裁判所HP 知的財産裁判例集より

「人材派遣業営業秘密」事件

大阪地裁平成19.2.1平成17(ワ)4418損害賠償請求事件PDF

大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官 山田知司
裁判官    西理香
裁判官    村上誠子


■事案

会社の顧客情報を再雇用先の会社に開示したとして
営業秘密の開示行為性などが争われた事案

原告:人材派遣会社
被告:元従業員ら
   再雇用先会社


■結論

請求棄却


■争点

条文 不正競争防止法2条1項7号、8号、2条6項、民法709条

1 本件情報の秘密情報性
2 不法行為性


■判決内容

1 本件情報の秘密情報性(不正競争防止法2条6項)


【秘密管理性の有無】

顧客情報や派遣スタッフ個人情報はPCで
管理されていましたが、パスワード設定もなく
従業員はだれでもアクセス可能でした。
(22頁以下)

また、派遣スタッフのシフト配置書類や個人情報の
取扱いにずさんな点があったことも認定されています。
(23頁以下)

裁判所は一般論として、

事業者は,例えば従業員・関係者のプライバシーの保護や,悪用の防止等様々な観点から,内部情報を不必要に公表しないことも多く,これらすべてが不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するような解釈を採ると,同法の「営業秘密」に関する刑事罰の対象となる行為の限界が不明確となる結果を招くことになるうえ,従業員の職業選択(転職)の自由を過度に制限する結果となる。したがって,同法の営業秘密であるためには,当該情報にアクセスした者が,当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていること及び当該情報にアクセスできる者が制限されていることを要するものと解すべきである。
(26頁以下)

以上のように説示したうえで、

(1)パソコンで管理されていた情報について

特段の事情のない限り,パソコンにある本件情報については,それにアクセスできる者が制限されているということはできないし,本件情報にパソコンからアクセスした者において,当該情報が営業秘密であることを認識できるようにされていたということもできない。
(27頁)

(2)派遣スタッフ書類関係について

営業秘密認識性、アクセス制限性ともに認められない
とされました。
(27頁以下)

*そのほか、情報使用・開示行為も認められないと
されています。
(35頁以下)


2 不法行為性(民法709条)


(1)在職中の勧誘行為

原告会社登録の派遣スタッフに対する被告会社への
登録勧誘行為が被告らの労働契約上の誠実義務に
違反しないかどうかが問題となりました。

結論的には誠実義務に違反するような勧誘行為が
認定されませんでした。
(41頁以下)

(2)退職後の勧誘行為

被告会社に再雇用された被告人らは、営業活動を展開、
原告会社の取引先に対して値段の引き下げなどの提示を
行いながら派遣業務の獲得を実現していきました。

競業に従事したことに伴い,社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で従前の雇用者の従業員や顧客を奪ったとみられる場合,あるいは従前の雇用者に損害を加える目的で一斉に退職し雇用者の組織活動が機能し得なくなるようにした等の特段の事情がある場合には,全体として不法行為が成立する余地がある。
(43頁以下)

との一般論を示した上で、
被告らのセールストークなどの営業活動に違法性はなく、
また被告ら3名はほぼ同時期に原告会社を退職していますが、
退職後も原告の要請に応じてフォロー業務を行って
いたりして、
原告業務が機能不全に陥るような損害を与える目的での
不法行為性は認められませんでした。


■コメント

電器店の店先でクレジットカードへの加入を
勧誘している人をよく見かけますが、
原告会社は派遣業務としてそうした信販系の
業務要員の派遣を行っています。

被告の元従業員らは人材派遣部門の責任者や
マネージャーといった重要なポストに就いていました。

原告会社は2005年12月には情報セキュリティマネジメント
システム(ISMS)の認証を取得しています。
情報マネジメントシステム推進センター

ただ、本件との関係で見てみるとISMS認証に必要な
書類となる従業員との「コンプライアンスに係る誓約書
に被告らは署名をすることなく退職(2004年)しています。
(25頁以下)

今回の紛争ですが、
被告らの在職当時は、社内規定として営業秘密管理規定がなく
また、就業規則でも一般条項的な秘密保持規定があるだけの状況で、
ISMS認証取得に向けて社内整備を行っていたところでのものと
いう位置づけになっています。


過去の判例を見るかぎり派遣スタッフや顧客情報が
営業秘密として認定される状況ではなかったので、
不正競争防止法の点での原告主張には困難な点がありました。
(小松一雄編著「不正競業訴訟の実務」(2005)
 332頁以下参照)

原告としては一般不法行為性の部分で被告らの営業活動の
違法性を認めさせたいところでしたが、この点についても
容れられませんでした。

情報を取扱う原告会社としては、訴訟の勝敗はともかく、
顧客などに情報セキュリティマネジメントが現在は
実効性あるものとして適用されていることを示すメリットは
今回の訴訟にあったかもしれません。


■最近の営業秘密事案

過去のブログ記事(2006年08月01日)
「在宅介護サービス営業秘密」事件

東京地裁平成18年07月25日平成16(ワ)25672
営業行為差止等請求事件

■参考ブログ

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