のフレーズの著作権を侵害しているかどうかが争点となった事案

原告:音楽アーティスト
被告:漫画家

原告表現:「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」

被告表現:「時間は夢を裏切らない,夢も時間を裏切ってはならない。」

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■結論

請求一部認容

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■争点

条文 民法709条、723条、著作権法21条

1 著作権侵害、著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求権の不存在
  の確認の訴えの利益の有無

2 名誉毀損の成否
 1.本件被告録画発言について,被告は,情報提供者にすぎないとして,
  不法行為責任を負わないか
 2.本件被告発言は,原告の名誉を毀損するか
 3.本件被告発言は,事実を摘示するものか,あるいは,意見ないし論評
  の表明に当たるか
 4.本件被告発言が事実を摘示するものである場合,その摘示事実の重要
  な部分につき真実であることの証明があるか
 5.本件被告発言が意見ないし論評の表明に当たる場合,その前提事実の
  重要な部分につき真実であることの証明があるか,意見ないし論評と
  しての域を逸脱していないか
 6.本件被告発言が摘示した事実の重要な部分が真実であると信じる相当
  の理由が存在するか
 7.被告の名誉毀損行為によって原告が被った損害の額
 8.謝罪広告の要否及びその内容

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■判決内容

<争点>

1 著作権侵害、著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求権の不存在の確認の訴えの利益の有無

槇原さんは、松本さんが槇原さんに対して著作権侵害、著作者
人格権侵害に基づく損害賠償請求権を有していないことの確認
を求めていました。
しかし、松本さんが、弁論準備手続期日に上記各請求権を放棄
する旨の意思表示(債務免除の意思表示)をしたことから、槇原
さんが、将来、松本さんから上記各請求権を行使されるおそれは
存在しないとして、裁判所は不存在の確認の訴えの利益がない
と判断。著作権にかかわる争点については不適法な訴えとして
却下しています。
(161頁)

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2 名誉毀損の成否

松本さんの発言自体が槇原さんの名誉を毀損するかどうかの争
点について、裁判所は松本さんの名誉毀損行為を認めています。

テレビ番組での松本さんの発言について、一般視聴者は、槇原さ
んが松本さんの表現に依拠して松本さんの表現と似たフレーズを
作ったという印象を抱くものであるとして、裁判所は、松本さんの
発言が槇原さんの名誉を毀損したと判断しています。
(171頁以下)

松本さんの発言自体が名誉毀損にあたると判断されたうえで、
続いて違法性阻却の成否が判断されていますが、この点につい
ても裁判所は否定(193頁以下)。
さらに、松本さんの発言が摘示した事実の重要な部分が真実で
あると信じる相当の理由が存在するかどうか、の点についても
相当の理由があったとはいえないと判断しています(218頁以下)。

結論として、慰謝料200万円と弁護士費用20万円が損害額として
認定され、ただ、謝罪広告は認められていません。
(220頁以下)

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ところで、名誉毀損の成否の争点のなかで松本さんは、槇原さん
のフレーズと松本さんのフレーズの酷似性を根拠に、槇原さん
が松本さんの表現に依拠しなければこうしたフレーズは作成で
きないとして、依拠作成の事実について、摘示事実の重要な部
分について真実であることの証明を行っています。
(210頁以下)

この部分について、裁判所は、

(1)松本さんの表現へのアクセスの容易性について

漫画本や経済雑誌、CD-ROM、書籍、大学のホームページなどに
松本さんのフレーズが掲載されていましたが、

・槇原さんがそれらに接したとする直接の証拠はない
・これらの媒体の読者はかなり限定されている
・被告表現は、非常に短い文章であり、他の文章と区別して
 認識するのが困難な場合もある


として、槇原さんが、松本さんのフレーズに接したものと推認
することはできないと判断しています。

(2)槇原さんのフレーズと松本さんのフレーズの類似性について

松本さんは、槇原さんのフレーズが、依拠しなければ創作でき
ないほどに松本さんのフレーズに酷似していると主張している
ことから、依拠性判断のための間接証拠としてこの点について
検討されています。
(214頁以下)


まず、共通点について、

確かに,被告表現と原告表現とは,「時間」,「夢」の一方を主語に,他方を目的語とし,「裏切らない」という動詞を使用している点,第1文と第2文で,主語と目的語を入れ替えて,反復させている点で共通しており,上記共通部分は,両表現の特徴的な部分であるといえる。特に,被告表現及び原告表現において,「夢」や「時間」といった抽象的な言葉を主語及び目的とし,それらを入れ替えた2つの文章が,いずれも意味が通じるようになっており,この両表現の共通点は,ありふれたものとはいえず,大きな特徴があるといえる。

ありふれたものとはいえない、としたうえで、相違点について、

しかしながら,被告表現第2文においては,「裏切ってはならない」となっているのに対し,原告表現第2文においては,「決して裏切らない」となっており,この表現上の相違から受ける印象は相当程度異なる。つまり,「裏切ってはならない」と命令形の文章とすると,裏切ることが少なからずあるが,すなわち,実際には,努力しても夢が叶わないことが少なからずあるが,そのようなことはあってはならないという願望を表しているものと,通常,理解されるのに対し,「決して裏切らない」と断定した形の文章とすると,裏切ることはないこと,すなわち,努力すれば夢は必ず叶うことを表現しているものと,通常,理解されるのであって,両表現から観念される意味合いは相当異なるというべきである。

観念の意味合いの相違を指摘。さらに、

また,被告表現及び原告表現とも相当短い文章であり,このように短い文章においては,「裏切ってはならない」と「決して裏切らない」という相違は,必ずしも小さなものではない。むしろ,被告表現第2文が,「裏切ってはならない」という表現となっている点も,被告表現の特徴的な部分であるといえ,このような特徴的な部分を原告表現が有していないこと,上記・のとおり,両表現から受ける意味合いが相当異なることからすると,両表現の相違は大きいということができる。

特徴的な部分の相違もあるとして、結論として2つのフレーズ
は酷似しているとはいえないと判断しています。

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■コメント

松本さんによって盗作疑惑が持たれたフレーズを含む槇原さん作
詞作曲の楽曲「約束の場所」は、CHEMISTRYのために提供された
楽曲でした。
槇原さんのフレーズにクレームを入れた松本さんに対して、
CHEMISTRYの所属レーベルであるデフスターレコーズの社員が、
槇原さんと松本さんの間を取り持とうと奔走しましたが、結果的に
はうまくいきませんでした(198頁以下)。

著作権に係わる争点1について、判決では直接答えていませんが、
名誉毀損行為の違法性阻却事由の判断のなかで槇原さんが松本
さんのフレーズに依拠したかどうかや2つのフレーズの類似性が
判断されているので(210頁以下)、この点が著作権の問題として
参考になります。

依拠性について、名誉毀損事案の場合と著作権侵害事案の場合と
でどちらがどれだけ立証を尽くさなければならないか、という点
で違いがあるかもしれませんが、依拠性自体が否定された事案と
いう点でも重要な判断かもしれません。

なお、類似性の判断については、あくまで依拠を立証するための
間接証拠としての類似性であるので、侵害の要件としての類似性
とは異なる点に注意しなければならないと指摘するものとして、
中山後掲書、さらに田村後掲書参照。

ただ、極めて短い文章の類似性、依拠性が争点となっている今回
の事案で、29部清水コートが示した判断内容は、依拠性判断とは
切り離した侵害要件としての類似性判断と同様に捉えることがで
きると考えられます。

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■過去のブログ記事

2006年10月20日記事
松本零士・槙原敬之盗作問題

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■参考文献

佃 克彦「名誉毀損の法律実務 第2版」(2008)300頁以下
設楽隆一「複製ないし翻案について」『著作権研究』30号(2004)2頁以下
中山信弘「著作権法」(2007)463頁以下
田村善之「著作権法概説 第二版」(2001)51頁以下
書籍217頁中2頁分の類似性、依拠性が問題となった「日照権」盗用事件に
ついて、著作権判例研究会編「最新著作権関係判例集2-1」(1980)
195頁以下参照

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■参考サイト

MAKIHARANORIYUKI.COM
(楽曲「約束の場所」についてのご報告)

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■追記09.11.26

時事通信記事によると、2009年11月26日知財高裁第2部で和解が成立。

「26日、東京高裁(中野哲弘裁判長)で和解が成立した。槇原さん側の弁護士によると、松本さんが槇原さんに謝罪し、今後、歌詞について異議を述べないことで合意。一審は松本さんに220万円の支払いを命じたが、和解金はないという。」(時事ドットコム2009/11/26-18:47)

槇原敬之氏のコメント

「本日、私、槇原敬之は、松本零士氏との間の裁判に関して、和解をいたしました。
(和解内容に関しましては、後日お知らせ致します。)
その内容は、簡単にいえば、今回の一連の発言に関して松本さんに謝っていただき、私の曲である「約束の場所」の今後の使用について松本さんが異議を述べないということです。
私といたしましては、いわゆる盗作騒動が3年前に起きたことにより、私自身の名誉回復をはかるために今回の裁判を起こしたものであったので、こうした和解の内容に関しては満足しております。」
MAKIHARANORIYUKI.COM2009.11.26記事

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■追記09.11.28

槇原氏から和解内容についてリリースが出ています。

2009.11.27 MAKIHARANORIYUKI.COMより

和解条項
1控訴人・附帯被控訴人・反訴原告である「松本零士」こと松本晟
(以下「控訴人」という)は、平成18年10月19日から同11月9日の
合計14回のテレビ番組の出演(生出演及び録音・録画出演の双方を含む)において、
被控訴人・附帯控訴人・反訴被告である「槇原敬之」こと槇原範之
(以下「被控訴人」という)作成に係る別紙表現目録記載1の表現
(以下「表現1」という)と、控訴人作成の別紙表現目録2記載の表現
(以下「表現2」という)との関係に関する一連の発言によって、
被控訴人の社会的評価に相当の影響を与えたことにつき、陳謝の意を表明する。

2控訴人及び被控訴人は、表現1と同2との関係につき、
異なる評価による見解を有するに至ったことを確認すると共に、
このような見解の相違が生じたことが、双方にとって不本意であることを認める。

3控訴人は、表現1を含む別紙歌詞目録記載の歌詞に基づく曲目の
テレビジョンにおける放映、ラジオにおける放送、
インターネットを通じた配信及び当該曲目を録画・録音した物品の
製造並び販売その他現在知られ将来開発されるあらゆる利用に異議を述べない。

4被控訴人は、控訴人が権利を有している商標登録番号第5256025号、
及び同5256026号の商標登録に係る商標登録に対する異議申立てを
速やかに取り下げる。

5控訴人及び被控訴人は、知的財産高等裁判所平成21年(ネ)第10008号、
同第10011号、同第10039号において行った相手方に対する請求を全て放棄する。

6以上の条項以外に、被控訴人と控訴人との間には、
何らの債権債務が存在しないことを相互に確認する。

7訴訟費用及び和解費用は、各自負担とする。

以上

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■5256025号

(111)【登録番号】商標登録第5256025号(T5256025)
(151)【登録日】平成21年8月7日(2009.8.7)
(541)【登録商標(標準文字)】時間は夢を裏切らない
(500)【商品及び役務の区分の数】1
(511)【商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務】
 第41類 講演会を介した知識の教授
(561)【称呼(参考情報)】ジカンワユメオウラギラナイ
【検索用文字商標(参考情報)】時間は夢を裏切らない

■5256026号

(111)【登録番号】商標登録第5256026号(T5256026)
(151)【登録日】平成21年8月7日(2009.8.7)
(541)【登録商標(標準文字)】夢も時間を裏切ってはならない
(500)【商品及び役務の区分の数】1
(511)【商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務】
 第41類 講演会を介した知識の教授
(561)【称呼(参考情報)】ユメモジカンオウラギッテワナラナイ
【検索用文字商標(参考情報)】夢も時間を裏切ってはならない