裁判所HP 知的財産裁判例集より
★知的財産高等裁判所平成18.5.31平成17(ネ)10091請負代金等請求控訴事件PDF
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 清水知恵子
裁判官 田中昌利
★原審
東京地裁平成17.5.12平成16(ワ)10223 著作権 民事訴訟
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 鈴木千帆
裁判官 吉川泉
■事案
旅行ガイドブックに掲載された海外の国際空港案内図の
著作物性が争われた裁判の控訴審判決。
出版会社(被告)が制作会社(原告)にガイドブック制作を依頼し
書籍が納品されましたが、ガイドブック中の空港案内図の
著作物性について他の会社(訴外)から侵害の疑義を受けました。
そこで出版会社は、解決金をその会社に支払う一方、
制作会社に対しては制作報酬とこの解決費用を相殺して
その部分の支払いを拒否しました。
こうしたことから、制作会社は著作権侵害に理由がない
などを根拠として未払い部分の支払いを求めて提訴しました。
■結論
一部変更
■争点
条文 著作権法第2条1項1号、民法415条
1 空港案内図の著作物性
2 制作委託契約上の付随義務違反の成否
3 不法行為責任の成否(略)
■判決内容
1 空港案内図の著作物性
控訴審でも原審の判断を基本的に維持しています。
原審では、空港フロアやフロア内施設の色分けなどは
一般的な手法で創作性がない。
また、矢印や文字の表示方法の相違も創作的表現における
特徴部分に関するものではないとして
結論として著作権侵害性を否定しています。
原審の規範部分は以下のとおりです。
『著作物とは,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう(著作権法2条1項1号)。本件で問題となっている空港案内図は,実際に存在する建築物の構造を描写の対象とするものである。実際に存在する建築物の構造を描写の対象とする間取り図,案内図等の図面等であっても,採り上げる情報の選択や具体的な表現方法に作成者の個性が表れており,この点において作成者の思想又は感情が創作的に表現されている場合には,著作物に該当するということができる。
もっとも,空港案内図は,実際に存在する建築物である空港建物等を主な描写対象としているというだけでなく,空港利用者に対して実際に空港施設を利用する上で有用な情報を提供することを目的とするものであって,空港利用者の実用に供するという性質上,選択される情報の範囲が自ずと定まり,表現方法についても,機能性を重視して,客観的事実に忠実に,線引き,枠取り,文字やアイコンによる簡略化した施設名称の記載等の方法で作成されるのが一般的であるから,情報の取捨選択や表現方法の選択の幅は狭く,作成者の創作的な表現を付加する余地は少ないというべきである。』
(原審PDF14頁)
2 制作委託契約上の付随義務違反の成否
制作委託契約上、制作会社は
「著作権侵害に至らない態様であっても
他人の出版物を利用してはならない」との債務も
負っていたかどうかが争われました。
原審では、旅行案内書の制作が通常、多くの資料を収集、
分析された上で行われることを重視。
そのうえでこの点における委任契約上の善管義務としての
一般的義務についてはこれを否定。
また、「他人の出版物を利用してはならない」との内容の
債務は負っていないと判断していました。
これに対して控訴審では一転して「他社から著作権侵害の疑義を
受けるような態様で模倣・複製しない」旨の付随義務を肯定、
そのうえで付随義務違反を認めて制作報酬の15パーセントを
損害部分として請負代金との相殺を認めました。
まず、付随的義務について。
『旅行案内書の制作は,可能な限り数多くの資料を収集して分析・検討して行うのが通常であり(乙52,弁論の全趣旨),かつ,そのような分析・検討を行うことは,質の高いものを制作するために,社会的にみても有効適切な手段であり,望ましくもあるのであるから,上記のような事情があるからといって,直ちに,本件制作委託契約の合意内容としても,他人の出版物を利用ないし使用したり模倣・複製する行為が,程度のいかんを問わず一切禁止されるというほどの合意が成立していたものと推認することは合理的ではない。
他方,旅行案内書の制作・発行の業務を含む出版業界においては,著作権の保護の問題は,業務の根幹に係わる問題であり,最終的に司法手続によって著作権侵害であるとの確定判断がされる事態に至らなくとも,他社から相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害の警告ないし苦情が申し入れられるような事態を引き起こすこと自体,著作権を扱う業務であるだけに,出版業者としての信用が傷つくであろうことは容易に推察されるところであって,この業界に身を置く者としては,そのような事態を含めて,著作権紛争を未然に防止ないし回避しようとするのが合理的な行動であると認められる(乙51,52,56,弁論の全趣旨)。
このような事情をふまえて,前記認定事実を検討するならば,確かに,現地取材を行うとの約定自体は,直ちに他社の案内図を参照することを禁ずることを意味するものではないが,現地取材を行うことにより,他社の案内図とは自ずと異なったものが制作されることが期待され,これによって,他社から相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害の警告ないし苦情が申し入れられるような事態を回避し得る可能性が高まるのであって,現地取材の約定は,上記のような事態を回避しようという趣旨の一つの現れであると理解し得る(A社が独自の現地取材によって知り得た有用性の高い詳細情報を盛り込んだ案内図について,B社がこれを参照して当該詳細情報に基づいた案内図を制作したとすると,結果的に本件のように著作権侵害が成立しない場合であっても,著作権侵害の成否を巡ってAB間に紛議が生じ得る事態は回避し難いが,B社が独自の現地取材によってこれを調査確認して敷衍すればそのような事態の多くは回避することができるであろう。)。また合意書(乙6)における「他の著作物の著作権を侵害したり,他の著作物の掲載情報を使用したりすることをしない」との合意も,OFCとの紛争が生じた後の合意であり,かつ,他の著作物の掲載情報の一切の使用を禁じる合意が成立したというには,前記実情等に照らして無理があるとしても,そのような文言により,他社から相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害の警告ないし苦情が申し入れられるような事態を回避しようという趣旨のものとして,従前からの認識が確認されたものと理解するのが相当である。』
『以上の諸事情を総合勘案するならば,本件制作委託契約には,被控訴人において,著作権侵害に至らない態様であっても,相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害との疑義を受けるような態様で,他人の出版物を模倣・複製しない旨の付随的な債務があったものというべきである。』
(控訴審28頁以下)
そのうえで、付随義務違反に基づく債務不履行について
結論的には著作権侵害とはならないが、
他社の空港案内図と共通する部分が多数あり、
他社から相当程度に合理的な根拠に基づいて
著作権侵害の指摘を受けることになるから
出版会社がとった解決措置も正当。
この点で、制作会社も債務不履行責任を負うものと
判断しました。
(控訴審30頁以下)
■コメント
著作権侵害性は原審に引き続き否定されましたが、
契約上の付随義務違反の点については、
控訴審では一転して肯定されました。
簡単に言えば、出版会社に迷惑をかけたという点で、
責任の一端を制作会社も責任を負う結果となったと
いえます。
出版会社は紛争の早期円満な解決のために
自らの判断で解決金を他社に支払っていますが
そうした費用の一部について制作会社も
負担しなければならないとされたわけです。
原告側弁護士陣営は、著作権にかかわる著作も多数揃え
著作権訴訟では有名な法律事務所のメンバーの面々。
対する被告側弁護士も著作権に関する講演活動や著作物が
あります。
当初から紛争解決にあたった弁護士らであるかどうか
分かりませんが、著作物性を巡って激しく対立したことは
想像に難くありません。
■追記(06.6.05)
OFC空港案内図について
OFCトラベル刊行物ー世界のエアポートガイドー
OFC日本語による航空運賃のバイブルと言えばOFCタリフ
★知的財産高等裁判所平成18.5.31平成17(ネ)10091請負代金等請求控訴事件PDF
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 清水知恵子
裁判官 田中昌利
★原審
東京地裁平成17.5.12平成16(ワ)10223 著作権 民事訴訟
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 鈴木千帆
裁判官 吉川泉
■事案
旅行ガイドブックに掲載された海外の国際空港案内図の
著作物性が争われた裁判の控訴審判決。
出版会社(被告)が制作会社(原告)にガイドブック制作を依頼し
書籍が納品されましたが、ガイドブック中の空港案内図の
著作物性について他の会社(訴外)から侵害の疑義を受けました。
そこで出版会社は、解決金をその会社に支払う一方、
制作会社に対しては制作報酬とこの解決費用を相殺して
その部分の支払いを拒否しました。
こうしたことから、制作会社は著作権侵害に理由がない
などを根拠として未払い部分の支払いを求めて提訴しました。
■結論
一部変更
■争点
条文 著作権法第2条1項1号、民法415条
1 空港案内図の著作物性
2 制作委託契約上の付随義務違反の成否
3 不法行為責任の成否(略)
■判決内容
1 空港案内図の著作物性
控訴審でも原審の判断を基本的に維持しています。
原審では、空港フロアやフロア内施設の色分けなどは
一般的な手法で創作性がない。
また、矢印や文字の表示方法の相違も創作的表現における
特徴部分に関するものではないとして
結論として著作権侵害性を否定しています。
原審の規範部分は以下のとおりです。
『著作物とは,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう(著作権法2条1項1号)。本件で問題となっている空港案内図は,実際に存在する建築物の構造を描写の対象とするものである。実際に存在する建築物の構造を描写の対象とする間取り図,案内図等の図面等であっても,採り上げる情報の選択や具体的な表現方法に作成者の個性が表れており,この点において作成者の思想又は感情が創作的に表現されている場合には,著作物に該当するということができる。
もっとも,空港案内図は,実際に存在する建築物である空港建物等を主な描写対象としているというだけでなく,空港利用者に対して実際に空港施設を利用する上で有用な情報を提供することを目的とするものであって,空港利用者の実用に供するという性質上,選択される情報の範囲が自ずと定まり,表現方法についても,機能性を重視して,客観的事実に忠実に,線引き,枠取り,文字やアイコンによる簡略化した施設名称の記載等の方法で作成されるのが一般的であるから,情報の取捨選択や表現方法の選択の幅は狭く,作成者の創作的な表現を付加する余地は少ないというべきである。』
(原審PDF14頁)
2 制作委託契約上の付随義務違反の成否
制作委託契約上、制作会社は
「著作権侵害に至らない態様であっても
他人の出版物を利用してはならない」との債務も
負っていたかどうかが争われました。
原審では、旅行案内書の制作が通常、多くの資料を収集、
分析された上で行われることを重視。
そのうえでこの点における委任契約上の善管義務としての
一般的義務についてはこれを否定。
また、「他人の出版物を利用してはならない」との内容の
債務は負っていないと判断していました。
これに対して控訴審では一転して「他社から著作権侵害の疑義を
受けるような態様で模倣・複製しない」旨の付随義務を肯定、
そのうえで付随義務違反を認めて制作報酬の15パーセントを
損害部分として請負代金との相殺を認めました。
まず、付随的義務について。
『旅行案内書の制作は,可能な限り数多くの資料を収集して分析・検討して行うのが通常であり(乙52,弁論の全趣旨),かつ,そのような分析・検討を行うことは,質の高いものを制作するために,社会的にみても有効適切な手段であり,望ましくもあるのであるから,上記のような事情があるからといって,直ちに,本件制作委託契約の合意内容としても,他人の出版物を利用ないし使用したり模倣・複製する行為が,程度のいかんを問わず一切禁止されるというほどの合意が成立していたものと推認することは合理的ではない。
他方,旅行案内書の制作・発行の業務を含む出版業界においては,著作権の保護の問題は,業務の根幹に係わる問題であり,最終的に司法手続によって著作権侵害であるとの確定判断がされる事態に至らなくとも,他社から相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害の警告ないし苦情が申し入れられるような事態を引き起こすこと自体,著作権を扱う業務であるだけに,出版業者としての信用が傷つくであろうことは容易に推察されるところであって,この業界に身を置く者としては,そのような事態を含めて,著作権紛争を未然に防止ないし回避しようとするのが合理的な行動であると認められる(乙51,52,56,弁論の全趣旨)。
このような事情をふまえて,前記認定事実を検討するならば,確かに,現地取材を行うとの約定自体は,直ちに他社の案内図を参照することを禁ずることを意味するものではないが,現地取材を行うことにより,他社の案内図とは自ずと異なったものが制作されることが期待され,これによって,他社から相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害の警告ないし苦情が申し入れられるような事態を回避し得る可能性が高まるのであって,現地取材の約定は,上記のような事態を回避しようという趣旨の一つの現れであると理解し得る(A社が独自の現地取材によって知り得た有用性の高い詳細情報を盛り込んだ案内図について,B社がこれを参照して当該詳細情報に基づいた案内図を制作したとすると,結果的に本件のように著作権侵害が成立しない場合であっても,著作権侵害の成否を巡ってAB間に紛議が生じ得る事態は回避し難いが,B社が独自の現地取材によってこれを調査確認して敷衍すればそのような事態の多くは回避することができるであろう。)。また合意書(乙6)における「他の著作物の著作権を侵害したり,他の著作物の掲載情報を使用したりすることをしない」との合意も,OFCとの紛争が生じた後の合意であり,かつ,他の著作物の掲載情報の一切の使用を禁じる合意が成立したというには,前記実情等に照らして無理があるとしても,そのような文言により,他社から相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害の警告ないし苦情が申し入れられるような事態を回避しようという趣旨のものとして,従前からの認識が確認されたものと理解するのが相当である。』
『以上の諸事情を総合勘案するならば,本件制作委託契約には,被控訴人において,著作権侵害に至らない態様であっても,相当程度に合理的な根拠に基づいて著作権侵害との疑義を受けるような態様で,他人の出版物を模倣・複製しない旨の付随的な債務があったものというべきである。』
(控訴審28頁以下)
そのうえで、付随義務違反に基づく債務不履行について
結論的には著作権侵害とはならないが、
他社の空港案内図と共通する部分が多数あり、
他社から相当程度に合理的な根拠に基づいて
著作権侵害の指摘を受けることになるから
出版会社がとった解決措置も正当。
この点で、制作会社も債務不履行責任を負うものと
判断しました。
(控訴審30頁以下)
■コメント
著作権侵害性は原審に引き続き否定されましたが、
契約上の付随義務違反の点については、
控訴審では一転して肯定されました。
簡単に言えば、出版会社に迷惑をかけたという点で、
責任の一端を制作会社も責任を負う結果となったと
いえます。
出版会社は紛争の早期円満な解決のために
自らの判断で解決金を他社に支払っていますが
そうした費用の一部について制作会社も
負担しなければならないとされたわけです。
原告側弁護士陣営は、著作権にかかわる著作も多数揃え
著作権訴訟では有名な法律事務所のメンバーの面々。
対する被告側弁護士も著作権に関する講演活動や著作物が
あります。
当初から紛争解決にあたった弁護士らであるかどうか
分かりませんが、著作物性を巡って激しく対立したことは
想像に難くありません。
■追記(06.6.05)
OFC空港案内図について
OFCトラベル刊行物ー世界のエアポートガイドー
OFC日本語による航空運賃のバイブルと言えばOFCタリフ