裁判所HP 知的財産裁判例集より

「医薬品特許権侵害営業誹謗」事件

大阪地裁平成19.2.15平成17(ワ)2535損害賠償請求事件PDF

大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 田中俊次
裁判官    高松宏之
裁判官    西森みゆき


■事案

被告らによって原告が特許権侵害をしたとする告知・流布、
侵害対応としての訴訟行為の営業誹謗行為性が争われた事案。

原告:医薬品製造販売会社
被告:医薬品製造販売会社ら企業グループ



■結論

請求一部認容


■争点

条文 不正競争防止法2条1項14号

1 消滅時効の起算点
2 虚偽事実の告知性
3 故意又は過失の有無
4 違法性阻却の有無
5 侵害訴訟の不法行為性
6 損害額の算定(略)
7 不当利得の成否


■判決内容

1 消滅時効の起算点

消滅時効の起算点について、原告は一連の営業誹謗行為を
全体として捉えて最終行為の終了時点と主張しました。
しかし、裁判所はあくまで個別の行為ごとに知情時を
判断するべきであるとしました。
(63頁以下)


2 虚偽事実の告知性

謹告文や警告文を業界新聞に掲載したり、顧客に文書を配布した
行為について告知・流布行為性が認められ、
虚偽性についても、方法特許権・物質特許権について侵害事実が
なかったということから肯定されました。
(87頁以下)


3 故意又は過失の有無

一般に特許権者が,競業者の製品について,その製造販売行為が自社の特許権を侵害する旨を競業者の取引先等に対して告知・流布し,その取扱いについて警告する行為は,特許権の行使としての性質を有するものではあるとはいえ,法的手続によらずに,もっぱら自己の認識判断に基づいて自力救済的に行われる権利行使であり,常にその認識判断が誤っている危険をはらむものである一方,一度そのような行為がなされた場合には,当該競業者の製品の取扱いが控えられるなど,競業者に重大な損害をもたらすおそれが高いものである。このことからすると,告知・流布した者の過失の有無については,後に述べる違法な仮処分の執行の場合のように過失が推定されるとまで解し得るか否かはともかく,少なくとも高度の注意義務が課せられるものと解するのが相当である。
(99頁)

なお、高度の注意義務性に言及する判例として、
「戸車用レール事件」大阪地裁昭53年12月19日
(判例不正競業法1220頁以下)参照。

方法特許権、物質特許権それぞれについて各営業誹謗行為における
過失の有無が検討され、結論的には行為全体について
過失が肯定されています。


4 違法性阻却の有無

裁判所は、主観的要件と違法性の関係について、

告知・流布内容が虚偽である場合には,特許権者の主観的な意図,目的にかかわらず,当該告知・流布行為は一般に違法性を有すると解するのが相当であり,それが特許権の行使であることの一事をもって違法性を欠く正当な行為とされるべきものではない。
(110頁)

区別して検討することを前提に、

警告等が,当該警告等に至る経緯,当該警告等の態様(内容,文面,規模,状況等 ),当該警告後の経緯等に照らして,当該取引先に対する訴訟提起の前提としての事前の真摯な紛争解決探求行為と認められるものである場合には,訴訟提起に準じるものとして,同様に違法性を有しないと解するのが相当である。
(111頁)

結論的には、本件告知・流布行為は真摯な紛争解決探求行為には
あたらないとして、違法性を欠くものではないとされました。

本事案では、警告行為以前に当事者間で協議や交渉があったとは
認定されていません。


5 侵害訴訟の不法行為性

侵害訴訟の提起・追行や刑事告訴、仮処分の申立・追行の不法行為性が
争点となりましたが、結論的にはいずれも否定されています
(116頁以下)。

たとえば、侵害訴訟の提起・追行については、
最高裁昭和63年1月26日昭和60(オ)122判決を引用して
著しく相当性を欠く事情はないとされています。


6 損害額の算定(略)

7 不当利得の成否

本件で原告らが主張する営業誹謗行為等が違法と評価されるものだとしても,それによって法が本来確保しようとするものは,原告らと被告とが市場において自由で公正な競争行為を展開することそれ自体なのであり,その上での双方の一定の市場利益の獲得という結果までをも,法が原告らや被告に確保し,保障しようとするものではないのである。そうすると,たとえ被告の行為によって原告製剤の販売量・販売利益が減少し,その反面として被告製剤の販売量・販売利益が増加することになったとしても,そのような販売利益の減少と増加は,本来原告らが獲得すべく法によって確保され,保障されていた利益を,被告が取得したものとはいえないから,被告による販売量・販売利益の増加が法律上の原因を欠く利得とはいえない。
(138頁以下)

不当利得を論じる場面ではないと判断されました。


■コメント

後発医薬品開発をめぐる争いで、当事者間で
実に10年以上の紛争となっています。

製剤の特許権侵害を巡る紛争を契機として
警告文が公表されるわけですが、
後になって侵害性が否定されれば
警告内容は虚偽性を帯びることになるので
警告文の公表には慎重な対応が求められます。
たとえ、弁護士や弁理士に意見を求めても
充分とはされません。

とはいえ、巨額な利権にかかわるわけで、
企業としては難しい判断をあえてしていかなければ
ならないのですから、
そのリスキーさは想像を超えるものがあります。


■参考文献

小松一雄編著「不正競業訴訟の実務」(2005)379頁以下
田村善之「不正競争防止法概説第二版」(2003)451頁以下