最高裁判所HP 知的財産裁判例集より
船舶情報管理システム事件
★大阪地裁平成20.7.22平成19(ワ)11502著作権確認等請求事件PDF
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 田中俊次
裁判官 西理香
裁判官 高松宏之
--------------------
■事案
船舶の塗料管理システムの著作権の帰属が争われた事案
原告:被告会社元従業員
被告:船舶用塗料製造販売会社
--------------------
■結論
請求棄却、却下
--------------------
■争点
条文 著作権法2条1項10号の2、15条2項
1 訴訟要件と本案の審理の先後関係
2 本件システムの著作物性
3 本件システムの職務著作物性
4 開発寄与分確認の訴えにおける確認の利益の有無
--------------------
■判決内容
<経緯>
S37.4 原告が被告会社に入社
S60 原告が被告子会社に出向
S61.6 原告が役員に就任
H4.6 原告が被告別子会社に出向、同会社社長に就任
H5.1 原告が退職
H9 被告がNEC製システムを外注
--------------------
<争点>
1 訴訟要件と本案の審理の先後関係
原告の請求の趣旨は、
(1)船舶情報管理システム(本件システム)に
ついての著作権を有することの確認
(2)本件システムにタイする原告の開発寄与分
の割合の確認
というものでした。
これに対して被告は、
(1)被告が現在使用中のシステムはNEC社製で、
原告主張のシステムは存在しない
(2)仮に原告主張のシステムが存在しても、
職務著作が成立している
と反論していました。
被告主張(1)が認められれば確認の利益を欠くことになり不適法却下
被告主張(2)が認められれば請求棄却
となるところですが、訴訟要件の審理と本案訴訟の審理との先後関係について、裁判所は、
『原告は,まず,第1の被告主張について審理判断をし,第2の被告主張は第1の被告主張が排斥されて初めて審理判断すべきであると主張する。しかし,まず,訴訟要件の審理と本案訴訟の審理との先後関係については,特に前者を先行させる必要性はない。また,確かに,訴訟要件の存否が不確定なのに,その点の審理をしないで請求棄却の本案判決をすることは,原則として許されないというべきであるが,本件のような訴えの利益(確認の利益)については,本案の主張と重複する点が少なくなく,また,公益的要請のある他の訴訟要件とは異なるものであるから,訴訟要件の判断をせず,請求棄却の判決をすることも許されると解するのが相当である。したがって,被告の上記両主張の判断順序に制約があると解すべき根拠はない。』
(27頁以下)
として、先後関係の制約を受けないと判断。
引き続いて被告主張(2)の職務著作性の肯否(本案)の検討を行っています。
--------------------
2 本件システムの著作物性
新造船建造時の塗料から現在就航中の船舶の修繕塗料まで、その船舶や塗料、塗装に関する情報を管理する本件システムの著作物性について、裁判所は、
『船名,船種を始めとする船舶塗装に関する種々の情報を単独で,また,各情報を組み合わせた情報を随時任意に検索し,取り出せるようにしたものであって,電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合せたものとして表現したものをいうことができ,プログラムの著作物と評価することができるものというべきである(著作権法2条1項10号の2,10条1項9号)』
(30頁)
として、本件システムの著作物性を肯定しています。
--------------------
3 本件システムの職務著作物性
本件システムの職務著作物性(15条2項)について、裁判所は、原告の本件システムの開発作成業務が会社の業務として行われたものであること、また上司から開発作成業務命令があったことから黙示の発意は優に認められるとして「職務上作成」「発意」の各要件を充足すると判断。
「別段の定め」もないことから、15条2項の職務著作物性を肯定しその著作者が被告子会社であると認定しています。
--------------------
4 開発寄与分確認の訴えにおける確認の利益の有無
原告の請求の第二点目となる(2)本件システムに対する原告の開発寄与分の割合の確認について、裁判所は、
『原告の本件システムの開発について過去から現在に至るまでどの程度の寄与をしたかという過去の事実を数量的割合の形で確認するよう求めたものと解される』
(34頁以下)
と捉えたうえで、本来、
『民事訴訟は,法律上の争訟を解決することを目的とするものであるから,民事訴訟の1類型である確認訴訟の対象となるのは,原則として争いのある現在の権利又は法律関係に限定され,単なる過去の事実の存否は,確認訴訟の対象とはなり得ないものというべきである。』
として、本件では、
『本件システムに対する原告の開発寄与分がどれほどの割合であるかという過去の事実が現在の複数の権利又は法律関係の成否の前提となっているものということはできず,その事実を判決をもって確認することにより他の権利又は法律関係を巡る紛争が抜本的に解決され得るという関係に立っているとはいえない。』
『なお,原告の上記訴えは,実質的には,原告が本件システムの著作権についてどの程度の共有持分を有しているかという確認を求める趣旨であると解されるが,それは,結局のところ,原告の請求の趣旨第1項の請求に包含されるというべきである』
ということから、請求の趣旨(2)にかかわる原告主張については、訴えの利益を欠き不適法却下と判断されました。
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■コメント
原告が被告会社を退職、独立したあとにシステム開発について業務委託を原告に外注してくれるよう被告と約束した・しないといったところから紛争が生じています。
(24頁参照)
すでに原告被告間でこの業務委託契約の存否について別訴提起があって、この点で原告敗訴が確定しています。
(31頁以下)
退職後14年も経過した時点で当時のシステムについての著作権の主張をするというのも、被告会社で他社製システムの導入の可能性が大いにあることも考えあわせれば状況的にはかなり無理のある本件提訴ではなかったでしょうか。
本人訴訟ということもあって、判決文からは原告の思い(被告への恨み・つらみ)はよく伝わりますが、70歳を迎え自らの半生にあたる自分史を判決文の形で残すこともないとは思うのですが。
なお、後掲参考判例の著作権確認請求事件を眺めてみると、却下の事例は少なく、また確認の利益が本案の主張と重複しているであろう事例も多いことが伺えるところです。
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■参考ブログ記事
審理の先後関係など民事訴訟手続上の問題点について、町村泰貴教授のブログ参照。
Matimulog(2008/07/28記事)
jugement:著作権存在確認の訴え
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■参考判例
著作権確認請求事件として
「七人の侍」映画化権事件(東地判昭和53.2.27)
地のさざめごと事件(東地判昭和55.9.17)
同期の桜事件(東地判昭和58.6.20)
こんにちは赤ちやん事件(東地判昭和59.12.21)
映画「飛騨の祭りと匠」事件(東地判昭和62.9.25)
童謡コヒノボリ事件(東地判平成1.8.16)
童謡チューリップ事件(最判平成4.1.16)
智恵子抄事件(最判平成5.3.30)
韓国の歌事件(東地判平成7.11.24)
俳句添削事件(東地判平成9.8.29)
どこまでも行こう/記念樹事件(東地判平成12.2.18)
ウルトラマン国際裁判管轄事件(最判平成13.6.8)
マクロス事件(東地判平成14.2.25)
ミュージカル作品事件(東地判平成16.3.19)
キューピー事件(大高判平成17.2.15)
ジョン万次郎銅像事件(東地判平成17.6.23)
死刑囚書籍事件(東地判平成17.8.25)
ロケット制御データ解析プログラム事件(東地判平成17.12.12)
テレビ番組背景音楽事件(東地判平成17.12.22)
THE BOOM事件(東地判平成19.1.19)
HEAT WAVE事件(東地判平成19.4.27)
虹彩占いゲーム機器プログラム事件(東地判平成20.2.27)
YG性格検査項目事件(第3事件)(大地判平成20.6.19)
などがあって、著作権確認請求事件自体は稀な類型(後掲岡口参照)でも無くなっている印象です。
このうち、訴えの利益を欠くとして却下した判断を示しているのは、俳句添削事件、ミュージカル作品事件(一部)、死刑囚書籍事件などとなります。
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■参考文献
森義之「職務著作」牧野利秋・飯村敏明編
『新・裁判実務大系22 著作権関係訴訟法』(2004)238頁以下
岡口基一「著作権侵害訴訟の種類」同上書34頁
櫻林正己「著作権訴訟の主文例と差止対象の特定」斉藤博・牧野利秋編『裁判実務大系27 知的財産関係訴訟法』(1997)29頁
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船舶情報管理システム事件
★大阪地裁平成20.7.22平成19(ワ)11502著作権確認等請求事件PDF
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 田中俊次
裁判官 西理香
裁判官 高松宏之
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■事案
船舶の塗料管理システムの著作権の帰属が争われた事案
原告:被告会社元従業員
被告:船舶用塗料製造販売会社
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■結論
請求棄却、却下
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■争点
条文 著作権法2条1項10号の2、15条2項
1 訴訟要件と本案の審理の先後関係
2 本件システムの著作物性
3 本件システムの職務著作物性
4 開発寄与分確認の訴えにおける確認の利益の有無
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■判決内容
<経緯>
S37.4 原告が被告会社に入社
S60 原告が被告子会社に出向
S61.6 原告が役員に就任
H4.6 原告が被告別子会社に出向、同会社社長に就任
H5.1 原告が退職
H9 被告がNEC製システムを外注
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<争点>
1 訴訟要件と本案の審理の先後関係
原告の請求の趣旨は、
(1)船舶情報管理システム(本件システム)に
ついての著作権を有することの確認
(2)本件システムにタイする原告の開発寄与分
の割合の確認
というものでした。
これに対して被告は、
(1)被告が現在使用中のシステムはNEC社製で、
原告主張のシステムは存在しない
(2)仮に原告主張のシステムが存在しても、
職務著作が成立している
と反論していました。
被告主張(1)が認められれば確認の利益を欠くことになり不適法却下
被告主張(2)が認められれば請求棄却
となるところですが、訴訟要件の審理と本案訴訟の審理との先後関係について、裁判所は、
『原告は,まず,第1の被告主張について審理判断をし,第2の被告主張は第1の被告主張が排斥されて初めて審理判断すべきであると主張する。しかし,まず,訴訟要件の審理と本案訴訟の審理との先後関係については,特に前者を先行させる必要性はない。また,確かに,訴訟要件の存否が不確定なのに,その点の審理をしないで請求棄却の本案判決をすることは,原則として許されないというべきであるが,本件のような訴えの利益(確認の利益)については,本案の主張と重複する点が少なくなく,また,公益的要請のある他の訴訟要件とは異なるものであるから,訴訟要件の判断をせず,請求棄却の判決をすることも許されると解するのが相当である。したがって,被告の上記両主張の判断順序に制約があると解すべき根拠はない。』
(27頁以下)
として、先後関係の制約を受けないと判断。
引き続いて被告主張(2)の職務著作性の肯否(本案)の検討を行っています。
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2 本件システムの著作物性
新造船建造時の塗料から現在就航中の船舶の修繕塗料まで、その船舶や塗料、塗装に関する情報を管理する本件システムの著作物性について、裁判所は、
『船名,船種を始めとする船舶塗装に関する種々の情報を単独で,また,各情報を組み合わせた情報を随時任意に検索し,取り出せるようにしたものであって,電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合せたものとして表現したものをいうことができ,プログラムの著作物と評価することができるものというべきである(著作権法2条1項10号の2,10条1項9号)』
(30頁)
として、本件システムの著作物性を肯定しています。
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3 本件システムの職務著作物性
本件システムの職務著作物性(15条2項)について、裁判所は、原告の本件システムの開発作成業務が会社の業務として行われたものであること、また上司から開発作成業務命令があったことから黙示の発意は優に認められるとして「職務上作成」「発意」の各要件を充足すると判断。
「別段の定め」もないことから、15条2項の職務著作物性を肯定しその著作者が被告子会社であると認定しています。
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4 開発寄与分確認の訴えにおける確認の利益の有無
原告の請求の第二点目となる(2)本件システムに対する原告の開発寄与分の割合の確認について、裁判所は、
『原告の本件システムの開発について過去から現在に至るまでどの程度の寄与をしたかという過去の事実を数量的割合の形で確認するよう求めたものと解される』
(34頁以下)
と捉えたうえで、本来、
『民事訴訟は,法律上の争訟を解決することを目的とするものであるから,民事訴訟の1類型である確認訴訟の対象となるのは,原則として争いのある現在の権利又は法律関係に限定され,単なる過去の事実の存否は,確認訴訟の対象とはなり得ないものというべきである。』
として、本件では、
『本件システムに対する原告の開発寄与分がどれほどの割合であるかという過去の事実が現在の複数の権利又は法律関係の成否の前提となっているものということはできず,その事実を判決をもって確認することにより他の権利又は法律関係を巡る紛争が抜本的に解決され得るという関係に立っているとはいえない。』
『なお,原告の上記訴えは,実質的には,原告が本件システムの著作権についてどの程度の共有持分を有しているかという確認を求める趣旨であると解されるが,それは,結局のところ,原告の請求の趣旨第1項の請求に包含されるというべきである』
ということから、請求の趣旨(2)にかかわる原告主張については、訴えの利益を欠き不適法却下と判断されました。
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■コメント
原告が被告会社を退職、独立したあとにシステム開発について業務委託を原告に外注してくれるよう被告と約束した・しないといったところから紛争が生じています。
(24頁参照)
すでに原告被告間でこの業務委託契約の存否について別訴提起があって、この点で原告敗訴が確定しています。
(31頁以下)
退職後14年も経過した時点で当時のシステムについての著作権の主張をするというのも、被告会社で他社製システムの導入の可能性が大いにあることも考えあわせれば状況的にはかなり無理のある本件提訴ではなかったでしょうか。
本人訴訟ということもあって、判決文からは原告の思い(被告への恨み・つらみ)はよく伝わりますが、70歳を迎え自らの半生にあたる自分史を判決文の形で残すこともないとは思うのですが。
なお、後掲参考判例の著作権確認請求事件を眺めてみると、却下の事例は少なく、また確認の利益が本案の主張と重複しているであろう事例も多いことが伺えるところです。
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■参考ブログ記事
審理の先後関係など民事訴訟手続上の問題点について、町村泰貴教授のブログ参照。
Matimulog(2008/07/28記事)
jugement:著作権存在確認の訴え
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■参考判例
著作権確認請求事件として
「七人の侍」映画化権事件(東地判昭和53.2.27)
地のさざめごと事件(東地判昭和55.9.17)
同期の桜事件(東地判昭和58.6.20)
こんにちは赤ちやん事件(東地判昭和59.12.21)
映画「飛騨の祭りと匠」事件(東地判昭和62.9.25)
童謡コヒノボリ事件(東地判平成1.8.16)
童謡チューリップ事件(最判平成4.1.16)
智恵子抄事件(最判平成5.3.30)
韓国の歌事件(東地判平成7.11.24)
俳句添削事件(東地判平成9.8.29)
どこまでも行こう/記念樹事件(東地判平成12.2.18)
ウルトラマン国際裁判管轄事件(最判平成13.6.8)
マクロス事件(東地判平成14.2.25)
ミュージカル作品事件(東地判平成16.3.19)
キューピー事件(大高判平成17.2.15)
ジョン万次郎銅像事件(東地判平成17.6.23)
死刑囚書籍事件(東地判平成17.8.25)
ロケット制御データ解析プログラム事件(東地判平成17.12.12)
テレビ番組背景音楽事件(東地判平成17.12.22)
THE BOOM事件(東地判平成19.1.19)
HEAT WAVE事件(東地判平成19.4.27)
虹彩占いゲーム機器プログラム事件(東地判平成20.2.27)
YG性格検査項目事件(第3事件)(大地判平成20.6.19)
などがあって、著作権確認請求事件自体は稀な類型(後掲岡口参照)でも無くなっている印象です。
このうち、訴えの利益を欠くとして却下した判断を示しているのは、俳句添削事件、ミュージカル作品事件(一部)、死刑囚書籍事件などとなります。
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■参考文献
森義之「職務著作」牧野利秋・飯村敏明編
『新・裁判実務大系22 著作権関係訴訟法』(2004)238頁以下
岡口基一「著作権侵害訴訟の種類」同上書34頁
櫻林正己「著作権訴訟の主文例と差止対象の特定」斉藤博・牧野利秋編『裁判実務大系27 知的財産関係訴訟法』(1997)29頁
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