ジャスラックに信託した楽曲の著作権の譲渡について、
簡単にメモしておきたいと思います。

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1.ジャスラックとの信託契約

自分が作詞、作曲した楽曲については、音楽出版社に楽曲
の著作権を譲渡した上で音楽出版社がジャスラックに信託
します(著作者がジャスラック信託者である場合もあります)。

ジャスラックとの信託契約というのは、ジャスラックに楽曲
の著作権の移転をしたうえで利用の許諾その他の管理をジャ
スラックに行わせることを目的とする管理委託契約で、著作
権を処分することは除かれます(信託法2条1項、著作権等管理
事業法2条、著作権信託契約約款3条1項)。

この信託契約では、ジャスラックが著作権者になって、ジャ
スラックが権利者として楽曲の利用の許諾、徴収、分配の業
務を行い、場合によっては訴訟も行います。

ジャスラック信託楽曲を、ですから楽曲の著作者といえども
著作権者ではないので、売買して実際に(物権的に)他人に
権利を移転させることはできません(できますが、ジャスラッ
クに分配を保留されたり許諾停止、信託除外されかねません。
著作権信託契約約款20条 また、二重譲渡の場合の解除に
ついて同23条2項1号)。

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2.ジャスラック信託楽曲を譲渡できる場合

ジャスラックに信託されるべき楽曲の著作権を譲渡(一部または全部)
できる場合は以下の4つの場面に限られていて、

あらかじめジャスラックの承諾を得た上で

1.社歌、校歌など特別な依頼によって作成された楽曲を
  その会社や学校に譲渡する場合
2.音楽出版社(ジャスラック信託社)への譲渡の場合
3.CM用に依頼されて作成された楽曲の放送権(公衆送信権
  のうち放送に係る権利)をクライアントに譲渡する場合
4.TV番組や映画のBGM用に依頼されて作成された楽曲の放送権
  や上映権を番組制作者や映画製作者に譲渡する場合


となっています(著作権信託契約約款10条、経過措置1)。

ですので、「社長さん、あなたのために楽曲を作りました。
この楽曲の著作権をプレゼント(譲渡)します!!
」と、
仮に言ったとしても、ジャスラックとの関係では、この楽曲
の著作権もジャスラックに信託されるので(作品届けを出さ
なければわからないですが)社長さんの自由にはなりません。

小室哲哉さんが、どのような契約を出資者と締結したうえで、
仮契約金5億円を受領したのか正確なところはわかりませんが、
出資者がジャスラックと信託契約をしている音楽出版社であって、
なおかつ現在の楽曲を管理している音楽出版社が譲渡を承諾
しない限り、小室さんが譲渡契約を出資者と締結しても履行が
困難な(投資の実を上げられない=ジャスラックから分配を受け
られない)ことになります。

今回、出資者のために譲渡先の受皿となる音楽出版社は作って
いたと想像できますが、小室楽曲を管理している既存の音楽出版社
(バーニング、エイベックス、ソニー・ミュージックパブリッシング、フジパシ
フィック、日本テレビ音楽など)が、そろって、「うん」と言うとも
思われないわけで。。。

ただ、詐欺容疑ということですが、出資者である投資家も事前準備として
ジャスラックとの信託契約など、楽曲の著作権の権利関係については、
容易に把握できたでしょうから、どの部分で騙されたといえるのか。
どのようなビジネススキームを小室さんは投資家に提示して受皿(ビーグル)
を用意したのか、興味深いところです(*1)。

(*1)音楽著作権をファイナンス取引の対象として考える場合の
  諸問題について、
  寺本振透「知的財産権信託の解法」(2007)92頁以下の
   「第2章 音楽に関する著作権の取扱いと信託の意味」参照。

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3.二重譲渡問題について

なお、二重譲渡(*2)されたうえで文化庁へ著作権登録もしていた楽曲
もあったとの報道もありましたので、ジャスラックも他人事とはならなく
なります。
100万曲以上(*3)の内外楽曲を管理するジャスラックにすべての信託楽
曲について対抗要件具備のための文化庁登録を要求するのは非現実的
です。
事務処理の手間はもちろん、文化庁の譲渡登録申請料は1件18000円
ですから(信託の登録は3000円)、利用者、権利者にコストが跳ね返り
ます。
ジャスラックのJ-WID(作品データベース検索サービス)が音楽著作権取引
では公示的機能を担っているとも言えるので、投資家や一般人にとっても
よりわかりやすい表示への改善取り組みはジャスラックとしても必要かも
しれません。

(*2)小室さん→音楽事務所→フジパシフィックなど音楽出版社→ジャスラック
  小室さん→小室さんの関係する会社  という二つの譲渡の流れ

 *文化庁の著作権登録状況検索で著作者「小室哲哉」を
  調べてみると、11月4日現在、52件の登録がされています。

  文化庁著作権登録状況検索


小室さんが、投資家を騙す目的で文化庁の登録制度を利用したとすれば
それこそ「制度の悪用」ですが、著作権登録制度の不備の問題とは場面
が違います。

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4.まとめ

小室さんがインディーでジャスラックなどとのつきあいがない作家さん
だったら、たんなる二重譲渡の問題(著作権法77条)として、優劣をつ
ければいい話となります。

こと音楽著作権の利用開発については、ジャスラックやイーライセンス
など著作権管理団体の組織力を使わなければ大きなお金を得ることは
できません。

ジャスラックなどとの信託関係と整合性を保った著作権売買でなければ
徴収・分配を受けられず、著作権の価値が減じてしまってなんの意味も
ありません。

今回の事件の投資家さんも、事件や民事紛争化すると楽曲にダーティな
イメージが生じてしまい、CMや放送、カラオケなどで利用されることがな
くなり、ジャスラックからの分配が減ってしまう(自ら投資価値を減じてし
まう)という危惧が多分にあったことでしょう。
地検特捜部への告訴もよほどの判断だったと思います。


なお、著作権の二重譲渡にかかわる最近の事案としては、ケネスハワード
(ヴォンダッチ)の「フライング アイボール」イラストロゴ著作物事件が
あります。

知財高裁平成20.3.27平成19(ネ)10095著作権譲渡登録抹消請求控訴事件
ヴォンダッチ二重譲渡事件(控訴審)

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■追記(08/11/4/13:20)

関連ブログ

benli(弁護士小倉秀夫先生)
小室哲哉さん逮捕との報道にあたって

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■08/11/5 11:00一部加筆修正
■08/11/6 08:00一部加筆修正

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■追記08/11/6 11:30

(*3)
ジャスラック保有作品資料数(ジャスラックサイトより)

国内作品・外国作品 合わせて約735万件
(そのうち利用実績のある作品を作品検索サービス「J-WID」へ登録し公開)
※「J-WID」への登録作品数
国内作品:約107万作品
外国作品:約135万作品(2008年4月)

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■追記08/11/7 7:00

企業法務戦士の雑感(2008-11-06記事)
■[企業法務][知財]思わぬ副産物

なお、報道では、二重譲渡された約300曲のうち、文化庁に著作権登録
されている34曲について、すでに昨年末からジャスラックが分配を保留
しているとのことです(2008年11月06日 読売新聞 ヨミウリオンライン)。

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■追記08/11/11

信託財産について、登録制度がある場合は、それが対抗要件となります
(信託法14条)。信託の登録申請は、当該信託に係る著作権の移転の登録
の際に同時に申請することになりますが(著作権法施行令35条)、
ジャスラック著作権信託約款14条3項で登録が省略可能となっています。

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■追記08/11/28

おまえにハートブレイク☆オーバードライブ(2008-11-27)
TKプロデュースとは何だったのか?

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■追記09/2/10

関連ブログ記事
2009.2.10記事

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■追記09/4/30

09年4月23日論告求刑公判。大阪地裁(杉田宗久裁判長)
検察は懲役5年求刑。判決は5月11日

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■追記09/5/11

大阪地裁は2009年5月11日、懲役3年・執行猶予5年の判断(求刑・懲役5年)。

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■追記09/6/16

2009年6月16日記事
小室哲哉音楽著作権詐欺被告事件