裁判所HP 知的財産裁判例集より
「HEAT WAVE対SME」事件
★東京地裁平成19.4.27平成18(ワ)8752等送信可能化権確認本訴請求事件,反訴請求事件PDF
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 市川正巳
裁判官 大竹優子
裁判官 杉浦正樹
■事案
ロックグループ「HEAT WAVE」の実演に係る音源に関する実演家の送信可能化権について、メンバーらが立法による権利創設前に締結された専属実演家契約によってこの権利が譲渡されることはないなどと主張して、レコード製作会社にその準共有の確認を求めた事案
原告:ロックグループメンバーら
被告:レコード会社
------------------------------------
■結論
請求棄却(本訴棄却、反訴認容)
------------------------------------
■争点
条文 著作権法第92条の2
1 法制化以前の支分権と契約条項の解釈
------------------------------------
■判決内容
1 法制化以前の支分権と契約条項の解釈
平成9年に実演家とレコード製作者の送信可能化権が著作権法上に創設されましたが(平成9年改正)、平成元年に締結された当事者間での専属実演家契約では、以下のような規定となっていました。
-----------------
4条(権利の帰属)
本契約に基づく原盤に係る一切の権利(原告らの著作隣接権を
含む)は,何らの制限なく原始的且つ独占的にSMEに帰属する。
1 この権利には,一切の複製・頒布権及び二次使用料等
(著作権法第95条,第95条の2,第97条及び第97条
の2他に規定)の徴収権を包含する。
2 SMEは,如何なる国に於いても,随時本契約終了後も
引続いて,自由に,且つ独占的に当該原盤を利用してレコー
ド及びビデオを複製し,これらに適宜のレーベルを付して
頒布することが出来る。
3 前号のレコード及びビデオの種類,数量,価格,発売の
時期・方法その他一切の事項について,SMEは自由な判断
により決定することが出来る。
4 この権利の一部又は全部を,SMEは自由な判断により
第三者に譲渡することが出来る
-----------------
そこで、この「本契約に基づく原盤に係る一切の権利(原告らの著作隣接権を含む)」に実演家の送信可能化権も含まれるのかどうかが争点となりました。
この点について、裁判所は
『本件契約4条の「一切の権利(原告らの著作隣接権を含む)」に実演家の送信可能化権が含まれるか否かについては,契約の解釈の手法に則り,1本件契約の文言,各条項の関係,2契約締結当時における音源配信に関する状況,3契約締結当時における著作権法の規定,4業界の慣行,5対価の相当性等の諸事情を総合的に考慮して判断するのが相当である。』
(31頁以下)
との一般論を説示したうえで、
1 文言等について
(a)各規定との関係について
『前記認定のとおり,本件契約は,前文が示すとおり,原告らがSMEの専属実演家として,SMEのためにのみ実演し,SMEがこれを独占的に収録して録音物等として複製・頒布等を行うことに関して締結されたものである。そして,本件契約の2条(目的),4条(権利の帰属)は,この前文を具体化した規定であり,SMEは原告らの実演をSMEの費用で独占的に収録して原盤を制作し,これを利用してレコード及びビデオを独占的に複製・頒布することができる旨定め(2条),SMEは,本件原盤に係る一切の権利は,何らの制限なくSMEに帰属し,一切の権利には原告らの著作隣接権が含まれることを明記し,SMEが,いかなる国においても,契約終了後も引き続いて自由にかつ独占的に本件原盤を利用してレコード及びビデオを複製頒布することができる旨が定められ,将来にわたって,SMEが,本件契約に基づく複製,頒布権を有することとされ(4条),原告らに何らかの著作隣接権が留保されることを窺わせる記載はない。』
(31頁)
契約書の各規定との関係から、送信可能化権が実演家側に留保
されているわけではないと判断しています。
(b)将来法定が予定される権利について
『将来法改正により法定される権利であっても,契約の対象とすることは可能である。しかも,我が国著作権法は,各支分権を例示とせず,限定列挙としたため,新たな利用形態の出現に対応して頻繁に法改正を必要とする。したがって,我が国著作権法の下では,将来法定される支分権を譲渡の対象とすることの必要性は極めて高いものである。』
(32頁)
将来法定が予定される権利についても、契約の対象となることを認めています。
2 音源配信状況について
パソコン向け音源配信サービスが開始されたのは、平成11年末頃でしたが、本件契約が締結された平成元年には、既に旧電電公社のINS構想によるデジタル化された音源の配信事業が提示されていたなどの経緯から、
『本件契約が締結された平成元年の時点で,近い将来,デジタル化された音声情報がパソコン通信等により配信されることを予測することは,被告はもちろん原告らにとっても,十分可能であったと認められる。』
(32頁以下)
として、当事者の予測可能性について判断しています。
3 業界の慣行について
『音楽業界においては,平成9年改正が施行される以前に締結された専属実演家契約であっても,実演家の送信可能化権を含む著作隣接権は,すべてレコード会社に帰属し,その対価として売上げに応じて実演家印税が支払われるという慣行が確立していたものである。』
(33頁)
業界慣行として確立していることを確認。
4 対価の相当性について
ここでも問題になったのは、配信控除として印税率に80%を掛けている点です。CDのようなパッケージ販売の場合の容器代控除と同じように控除することの妥当性が争点となりました。
この点、裁判所は、
1%の印税率自体は契約書の規定振りから低いものとはいえないとしました(33頁)。
ただ、配信控除については、
『しかし,レコード会社は,リスクを負担して商品を製造販売するからこそ,実演家に対しては,比較的低い率での実演家印税の支払を許容されているといわなければならないのであって,サーバー等の設備投資,音源配信サービスの市場形成等に当たりSMEが投資した費用の一部を実演家に負担させることができるか否か,負担させるとしても,80%を乗じることが相当か否かについては,疑問の余地があるといわなければならない。
さらに,CD等に比べて音源配信の単価が低いこと,前記のとおり,「着うた」等の携帯電話向けの音源配信サービスについて,SMEは実演家に対して実演家印税の他にプロモート印税を支払っていることを考慮すると,今後とも音源配信のシェアが増加し,CD等のシェアが減少することが予想される状況の中で,従来のCD等について定めた算定方法や印税率がそのまま妥当するかについては,疑問が残る。』
(34頁)
と言及。結論的には、諸事情を総合勘案のうえ原告の主張は容れられませんでした。
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■コメント
本訴請求棄却ですし、またザ・ブーム事件とまるっきり同じ論旨かな、と思っていましたが、びっくりしました(PDF34頁部分)。
今年1月19日に判決があったザ・ブームとSMEと間の同種の事案では、高部コート(東京地方裁判所民事第47部)が配信控除率について合理性があると判断していましたが、今回の市川コート(民事第40部)では、疑問を呈しています。
裁判所においてアーティスト側の立場に一定の理解を得ることができたというのは、ともすれば硬直的な計算式を採用する音楽配信ビジネスにおいて見直し機会の大きな一歩となるのではないか。そう願わずにはいられません。
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■参考判例
「THE BOOM対SME」事件
東京地裁平成19.1.19平成18(ワ)1769等著作権民事訴訟PDF
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■過去のブログ記事
「THE BOOM対SME」事件 -著作権 送信可能化権確認本訴請求等事件判決(知的財産裁判例集)-
「THE BOOM対SME」事件
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■関連サイト
ヒートウェイヴ
ROCK'N ROLL ASS HOLE - HEATWAVE WEBSITE
ソニーミュージック
Sony Music Online Japan ヒートウェイヴ
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■追記(07.05.20)
・HEATWAVEの山口さんがお書きになられているブログです。
訴訟に至るソニー側との経緯が綴られています。
ROCK'N ROLL DIARY
判決 - 音楽を取り巻く日々
・れし@えこりんさんのブログ記事
ふっかつ!れしのお探しモノげっき
形態が変わっても、音楽は演奏する人間がいなかったら成り立たない、と思う。
■追記(07.06.10)
企業法務戦士の雑感
■[企業法務][知財] 送信可能化権譲渡をめぐる判決の“違い”
■参考文献
岡邦俊「専属実演家の送信可能化権はレコード会社に移転しているか?」
『最新判例62を読む 著作権の事件簿』(2007)91頁以下
■追記(08.03.06)
裁判が和解したそうです。
山口洋さんのブログ記事より
ROCK'N ROLL DIARY(2008/03/04)
和解
■追記(08.03.08)
田中豊「契約当時存在していなかった送信可能化権が譲渡の対象とされたか-いわゆる原盤譲渡契約および専属実演家契約の解釈-」
『コピライト』(2008.1)561号23頁以下
平田直人「最近の著作権裁判例について」
『コピライト』(2008.2)562号20頁以下
■追記(08.03.29)
藤野忠「著作隣接権譲渡契約の締結後に法定された支分権の帰属-レコード原盤音源送信可能化権確認請求事件」
『知的財産法政策学研究』19号(2008)313頁以下
「HEAT WAVE対SME」事件
★東京地裁平成19.4.27平成18(ワ)8752等送信可能化権確認本訴請求事件,反訴請求事件PDF
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 市川正巳
裁判官 大竹優子
裁判官 杉浦正樹
■事案
ロックグループ「HEAT WAVE」の実演に係る音源に関する実演家の送信可能化権について、メンバーらが立法による権利創設前に締結された専属実演家契約によってこの権利が譲渡されることはないなどと主張して、レコード製作会社にその準共有の確認を求めた事案
原告:ロックグループメンバーら
被告:レコード会社
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■結論
請求棄却(本訴棄却、反訴認容)
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■争点
条文 著作権法第92条の2
1 法制化以前の支分権と契約条項の解釈
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■判決内容
1 法制化以前の支分権と契約条項の解釈
平成9年に実演家とレコード製作者の送信可能化権が著作権法上に創設されましたが(平成9年改正)、平成元年に締結された当事者間での専属実演家契約では、以下のような規定となっていました。
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4条(権利の帰属)
本契約に基づく原盤に係る一切の権利(原告らの著作隣接権を
含む)は,何らの制限なく原始的且つ独占的にSMEに帰属する。
1 この権利には,一切の複製・頒布権及び二次使用料等
(著作権法第95条,第95条の2,第97条及び第97条
の2他に規定)の徴収権を包含する。
2 SMEは,如何なる国に於いても,随時本契約終了後も
引続いて,自由に,且つ独占的に当該原盤を利用してレコー
ド及びビデオを複製し,これらに適宜のレーベルを付して
頒布することが出来る。
3 前号のレコード及びビデオの種類,数量,価格,発売の
時期・方法その他一切の事項について,SMEは自由な判断
により決定することが出来る。
4 この権利の一部又は全部を,SMEは自由な判断により
第三者に譲渡することが出来る
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そこで、この「本契約に基づく原盤に係る一切の権利(原告らの著作隣接権を含む)」に実演家の送信可能化権も含まれるのかどうかが争点となりました。
この点について、裁判所は
『本件契約4条の「一切の権利(原告らの著作隣接権を含む)」に実演家の送信可能化権が含まれるか否かについては,契約の解釈の手法に則り,1本件契約の文言,各条項の関係,2契約締結当時における音源配信に関する状況,3契約締結当時における著作権法の規定,4業界の慣行,5対価の相当性等の諸事情を総合的に考慮して判断するのが相当である。』
(31頁以下)
との一般論を説示したうえで、
1 文言等について
(a)各規定との関係について
『前記認定のとおり,本件契約は,前文が示すとおり,原告らがSMEの専属実演家として,SMEのためにのみ実演し,SMEがこれを独占的に収録して録音物等として複製・頒布等を行うことに関して締結されたものである。そして,本件契約の2条(目的),4条(権利の帰属)は,この前文を具体化した規定であり,SMEは原告らの実演をSMEの費用で独占的に収録して原盤を制作し,これを利用してレコード及びビデオを独占的に複製・頒布することができる旨定め(2条),SMEは,本件原盤に係る一切の権利は,何らの制限なくSMEに帰属し,一切の権利には原告らの著作隣接権が含まれることを明記し,SMEが,いかなる国においても,契約終了後も引き続いて自由にかつ独占的に本件原盤を利用してレコード及びビデオを複製頒布することができる旨が定められ,将来にわたって,SMEが,本件契約に基づく複製,頒布権を有することとされ(4条),原告らに何らかの著作隣接権が留保されることを窺わせる記載はない。』
(31頁)
契約書の各規定との関係から、送信可能化権が実演家側に留保
されているわけではないと判断しています。
(b)将来法定が予定される権利について
『将来法改正により法定される権利であっても,契約の対象とすることは可能である。しかも,我が国著作権法は,各支分権を例示とせず,限定列挙としたため,新たな利用形態の出現に対応して頻繁に法改正を必要とする。したがって,我が国著作権法の下では,将来法定される支分権を譲渡の対象とすることの必要性は極めて高いものである。』
(32頁)
将来法定が予定される権利についても、契約の対象となることを認めています。
2 音源配信状況について
パソコン向け音源配信サービスが開始されたのは、平成11年末頃でしたが、本件契約が締結された平成元年には、既に旧電電公社のINS構想によるデジタル化された音源の配信事業が提示されていたなどの経緯から、
『本件契約が締結された平成元年の時点で,近い将来,デジタル化された音声情報がパソコン通信等により配信されることを予測することは,被告はもちろん原告らにとっても,十分可能であったと認められる。』
(32頁以下)
として、当事者の予測可能性について判断しています。
3 業界の慣行について
『音楽業界においては,平成9年改正が施行される以前に締結された専属実演家契約であっても,実演家の送信可能化権を含む著作隣接権は,すべてレコード会社に帰属し,その対価として売上げに応じて実演家印税が支払われるという慣行が確立していたものである。』
(33頁)
業界慣行として確立していることを確認。
4 対価の相当性について
ここでも問題になったのは、配信控除として印税率に80%を掛けている点です。CDのようなパッケージ販売の場合の容器代控除と同じように控除することの妥当性が争点となりました。
この点、裁判所は、
1%の印税率自体は契約書の規定振りから低いものとはいえないとしました(33頁)。
ただ、配信控除については、
『しかし,レコード会社は,リスクを負担して商品を製造販売するからこそ,実演家に対しては,比較的低い率での実演家印税の支払を許容されているといわなければならないのであって,サーバー等の設備投資,音源配信サービスの市場形成等に当たりSMEが投資した費用の一部を実演家に負担させることができるか否か,負担させるとしても,80%を乗じることが相当か否かについては,疑問の余地があるといわなければならない。
さらに,CD等に比べて音源配信の単価が低いこと,前記のとおり,「着うた」等の携帯電話向けの音源配信サービスについて,SMEは実演家に対して実演家印税の他にプロモート印税を支払っていることを考慮すると,今後とも音源配信のシェアが増加し,CD等のシェアが減少することが予想される状況の中で,従来のCD等について定めた算定方法や印税率がそのまま妥当するかについては,疑問が残る。』
(34頁)
と言及。結論的には、諸事情を総合勘案のうえ原告の主張は容れられませんでした。
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■コメント
本訴請求棄却ですし、またザ・ブーム事件とまるっきり同じ論旨かな、と思っていましたが、びっくりしました(PDF34頁部分)。
今年1月19日に判決があったザ・ブームとSMEと間の同種の事案では、高部コート(東京地方裁判所民事第47部)が配信控除率について合理性があると判断していましたが、今回の市川コート(民事第40部)では、疑問を呈しています。
裁判所においてアーティスト側の立場に一定の理解を得ることができたというのは、ともすれば硬直的な計算式を採用する音楽配信ビジネスにおいて見直し機会の大きな一歩となるのではないか。そう願わずにはいられません。
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■参考判例
「THE BOOM対SME」事件
東京地裁平成19.1.19平成18(ワ)1769等著作権民事訴訟PDF
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■過去のブログ記事
「THE BOOM対SME」事件 -著作権 送信可能化権確認本訴請求等事件判決(知的財産裁判例集)-
「THE BOOM対SME」事件
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■関連サイト
ヒートウェイヴ
ROCK'N ROLL ASS HOLE - HEATWAVE WEBSITE
ソニーミュージック
Sony Music Online Japan ヒートウェイヴ
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■追記(07.05.20)
・HEATWAVEの山口さんがお書きになられているブログです。
訴訟に至るソニー側との経緯が綴られています。
ROCK'N ROLL DIARY
判決 - 音楽を取り巻く日々
・れし@えこりんさんのブログ記事
ふっかつ!れしのお探しモノげっき
形態が変わっても、音楽は演奏する人間がいなかったら成り立たない、と思う。
■追記(07.06.10)
企業法務戦士の雑感
■[企業法務][知財] 送信可能化権譲渡をめぐる判決の“違い”
■参考文献
岡邦俊「専属実演家の送信可能化権はレコード会社に移転しているか?」
『最新判例62を読む 著作権の事件簿』(2007)91頁以下
■追記(08.03.06)
裁判が和解したそうです。
山口洋さんのブログ記事より
ROCK'N ROLL DIARY(2008/03/04)
和解
■追記(08.03.08)
田中豊「契約当時存在していなかった送信可能化権が譲渡の対象とされたか-いわゆる原盤譲渡契約および専属実演家契約の解釈-」
『コピライト』(2008.1)561号23頁以下
平田直人「最近の著作権裁判例について」
『コピライト』(2008.2)562号20頁以下
■追記(08.03.29)
藤野忠「著作隣接権譲渡契約の締結後に法定された支分権の帰属-レコード原盤音源送信可能化権確認請求事件」
『知的財産法政策学研究』19号(2008)313頁以下