裁判所HP 知的財産裁判例集より

東京地裁平成18.7.11平成18(ヨ)22044著作権仮処分命令申立事件PDF

東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 高部眞規子
裁判官    平田直人
裁判官    田邉実



■事案

映画「ローマの休日」「第十七捕虜収容所」の
著作権を保持していた映画会社のパラマウントピクチャーズ社が
格安DVD販売会社を相手取ってDVDの製造、販売の禁止の
仮処分を求めた事件。


■結論

申立却下(債権者パ社側敗訴)


■争点

条文 著作権法第54条1項、附則2条(法律第85号)

1 保護期間の満了と改正法適用範囲

本件映画の著作物は著作権法改正附則2条が適用される
保護期間が満了していない著作物か。


■判決内容

1 保護期間の満了と改正法適用範囲

結論として裁判所は、本件映画の著作権は保護期間を満了しており
改正法による保護期間延長(50年→70年の20年間延長)の
恩恵を受けないと判断しました。


本件映画の著作権は,改正前の著作権法によれば,上記のとおり,平成15年12月31日の終了をもって存続期間が満了するから,本件改正法が施行された平成16年1月1日においては,改正前の著作権法による著作権は既に消滅している。よって,本件改正法附則2条により,本件改正法の適用はなく,なお従前の例によることになり,本件映画の著作権は,既に存続期間の満了により消滅したものといわざるを得ない。
(9、10頁)


(1)債権者の主張1−期間把握の単位−

債権者(原告パラマウントピクチャーズ)は、
保護期間満了日の平成15年12月31日午後12時と
改正法施行日の平成16年1月1日0時は同時であるから、
保護期間は満了することなく改正法により継続して
保護される、と主張しました。

これに対して裁判所は、

確かに,本件映画の保護期間の満了を「時間」をもって表現すれば,平成15年12月31日午後12時となる。しかしながら,著作権法54条1項及び57条の規定は,「年によって期間を定めた」(民法140条)ものであって,「時間によって期間を定めた」(同法139条)ものではない。年によって期間を定めた場合は,「期間は,その末日の終了をもって満了する。」(同法141条)とされるから,あくまでも,保護期間の満了を把握する基本的な単位は「日」となるというべきである。
(11頁)

瞬間を切り取ればたしかに接続するとも考えられますが、
裁判所は期間把握の基本的な単位は
「日」であるとして「時間」単位での把握を
文理解釈ならびに法制一般の解釈から
否定しました。


(2)債権者の主張2-1−実務上の運用− 

改正法等を巡る国会答弁などからパラマウント社側は
自己の主張の正当性を述べています。

しかし裁判所は、
文理解釈、立法者意思解釈の点から否定しています。


(3)債権者の主張2-2−文献上の見解− 

著作権法に関する文献、テキストなどにはパラマウント社側主張の
考え方が掲載されていると述べていました。

しかし、裁判所は、それらは文化庁の見解にすぎす
同見解は文理解釈などから採用できないと判断しています。


(4)債権者の主張2-3−年齢計算に関する先例の評価− 

パラマウント社側は、年齢計算に関する裁判例をとりあげて
本事案へのその際の裁判所の思考方法の導入の可能性を
述べています。

しかし、この点の解釈についても裁判所は否定しました。


(5)債権者の主張3−法解釈の安定性− 

(1)文化庁の見解

パラマウント社側の主張の要点は文化庁の見解と同一であって
法解釈の安定性の観点からも著作権者は保護されるべきであると主張。

しかし、裁判所は、
文化庁の見解は「法的に誤ったものであ」り
誤った解釈を前提とする運用を将来にわたって維持することは
法的安定性に資することにはならないと判断しました。

(2)知的財産権保護の要請

パラマウント社側は知財保護の時代的要請の点から
著作権者の保護を述べています。

しかし、裁判所は、

本件改正法は,映画の著作物の保護期間を公表後50年から70年に延長するものであり,その適用があるか否かによって,著作物を自由に利用できる期間が20年も相違することになる。しかも,著作権侵害が差止め及び損害賠償の対象となるのみならず,刑事罰の対象となること(著作権法119条以下)をも併せ考えれば,改正法の適用の有無は,文理上明確でなければならず,利用者にも理解できる立法をすべきであり,著作権者の保護のみを強調することは妥当でない。
(17、18頁)

著作権者保護のみならず文化の発展、利用者との調整、
罪刑法定主義の要請も勘案して改正規定の適用を否定しました。


■コメント

判決文を読んだときの第一印象は
やったなあ、高部コート!
でした。

朝日新聞7月12日付朝刊(東京14版)3頁には
半田正夫先生の本決定に対するコメントが掲載されています。

半田先生は、本決定を是認。
立法当局としての文化庁の対応を批判されておいでです。


奥村弁護士のブログにあるように
もし、格安DVD販売について刑事事件が先行していたら
たいへんな事態となっていました。

著作権講演会では、文化庁長官官房著作権課の
甲野課長がこの問題について
「公定解釈からすれば格安DVD販売会社の主張はおかしい」と
鼻も引っ掛けない発言をされていましたが、
こうした判断が下ってみると文化庁は脇があまい、と言われても
仕方がないのかもしれません。

ただでさえ難解な現行著作権法。
著作権侵害に対して刑事罰も用意されている以上、
罪刑法定主義の観点からより明確で
分かりやすい文言の規定を置くように一層努力することが
文化庁には求められます。


■参考ブログ


「企業法務戦士の雑感」
[企業法務][知財] 東京地裁第47部の「英断」

「奥村弁護士の見解」
[著作権法]<廉価DVD>著作権の保護期間満了と販売認める 東京地裁


■追記(06.10.11)

仮処分申請即時抗告を取り下げ

読売新聞ネット記事によると、米国映画会社側が10月10日、
知財高裁への即時抗告を取り下げたそうです。

http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20061010i514.htm


負けを認めたというよりも、仕切りなおしの
戦術のようです。

「シェーン」事件でも負けてしまったので、戦術の練り直し
というところでしょうか。

http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50620468.html


■追記(06.12.09)

判決批評論文

作花文雄『映画「ローマの休日」の保護期間をめぐる法制上の論点
ー映画「ローマの休日」等格安DVD販売事件における著作権法改正改正法の
経過措置の文理解釈と立法趣旨に関する混迷ー』
コピライト46巻548号2006.12月号22頁以下


■追記(08.03.08)

2006年10月07日記事
『シェーン』著作権保護期間満了事件〜著作権侵害差止等請求事件判決(知的財産裁判例集)〜

2007年09月01日記事
「『モダンタイムス』格安DVD」事件〜著作権 著作権侵害差止等請求事件判決(知的財産裁判例集)〜

2007年09月21日記事
「黒澤明監督作品格安DVD」事件(対角川事件)〜著作権 著作権侵害差止請求事件判決(知的財産裁判例集)〜

2008年01月29日記事
「黒澤明監督作品格安DVD」事件(対松竹事件)〜著作権 著作権侵害差止請求事件判決(知的財産裁判例集)〜